それは男の罪悪感、女の執念
信号が赤から青に変わった。
夕方の駅前の交差点は、人であふれている。
携帯を見ている人。時計を見て時間を気にしている人。鏡で化粧の崩れを確認している人。
たくさんの人がその瞬間、今までの動作をやめて歩き出す。
僕もその中の一人。
一人暮らしのアパートに帰るために、その流れに乗る。
人がごちゃ混ぜに行き交う中、何かを避けるように人の流れが不自然なところがあった。
そこには、こちらに真っ直ぐ指をさして立っている女がいた。
じっと一点を見つめて動かない様は、明らかに周囲から浮いていた。
不審に思いつつも、人の流れに逆らえず女の方に歩いていく。
その間も女の周りには、ハエのようにちらちらと人が行き交っていた。
目を合わさないように、下を向きながら女を通り過ぎようとしたとき。
「人殺し」
小さな声だっだが、確かに聞こえた。
咄嗟に女の方を見る。
パズルのピースがはまるように、しっかりと女と目が合う。
全ての時間が、止まった感覚がした。
さっきまで聞こえていた話し声や車のクラクション。風や暑さの感覚。全てが一瞬で消え去った。
その女は、さっき突き飛ばした女だった。
適当な女を襲おうとして、たまたま通りかかったその女を路地裏に引き込んだ。
しかし腕を爪で引っ掻かれて抵抗されたので、突き飛ばしてしまったのだ。
ううっ、と短く呻いた後、ピクリともしなくなった。
倒れた女を見て、熱が冷めてしまったので放置した。
その女が、目の前にいる。
軽く押しただけなのに、死んだのか。
打ちどころが悪かったのか。
いや。倒れたのは演技で、僕を追いかけてきたのか。
警察に通報して、僕を見つけたから指をさしていたのか。
きっとそうだ。あんな程度で死ぬ人間なんていない。
「人殺し」
また女の声がした。
女の頭からは、どくどくと血が流れ続けていた。