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 明確な殺意。

 普通に生きていて感じることはほぼないと言っていい、と思う。


 ぷらぷらと構内を歩いていると、不意に視線を感じた。気のせいかと思ったが明らかについて来ている。というか、尾行にはあまりにも不向きな服装だった。


 肌の露出が極端に少ない最早ウィドウドレスのようなゴシックロリータに、シームレスに繋がる|腰下まで伸びたストレートの黒髪《1か月前までの私と同じ髪型》。おまけに真っ黒なレースの日傘を差している。さっきのストーカーといい、わが自慢の愚兄は人気すぎんか? それも変わり種に。


 でも兄の服を借りるのは迂闊すぎた。兄も兄でそうならそうと言ってくれたらいいのに。


 兎にも角にもこの強烈な殺意を回避せねばならない。対話? できる?

 うーん。女は度胸。

 微妙な坂を登り切って見えた、変な建物に入る。


 いや、この建物なかなか変な構造してるわ。ひとまず反時計回りにぐるっと回り、視線が切れたことを確認して、左側(・・)の御手洗いに入る。

 間違いなく御手洗いの中を確認しに入って行くので、そのタイミングで後ろから声を掛ける。これによって心理的マウントを取る。我ながら完璧な散弾です。


 いざいざ。


 右側(女子トイレ)に確認しに入ったであろう時間を待つついでに手を洗う。あ、しまった、ハンカチがない。まあいいか。気を取り直して、何食わぬ顔で左側(男子トイレ)から出る。


「……」

「……」


 がっつり目が合った。


 ベンチに座っている御仁と。



 光沢のある黒のルージュが開き、言葉を紡ぐ。


「あなた、名前は?」

「……鈴木日向です」


 蛇に睨まれた蛙。この場合は先に動いたら負け、ということではなく既に負けている。ここで田村日奈子は通らないことくらいは解る。


「そう。じゃあ妹さんかしら」

「……はい」


 うっかり誰のですかとか訊こうものなら、手に持っている日傘で串刺しにされかねない。

 串刺しといえば串刺し公、ヴラド・ツェペシュ。ヴァンパイアとか言われるが、実際愚王ではなかったと思う。まあ殺された側からすれば堪ったものではないか。


 などと取り留めもない事を考えていると、黒いレースの手袋に包まれた指先が隣のベンチを指した。


「座りなさい」

「はい」


 香木のようなよくわからない良い薫りがする。

 少なくともおばあちゃん()の仏壇のではないとは思う。


「私はね長女なの」

「……はあ」

「兄も姉も弟も妹もいない一人っ子」

「……」


 あまりにも脈絡のない話に流石についていけないが、多分これが一番大切な話な気がする。


「彼は私のお兄様なのよ」


 ……いや、全然わからん!

 そも、私のお兄ちゃんだが?


「貴女は?」


 こちらに目を向けながら手袋を脱ぐ御仁。

 左手の薬指に鈍いシルバーのリングが、一瞬見えた。


 ……というかネイルすごいな。単色黒かと思ったが、近くから観れば、少なくとも三層の違う黒で塗られている深みのあるジェルネイルだということが判る。ベースとトップコートも合わせると何時間かかるんだろ。


 てか貴女は? って何? なにが? わからん殺しすぎる。


「まあいいわ。また遠くないうちに会えるでしょう。ではごきげんよう」

「あ、どうも」


 なんにもわからん。

 狐につままれた気分とはこのことだな。

 女狐。


〈〜〜♪〉


 もうこんな時間か。ということは、一コマまるまる謁見してたってことになるじゃん。


 なんだったんだろ……?


 仄かに香る手袋は何も返事をしてくれなかった。



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