子供たちと、祝詞 1
と、言うわけで遊んだ。法衣が汚れることも厭わず芝生を駆け回り子供たちと触れ合った。
食後なので若干脇腹に痛みを覚えつつも山々超えるのも超余裕の私が子供たちに後れを取るわけもなく、満足した表情の子供たちと一緒に芝生の上を囲んでいる。
ちなみに、私の容姿について散々言ってた坊主頭の男の子、グエン君と長いクリーム色の髪を左右の中央付近で結んだ気の強そうな女の子、サレンちゃんだけ地面に突っ伏すようになって明らかに他の子より疲れてるのは私怨とかじゃなくてわんぱくそうだから他の子より多めに相手にしてあげただけですよ? だけですよ??
「くっそ~~あしはやすぎだぜねえちゃんっ! オイラとサレンをいっしょにつかまえられるなんてすげぇ!」
「グレンはうしろからつかまえられたからいいでしょうけどっ! わたしなんてすごいいいえがおでいっしゅんでまわりこまれたのよっ! ビュッ! って! ビュッ! ってすごいはやさできたからびっくりしてくちからたましいがでてくるかとおもったわ!」
「ほんとはやかったよねぇ~ぼく、とおくからみてたのにいっしゅんでサレンのまえにいってるしんかんさまみてうごけなくなっちゃったよ」
流石子供、さっきまで「うう、はやい。はやすぎる~」「えがおがこわい……こわいえがおがせまってくる~」と寝転んで愚痴ってたのに今では完全に元気を取り戻して、「大丈夫? 二人とも」と二人を心配していたレイ君も混ざって三人で談笑している。
駆け回るのが好きな二人が満足したので今は木陰で休憩中、大人しい子たちの時間だ。
「おねえちゃんだっこ~」
「おねえちゃんきれいなかみ~さわらせて~」
「はいはいいいですよ~」
膝の上に招いた、妖精のようにかわいらしい双子の幼女の要望に答える。抱っこをせがんできたエナちゃんを片手で抱きしめると「みゃ~~♪」と気持ちよさそうに声を上げて頬擦りしてきて、リオちゃんに髪を触らせてあげると「ふぁ~~サラサラできもちいい~~」と幼く柔らかな指が髪をすく感触が気持ちいい。
美しい黒髪を真っすぐ切り揃えた、瓜二つな双子ちゃんに癒されていると「うちの妹たちがすいませんしんかんさま」と二人と同じ美しい黒髪の美少年、子供たちの中で一番年長であり、エナちゃんとリオちゃんのお兄ちゃんであるヴェリオ君に申し訳なさそうに謝られた。
「いえいえ大丈夫ですよ。エナちゃんもリオちゃんもとってもおとなしくてかわいらしいですから」
「二人とも、普段はもっと人みしりするんですけど、しんかんさまとってもきれいで暖かい感じがするから、ボクもあんしんします」
「ふふ、ヴェリオくんはお上手ですね」
「?――あっ――! い、今のはそういう意味じゃなくて――!」
「おにいちゃんおかおまっか~」
「おにいちゃんおかおまっか~」
「う、うるさいなぁっ! もうっ!」
妹に茶化されて恥ずかしそうに頬を赤く染めるヴェリオ君。美形兄妹と平和なやりとりをしていると、ポンと頭の上にに何かが置かれた。顔を動かさずに視線を上げてみると視界に映る小さな花。置いた人物を確認する為に顔だけ振り返ると長い茶髪を三つ編みにした大人しそうな少女、ルルイちゃんが恥ずかしそうにはにかんでた。
「えへへ……はなかんむり……じょうずにできたので、しんかんさまにあげます……」
「ありがとうございますルルイちゃん。似合ってますか?」
「はい。とってもにあってます。えほんにでてくるせいれいのじょうおうさまみたい……」
「とってもきれい~」
「とってもすてき~」
はにかんで感想を求めると双子ちゃんの素直な誉め言葉と、熱に浮かされたような表情をしたルルイちゃんの賛美が返ってきた。ちなみにヴェリオ君はさっきのやりとりがよっぽど恥ずかしかったのか三人組の方に戦略的撤退を果たした。
内気なルルイちゃんには物珍しい私が物語の人物に見えるのだろう、過剰な反応をされてる気がするが悪い気はしないので彼女の要望通り物語の人物らしく聖女的微笑みをルルイちゃんに向ける。
「はぁん……♪」
卒倒しそうなほど喜ばれた。後よくよく考えたら私聖女だから彼女たちにとっては本当に物語の人物だった。
「しんかんさまっ。つぎはなにしてあそびましょう」
静かな、まったりとした時間を堪能した。しばらくして子供たちの中でそろそろ別のことをしようと言う雰囲気が流れ始めてレイ君が代表して口火を切る。
「またおいかけっこしようぜっ! おいかけっこっ! こんどはまけねぇぞぉ~!」
「はぁ!? さっきしたばっかりじゃないっ! べつのあそびしなきゃつまんないわっ!」
「エナはおねえちゃんとあそぶ~」
「リオもおねえちゃんとあそぶ~」
