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300年振りの夜 2

 それからは特に何事もなく、レイ君のお家でご飯を頂き、談笑し、お風呂を使わせてもらった。

 私の時代は貴族の家にしか無いような贅沢だった湯に浸かると言う文化が小さな村まで伝わり、そしてそれを行えるようになっている時代の進歩にもしかしたら私は目覚めて初めてここが300年後だと自覚したかもしれない。それほど久しぶりのお風呂は身に染みた。


「おやすみなさい。レイ君」


 すやすやと無垢な顔で寝息を立てるレイ君。お風呂の後レイ君におねだりされて読み聞かせた絵本。その結末と共に眠りの中に誘われた彼に布団を掛けるとさっきまで読んでいた絵本の頁をパラパラと捲る。


「私……こんなに崇高な人間じゃないんですけどねぇ……」


 言葉と共につい自虐的な笑みが零れる。読んだ本のタイトルは[聖女の冒険]内容は小さな村に生まれた少女が精霊と心を通わせていく中、精霊の王。精霊女王に会い、世界の命運を託されて大陸を回り様々な人々、町、国、果ては大陸を救うと言う冒険譚だった。

 捲っていた頁が最期の頁に辿り着くと一行を指でなぞる。


「……聖女は儀式の末、力付きました。遠くなる意識の中、思い出すのは人々の笑顔です。暗く沈んでいた人々に蘇った明るい笑顔を思い出し聖女は――」



「――“満足して”意識を手放しました――」



 声に出すとまた自虐的な笑みが零れた。


(満足――か、あの感情を満足というなら世界に生きる全ての人が満足してると言えるでしょうに――まったく、本人に自分の過去が描かれた絵本を読ませるなんてレイ君は図太いと言うか、素直というか……なんていけない子なんでしょうか)


 絵本を閉じて、読ませた本人を見てみると気持ちよさそうな顔で寝ているものだからつい悪戯心が湧いて柔らかそうな頬っぺたを指でつついてみる。

 「う~ん」とうなりながら眉を顰めるレイ君のすべすべほっぺを堪能するとレイ君の口からうわごとが漏れる。


「……せいじょさまぁ……」


 不安そうな言葉と共に探すようにシーツを這う手。ちょっと虐めすぎてしまいましたか。お詫びの代わりに手を握ってあげる。


「ここにいますよ」


 安心させるように声を掛けるとにへっと笑顔になったレイ君は握られた手を放さないようにぎゅうと握り返して大切にするように身を丸める。


「せいじょさまは……しんかんさまでいいんだよ……」


 消え去りそうな、意味を持っていない慰めるような言葉と共に再びすやすやと寝息を立て始めた。


(レイ君は優しい子ですね)


 夕暮れ時と同じ、暖かな手のぬくもりに表情を緩めると差し込んだ部屋明りに影が落ちる。


「レイはもう寝ちゃったかい」

「ええ、たくさん遊んでましたから」


 声を掛けてきた影の方に振り返ると入れ替わりにお風呂に入っていたガレットさんが寝室の入口に立っていた。寝巻に着替え首に掛けたタオルで頬を拭うと寝室に入ってきてレイ君の顔を覗き込む。


「本当。いい顔で寝てるねぇ」

「ええ。可愛らしい寝顔です」

「ああ、今日は不貞寝されると思ってたからね。可愛らしさも倍増さ」


 ガレットさんの口から当然のように放たれた言葉に反応が遅れた。「それはなぜ?」と尋ねる前に、優しい微笑みを浮かべたガレットさんがレイ君の頭を撫でると口を開く。


「この子には年の離れた兄がいてね、王都の聖堂に勤めてるんだよ」


 知っている単語が出てきてまた反応が遅れる。

 聖堂。それは私が神官の役職と共に作った場所。精霊への祈りや信仰の場所として、そして、神官の管理や派遣を行う為に各国に作られた祠であり役所であった。


 そこに勤めていると言うことは、レイ君のお兄さんは――


「神官。なんですね」


 ガレットさんは「ああ」と短く答える。それで合点がいった。聖堂勤めの神官の仕事の内容から、なんで子供たちとあんなに楽しそうに遊んでいたレイ君が遊ばずにガレットさんの所にいたのかというちょっとした疑問が。


「カキヤスって言うんだ。聖女祭の日は毎年帰ってきてたんだがね……今回は間が悪かったと言うか、丁度浄化の依頼が入ってしまったって手紙が来てね、レイはカキヤスが大好きだから。来れないと知った時はそれはもう悲しそうだったよ」


 その時のレイ君の表情を思い浮かべたのか切なそうな顔でレイ君の頬を撫でるガレットさん。感情が伝わったのか。レイ君が眉根を顰めて逃げるように寝返りを打った。その余波で握られていた私の手が解放されてガレットさんが「あらら」と苦笑いを浮かべる。


