闇堕ち聖女、覇道を征く ~祈っても神は救ってくれないので、闇堕ち神聖魔法でアンデッド軍団をつくって憎き貴族を皆殺しにします~
「フィリシア! この森の奥に身を隠せる洞穴がある。そこまで走るんだ!」
幼馴染のナタリアに声をかけられても、返事をする余裕がなくうずくまる。
濃厚な森の匂いに包まれる中、走り続けた息苦しさで立ち止まる。
でも、逃げるしかない。
聖女の証である純白の法衣がどんなに汚れても、命を守ることが何よりも優先された。
なにしろ故郷の村に内戦の火が降りかかってきたのだ。
わたしは聖女の務めとして村に結界を張ろうと試みたものの、村のみんなは聖女フィリシア……このわたしの命を守るために送り出してくれた。
「ああ……みんな、ごめんなさい……。やっぱり、わたしが結界を張っていれば……」
「結界を張っても、あの数の軍勢に取り囲まれては死を待つのみだ!
あなたが生きてくれてさえいれば、村の復興はなんとかなる。だから逃げるんだ!」
そう言ってナタリアはわたしに手を差し伸べてくれる。
ナタリアは聖女の従者であり、わたしの幼馴染。
物心ついた頃から共に遊ぶ、かけがえのない女性だった。
息を切らしているわたしとは対照的に、ナタリアは汗ひとつかいてない。
彼女はわたしと同じ十代の少女に過ぎないのに、護身用の大きな連接棍棒やクロスボウ、そして数日分の食糧を軽々と背負ってくれている。
そのたくましさはほれぼれするほどだった。
だからこそ、強い彼女を独り占めしていることに胸が痛くなる。
ナタリアがいなければ、村の守りは数刻と持つまい。
村に戻りたい気持ちを懸命に抑え、天を仰ぐ。
「ああ……神よ……。母や妹たち、村のみんなをお救いたまえ……」
「フィリシア、しゃべっている暇はない! 走るんだ! あなたの母君が村に結界を作っているとはいえ、あの軍勢を前にしては突破されるのも時間の問題。それがわかっているからこそ、母君は聖女の任を継いだあなたを逃がしてくれたんだ」
母の結界とは、村を災いから守るために村全体に魔法陣を張り巡らしたもの。
その力は城壁と同等の物になり、本来ならばたやすくは突破されるまい。
しかし敵の軍勢に囲まれて籠城しても未来はない。
なればこそ先代の聖女である母は力の残り火を燃やし、「聖女はここにあり」と敵を欺いてくれているのだ。
不安を胸に村の方の空を仰ぎ見た時、わたしの視線は一点に釘付けになった。
「ああ……! あの煙、まさか村に火が?」
心がざわつき、いても立ってもいられずに崖際で身を乗り出す。
眼下に川の音が聞こえる谷間からは、ふもとの様子が垣間見えた。
ああ……。
わたしの村に火が放たれ、燃え盛っている。
「……なぜ? なぜ、こんな辺境の村が蹂躙されなければいけないのです?」
国の事柄に疎いわたしに、ナタリアが教えてくれる。
「王家が流行り病で途絶えたあと、新たな王を名乗ろうとする貴族どもが戦を起こしたのだ。……その火の手がこの辺境の地も及んできた。貴族どもの狙いは霊力の宝庫たる聖女。つまりあなたなんだよ……」
「わたし一人の犠牲ですむなら、わたしを差し出せばよかった!」
「ダメだ! 聖女の霊力は、この土地に住まう者たちの魂が束ねられたもの。聖女の任を引き継いだあなたを守ることこそ、この土地を守ることなんだ!」
「でも、だからといって、村を見放すなんて……」
