~回想~ただの少女のプロローグ
初めは純粋な興味で、ただ遊びたいだけでした。
ふわふわと飛ぶ暖かな光たち。
木漏れ日の中揺れる彼らと触れ合いたくて、黄金の麦畑に飛び込んだ。
日差しを浴びてすくすくと育った麦の暖かさに包まれながら空を見上げれば光たちは覗き込むように私を見下ろしていて、それが嬉しくてにいっと笑顔になってしまう。
「あなたたちはなにをしているの?」
呼びかけるとぽうっと返事をするように光る彼ら、言葉に出さないなんて不思議な子たちなのね? シャイなのかしら。
「そう。とおいところからにげてきたのね」
そう思いながらもなんとなく。彼らの気持ちが伝わってわかった。暗く寂しい大地から逃げ出してきたのだと伝わって私もシュンっと落ち込んでしまう。悲しい気持ち。
伝わった私でもこんなに悲しいのに、じゃあ彼らは泣いちゃうぐらい悲しいはず。
そう思ったら悲しんでなんかいられなくて、彼らを慰めようと自分の中の弱虫を追い出した。
「でもでもっ! ここはすてきなところでしょう?」
ここはそんな寂しい場所じゃないと知ってほしくて、大きく手を広げて見てもらう。すると彼らはまたぽうっと光って返事をくれた。
「えへへー、でしょでしょ。なんてったってここはおかーさんとおとーさんのむぎばたけなんだからっ」
素晴らしい場所だって。褒められたのが嬉しくてつい胸を張って自慢げになる。
「わたしもてつだってるんだよっ、しゅうかくとかたうえとか。おとーさんとおかーさんだってなでてくれていっぱいほめてくれるんだからっ!」
わたしも褒めてもらいたくてそう言うと、彼らは変わりばんこに光って褒めてくれた。ちょっと大げさなそれは嬉しいけどこそばゆくって「えへへ」とついはにかんでしまう。
「だから、ここにいていいんだからね?」
にこりと恥ずかしげに笑うと、頷くように光る彼ら。
――私と精霊たちの、最初の記憶――
――――
その日は精霊たちと森の中に遊びに出た。見知らぬ精霊たちと友達になりながら出会いと冒険のピクニック。どんどん増える精霊たちとおしゃべりしながら歩いていると目に入る。木の下で横たわる小動物。
「たいへんたいへん!」
慌てて近づく。足から血を流して弱弱しく息を吐く兎の姿。
どうにかしなきゃ! 助けなきゃ!
そう思ってもどうすればいいかなんてわからなくて。目の前にある命の火が小さくなっていくのを見て頭の中が真っ白になって途方に暮れる。
助けたい、助けたいのに方法がわからなくて、何にも知らない私が悔しくて、何にもできないのが悲しくて、涙が出てきてしまう。
泣かないように、感情をせき止めるのに必死になっていると頬に暖かいものが触れる。
「? なあに?」
それは精霊。私についてきてくれた一人。彼は励ますように私の周りを飛び回ると私の目線の前で止まって光る。
「ぐすっ……たすけられるの?」
涙を拭いながら問いかけると肯定するように光る。よくわからないけど、もし私にできることがあるならやってみようと心を奮い立たせる。
「――おしえて」
悲しさを振り払って言うと彼は満足そうに大きく光った。
「んしょ」
倒れている兎に両手をかざす。見つけた時よりも弱弱しくなった呼吸と傷口を染める赤が悲しくて自然に表情が硬くなる。
それでも、教えられた通り、両手で兎に触れる。
「――――っ!!」
熱い。
まるで風邪でも引いたかのように上がった生々しい命の熱さ、今生命を終えようとしている生き物の熱さ。手に感触が残っしまいそうなそれが気持ち悪くて、自然に手が離れそうになる。
でも、今手を離したらこの兎が死んでしまって、本当に熱が手に残ってしまいそうな気がしたから、堪える。
両手で、小さな命の温もりを捉え続ける。
「あとは――おもったとおりのことば、をいえば――!」
それが彼に教えてもらった小さな命を救う方法。その最後の欠片。
でも、目の前にある痛々しい兎を見てると何にも思い浮かばなくて、ここにはない景色を求めて目を閉じる。
すると伝わる、傷付いた兎の鼓動。ゆっくりと動く、この世界に止まろうと動く、正常な温もり……。
そして聞こえる。私の後ろで私を励ます精霊たちの声、ついてきてくれた精霊たちにここで友達になった精霊たちも、がんばれがんばれって飛んだり跳ねたりしてるのがわかる。
(なにそれ――)
くすっ、と笑みが零れる。大変な状況なのにそんな精霊たちがおかしくって。
励ましてくれてるのが嬉しくて、肩の力が抜ける。
やるべきことが、紡ぐべき詞が理解って目を開ける。
『災い受けし彼のものに救いを――』
するりと、詞がすべり落ちる。口が自分のものではないように勝手に動く。
『――至りてくる災いに傾き――』
不思議と嫌な感じはしない。と、言うか初めから知っていたかのような気もする。
『――もう一つ、巡る災いに傾くなら――』
精霊たちが力を貸してくれてるのがわかる、私の想いにーー詞に反応して兎の体を光が包む。
『――それに見合った幸いを――天が神が万物が与えぬというのなら――』
光に包まれた兎が何事かと弱弱しく目を開くと私を見る。安心させるように微笑みを見せる。
『――この私が与えましょう――』
安心したように目を閉じる兎。その頭を撫でてあげながら、紡ぐ、最後の祝いの詞――
『――祝福あれ――』
兎を包む光がより一層眩く光る。直視できないような眩しさ、それでも目を反らしたくなくて、目を細めながらも、私のした結果を見守る。
すると突如、光が弾けて消えた。粒子になり地面に落ちる光の残滓の中、眠る兎の姿。
痛々しく血が滲んだ傷口は消え去り、そこには柔らかな毛並みがある。
「――よかった」
傷口のあった場所に触れる。夢じゃない。ちゃんと塞がってる。
その事実が嬉しくて私は不思議な達成感のせいか夢心地のまま兎を撫でていた。
はしゃぐ精霊たちを背に――
――それが、私が初めて祝詞を使った記憶――
――――
まだ私がなにものでもない村娘、ただのノルンだった時の大切な記憶――