第6話:王都の中のミラルの家
「おお!!すごい!!」
ギルドから俺を出迎えたのは、壮観な街並みだった。
広く長い石畳の両側に、所狭しと様々な建物が並んでいる。それらの見た目は、ファンタジー系の漫画やゲームで見たものにそっくりなのだ。これに興奮せずにいられようか。
随分と長く気絶していたのか、外はすっかりと暗くなっている。明らかに電気製ではない街灯の明かりの下、行き交う人がまばらにいる。
「なるほどねぇ。本当に異世界とやらから来たって言うなら、この喜びようも納得だわね」
呆れたようなセリフを吐きつつ、ミラルもギルドから出てきた。
「ここがアポロニア王都よ」
「王都……!」
日常生活では絶対に聞かないような単語に、更に興奮が加速する。よくよく見渡してみると、遠方に高い、城らしき建物が見えた。
「お城だ!すごーい!」
感動のあまり、語彙力が低下してしまった。だが、凝った表現が思いつかないほど、壮観な景色だったのだ。
「はいはい、あんまり街のど真ん中で騒がないの。一緒にいるこっちが恥ずかしいわよ」
ミラルに頭を軽く小突かれた。我に返って見回してみると、何事かとこちらを見ている人がちらほらいる。田舎者丸出しなところを見られてしまい、恥ずかしさがこみ上げてきた。
「さて、結構遅い時間になっちゃったわね。市場、まだ開いてるかな。少し早足で行くわよ」
確かに、夜に店を閉めてしまうのは、どこの世界も同じだろう。先行して歩き出すミラルについて、俺も早足で歩き出す。
「歩きながらだけど、少し忠告ね。あんまり、異世界から来たってこと、言いふらさないほうがいいわよ」
ミラルが、急に真面目な顔をして振り返った。
「え、なんで?」
「この世の中にはね、珍しいものを食い物にする悪い大人がいっぱいいるからよ」
ミラルの表情は、いつになく神妙なものである。
「少なくとも、自分の身を自分だけで守れないうちは、あまり目立ったことはしないほうがいいわ」
「う、うん。それもそうだね……」
ミラルの言いたいことは理解できる。俺が元いた世界でだって、見世物小屋とかがかつてあったというし、テレビやネット動画で珍しいものは取り上げられることが多かった。その対象に俺がなりかねないのだ。
有名な英雄になることが異世界で成し遂げたいことの一つではあったが、先は遠そうである。
「英雄……そういえば、ギルドの名前、不思議な名前だね」
十字路を右に曲がりつつ、ミラルに聞いてみる。『ヒーローショップ』という名前だが、もう少しかっこいい名前でも良いのでは、と思ってしまった。
「そうかしら?ダグラスさんの意思を全面に出した、いい名前だと思うけどね」
ミラルは首を傾げている。
「ダグラスさんの意思?」
「ええ。『全ての人に等しく英雄を』という、ダグラスさんの立派なスローガンのもとに名付けられたギルドなのよ」
「な、なるほど……」
そう聞くと、珍妙に思えた名前も、かっこよく感じ取れてくる。あのダグラスさんという人も、過去に何かあったのだろう。
「まあ、最近じゃ、その名にふさわしくないような奴も増えてきているけどね」
少し、ミラルの言葉は悲しみを帯びていた。
「ミラル?」
「……ほら、行くわよ。早くしないと、服屋閉まっちゃう」
そんな感情を隠すかのように、ミラルは足を早めた。
「み、ミラル!?速っ!?」
その足の速さは、とてもじゃないが早歩きとはいえないようなものであった。
※※※
「ぎりぎり間に合って良かったわー。これでしばらくは大丈夫そうね」
市場へと急いだ俺達二人は、なんとか閉店間際のところへと駆け込み、服や食料、その他日用品をいくつか買うことができたのであった。
今は二人してたくさんの荷物を抱え、ミラルの家へと向かっている。
「晩御飯は……帰ってからでいいか。こんだけの荷物持って御飯屋は入るのも、なんだか気が引けちゃうし」
「そういえば俺、昼も食べてなかったな……」
夜まで気絶していたせいで、昼飯を食いのがしていたのだった。意識したら、余計に空腹を感じるようになってくる。
そして同時に、昼に気になったことを二つ、思い出したのであった。まずは、目の前で起きたあの出来事について聞かなければ。
「昼といえばさ……あのランって人、何者なの?」
首を落とされても平然と立ち上がり、なおかつ首をくっつけていたランという女性。その姿は、とてもただの人間には思えなかった。
「ああ、そういえば言ってなかったわね。ランはね、不死身の身体を持っているのよ」
えらくあっさりと答えられた。
「いつだったかな、退治したモンスターの生き肝を食べてから、物凄い再生能力を得たんだってさ。それ以来かな、回避や防御ほとんどせずに、攻撃受けながら戦うようになったの」
ミラルはなぜか、少し寂しそうに言った。
この話が本当なら、えらく簡単に不死身の力が手に入る、ということなのだろうか。
「生き肝を食べただけで不死身になるって、すごいね……他にもそういった人はいたりするの?」
「いや、知ってる限りランだけよ。珍しいモンスターだったのかねぇ」
どうやら、簡単にはいかないようだ。それもそうか。
「そういえば、馬車の運転手さんが『死神の娘』って言ってたけど、不死身だからそう呼ばれているの?」
「いや、ランの父親がものすごく強い賞金稼ぎでね、『死神』って呼ばれてるのよ。その娘だから『死神の娘』ってこと」
「親子揃って賞金稼ぎなんだ」