「逃げるんだ! 聖女が生きてさえいれば、その身に宿した魂の転生も夢ではない。神のお導きに従って、私が必ず守ってみせる!」
……そのナタリアの言葉にかぶさるように、馬のいななきが耳をつんざいた。
振り返ると、馬にまたがる騎士の姿がある。
全身を包むきらびやかな甲冑は、さぞや裕福な家柄なのだと思わせた。
「ぬははっ! この広い森で聖女を見つけられたのも、神のお導きというものだなぁ!」
姿に似つかわしくない下卑た声色に、わたしは身を縮こませる。
ナタリアはとっさにクロスボウを構え、盾になるように立ち塞がってくれた。
「この暗い森をそんな白装束で逃げまどうのだから、見つけてと言っているようなもの。聖女とは迂闊な者を指す言葉か?」
「む……村のみんなをよくも!」
「貴様らが囮にした連中か。今頃は肉塊か炭か。……もはや灰になっておる頃合いかもしれぬなぁ」
「なんと惨いことを……。あなたは人ではないのですか? 民も貴族も同じ人間。民をないがしろにして国が立ちゆくわけがない!」
「貴様ら下々の者と我ら貴族が同じ? たわけが下民。魂の位が異なるわ! 我としてもこの貧しい土地には興味はない。聖女を得られれば、下民の命なんぞいらぬわ」
……その冷酷な声色は、言葉を交わす気力を摘むのに十分なものだった。
「聖女は生け捕りにする。そこの従者は殺す」
「い……生け捕りにされても、わたしが従うわけが……」
「我々にとって、聖女は霊力をため込んだ盃のようなもの。意思に関わらず兵器として使い潰してくれよう」
そして剣を高々と振りかざす。
「そうはさせん!」
言葉と共にナタリアがクロスボウの矢を放った。
矢は正確に甲冑の隙間めがけて飛ぶが、騎士は悠々とはじいて見せる。
……しかし次の瞬間にナタリアの体が残像のようにブレ、気付けば騎士の頭めがけてとびかかっていた。
重い連接棍棒が兜めがけて振り落とされる。
激しい打撃音。
そして騎士は力なく馬上から落ちる。
しかし騎士はかろうじて動き、剣を握りしめた。
「ここで息の根を止める!」
ナタリアは懐からナイフを取り出し、突撃する。
彼女が狙うは……間違いなく兜の隙間。頭部にナイフを突き立てる算段に思える。
その腕を一気に振り下ろすと同時に、激しい金属音が鳴り響いた。
「ぬ……おお……。まさに獣のごとし。まさに下民の戦い方よ」
「くそ、倒しきれなかったとは……無念」
……交わされた言葉とその光景を、わたしは忘れないだろう。
騎士の剣が……ナタリアの胸に深々と突き刺さっていた。
騎士はナタリアの体をぞんざいに蹴り飛ばすと、片目を押さえて立ち上がる。
「くそっ、下民風情が! 我が高貴なる片目を奪いおって」
腹いせのようにナタリアの頭部を蹴り飛ばす。
そのさまが……許せない。
許せない!
「お……の……れ……」
わたしは地面に落ちていたクロスボウを握り、騎士に向ける。
その時だった。
ナタリアが動き、とっさにわたしを抱きしめる。
そしてその勢いのまま、わたしたちは崖下に落ちていった――。
◇ ◇ ◇
崖下の川からナタリアの体を引き上げる。
激流の中で失ったのか、クロスボウはどこにもない。でも、そんなことはどうでもよかった。
わたしはナタリアを乾いた地面の上に横たえる。
川岸の地面は広くないけれど、彼女の体を横たえるには十分な広さだ。
彼女の体が冷たいのは、きっと川の水に冷やされたから。
決して死んだわけじゃない!
