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[幕開け:邂逅]

のんびり、だらだらと主人公とヒロインがイチャつく話です。暇で暇で仕方ない時などございましたら、付き合ってやって下さい。

『窓開けて』

真っ白なスケッチブックに綺麗な筆跡でそう記されていた。

「ん、そういや少し暑いな」

真っ白な病室。その中央に据えられた大きなベッドの上でスケッチブックを持った少女が俺、葉山祐介の言葉にコクリと頷いた。

ベッドの脇に置かれたパイプ椅子に座っていた俺は窓際まで歩くと、外界と病室とを隔てる窓を大きく開け放した。

フワリと爽やかな風が病室に入ってくる。何気なくベッドの方へ目をやると少女、朝倉結が喉をくすぐられた猫のような緩んだ表情で長い黒髪をなびかせる風を楽しんでいた。

ジワリと、柔らかな幸福感が胸の辺りに染み入る。

「気持ちいいな」

パイプ椅子に座り直してから、微笑んで語りかけると、結はハッと我に返って頬を赤く染めた。どうやら、気の抜けた表情を見られたのが恥ずかしかったらしい。

そんな顔もそれはそれで微笑ましくて、俺が笑みを深めると、結は馬鹿にされてるとでも思ったのか、頬を膨らませてスケッチブックに何事かを書き始めた。

『バカ』

ズイッと突き出されたスケッチブックにはいじけたように小さな文字でそう書かれていた。

捻りのなさすぎる言葉がおかしくて、俺はまた笑ってしまった。

ペシッ!

「痛い、痛いって!」

笑いすぎたらしい。結がちょっと涙目で俺の頭をペシペシ叩いてくる。端から見たら微笑ましい光景かもしれないが、結は華奢な割に力が強く結構痛い。

「そ、そうだ!ジュース!ジュース奢る!奢るから許して!」

ピタッ

俺の必死の発言に結の手が止まる。そして、結はスケッチブックにそろりと手を伸ばすと、サラサラとマジックを走らせた。

『ほんと?』

うわ、メッチャ瞳がキラキラ輝いてますよこの人。

「ああ、ホントホント。何がいい?」

『オレンジ!百パーセントのやつがいい!』

間髪開けず突き出されたスケッチブックの文字はどこか活き活きしているように見えた。

本当にこいつは……世話のしがいがあるよ。

「了解。行ってくるな」





俺と結の出会いは半年程前に遡る。きっかけは俺が気管支炎で一週間の入院を強いられたことだった。

病院の談話スペース。俺が初めて結との邂逅を果たした時、彼女は飲み物の自販機の前で、オロオロと困ったような表情で立っていた。

「どうしたの?」

どちらかといえば人見知りな質だというのに、この時、何故あんな風に声をかけることができたのかは分からない。

彼女の困り顔が高校生くらいの外見に反して幼く、どこか情けなかったからだろうか?

「!」

この時の結の反応は面白かった。突然声をかけられたことに驚いたのか、それとも俺の顔がそんなに怖かったのか(後者なら若干ショックである)その場で飛び上がった。そして、肉食獣から逃げる小動物のような動きで自販機の影に隠れてしまったのだ。

チラッ。

しかし、気になりはするのか顔だけはこちらに覗かせてくる。

「あの……」

ビクッ!

顔を引っ込める結。でも、やっぱり気になるらしく数秒も経つとそろそろと顔を出し、こちらを伺ってくる。

……可愛いし、面白いなこいつ。

結のあまりにおかしな仕草にこの子とコミュニケーションをとりたいという欲求が胸の底から湧いてくる。

「出てきなよ。別にとって食ったりはしないからさ」

両手を挙げて笑顔を作りながら無害をアピールしてみる。すると結は「ほんと?」とでも問いたげな目で俺をジッと見つめてきた。

「何か困ってるんだろ?良ければ力になるよ」

愛想笑いを深めて呼びかける。ってか、我ながら胡散臭いな。詐欺師みたいだ。

しかし、結はそれでも信用してくれたようで、おずおずと自販機の影から身を現すと俺の下へ歩み寄ってきた。素直なことは美徳だが、若干心配である。

「それで、どうしたの?」

俺の真正面に立ち、拳二つ分ほど低い位置から上目遣いで見つめてくる結に、再び最初と同じ問いを口にする。すると、結は不意にポケットの中を探ると、メモ帳とペンを取り出し、怪訝な顔をする俺の前で何かを書きいて俺に紙面を見せた。

『オレンジジュースがどうしても飲みたいけど、売り切れなの』

そして、自販機の売り切れの表示が出ているオレンジジュースのボタンを指差した。

「なるほど。ところで何故筆談?」

思った以上に軽い悩みに拍子抜けしつつも、俺はズバリ疑問をストレートに口にしてみた。すると、結はハッとした表情でこんなことを書き綴った。

『病気。声出ない』

「え、あ、ごめん。嫌なこと聞いたかな?」

自分の短慮を悔やむ俺に結は問題ないとでも言うように首を振った。別に無理をしている風でもないし、大して気にしていないようだ。

ならばこちらも気遣いは無用だろうが、やはり勝手な罪悪感というものはある。何か詫び代わりにできることはないかと考えて、そして俺は提案した。

「オレンジジュース飲みたいならさ、ちょっと抜け出してコンビニ行かないか?奢るよ」

『いいの?』

きょとんとした顔でメモ帳を掲げる結に俺は笑いかけた。今度は自然に笑えたと思う。

「いいよ。お近づきの印って奴だ」

これが始まり。

俺の一番の親友との物語の幕が上がった瞬間だった。


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