第5話:ギルド『ヒーローショップ』
眩しい日差しの下、焼けそうなほど熱いアスファルトの上を、俺は歩いている。周りには俺と同じような、学生服を着た人ばかりだ。
楽しくじゃれ合う男子たち、談笑している女子たち。皆行く先は同じ方向で、揃って別々の速度で歩いている。時折流れに反するように、異なる服装の大人や子供が歩いたり、走ったり。その流れの中を、俺も歩いている。
周りの風景は住宅街。色とりどりの屋根や壁に左右を囲まれており、窓に反射する太陽光がとても目に刺さる。今は夏だろうか。
ああ、これは夢だ。
ごく普通の、平和で日常的な光景なのに、これが夢だと思ってしまった。
何故なら、今俺のいる場所は。
※※※
「はっ!?」
唐突に、俺は飛び起きた。確か、馬車に乗ってアポロニアという所のギルドとやらに向かってて、その途中で首が……
「……あれ?ここどこだ?」
ふと気づく。俺は馬車の側にいたはずなのに、今は室内の、それもベッドの上にいる。
あたりを見回すと、左側にもう一つベッドが設置されている。壁と天井は白く、ベッドの反対側の壁には、何やら瓶が並んでいる棚がおいてある。その棚の側には机もあり、女の人が何やら書類を書いているのが見えた。
「……保健室?」
とっさに思いついたのが、それだった。学校の保健室に、とても似ている場所だ。
「あら!あなた、目が覚めたのね!」
女の人が俺に気づくと、ニッコリと笑って立ち上がり、こちらに近づいてきた。少し年配の、だがとてもきれいな人だ。三編みの長い茶髪が美しく輝いている。
「えーと、ここは……?」
「ここは『ヒーローショップ』の治療室よ。ミラルが気絶したあなたを運んできたから、寝かせていたのよ」
そうだ、ランという人の首がもげた瞬間、目の前がブラックアウトしたのだった。あれは一体何だったのだろうか。
「そうだ!ミラルは!?」
「あら、まだ寝ていたほうがいいわよ。ミラルなら、今ギルド長に報告してるところだと思うわ」
まだ混乱している頭で、なんとか現状を理解しようと試みる。どうやら気絶したあと、ミラルに運ばれてギルドというところまで連れてきてもらったらしい。
「すいません、ありがとうございます。えっと……」
「私はリオよ。ここで保険医をやっているの。よろしくね」
リオと名乗った女性はニッコリと笑うと、部屋の扉の方へと向かっていく。
「今、ミラルを呼んでくるから、もう少し横になっていなさいね」
そう言うと、リオさんは部屋の外へと出ていった。
「……ふぅ」
まだ頭はぐるぐると渦巻いているが、とりあえずギルドには着いたのだ。一安心といったところ、ではない。
「……自分のこと、なんて言うかな」
俺はアホだ。馬車ではしゃぎ、魔法にはしゃぎ、大事なことを何一つ考えられていない。一体どうすればいいのだろうか。
「少なくとも誠実に、か」
ミラルの言葉が頭に浮かんでくる。だとすると、正直に言えばいいのだろうか。
「……異世界から来たなんて、信じる人いるかなぁ……」
はぁと、ため息が出る。いっそのこと、記憶喪失のふりでもしようか。
そんなことを考えていると、部屋の扉を叩く音が聞こえ、リオさんが顔をのぞかせた。
「ショウタくん、だったかしら?ギルド長がお呼びよ」
※※※
「ほう、お前さんが件の少年か」
先程の治療室よりも少し広めの部屋の中、出入り口真正面に鎮座する机の前に、俺は立っている。
机の左手にはミラルが、そして机の向こう側には、厳つい男性が座っている。角刈りの似合う、筋骨隆々な巨大な男性は、座っているにも関わらず、俺と同じくらいの目線だ。
「は、はい!ショウタ・ミナヅキと申します!」
威圧感のある雰囲気に、緊張して声が裏返ってしまった。そんな滑稽な俺の姿を笑うような者は、その場にはいなかった。
「なるほど。俺はダグラス・パイソン、このギルド『ヒーローショップ』の責任者をやっている」
野太く深い声に、圧倒されそうになる。いくつもの修羅場をくぐってきたのだろうか、太く鋭い視線が刺さる。
「ミラルから話は聞いている。山の奥で、駆除対象の熊に襲われそうだったところを助けた、と」
「はい、そのとおりです!」
怖い。恐怖と重圧に負けないようにか、自然と声が大きくなる。ちらりとミラルの方を見ると、真面目な顔をして、こちらを見据えている。
「はっきり言おう。お前さんは不審な点が多い。すぐ近くに集落のない、それも獣や賊も出るような場所に、何故身体能力の低いお前さんのような人間がいたのか」
「うっ……」
「それに、見たところと名前から、お前さんは東洋系の人間だろう?この辺りでは、東洋人は珍しい。ランと一緒に行動することの多いミラルは気にしなかっただろうが」
「あっ、そういえばそうか。全然気づかなかった」
ミラルは驚いたような顔をしている。確かに、ミラルやリオさん、これまでに会った殆どの人は西洋人のような見た目だ。記憶を辿りランの顔を思い出すと、見慣れたような雰囲気の顔であった。