「ランは、そう呼ばれるのが好きじゃないみたいなんだけどね。かっこいいじゃん、私なんて『バケモノ女』だよ」
ミラルは笑いながら言った。その笑いに、少し含みがあるように感じてしまった。
話題を変えようと思い、次に気になっていたことを口に出す。
「そ、そういえばさ、セリナって人は?ここにいるの?」
魔法使いと言われていた、セリナという人。もしかしたら俺の持っているはずの特殊能力を知る手がかりになるかもしれないのだ。できるなら、いち早く会いたい。
「ああ、セリナ?ダグラスさんに聞いたんだけど、仕事でアポロニアを離れてるんだってさ。数日は戻らないそうよ」
「えっ、そうなの?なんだぁ……」
思わず、両手に持った荷物を落としそうになってしまった。どうやらすぐには会えないらしい。
「そう落ち込まないの。少し待てば、すぐに会えるんだから」
そうは言われても、楽しみの一つが遠ざかってしまったこの落胆は大きい。
「そっかぁ……数日は会えないかぁ……」
「どんだけ楽しみにしてたのよ」
落ち込みが表に出すぎて、ミラルに呆れられてしまった。俺、ずっとミラルに呆れられていないだろうか。
「帰ってきたらちゃんと会わせてあげるから、そんなに落ち込まないの。ほら、家に着いたわよ」
ミラルが足を止める。その先には、二階建てのアパートのようなものが建っている。
「ただいま、我が家」
※※※
ミラルの家は、アパート一階の小さな2LDKであった。玄関から入ると廊下があり、左右にいくつかのドアが見える。寝室と客室、バスルーム、そして、廊下を真っ直ぐに行ったところにリビングとキッチンだ。どの部屋も狭めで、人が一人暮らすにちょうどいい程度だ。
リビングに入ると、あまり家具はなく、小さなテーブル一つと椅子が二つおいてあり、その他には食器棚一つと本棚が二つある程度だ。ただし、空いている壁には巨大な剣やつるはしが立て掛けてあり、そこは戦士の部屋といった感じである。
荷物を置き、部屋を一通り紹介されると、俺はリビングの椅子に腰掛けた。ミラルは先程市場で買った調理済みの肉料理を、キッチンで温め直している。
「とりあえず、明日からは家事とか色々とやってもらうから、そのつもりでいてね」
「うん、わかったよ。でも、それだけでいいの?」
せっかく衣食住を提供してもらえるのだ。家事だけではなく、もっと他のことでも手伝いたい気持ちがあった。
「例えば、えーと……」
「今は良いわよ、できることしてもらえれば。仕事に着いてこられても、あんたを守る必要が出てくるし」
賞金稼ぎの仕事を手伝いたい、そう言おうとしたが、牽制された。
しかし、ミラルの言うとおりである。今の俺は、戦う力を何も持たないただの一般人である。今の俺は。
「じゃあ、セリナさんに会って戦う力を身につけたら、一緒に行っても良い?」
「なんでセリナに会えばそうなるかはよくわからないけど、もしそうなったら良いわよ」
ミラルは笑いながら、料理を運んできた。何の肉かはわからないが、とてもおいしそうな香りが漂っており、思わずよだれが出てくる。ミラルがさらに、同じく市場で買ったパンを運んできた。
「とりあえず、今は食べて休みましょう。こう外出が長引くと思ってなかったから、流石に疲れたわ」
うーんと伸びをしつつ、ミラルも席につく。そして、おもむろにパンを口に運び出した。
「うん、そうだね。よーし!明日から色々と頑張るぞ!いただきます!」
「はいはい。あんまり頑張りすぎて、空回りしないようにね」
何度めかのミラルの呆れ声を聞きつつ、俺もパンを口に運んだ。おいしい。とてもおいしい。空腹は一番のスパイスとは、よく言ったものだ。次いで肉料理も口に運ぶ。これもおいしい。
「あんまりがっつかないの、全く……」
呆れつつも優しさのこもったミラルの声を聞きつつ、俺は料理に夢中になるのであった。
***
「あー、さっぱりした……」
シャワーを済ませた俺は、買ったばかりの寝間着に着替え、リビングへと足を運んだ。新品の服の着心地は、とても良いものである。
リビングに入ると、先にシャワーを済ませていたミラルが、椅子に座って本を読んでいる。本の表紙には『シファネの呪い』と大きく書いてある。
「あら、おかえり」
「ミラル、また本読んでるの?今度は何の本?」
思い返すと、ミラルはよく本を読んでいる。読書が趣味なのだろうか。
「これ?これは歴史の人物史、かな?」
「前も歴史書みたいなの読んでたよね。歴史、好きなの?」
気になって、聞いてみる。
「好きといえば好きだし、仕事柄知識が必要になることもあるしね。さて、あんたは疲れてるでしょ?子供は寝る時間よ」
ミラルはシッシッと、追い払うような手ふりをした。
「そうだけど、ミラルはまだ寝ないの?」
「この本読んだら寝るわ。ほら、おやすみ」
「う、うん。おやすみ」
やり取りに既視感を覚えつつ、俺はリビングを出て客室へと向かう。ランやセリナが稀に泊まりに来た時に使っていた部屋だが、俺の部屋として整えてくれたのだ。
部屋の中にはベッドとタンスが一つずつ置いてある、すごくシンプルなものだ。
俺はベッドに横になり、目を瞑る。
「明日から色々と頑張らないとなぁ。料理に掃除に、それから……」
昨日までとは違い、不安や疑問はあまりなかった。まずは、セリナに会うまで、ミラルの下で頑張ろう。
そんな事を考えながら、俺は深いまどろみに沈んでいった。