「ぼくはリオやエナでもできる、危なくない遊びならなんでもいいかな~」
「……し、しんかんさまに、えほん。よんでほしいです……」
一人が提案すると一人また一人と喋りだし静かだった空間に子供たちの高い声が満ちる。だけども子供たちの中でみんなが満足するようないい遊びは思いつかないようで、私もやんちゃしてた子供の頃を振り返って楽しそうな遊びを探してみるがどれもピンとこない。
う~んと頭を悩ましていると祝詞を使うより子守をする方が多かった神官たちの報告書を思い出した。それに書かれていたのは、未来の為の実益を兼ねた、子供たちに喜ばれたという遊び。
(よし、これにしよう)
「みなさんっ!」
パンッ! と注目を集めるために大きく手を叩く。ああでもないこうでもないと遊びについて真剣に話し合っていた子供たちの視線がいっぺんに集まると、ニッコリと笑顔を作った。
「これから祝詞を使って、精霊の皆さんと遊んでみましょうか」
「のりと~?」
「せいれのみなさんと?」
「あ~そ~ぶ~?」
不思議なことを言ってる人を見るような子供たちに「ふふ♪」と変わらず笑顔を向けた。
「……なあ、これほんとうにいみあるのか?」
訝しげに呟くグエン君に彼と手を繋いだサレンちゃんが答える。
「さあ? でものりとをつかうのにひつようなことなんでしょ?」
諭すように言うサレンちゃんの反対の手はルルイちゃんと、ルルイちゃんはヴェリオ君と、そしてエナちゃんリオちゃん私レイ君そしてグエン君と、隣の人同士で手を繋いで輪を作っている。
「でもこれじゃふつうにあそんでるだけじゃね?」
まあ、確かに輪を作っているだけじゃそうも見えるだろう。実際そうだし、そうであることが大事なんだけど。
ちなみにこの輪を作るのはこれで二回目。一回目は作って「じゃあゆっくり回ってみましょう」と回ってみたらいいことを思いついた! と言う表情をしたサレンちゃんにより魔の大回転と化し晴れて全員芝生の上に弾き飛ばされる結果となった。吹き飛ばされてきゃっきゃっとはしゃぐ双子ちゃんや目を回しているルルイちゃんの中、坊主頭だからかやたらと草が頭に付いたグエン君を見てサレンちゃんが大笑いしたりを経て今に至る。その反省なのかサレンちゃんのグエン君に対する言葉が柔らかめだ。
「祝詞って言うのはそこまで難しいものじゃないですからね」
「そうなの?」
「ええ、祝詞っていうのは精霊に祈ったり、語り掛けたりして力を貸して貰うものですからそれがきちんと出来れば誰にでも使えるんですよ?」
「へ~」「しらなかった~」と関心する子供たち。やはり今の時代でも祝詞についてはよく理解されてないようですね。なら――
「では、そんな力を貸してくれる精霊ってどんな存在だかみなさん分かりますか?」
尋ねると先ほどとは打って変わって子供たちの口は軽く開く。
「ええっと……みえないけどぼくたちのちかくにいっぱいいて――」
「わたしたちとちがって“いし”ってのがないのよね」
「こまってるとすがたをみしてくれてたすけてくれるんだよなっ!」
「あそんでるとたまにふわ~ってとんでるのみるなぁ」
「え、えほんでよくひとだすけ、してます……」
「たのしいことすき~」
「まじめなひとがすき~」
と、全員が答える。私の時代と同様に、精霊は身近な同居人と言う立ち位置は変わっていないようで、子供たちにもわかりやすいよう童話なので説明されてるようだった。
「そうです。精霊たちは目に見えないけれど世界中のどこにでもいる隣人で、意思を持たないけれど、困ってる人を見かけたら姿を見せて助けてくれますし、真面目な人や楽しいことが好きで、惹かれて集まってきます」
「でもねえちゃん、それとのりとってどんなカンケーがあるんだ? のりとってしんかんさまだけがつかえるすっげーちからなんじゃねぇの?」
「お、良い所に気付きましたねグエン君。さっきも言った通り祝詞は精霊に祈ったり語り掛けたりして力を貸して貰うモノです。じゃあ、その祈ったり語り掛ける詞はどんなものだと思いますか?」
尋ねると「ええっと?」と答えを探すように視線を彷徨わせるグエン君の隣で「わかった!」と目を輝かせたレイ君に答えを促す。
「まじめでたのしそうに! そうやっていのったり、かたりかければいいんだねっ!」
笑顔で答えるレイ君に「正解です」と微笑む。
そう。だから祝詞。真摯に、明るく、楽しく、そんな感情で詞を紡ぐ姿が祝ってるように見えるから、祝う詞で祝詞。
大昔から存在し、戦乱の時代に失われ、聖女が復活させた。使えるものの少ない奇跡の力。
だけど本当は、それさえ忘れなければ誰にでも使える力。
「逆に言えばそれさえできれば祝詞は誰にでも使えるんです」