「と……とにかく治癒魔法を……」
わたしは神に祈りながら、母から教わった通りに霊力を放つ。
わたしの体に刻まれた魔法陣は先代の聖女たる母から受け継いだもの。特別な道具がなくとも、この身一つで奇跡が起こせるのだ。
「治癒を……。治って、治って、治って……!」
そう、奇跡が起こせるはずなのだ。
胸にあいた傷跡はみるみると修復されていく。
なのに、ナタリアは動かない。
当たり前だ。
この奇跡は死体には効果がない。
傷口がふさがったのは、あくまでも物体としての肉体の復元に過ぎない。
一度離れた肉体と霊体のつながりは、どんな奇跡を用いても繋げられないのだ。
「ナタリア! 逝かないで……」
横たわる彼女を抱きしめても、もう彼女は動かない。
その時、泣き叫ぶわたしの前にほのかに輝く人影が見えた。
ふと見上げると、白い衣のようなものをまとう、半裸のナタリアの姿。
――彼女の霊体。ナタリアの魂の形だった。
「泣かないで。愛するあなたを守れて……本望だから」
「愛……」
「私はあなたが聖女になる前から愛おしく思っていたんだ。……あなたが聖女となり、魂のゆりかごになってくれたのなら、私は満ち足りた気持であなたの胎内に還っていける」
なんてひどい告白なのだろう。
愛を囁きながら去っていくなんて、残される者のことを考えていない。
……わたしの気持ちも伝えてないのに。
狼狽するばかりで何も言えないわたしに微笑み、彼女は下流を指さした。
「……さっきの貴族に見つかる前に、川を下って。幼い頃に二人で見つけた洞窟が見つかるはず。向かう予定だった洞穴にもつながっているから、しばらく身を隠すんだ……」
そう言い残して、彼女の魂は徐々に光の粒となっていく。
わたしに引き寄せられてくるけれど、これが聖女としての機能なのだろうか。
役割を受け継いで初めての体験に驚きつつ、でも彼女を失うという現実が受け入れがたくて、わたしは首を横に振ることしかできない。
「いや……。お別れ、したくない……」
でも、この大切な別れの儀式は下卑た笑い声にさえぎられた。
「ぬははっ。めそめそと泣きわめいて、そんなに見つけてほしかったのか?」
声の方を振り向くと、縄を伝って降りてくる男の姿。
片目を失っている様子を見るからに、先ほどの騎士。……甲冑の中身のようだった。
いかにも尊大ぶる顔立ちに吐き気をもよおす。
それにしても縄を持っているとは、ずいぶんと用意がいいことだ。
鎧を脱ぎ捨てているのは登るときの重さも考えてのことか、鎧なしでもわたしは敵ではないと考えているのか。
……おそらく両方だ。
「貴様はどこへも逃げられんよ。身を隠そうにも、教会の本部たる教皇庁は我らが伯爵の手中。そして貴様の教会は教皇庁から切り捨てられた、我々の勝利のための生贄なのだ」
「教皇庁に……切り捨てられた……」
「そうだ、神に見放されていたというわけだ!」
教皇庁はこの国の教会を束ねる組織。もちろん、わたしの村の教会もその組織の傘下だ。
日ごろから地方の教会は冷遇されていると感じていたけれど、貴族たちの物の考え方を察するに、いつ切り捨ててもいいと考えられていたわけだ。
生贄といえば察しが付く。
霊力を蓄えた入れ物として拘束し、強力な魔法の源として使われるということだ。
「さかのぼれば、貴様の教会は古の神に源流を持つそうだな。つまりは悪魔の教会ということだ。その汚らしい魂が供物にささげてもらえるのだ。むしろ喜べ。ぬぁっはっはっは!」
高笑いする騎士の言葉はわたしを絶望させるためのものだったかもしれない。
絶望して気力を失わせるための言葉だったのかもしれない。
でも、あまりにも過剰な絶望を前に、わたしの心の中で何かが壊れた気がした。
「キレた。……ブチ切れた!」
「ぬは……?」
