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バケモノ女子s  作者: 一乗寺らびり
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第7話:異世界での日常

 異世界転生。それは、おそらくそういった物語を読んだことがある者なら、誰しもが憧れる出来事であろう。

 ところで、もし異世界転生に成功したとして、皆は何をするであろうか。魔王を倒すための冒険に出発するのだろうか。それとも、莫大な富や力を得るために、成り上がりを試みるのだろうか。

 実際に異世界転生を果たした、俺の場合は。

「……うん、まだ味が薄い」

「そっかー、まだ足りなかったかー……」

 ご飯を作って、味が薄いと文句を言われていた。

 ミラルの家に住み始めてから早三日。朝昼晩の三食の料理と、家の掃除を俺が一切やることになったのだが、そのどれもが、ミラルの満足が行くようにできていなかった。

「初日に比べたらまだマシになってきたけど、塩の分量間違ってない?ちゃんとレシピ見た?」

「ちらっと見て、そのままやったんだけだ、間違えたかな……」

 一つため息をつくと、ミラルはスプーンを置いた。

「まず、レシピは見ながらちゃんと作ること。あと、味見もちゃんとすること。わかった?」

「はい……精進します……」

 三日間も料理を作り続けているのに、ちゃんとしたものが作れていない自分が情けなく、落ち込んでくる。

「……まあ、最初よりはマシになっているわけだし、次からちゃんとやればいいわ」

 おそらく、落ち込みが表情にも出てしまっていたのだろう。ミラルは気遣ったようなことを言い、椅子から立ち上がるとキッチンへと向かった。

「味が薄いんなら、こっちで調整すればいいわけだしね」

 塩の瓶を持ってくると、ニッコリと笑いながら、俺の頭をポンポンと叩いた。

「ごめんね、ミラル……」

 そんな気遣いが、さらなる落ち込みを誘う。

「ほら、そんな顔してたら、料理が余計に不味くなるわよ。食べられないわけではないんだし、次に活かしましょ」

 ミラルは笑顔を浮かべながら、椅子に座った。そして、俺が作ったスープに塩を入れ始めた。

「そうだ。今日もギルドの方に行くから、帰りは夕方くらいになると思うわ。私が帰るまでに掃除済ませておいてね」

 塩を増したスープを掬いながら、ミラルは言った。俺が住み始めた初日は遠征直後だったからか、ミラルは丸一日家にいた。しかし、二日目である昨日は朝からギルドに出向き、夕方頃に帰ってきたのだ。

「うん、わかったよ。ところで、ギルドに行って何してるの?」

「仕事がないかの確認と、リストの更新よ」

 リストという単語は、前にも言っていた記憶がある。

「リスト?」

「賞金首のリストよ。罪人や駆除対象のモンスターは、日々増えていくからね」

 ミラルの仕事は賞金稼ぎだ。仕事の依頼を受ける以外にも、賞金首を探して倒す、といったこともしているのであろう。

「といっても、ここ最近じゃそこまで厄介な奴も出てきてないから、自分からリストのやつ狩りに行ったりはしてないけどね」

「狩り、かぁ……」

 リストには、犯罪者とはいえ人間も載っているだろう。それを『狩る』と表現しているあたり、人間に対する認識が俺とは違うのであろうか。

「ほら、のんびりしないで早く食べないと、スープ冷めちゃうわよ。塩一匙くらい入れると、ちょうどよくなるから」

 ミラルに急かされ、言われたとおりに塩をスプーン一杯分入れて、口に運んでみる。確かに、ちょうどよい塩加減になった。


※※※


「ふぅ、こんなもんかなぁ」

 家中の掃除を終えた俺は、額に溜まっている汗を拭う。時間はおそらく、昼を過ぎた頃だろう。

「家事って、こんなに大変なんだなぁ……」

 思えば、これまで家事というものは全くと言っていいほどやってこなかった。家の手伝いすらやっていなかったのだ。ここに来て、いつも掃除や料理をやってくれていた親のありがたみを感じることになるとは。

「しかし、物が少ない家だよなぁ」

 ミラルの家は、家具も小物も、必要最低限しか置いていない。武器や防具こそあれど、それ以外は本当に必要としているもの程度しか置いていないのだ。俺が使わせてもらっている元客室とミラルの寝室には、タンスとベッドしか置いていない。飾り物などといったものは、一切ないのだ。唯一ある娯楽的なものといえば、リビングにある本くらいだろうか。