が、ランの顔を思い出した瞬間、頭が落ちる瞬間も思い出し、気持ち悪さが込み上がってくる。
「うぅっ……」
吐き気と恐怖で、涙目になってきた。いっそ大泣きでもしたら、この重圧から開放されたりしないだろうか。
「あー、ダグラスさん、あんまり追い詰めるのもアレだし、聞きたいことだけ聞いたら開放してあげてもいいんじゃないですかね」
そんな俺を見かねてか、ミラルが助け舟を出してくれた。
「ふむ、それも一理あるな。ではショウタよ、一つだけ聞こう」
ダグラスさんの鋭い視線が、更に威力を増す。
「お前さん、どこから来た?」
ついに来た、恐れていた質問が。
「えーと……実はきお……」
考えていた嘘をつこうとして、躊躇する。ミラルの言葉が頭に響く。
(少なくとも誠実に……)
一つ、大きく深呼吸し、意を決して言葉を放つ。
「……異世界から来ました」
場が静まり返る。ミラルは、こいつは何を言っているんだと言わんばかりの、怪訝な顔をしている。そりゃそうだ。
「なるほど、異世界からか……」
ダグラスさんは目を閉じ、静かに考え込んでいるようだ。ふざけた答えを出した俺を、どうしようか考えているのだろうか。
「……くっ……くくっ……だっはっはっは!!」
突如、ダグラスさんが笑い始めた。その大きな声に驚き、思わずしりもちをついてしまった。
「だ、ダグラスさん!?」
「はっはっは……おもしれぇガキじゃねぇか!気にいったぞ、小僧!」
ダグラスさんは笑いながら、膝を叩いている。そんな様子に、俺もミラルも唖然としていた。
「よし!質問は以上だ!帰っていいぞ!」
「ちょ、ちょっとダグラスさん!?」
慌ててミラルが間に入る。
「いいんですか!?嘘にしても、流石にふざけすぎてません!?」
「ところがどっこい、この小僧は嘘をついていない!まあ、信じられん話ではあるがなぁ」
ダグラスさんは顎をさすりながら、ニコニコとしている。そんな様子に、ミラルは変わらず唖然としている。
「ダグラスさんが言うなら嘘じゃないんだろうけど、異世界って……」
ダグラスさんの人を見抜く能力は、ミラルからかなり評価されているようだ。
「とりあえず、誠実に答えたお前さんに敬意を示し、これ以上追求はしない。さ、帰っていいぞ。ミラルもな」
そう言うと、ダグラスさんは机から書類を取り出し、読み始めた。
「え、えぇ……」
ミラルが困惑している。どうやら、彼女が考えていたような展開ではなかったようだ。
しかし、帰って良いと言われても、俺には帰る家はない。
「あの、ダグラスさん……恐縮ですが俺、帰る家がなくて……」
恐る恐る、聞いてみる。
「おお、そうか。異世界から来たのなら、帰る家もなにもないのか」
ダグラスさん、すごく物わかりが良い人である。こちらの状況をしっかり把握してくれている。
「そうだな……ミラル、お前の家に置いてやれ」
「え!?うち!?」
驚くミラル。そりゃそうだ、いきなりこんなこと言われたら、誰だって驚く。
「お前が拾ってきたんだろ?最期まで面倒見てやれな!」
「そんな、犬拾ったみたいに……」
呆れるミラル。こうなると、なんだか申し訳なくなってくる。
「あの、ミラル……その……」
「はぁ……上司命令だもの、しゃーないわ。乗った船からは急には降りられないものだし」
ミラルはやれやれと両手を上げると、ダグラスさんの方へと向き直った。そして、きれいに敬礼をした。
「了解です、ダグラスさん。ちゃんとうちで面倒見ます」
「頼んだぞ、ミラル!じゃあな!」
※※※
「……なんというか、凄まじい人だったなぁ」
ギルド長室から出た俺は、緊張の糸が切れた反動からか、廊下でぐったりとしていた。
「てっきり、根性鍛え直してやるとか言って、ダグラスさんの下でがっつりしごかれることになるかなと思ったけど、そんなことはなかったか。良かったわね」
それがミラルの想定していた展開だったのか。そうなったら、確かに早々に体力切れで死んでいたかもしれない。
「まあ、いつまでになるかは今の所わからないけど、これからよろしくね、ショウタ」
ミラルはニッコリと笑うと、手を差し伸ばしてきた。
「……ミラルは、これでいいの?」
「だからいいって。あんたの素性は気になってきたけど、少なくとも誠実なやつであることはわかったしね」
少しだけ躊躇してしまったが、ミラルの手をしっかり握り、立ち上がった。
「よろしくおねがいします、ミラル」
「だから、敬語はいらないって。まあ、うちに置いてあげる分、色々とやってもらおうとは考えてるけどね」
ミラルの笑顔が、ニコニコからニヤニヤに変わっている。一体何をさせられるのだろうかと不安に思ったが、野垂れ死んだりしごかれるよりは何倍もマシなのだろうと自分に言い聞かせる。
「そうと決まれば、まずは買い物からね。あんたの服とか買ってあげるわよ。行こうか、ショウタ」
「うん!」
これからどんな生活が待っているのか。期待と不安を胸に、ミラルと共に足を踏み出したのであった。