予想外の反応だったのか、騎士は笑った顔のまま止まる。
わたしは自分でも怒っているのか笑っているのか分からないまま、顔を上げた。
「神に祈ることはやめやめ! や~めた! ナタリアを救えない祈りに何の意味がある? ナタリアも私の中に入っちゃダメだからね」
「あの……フィリシア?」
光の粒になって消えそうなナタリアも、あっけにとられた表情で止まっている。
「私の中に入ったら、もうお話できなくなっちゃうでしょ? 私、拒絶するからね!」
そしてわたしは純白のローブ……聖女の証を破り捨てた。
内側からは素肌が大きく露出した衣があらわになる。
「神に祈るのはやめた! 祈っても救われないなら、神などいらぬ!」
母から教わった祈りの言葉に呪詛を織り交ぜ、体の内側に響かせる。
すると、素肌に浮かび上がった魔法陣がみるみると黒く塗りつぶされていった。
「何を……しようと言うのだ?」
「この国を蝕む貴族を根絶やしにしてやる! わたしの胎内に眠る死者の魂を……生贄に! ナタリアを取り戻す!」
呪詛を用いて、自分の内側から誰かの魂を抜き出す。これはおそらくこの村の先祖の魂だ。
その苦しむ姿に情けの気持ちは全く浮かばない。
自分の中の良心と一緒に生贄をささげ、ナタリアの霊体と肉体に力を注ぎこんだ。
途端に、ナタリアの霊体と肉体が黒い炎にまみれ、一つに融合する。
……目の前には、あの愛おしい女性が立ち上がっていた。
「ナタリア!」
わたしが感激のあまりに呼びかけると、彼女は少し微笑んでうなづいてくれる。
よかった、ナタリアの心も残っている。
騎士は酷く驚きながらも剣を構えた。
「何度生き返ろうが、何度でも殺せば済む話。武器を持たぬ平民の女子など、組み伏せるのもたやすいわ!」
騎士は一直線にナタリアに斬りかかった。
ナタリアは片目を失った騎士の死角にとっさに避け、一気に間合いを詰める。
そして殴りかかろうとした瞬間――騎士の片腕が彼女の腹をついた。
「死角を利用するぐらい、予測できる! このナイフは返してやろう。……腹の中にな!」
騎士の手にはナタリアのナイフが握られていた。
刃は彼女の腹深くにめり込んでいる。
「ぬはーっはっはっゴブッ」
高笑いする騎士だったが、ナタリアの拳が顔面にめり込み、そのまま地面にたたき伏せられた。
「刺されても痛くないんだけど、笑ってるとむかつくな」
ナタリアは騎士に馬乗りになりながら、両拳を叩き込み続ける。
そして騎士の手から剣を奪うと、彼の首に刃を向けた。
「組み伏せるのが……なんだって?」
「ま、待っ……ひぎゃぁぁぁ!」
「へえ。さすがは騎士の剣。いい切れ味だね。……まあ拷問の趣味はないんで、サクッと」
ナタリアはそう言って、いとも簡単に騎士の首を落としてしまった。
わたしがあっけに取られていると、騎士の躯から霊体が離れ出てくる。
自慢の豪華な服も剣もなく、素っ裸の霊体だ。
「貴様……騎士に無礼を働きおって!」
……しかも、やたらとうるさい。
ナタリアも幽霊が見えるようになったらしく、煩わしそうに耳をふさいでいる。
「幽霊って結構うるさいんだな。フィリシア……このおっさん、なんとかできないの?」
「大丈夫! 浄霊は得意技だから、わたしにま~かせて! ついでに減った霊力に変換させてもらおっかな」
わたしは慣れた詠唱を口にして、手のひらを騎士の幽霊に向ける。
するとシュワシュワと音を立てながら光の粒になっていった。
「ぐあぁぁぁ……と、溶ける。体が溶ける……」
「溶けてるのは魂。体は……ほら、そこに落ちてるよ。じゃあ、いただきま~す!」
そして口を大きく広げて、思いっきり吸い込む。
すると騎士の魂はあっという間にお腹の中に入ってしまった。
◇ ◇ ◇
ふとナタリアを見ると、くすっと笑っている。