これこそが奇跡の力、祝詞の“理”清く正しい、善の感情で紡がなければ使えない、強大な力の祝詞が悪用されない理由の全て。そして、使えるものの少ない理由の全て。
「じゃあ、さっそくやってみましょうか」
「でも、まじめに、たのしそうってなんだかむずかしいかも……」
「ふふ、そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。ただ、友達を遊びに誘うみたいに、それだけでいいんです」
「よ、よし、せいれいさん、あ、あそびましょう?」
「あそびま~?」
「しょ~?」
と、言って始めてみたもののみんな初めての事で要領がわからないようで、たどたどしかったり緊張したり疑問形だったり、やはり姿の見えない存在を、友達のように誘うのは難しいようだ。しょうがない、私が一肌脱ぐ必要がありそうですね。
「はい、みんな。ばんざーい」
『ばんざーい』
掛け声と共にリオちゃんとレイ君と繋いだ手を上げるとみんなも釣られてやってくれた。かわいい。
「じゃあもう一回! ばんざーい♪」
『ばんざーい♪』
先ほどより楽しそうに声を上げてもう一度、一体感からか子供たちからも楽しそうな声が返ってくる。
「そうそう! そんな感じです! それじゃあ今度はばんざーいの一番上で、精霊さん遊びましょうって誘ってみましょう! せーのっ。精霊さん?」
『あそびましょー!!』
手が上がり子供たちの声が芝生の上を満たす。その声にはもう恥ずかしさや緊張なんて無く、子供特有の純粋さが溢れている。これなら大丈夫そうだ。
「今のはよかったです! じゃあ次が本番ですよ! せーのっ!」
『せいれいさん! あそびましょー!!』
示し合わせた訳でも無く全員、手を挙げる瞬間に飛び跳ねた。連なる声が無邪気に響く中、繋がれた手が上がりきると共に解かれ、みんなバラバラに着地する。
「あははっ! おかしいっ! なんでみんなジャンプするのよっ!」
「ふふっ! サレンだってジャンプしてたじゃんっ!」
「たかかった~!」
「たのしかった~!」
「えへへ……おおごえだしちゃった」
「ふふふっ、なんだかたのしくなっちゃったね」
「あははははっ! くふっ! ほ、ほんと、くだんねー!」
着地と共に子供たちに笑顔が溢れる。それは純粋な楽しいと言う感情から溢れ出す笑み。大きくなると忘れてしまう、希薄になってしまう大事な気持ち。
そんな純粋な気持ちに当たられて、自然に笑みを浮かべていると笑いあう子供たちの芝生の上ふわふわと浮く、光の粒がぽつぽつと姿を現し始めた。
「ほら、みなさんに誘われて、精霊の皆さんが遊びに来たみたいですよ?」
私の声に釣られて子供たちの視線が空中を見る、その間にも増える、花の胞子のような光の粒を見つけて子供たちの表情が驚きに染まる。
「わぁ」
「きれ~」
子供たちから歓喜の声が上がる。気付けば芝生の上の空を満たした色とりどりの光の粒。楽しさに引かれてきた小さな精霊たち。色彩と暖かな光が醸し出す幻想的な光景に、子供たちは目を奪われているようだ。
(て、言うか多すぎませんこれ?)
本当は手を繋いで作った輪っかの中だけに出て来て貰おうと思ったのだが飛び跳ねて手を離したのがそんなに楽しかったのか、精霊が大量に集まってしまった。300年で精霊の好みも変わったんですかねぇ。とか思考を逃がしながら冷静になって親御さんたちを横目でみると余りに変わった芝生の上の現状を見てギョッ! っと目を見開いていた。わーこれは後でめんどくさい奴だー
(まあ、いっか)
今は子供たちと、この状況を楽しむことの方が重要だ。子供たちに視線を戻せば精霊たちの中に飛び込んで戯れ始めていた。いつの時代も、子供たちの適応力の高さには驚かされる。
「すげぇ! これぜんぶせいれいなんだぁ」
「ふわもこ~」
「あったか~い」
「すごーい! このこたち、わたしのうごきにあわせてまってるわー!」
乗り遅れたので眺める。上がる、子供たちの楽しそうな声。無邪気で無敵な幼さの暴力。精霊と戯れる、子供たちの幻想的な姿。
――私の時代には見れなかった景色。
(ああ――幸せなんだなぁ――)
ズキッ! とまた胸の奥が傷んだ。
一歩引いてしまったせいか、それともこれは一人になってしまったせいか。なんだかーー精神にくる。ここは私の時代とは違うと言うことを思い知らされる。
私と、彼らの距離は、近いようで遠い。それはきっと300年と言う時間が作った価値観の違い。
私が勝手に思っているだけかもしれない。本当はそんなことないのかもしれない。それでも、それでも――!
「――彼らに強さと思いやりと災いなき不幸とーー幸あれ」
300年前の聖女である私は不安で、そう祈らずにはいられなかった。




