妻の秘密がなんでもない
妻の打ち明け話を聞いてみるとそれは本当に何でもないことだったのだが、話はそこから変な方向へ。
2024年 妻に打ち明け話をされた時のお話
ある日の私は、仕事から帰ると疲れ果てて眠ってしまったのだった。
仕事を終えた妻から電話があり、家のインターホンも鳴らされたはずだが覚えがない。気がつけば妻が夕食の準備をしてくれていた。
「ごめん、眠っちゃってた」
一言声をかけるが返事がない。なんだか妻の元気がないように見える。何かしたかな、寝ちゃってたのを怒ってるのかな、それとも「ごめん」じゃあなく「ありがとう」が良かったのかな。
なんとなく違和感を感じるまま食事の準備が終わり食卓につくと、妻が真剣な面持ちでこんなことを言い出したのだった。
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
あれ? なんだか声のトーンがいつもと違うのだが。
「え? 何?」
「ちょっと言いたいことがあって。聞いてくれる?」
凄く真剣で、いかにもただ事ではない様子だ。ちょっと恐い。
「いいよ、聞くよ」
「………………」
妻が固まっている。何を言い出すのか分からないが、とても茶化せる雰囲気ではない。
「何?」
「っ…………」
勢いをつけて何か言いかけた妻が息をのむ。
「………………」
「………………」
「あのね…………」
「………………」
えええ、そんなに言い辛いことって、いったい何? 私も緊張する。
「もしかしたら私のこと嫌いになっちゃうかもしれないんだけど…………」
「うん」
「………………」
妻は何度も言い出そうとしては躊躇している。口だけは動かそうとするが声にならないようだ。そういえば今日の妻は元気がなかったが、やはり私に対する不満があるのだろうか。電話に出ずに寝ていたことに怒っているのだろうか。それとも他に私の気付かない不満を貯めているのだろうか。「私のこと嫌いになっちゃうかもしれない」って何!?
私の表情もどんどん硬くなる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
まってまって、それってどうしても言わなきゃいけないことなの?
「あのさ、言い辛いんだったら止めといたら?」
「でも、すぐバレることだし……」
「別に何言ったって俺は変わらないし、一生隠し通してくれても構わないよ?」
「でも、言う」
「そう?」
「笑わないでね?」
「うん」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
このやり取りがいったいどれほど続いただろうか。妻は一向に話しだす気配がない。
「やっぱり止めとく?」
「ううん、言う」
「言った方がスッキリするんだね?」
「だって隠し事したくないし」
「うん、じゃあ聞くよ」
そうしてようやく言い辛そうに話した内容は、私にとってはなんていうことのないものだった。
妻の名誉のために(何でもないことなのだが妻が恥ずかしがるので)内容は差し控えるが、例えれば「水虫になったことがある」っていうくらい何でもないことだった。それを例えば明日一緒に病院に行った時にバレるかも、と考えたらしい。
なんだよ! 何事かと思うじゃねーか!
私の態度が変わらないことでようやく妻は安心したようだった。
「だって、恥ずかしいんだもん!」
「やめてくれよ、何言われるかといろいろ考えちゃったじゃないか」
私は妄想好きなこともあり、いくつものパターンを考え、頭の中で想定問答集を作り上げていた。
「えっ、何言われると思ったの?」
「いろいろだよいろいろ。考えちゃうだろ、普通」
わざわざ自分からやましい心のあれこれを告白するやつがあるか。
「例えばよ例えば。何言われると思ったの~?」
これは何か言わなければおさまらないやつだ。
「ねえねえ、何だと思ったの~?」
「……例えば好きな男ができて離婚を切り出されるとか」
「えっ、離婚されると思ったの!?」
妻の声が弾んでいる。見るとキラキラした目でこっちを見ているではないか。さっきまで暗い顔をしていたのに、なんでそんなに嬉しそうなんだよ。
「ねえねえ、もし離婚したいって言われたらどうしてた?」
「いやそんなもん分からないよ、理由によるからさ」
「じゃあね、じゃあね、好きな人ができたって言われたらどうしてた?」
「知らないよ、言われてみないと分かんないよ」
なんだよこの会話。嬉々とした妻の質問攻めが止まる気配がない。
「ねえねえ、好きな人ができたって言われたら、ど~お~し~て~たぁ~?」
……うざい。
「……相手のところに乗り込んで不貞行為がいかに社会悪かをこんこんと教え込んでやる。ついでにお義父さんとお義母さんを味方につけて君を説得させる。あとは君の職場の上司とか友達を抱き込んで離婚し辛い状況をつくる」
「腹黒っ! 真っ黒じゃん!」
「いやだから正攻法は別だよ? 俺に悪いトコがあったら直してやり直してもらうのが正攻法だからさ」
「じゃあさじゃあさ、それでも別れたいって言ったら……」
あ~あ~あ~、聞こえませ~ん。この会話はこれで終了で~す。
「今思えばさあ~、私の話を聞くときのあなた、凄く真剣な顔してたけど、離婚されると思ってたんだぁ~」
違うよ、笑うなって言うから真剣に聞いてたんだよ。
「ねえねえ、離婚されるかもって思って、どうだったぁ~?」
知らないよ! チラッと思っただけだよ!
「ねえねえ、どんな気持ちだったぁ~? ねえねえ、ねえねえ」
……うざい。
こうして事あるごとに妻はこの話題を持ち出すようになったのだった。我が家の定番の会話にまた一つ、イヤなバリエーションが追加されてしまったようだ。
「へ~、ほ~、ふ~ん、そんなこと考えてたんだぁ~」
もう勘弁してください。