「ナタリア? どうしたの?」
「フィリシアの口調、変わってる。……聖女になる前に戻ったみたいで、嬉しいよ」
そう言われて気付いた。
聖女になってからは、なるべくおしとやかにしていたけど、頭が爆発するぐらいに怒ったせいで口調が元に戻ってしまっていた。
でも、今の気分としてはこのぐらいがちょうどいい。
「まあ、いつまでも堅苦しいの、嫌だからね~」
わたしはフフッと笑った。
すると、ナタリアが「そういえば」と言葉を続ける。
「ところでフィリシア。この騎士のおっさん、魂の位が違うとかなんとか言ってたけど、食べてみた感じはどう?」
「う~ん。普通かな。変わりないよ~。ちょっとえぐい味がするけど、性格の悪さが影響してるのかも?」
「……こんな奴に殺されたなんて思うと、恥ずかしいよ……。っていうか、この剣は斬れ味良すぎ。私、鉄の胸あてを仕込んでたのに貫通するなんて」
そう言ってナタリアは服をめくりあげる。
服の内側にはぶ厚い金属のプレートを身に着けているのに、プレートには見事に穴が開いていた。
騎士の剣がいくら鋭いと言っても、普通の剣なら貫通できないし、ナタリアは死ななかったはず。
彼女は恨めしそうに剣を見つめる。
その騎士の剣はわたしの目にはぼんやりと光って見えた。
「よく見るとその剣、霊力をまとってるね。物体を霊力の殻で覆うと力を集められて、機能が大幅に強化されるの。……どこかの教会で祝福されたものなのかも」
「やっぱりかぁ。さすがに防御無視で貫通してくる剣を前に、突撃するのはムチャだったか。……さっきは痛みがなかったから、気にせずぶん殴れたけど」
ナタリアが騎士に勝利できた理由。それは間違いなく痛みを感じない彼女の体のおかげだった。
よく見れば、彼女は刺されたはずなのに、出血もないようだ。
「ところで……ナタリアの体、どうなってるの?」
「傷からの出血は……ないな。心臓は止まってるみたいだし……。なんというか動く死体って感じかも」
レヴァナント……。
確かこの世に蘇ってきた死者の事だったと思う。
復讐のために蘇ってきた死者の物語が人気だと聞いたことがあるけど、それは貴族に支配された人々の気晴らしでもあるのかもしれない。
ナタリアの素肌は青白いままで、透き通った陶器の人形のようにも感じられた。
「やっぱり……。生き返ったにしては、お肌の血色が悪いなって思ってたの。……もしかすると信仰心を捨てたせいで、私の能力が変化したのかな」
「言うなれば、闇堕ち聖女ってとこ?」
まさにその通りだな、と思った。
そして、わたしはナタリアをじっと観察する。
無我夢中で彼女を復活させてしまったけど、もしかすると聖剣の強化の応用かもしれない。
つまり、誰かの魂を生贄にして作った霊力の殻でナタリアの肉体を覆い、そこに彼女の霊体を強引に詰め込んでくっつけているわけだ。
たぶん、わたしからの霊力の供給がある限り、彼女はこのままの姿で活動できるだろう。
さらに霊力を詰め込めば、騎士の聖剣のように彼女の能力が大幅に強化されるはずだ。
これはもはや蘇生魔法ではない。
死霊魔法だった。
……まあ、そんな定義はどうでもいいんだけど。
わたしは満面の笑顔をナタリアに向ける。彼女とお話できるだけでも、わたしは幸せだ。
「とりあえずナタリアが元気でよかった!」
「いや……死んでるんだけどね」
「細かいことは気にしない! それより私、忘れてないよ~。うっふふ~」
「な、なに? フィリシア、変な笑い声をあげて……」
「私を愛してるって言ってたよぉ~。死んで逃げようだなんて、そうはいかないんだからね~」
そう、確かに言っていた。
恥ずかしがり屋のナタリアの事だから、お別れの間際じゃないと言えなかったんだろう。
でも言質は取った今、もう逃がさないんだから!
