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 魔水晶の工房視察からトリニティが戻って来たのは、夕陽が完全に落ちきる直前ごろ。 



「ただいまマリー。会いたかったよ」

「おかえりなさいませ、トリニティ様」

「はい、お土産だよ。気にいると良いのだけど」


 玄関ホールへ迎えに出たマリーナと顔を会わすなり、差し出されたのは手の平にのる布張りの小箱だ。

 マリーナは首を傾げながら受け取った。


「お気遣いいただき有り難うございます。これは……?」

「あけてごらん」

「はい。……まぁイヤリングですね」


 箱の蓋を開くと、白金の地台に赤い花のイヤリングが一対おさめられていた。


 五つの赤い石が花びらの形に配置され、その中央には一粒の青い石。

 花から下がった細い白金のチェーンには幾つかの緑の葉っぱの形の石がついている。

 耳に飾るとゆらゆらと葉が揺れるのだろう。

 左右で葉のつき方が少し違い、こだわりが感じられる。


「可愛らしい……」


 小ぶりで普段使いしやすそうな大きさで、とても可愛いデザイン。

 まさしくマリーナの好みど真ん中だった。

 それに赤毛のマリーナの髪にはそれより明るさの違う赤の花はしっくりくるし、青と緑はいいアクセントになるだろう。

 

「それにしてもずいぶん質の良さそうなルビーとサファイアで……は、……ない……?」


 マリーナはまじまじとイヤリングを見つめてはっと気が付いた。


 石が薄っすらと魔力をまとっていたのだ。


「これ、もしかして火の魔水晶と水の魔水晶でつくられているのですか!?」

「よく分かったな。目がいいのか」

「魔力は少ないのですが鑑定能力は生まれつき高めなのです。でも水と火をこうして同じものにあしらっているアクセサリーは……とても信じられないです。すごい……」



 水と火は反対の性質をもつ。

 それはこの世界の法則である。


 だからこの二つの魔水晶は一緒に使うと反発しあって、絶対に割れてしまうものなのだ。

 なのにこれはきちんと白金の台座に収まり、割れもヒビもなく美しく輝いていた。

 

(おそらく葉っぱの形をした緑の魔水晶で中和させ、さらに何らかの魔術式を台座に刻んでいるのでしょうけれど)


 なんとなくの構造は想像できるものの、これを実現したものは今までにいない。

 それくらいに水と火の魔水晶は反発が激しいのだ。

 水と火は一緒にはつかえないという、世界の常識をひっくり返してしまう大発明が、今マリーナの手の中にある。


「こんなの一体どうやって……まだ発表さえされていない技術でしょう? 私に渡してしまってよろしいのですか?」


 あまりもの品に戸惑うマリーナにくすっと笑いをもらしたトリニティが、イヤリングをひとつ摘まみ上げた。

 留め具を開き、マリーナの耳へとあてがってくる。

 耳と首元に触れられて、ついびくっと身体をはねさせてしまったのに、トリニティは構わずにイヤリングりを丁寧につけてくれる。


「問題ないよ。しかし苦労したんだよ? いくつも魔水晶をだめにして、叱られながら作り上げたんだ」

「つまり…これはトリニティ様が作られたのですか? 職人に命じたとかでは無くて?」

「うん」


 もうひとつのイヤリングを反対側につける彼に、マリーナはぽかんと間抜けにも呆けてしまった。


「奥様、どうぞ」

「……あ、ありがとう」


 メリットが急いで取ってきてくれて見えるように持ってくれる鏡をのぞくと、耳元に花が咲いていた。

 そこから緑の葉が垂れ、少し動くたびに揺れる。


 やはり色合いも髪にあっている。

 今はハーフアップにしているけれど、全部結い上げた髪にするとより映えるはずだ。

 デザインも可愛らしくてとても嬉しい。


 でもその価値を考えると気が遠くなる。

 彼はあっさりとした様子だけれど……これまでにない新しい技術を開発までしたとなると、国内有数の……一級魔道具職人ほどの腕は持っているのだろう。

 こんな特技、婚約の時にもらった資料に書いてはいなかった。

   

「ト、トリニティ様はとても優秀なのですね。わたし、存じあげませんでした」

「ただの趣味だよ。開発した魔道具の製法の権利を売ってお小遣いにしたりね」


 お小遣いの範囲では決してないほどの利益がでるはずだが。


「火の魔水晶の産地であるクモラから妻を迎えると決まった二年前から水と火を組み合わせたものをと研究していたんだ。本当は婚姻の日に渡したかったんだけど、家紋を彫刻注文していた後ろの留め具が間に合わなくてね。ごめん…少し遅くなった」

「そんな! 遅くなんてありません!」


 マリーナは思い切り首をふった。何度もふった。

 本当に、遅くなんて全然ない。


「今は何の魔法効果もない装飾品にしか出来ないけれど、いずれは魔道具にまで発展させたいな。温めと冷やしが同じ魔道具で出来れば便利だろう?」

「えぇ。今まで二つ必要だったものが一つになるのですもの。とっても便利だろうと思いますわ」




 ……トリニティが領主として立つスワットンにあるモププ湖は、水の魔水晶の国内有数の産地である。

 ここは水の魔水晶を中心に栄えてきた領地だ。



 反対に、マリーナの実家であるクモラは火の魔水晶の産地である。

 山々に囲まれた温泉が豊富に湧き出す土地柄で、その温泉成分が空気中の魔力と交ざり合い、何百年もかけて凝固し火の魔水晶となるのだ。


 性質は反対でも、魔水晶の採れる品質も量も同じくらい。

 つくられる魔道具や宝飾品の利も同じくらい。

 自身の領地の産業に誇りをもつからこそ、相手の領地をライバル視してしまう。

 まさに火と水の間柄だと、社交界ではよく笑い話にもなっているらしい。



 こうして水と火の魔水晶が、同じものにつかわれること。

 技術的にも、お互いの領地の仲的にも、今までなかったことだ。

 

 それを彼はマリーナへの最初の贈り物として作ってみせた。


「火と水を組み合わせるこの技術で協力体制が構築されれば……いずれ、領民たちの間にある溝も埋まるのではないかと思うんだ」

「素敵ですね」



 もちろん自分達は領地間の友好の為という理由で婚姻を交わしたわけではあるけれど、そんなの無理だと思いながら嫁いできた。

 婚約が決まってから二年間、マリーナはまるで人質となるために嫁ぐ可哀想な娘として、誰からも同情めいた視線をうけてきた。



 二つの領地が張り合うのではなく、手を取り合う仲になるなんて有り得ないと思っていたのに。

 火と水が合わさるこの技術が架け橋となれば、もしかしてと期待が沸いてしまう。

 そしてトリニティならば、本当に実現させてしまうかもしれないと思ってしまった。

 じわじわと湧いて来る希望にマリーナは胸が熱くなる。



 彼がくれたのはただ貴重なイヤリングというだけの『物』ではない。

 もしかすると二つの領地が繋がり合えるかもしれないという未来への『可能性』を、手の平にのせてくれた。

 


「あの……トリニティ様。本当にありがとうございます。とても嬉しいです」



 心からの感謝は、伝わっただろうか。 



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