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空の果ての島の物語  作者: 丸太
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挨拶の練習

 “牙”とは、我らが隣人達の中で最も誇り高く、強く、猛々しい者達である。彼等は隣人達の中でもとりわけ無礼と侮辱を許さない。彼等と接する時は常に礼儀を忘れず、彼等の機嫌を決して損なうことのないように注意を払わなければならない――と、教わってきたのはなんだったのだろうか、とリィンは雲間の日差しのくすんだ白の髪を微風に遊ばせながら思った。その眼前では一頭の“牙”が、白い腹を見せて仰向けに転がっている。くりくりと丸い朝焼けの色の瞳がリィンを見つめている。丸めていた前足を揺らしながら「キュウ?」と可愛らしく鳴く“牙”の顎の下をリィンはそっと撫でた。

「カリヨン、カリヨン君。どうしてお腹を見せているのか聞いても良いかな?」

 撫でながら尋ねると、カリヨンはキュルキュルと鳴いた。遊びたくってこうしてたの、と元気な思念が飛んで来る。こうすると襲いませんよって事なんでしょ? と続いて飛んで来た思念に、リィンは「そうねぇ」と頷いた。

 仰向けに転がって腹を出し、前足を丸めるのは確かに敵意がない事を示す行動だ。最も、“牙”は滅多にしないが。

「キュクルルルル」

 一頻り撫でられて満足したのか、曇り空の青鈍と陽射しの白で彩られた身体がごろりと転がる。体勢を戻したカリヨンの、夜闇の青黒い翼が畳まれる。何をしようとしているのか察したリィンは、すぐさま「動かない!」と叫んだ。

「キュル?」

 身を屈めようとしていたカリヨンが動きを止める。ぱちくりと目を瞬かせる幼い“牙”に、リィンは「ゆっくり屈んで。ゆっくりよ」と続けた。

「ルル?」

 どうして?と不思議そうな思念が飛ぶ。

「貴方に力加減を教えたいからよ」

「ルルイ?」

「力加減を覚えないと、貴方が挨拶しただけで誰かを怪我させちゃうからね。誰かが自分の挨拶で怪我をしたら嫌だなって思わない?」

 リィンの言葉にカリヨンは低地の民の鐘のような音で喉を鳴らした。うんうんと暫く考え込んで、ぴすっと悲しげに鼻を鳴らす。

「嫌でしょう? だから加減を覚えて欲しいの。そのために、まずはゆっくり動くのを覚えて欲しいの」

「キュゥン」

 はぁい、と鳴いたカリヨンは少しずつ身を屈めた。そろりそろりと屈んで、ゆっくりと顎を地面につける。

「クゥ?」

 鮮やかな橙色がリィンを見る。

「そう、そう。偉いわ。ちゃんとゆっくり屈めたわね、良い子ね」

 リィンが褒めて鼻面を撫でると、カリヨンは嬉しそうに目を細めた。

「それじゃ、次」

 次、と言いつつリィンはカリヨンから距離を取った。小さく呪文を口遊んで身体を強化してから、きょとんとしているカリヨンに向けて手を伸ばす。

「次は私の掌にゆっくり鼻先をあててみて」

「キュ!」

 一声鳴いたカリヨンは、屈んだ時と同様にそろりそろりと首を伸ばした。少し伸ばしては距離をじっと目測を測り直す。それを何度も繰り返して少しずつ距離を詰める。

「プッ」

「おっと」

 ちょんと鼻先がふれた後、ずっしりと衝撃が加わった。踏ん張ったリィンの身体に、カリヨンが喉を鳴らしている振動が伝わる。

「グゥル」

「ちょっと勢いがあったから、最後まで気を抜かないでゆっくり触れて欲しかったわね」

「グゥ」

「落ち込まなくっても良いのよ、練習して出来るようになれば良いんだから」

 「頑張って練習しましょうね」と続けてリィンはまたカリヨンから距離を取った。

「キュウ!」

 よし、と気合を入れたカリヨンが慎重に首を伸ばす。挨拶の練習は、何度も何度も行われたのだった。

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