わたしは思いっきり彼女に抱き着く。
「む……むぐぐ。あ、あれは聖女のあなたへの忠義であって」
「そういえば聖女になる前も、なんだかんだで私に優しかったな~。あれも愛だったんだ~」
意地悪く言うと、ナタリアは気まずそうな顔で「バカ……」と言いながら顔をそむけた。
生きていれば顔を真っ赤にして照れてる頃だろうけど、クールに見える感じも彼女らしくて素敵に見える。
わたしは愛おしい彼女をぎゅっと抱きしめるのだった――。
◇ ◇ ◇
森の入り口まで戻って村の様子を見ると、そこはまさに地獄のような有様だった。
教会は焼かれ、村も破壊しつくされている。
あちこちに村人の死体が転がり、兵は何かを懸命に探しているようだった。
きっと、聖女であるわたしを探しているのだ。
「フィリシア……見ちゃダメだ。ここから先の戦いは、私に任せるんだ。あのおっさんの聖剣と不死身の私が合わされば、あの数ぐらいはなんとかなる」
そう言ってナタリアは聖剣を抜いた。
でも、わたしはかまわず前に出る。
「ふふ……ふふふ……」
「フィリシア?」
「あ~っはっはっは。なんて残酷! 手加減する必要がないってわかって、むしろ清々するね!」
そして悠々と村の入り口まで歩み出て、私を見つけた兵士を前に、地面に手を当てる。
ここは私の母が守っていた村。
地中には村を守るための魔法陣が敷かれている。
それをこれから利用して、大規模な死霊魔法を行使するのだ!
私の全身に刻まれた魔法陣と共鳴し合い、どす黒い霊気が噴出する。
「みんな起きて~! 復讐の時間だよ~!」
その呼びかけと共に、村人の死体が立ち上がり、兵士に襲い掛かっていく。
墓場からは腐りかけの死体やスケルトンが湧きだし、焼け落ちた教会の中からはたくさんの幽霊が噴出する。
そこから先は、兵士の悲鳴だけが響き渡ることになった。
「さあ、蘇りし亡者たちよ! みんな、恨みをぶつけよう! やっちゃえ殺戮ぅぅ!」
「……なんか、以前より生き生きしてるな」
呆気に取られて苦笑いしているナタリアに、わたしは満面の笑みをぶつける。
「ナタリアもぞんぶんに暴れて大丈夫だよ! 魂が私とつながってる限り、肉体の修復も私が請け負うから!」
「……ふふ。……あっはは! ま、いっか。フィリシアが笑うんなら、私も笑うしかない!」
ナタリアは聖剣を構え、目の前の兵の群れを切り裂く。
「行くぞ、貴族の蛆虫ども! 死んでフィリシアの糧となれ!」
その高らかな笑い声が村に響き渡るのだった――。
◇ ◇ ◇
村に押し寄せてきた敵兵は皆殺し。
戦いは、わたしたちの圧倒的な勝利に終わった。
アンデッドとして復活した村の仲間たちが見守る中、わたしは敵の半分の魂を食らい、もう半分をアンデッドとして復活させる。
「なんだ……。兵の半数は見逃してあげるんだ?」
意外そうな顔でナタリアが聞くので、わたしはうなづく。
「うん。なんか偉そうな人たちは食べちゃったけど、半分ぐらいの人たちは雇われてただけらしく、ごめんなさいって言ってたの。だから仲間に引き入れようと思って。……戦力は多いほうがいいでしょ?」
「許すのか? さっきまで敵だった奴らを……」
「許す許す! わたし、聖女だし! ……まあ、私とつながった以上、つながりを絶つと死ぬんだけどね~」
「うぇぇ……。フィリシア、笑みが黒いって……」
ナタリアは苦笑いも凛々しくて似合っている。
この掛け合いも昔を思い出して懐かしくなった。
わたしは晴れ晴れとした気持ちで村から一歩を踏み出す。
「うふふ。じゃあ、次の土地に向かおうか!」
「これからどうするんだ?」
「もちろん、この戦を始めた貴族どもを根絶やしにするんだよ。民の魂の安寧のために!」
そう。そもそも悪いのは、この内戦を始めた貴族たちなのだ。
王位欲しさに人々の命を軽く扱うなんて、本当にどうしようもない。
そんなゴミをお掃除するのは聖女の役目に違いないのだ。
「ホントにブチ切れちゃったんだな~。ついていきますよ、闇堕ち聖女様」
ため息交じりに微笑むナタリア。
その背後には数百のアンデッドが群れを成す。
聖女フィリシアと不死の軍団の快進撃は、やがて時代を変えるうねりとなる。
闇堕ち聖女の覇王譚はここから始まるのだ――。
完
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