「いわゆる、ミニマリストってやつなのかなぁ。まあ、その分掃除は楽なんだろうけど」

 変に複雑で壊れやすそうな小物が多いよりかはやりやすいので、これ以上詮索するのもやめておこう。

「さて……まずはなんか食べるかな」

 労働が終わり、空腹の音が鳴り響く。昼飯はどうしようか、疲れているし簡単に済ませるか、それとも料理の練習のためになにか凝ったものを作るか。

「……晩御飯のこともあるし、ちゃんとレシピ見て作ろう」

 そうと決まれば、疲れなど気にしている暇はない。エプロンの紐を縛り直し、キッチンへと足を向ける。

「おーい!少年、いるか?」

 すると、玄関の方からノックの音とともに、聞き覚えのある声が聞こえた。この声は確か、ランの声だ。

「はーい!いますよー!」

 エプロンを着たまま、玄関へと向かう。そして扉を開くと、紅白の和風な装束をまとったランが立っていた。当たり前だが、首は繋がっている。

「やあ少年、数日ぶりだな。この間は驚かせてすまなかった」

 ちらりと、ランの首が転げ落ちた光景が脳裏に映ったが、すぐさま振り切った。

「こんにちは、ランさん。ミラルなら、ギルドに行ってますよ」

「ランでいいし、ミラルと同じ扱いで構わないよ。ミラルじゃなくて、少年に用があって来たんだ」

「俺に?」

 俺への用事とは、一体何であろうか。ランとは、出会った時もまともに話していないし、ほぼ初対面に近いのだが。

「ああ。ギルドまで連れてくるよう、ミラルに頼まれてな」

「ミラルに?なんだろう、俺なんかしちゃったかな……」

 ミラルは朝出るときには、特にギルドに来てほしいようなことは言っていなかった。となると、ギルドに行ってから用事ができたのであろうか。

「大丈夫だ、別に少年を叱るために呼んでいるわけではないよ。もっと正確に言うと、連れてくるように頼んだのはミラルだが、用事があるのはミラルではない。ギルドだ」


***


「ミラル、ミリーさん、ショウタを連れてきたぞ」

 ギルドの扉をくぐると、広いロビーがある。アポロニアに着いた当日は、夜が遅かったこともあってか店じまいのような雰囲気であったが、今は何人も人がいる。鎧をまとった騎士のような者、壁に貼られた手配書のようなものを眺める筋骨隆々な者、依頼をしに来たのかとても戦いをするように見えない者と、様々だ。ランの声に数人がこちらを振り向いたが、すぐさま元の方へと視線を戻した。

「あら、早かったじゃないの。こっちこっち」

 出入り口の正面先でミラルが手を降っており、その直ぐ側にあるカウンターのようなところに、女性が一人座っている。女性はミラルよりも濃い目の長い金髪で、スーツのようなきっちりとした服を着ている。目立つのはその右目で、黒く大きな眼帯をしている。

「ミリーさん、紹介するわね。これが話してたショウタよ」

「ああ、これが。はじめまして、ミリーと申します。『ヒーローショップ』で受付を担当しております。以後お見知りおきを」

「は、はじめまして、ショウタ・ミナヅキと申します……」

 ミリーと名乗った女性は、とても鋭い視線でこちらを見ている。その突き刺さるような瞳に、思わずかしこまってしまった。

「……ミラル、私には只者の少年にしか見えないのだけれど、ギルド長は本気なのかしら?」

「さあ、私に聞かれても……ダグラスさんの考え、わかる時とわからない時の差が激しいのよね……」

 ミラルは眉をひそめている。どうやら二人は、何かに困っているような様子だ。

「ミラル、俺に用事ってなに?」

「それがね、私に賊討伐の依頼が来たんだけど、ダグラスさんがショウタも連れていけって言うのよ」

「……え?」

 今、なんと言った?賊討伐に俺を連れて行く?

「ギルド長が仰るには、あなたには何か秘められたものを感じる、とのことです。私には理解しかねますが」

 ミリーさんも眉をひそめている。どうやら俺は、ダグラスさんにえらく気に入られたようだ。

「秘められたもの……それってもしかして……」

 もしかして、俺に与えられた特殊能力のことだろうか。ダグラスさんはそれを見抜いて、俺を同行させようとしているのであろうか。そして、その能力を開花させようとしているのではないのだろうか。

 そうなれば、答えは一つだ。

「私は断ったんだけど、お前の人を守る練習にもなるからって聞かなくて」

「俺、行きます!!」

 大声で、自分の意志を伝えた。辺りが一瞬静寂に包まれる。

「……あんた、マジで言ってる?」

 ミラルが呆れながら言ってきた。

「だって、ダグラスさんが言うんだろ?それじゃあ行くっきゃないじゃないか!」

 そうだ、人を見抜く力がずば抜けているというダグラスさんが言うんだ。この冒険には、絶対に何か意味があるはずだ。

「あんなに怖がってたくせに。しゃーない、連れて行くか。ただし、もう気絶はしないでよ?あんたを運ぶのも、楽じゃないんだから」

 ミラルがため息を吐きつつ、頭を軽く小突いてきた。気絶は確かにそうだ。というか、俺はこれまで気絶ばかりしてきた気がする。

「う、うん!今回は大丈夫な気がするよ!」

「その自信はどこから来るのやら。じゃ、そうと決まれば話は早いわ。ミリーさん、その仕事受けるわ」

「承知したわ。くれぐれも、無理のないように」

 ミリーさんはメガネを直すように、眼帯をくいっと直した。

「ミラルだけだと大変だろう。私も同行しよう」

 後ろから、ランが名乗り出てきた。

「あら、マジで?助かるわー。それじゃあ、お互い準備ができたら南門前に集合ね」

「では、ミラルとランの二名体制で仕事に着手、ということで処理しておくわ。報酬は二等分でいいかしら?」

「うん、それでいいわ。よろしくね、ミリーさん」

「私もそれで良い。行ってくるぞ、ミリーさん」

 三人が何やら話をしているが、俺の耳には殆ど入ってこなかった。これから始まるであろう自分の伝説に、心が踊っている。

「よーし……!ここから英雄になってやるぜ!」

「こら、あんまりはしゃがないの」

 思わず大声を出してしまい、ミラルにいつもよりも強めに頭を叩かれたのであった。

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