第4話:死神の娘ラン
「おぉ……!速い……!!」
「一番速い馬を手配してくれたんだって。熊駆除のお気持ち追加、だってさ」
朝早くに宿を発った俺とミラルは、馬車に乗って平原を走っている。窓の外を足早に流れていく景色がとても面白く、新幹線にでも乗っているかのような快適さだ。実際には、新幹線ほどの速度ではないのだろうが。
「馬車なんて、初めて乗ったよ!こんなにすごいんだね!」
「あらまあ、はしゃいじゃって」
これにはしゃがずにはいられないだろう。馬車なんてもの、今どき観光地でしか見たことないし、ましてや乗ったことなんてない。
俺の視線は、流れ行く景色に釘付けになっていた。きっと、目はものすごく輝いていたのだと思う。
「お坊ちゃま育ちなのかと思ってたけど、案外そうでもないみたいねぇ」
ミラルは呆れたように言った。この世界では、馬車は珍しいものではないようだ。
「さて……今のうちに、これだけは言っておくわね」
「うん?どうしたの、ミラル?改まっちゃって」
急に、ミラルが神妙な顔をしだした。
「正直言って、私はあんたの身元は気にしないし、言いたくなければ別にそれでいいと思ってる。なんなら嘘ついてもいい」
「う、うん」
「でも、うちのギルド長、ダグラスさんの前ではそうはいかない。ダグラスさんは、やましいことは一発で見抜くわ」
言われてみれば、たしかにミラルは、勘違いはすれども、俺の出自について深くは追求してこなかった。
「その上でどうなるかはダグラスさん次第だけど……少なくとも、覚悟はしておくことね」
そう言うと、ミラルは荷物から本を取り出し、読み始めた。タイトルは手に隠れて読めないが、昨晩とは違う本のようだ。
「覚悟……」
もし、そのダグラスさんとやらに怪しまれたら、俺はどうなるのだろうか。まさか、不審者として捕まったりするのだろうか。いやそんなはずはない。それだったら、まず先にミラルが言うはずだ。
「……」
「……」
段々と、テンションが下がってくる。そうだ、未知の体験を喜んでいる場合ではない。俺は何を言えばいいんだ。
「……」
「……」
それに、ふと思い出した。もう二日も経っているというのに、俺は自分が持っているはずの特殊な能力について全く知らない。そろそろわかってもいいはずだと思うのだが、まさか騙されたのだろうか。
「……」
「……」
不安が襲ってくる。自分の先のことがわからない。ギルドとやらに着いたら、俺はどうなるのだろうか。
「……急に静かになったら、それはそれでびっくりするわ」
「え!?あ、うん!?」
急にミラルが話しかけてきて、思わず挙動不審になってしまった。
「大丈夫よ。覚悟と言っても、別にすぐに死んだりするようなことはないだろうから。多分」
「多分て……」
この一言がここまで不安を煽るようなことは、これまではなかった。
「まあ、少なくとも誠実でいれば、悪いようにはしないだろうから、そこは安心しておきなさい」
「は、はぁ……」
そう言われても、溢れ出てきている不安を抑えることはできない。おそらく、無意識のうちに表情にも強く出ていただろう。
「そうね……何か話そっか。そうしたら、少しは不安もなくなるでしょ」
そう言うと、ミラルは本をたたみカバンに仕舞った。俺を気遣ってくれているようだ。
「さて、何か聞きたいことはある?」
「そうだなぁ……えーと……」
聞きたいこと、と急に言われても、案外思いつかないものである。昨晩、気になっていたことはいくつかあったはずだが。
少し考え、ようやく一つ、質問が出てきた。
「『セリナ』って名前、何回か聞いたけど、友達か何か?」
「ああ、セリナね。セリナ・ハインド、私の誇るべき友人の一人よ」
ミラルは誇らしげに言った。
「生意気だけど、魔法使いとしては天才的なのよね。あれはいつだったかな、賊に占拠された砦をまるごと……」
「え、ちょっと待って。魔法?」
今、聞き捨てならない単語が聞こえた。
「魔法、あるの?」
「え?何を当たり前のこと聞いてんのよ」
俺の中に、一筋の希望の光が指した。もしかしたら、もしかするかもしれない。
「ミラルは魔法、使えるの?」
「私?私は……自由には使えないなぁ。セリナはすごいわよ、いろんな魔法使えるし、自分でも開発してるっていうんだからね」
「ミラル、是非そのセリナ先生に会わせてください」
「急にどうしたのよあんた」
もしかしたら、俺の与えられた特殊能力というのは、魔法に関係するものかもしれない。それなら、現地の魔法使いに話を聞くのが一番だろう。
「アポロニアだっけ、早く着くといいなぁ」
「えぇ……不安がったり急に元気になったり、忙しいわねあんた……」