「レイの前でする話でもなかったね。場所を移そうか」


 ナイショ話をするみたいに声を潜めるガレットさんに頷くと二人でコッソリと寝室を抜け出す。


「だから、今日は本当に助かったよ。せっかくのお祭りなのに、寂しい理由で子供に泣かれると親も悲しくなっちゃうからね」


 照明(ライト)の付いた隣の部屋。夕食を頂いたリビングに移動すると寝室のドアを閉めたガレットさんが扉を後ろ手に言う。


「そうですね。誰も悪くないのにそうなっちゃうのはみんな悲しいですから」

「だねぇ……まあ、噂で浄化は誰も怪我無く終わったって聞いたからそれは幸いだったんだがねぇ」

「ですね……」


 なんだか後ろ向きな話題になってしまって私もガレットさんも口が硬くなる。どうにもならないような、小さいけど悲しい出来事はなんだか気分が沈む。


「……そうだ!」


 短い沈黙の後、思いついたというように箪笥に向かうガレットさん。箪笥の中をゴソゴソと探すと取り出した一枚の便箋を私に見せる。


「それは?」

「これ、カキヤスに宛てた手紙なんだ」


 手元で遊びながら見せつけられる封のされた便箋。「なるほど?」っと意図をつかみ取れず曖昧な返事を返すといいことを思いついたと言う表情のまま続きの言葉を紡がれる。


「神官様は聖域巡りをしてる」

「はい」

「次の聖域はここ人間の国の王都を抜けてエルフの国に行くのが最短だ」

「はい」

「そしてカキヤスは王都に居て、冬場は郵便配達が来ない。小さい村だからね」


 ああ、なるほど。

 返事と共に理解する。ガレットさんも表情の変化で私が理解したのが分かったのかにっと笑みを浮かべる。


「ついでに、届けてくれるかい?」


 言葉と共に便箋が差し出される。お世話になった人の想いの詰まった手紙。

 本当のところ、これから、なんて考えていなかったから何か目標ができるのはありがたい。それが人に喜ばれることなら断る理由なんてなくて。


「はいっ」


 返事と共に便箋を受け取った。


「ありがとうね。明日の昼頃に、商人たちの馬車が出ると思うからそれに乗せてもらえるように頼んでおくよ」

「いえ、流石にそこまでは……」


 そうと決まれば、と言う風に壁に引っ掛けた防寒着に手を掛けるガレットさん。この寒空の中今から行くんですか!? と内心びっくりしてると袖を通しながらガレットさんが続ける。


「いいんだよ。それにとうちゃん回収するついでだしね」

「回収ですか?」

「そそ、ほっとくと本当に朝帰りしてきそうだからね。そろそろ集会場行って回収してくるよ」


 防寒着の前を閉めると「一人じゃ抜け出せないだろうからね」とにいっと笑うガレットさんに同意するわけにもいかず「あはは……」と苦笑いを返す。


「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。先に寝てていいからね。夕食の時も言ったけどベッドはレイと一緒の使っておくれ」

「はい。……あ、ちょっと待ってください」


 返事をした後、窓越しに見た外が寒そうで、玄関に向かったガレットさんを追いかける。扉の前で「なんだい?」と振り返るガレットさんに追いつくとその大きな手をとって握った。

 短く心の中で詞を紡ぐとぽうっとガレットさんの体が一瞬優しい光に包まれる。


「これは……」


 不思議そうに自分の手足を見るガレットさんに悪いものではないと伝えるために微笑む。


「防寒の祝詞です。外は寒そうですから」

「ああ、そうかい。あーー」


 するとガレットさんは心ここにあらずと言うか、生返事をして何かを思い出そうとしてるみたいに視線が空中をさまよう。


「どうしたんですか?」

「いや、カキヤスがいた頃よくおまじないだってしてくれた奴と感覚が一緒だと思ってねぇ……今思えば祝詞だったんだね。あれ」


 懐かしむように言うとガレットさんは私の頭に手を伸ばす。大きくて優しい手が髪を撫でる感覚が気持ちよくってつい目を細める。人に撫でられるのなんていつ振りだろうか。


「ありがとうね。それじゃあ行ってくるよ」


 手が引かれてガレットさんが告げる。名残惜しい感覚に後ろ髪を引かれながらも見送るために微笑みを作った。


「いってらっしゃい。ガレットさん」


 ガレットさんは軽く手を上げて答えると扉を開けて外に出ていった。扉が閉まると家の中に温もりのある沈黙だけが残った。


「さて……」


 なんとなく、家の中で一人になった気分が嫌で声を出してから寝室に向かう。寝室の扉を開くとすやすやと寝息を立てるレイ君の姿があってなんだかほっとした。居るってわかってるんですが、やっぱり姿が見えると安心感が違いますね。


「……お邪魔しますね、レイ君」


 起こさないように慎重にベッドに入る。小柄な私とレイ君が一緒に寝ても余裕のあるベッドのサイズ。これでは狭いからレイ君を抱きしめて寝るって言い訳でレイ君を抱き枕にするのは無理そうですね。


 しょうがないのでレイ君抱き枕計画をあきらめて目を閉じると色々あったからかすぐに睡魔が押し寄せてきて、ぐるぐると頭の中で考えが回っているうちに意識が途切れた。

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