ミラルに引かれつつも、セリナという将来の我が師匠に会う楽しみは隠せないのであった。
※※※
「ねぇ、まだつかないの?」
「あんたそればっかねぇ、もうすぐだから大人しくしてなさいよ」
馬車に乗って数時間は経っただろうか、何度もいつ着くのかミラルに聞いてしまい、その度に呆れられていた。
「そっかぁ、早く着かないかなぁ」
「あれだけ不安そうにしてたってのに、あんたはよくわからないわ」
ミラルは何度めかのため息をつきつつ、窓から外を眺めている。俺も初めのうちは景色を楽しめていたが、こう何時間も似たような景色が流れ続けていると、流石に飽きてきた。
「なんだか、心配して損したなぁ」
「だって、楽しみなんだもん!テンション上がるのは仕方ないじゃん!」
「はいはい……あれ?あれって……」
突如、景色を眺めているミラルの表情が変わった。
「運転手!ちょっと止めて!」
「み、ミラル?」
「お客さん、どうしたんです?」
「知り合いが見えたの!戦ってる!」
馬車が、ゆっくりと減速していく。しかし、まだ止まりきらないうちに、ミラルは馬車の扉を開け、飛び出していった。
「ミラル!?どこいくの!?」
「コラ坊主!今出たら危ないぞ!」
思わず、ミラルを追って飛び出すところだった。ミラルの駆けていく姿を確認すると、どこかへ一直線に向かっている。
その先に目をやると、少し離れた場所に、なにやら動く物体が複数見えた。
「あれは……人と、なんだろう?」
一つは、赤っぽい服を着た人。その他は、全身灰色の二足歩行の何か。人間ではないように見える。なにかの獣だろうか。
赤い服の人は、なにやら棒状の物を振りながら、飛びかかる獣と戦っている。
「あっ!!」
思わず、息を飲んだ。赤い人の背後から飛びかかった獣が、首を跳ねた。どれだけ鋭い爪なのか、一撃で勝負が決した。
「ひっ……!」
「いかん!坊主、中には入れ!」
運転手の忠告も耳に入らず、恐怖で立ちすくんでしまった。
また、目の前で人が死んだ。
倒れた赤い人の胴体に、獣たちが一斉に群がる。
「ドリャァ!!」
そんな獣たちの一匹に、ミラルがきれいにドロップキックを決めた。蹴られた獣は遠くに飛ばされていく。
不意打ちを食らった獣たちは、今度はミラルを取り囲もうとする。が、なにか怯えたように、一目散に逃げ出した。
「あぁ……」
獣たちの姿を見送ると、ミラルは赤い人が倒れたところへと向かっていく。確か、知り合いと言っていた。
俺はまだ、近い人を亡くしたことがない。両親も、祖父母も、友達も。近くの人が死ぬというのは、どんな感情になるのだろうか。
「……あれ?」
しかし、不思議なことが起こった。赤い人が、立ち上がっている。首はないのに、しっかりと二本足で立っているのだ。
「え?え?」
「おお、なるほどなぁ。ありゃ死神の娘か」
運転手はなにやら知っているようだが、質問できる精神状態ではない。ただただ、今起きている不思議な出来事が、頭を混乱させている。
ミラルが何かを拾い上げ、赤い人に渡した。人の頭くらいの大きさの玉、というか、頭そのものだ。さっき刎ね飛ばされた、赤い人の。
頭を受け取った赤い人は、首のところに頭を置くと、両手を離した。頭はしっかりとくっついた、と言っていいのか、首に固定されているようだ。
ミラルと赤い人は、少しばかり何やら話すと、こちらに向かって歩いてきた。
「あれ?ミラル、あの少年は?」
「ああ、ショウタっていうの。山の中で拾ったのよ」
ミラルと赤い人は、何事もなかったように普通に話している。
「おーいショウタ!紹介するね、この娘はラン、私の同僚よ」
「はじめまして、少年。私はラン・ナガエだ」
「は、はじめまして……」
目の前に来た、首を跳ね飛ばされたはずの人。髪は茶色のショートで、頭に赤い鉢巻を巻いている。白い和服と赤い袴のような服の上に、赤い胴当てを纏っており、これが遠目から見えた赤色のようだ。そして、その右手には、長い薙刀を握っている。
「いやぁ、お見苦しいところを見せてしまったな。やはり、素早い獣みたいなのは苦手だ」
ランは、首をさすりながら言った。首元をよく見ると、薄っすらと赤い傷のようなものが見える。
「おみぐる……?」
「まったくよ!だから、あれほど回避と防御はちゃんとしろって言ってたのに!」
ドンッと、ミラルがランの背中を叩いた。
その瞬間。
「あっ」
「えっ」
ポロリと、ランの首から上が落ちた。
「あ、ごめん、まだくっついてなかったのか」
「……」
すぐ目の前で起きた衝撃的な出来事に、俺の視界は、またしても暗くなっていくのであった。