村にて 2
料理をごちそうになってから様々な話を聞かせてもらったし、話した。
話す内容は私がどこから来た何者なのか、もちろん「私、実は300年前世界を救った聖女なんです」なんて名乗ったら頭のおかしい女扱いされのは目に見えてるので話したのは今の時代用の“設定”だ。
名をノルン・フィーサーと名乗った。昔は一般家庭生まれには姓がなかったので、聖女になった時に貰った姓しか無かったが、今の時代では一般家庭にも姓があるようなので先ほど考えて付けた。流石に聖女時代の七の輝を取り戻した者なんて七国の王から貰った大層な姓は有名すぎるだろうし、特に思い入れも無かったのでいい機会だ。
どこから来たのかについては、私は森の中で敬虔な祖父母に育てられて、修行の為七国聖域巡りを行うことになって森から出たばっかりなので時世に疎いと言うことにしておいた。これで現代知識がないこともごまかせる。はず!
それを話すとガレットさんは「じゃあ色々と教えたげるよ」と気前よく話してくれた。
お金の種類や主な法律について地理……おしゃべりなガレットさんは感心したり驚く私に丁寧に、楽しそうに教えてくれた。
お金の種類については昔と大差ないのが分かったし、法律は大陸法なんてほぼ私の為の法律を大陸で守っていることにびっくりした。それと、私の創った神官制度がそのまま残っていて助かった。【祝詞を使えるものは神官を名乗ってよく、名乗るならば人々の為に活動せよ】と言う祝詞の“理”を利用して創った制度は今の時代も清い心を持った神官を生み出して人々の生活を知識と祝詞で助けているらしい。まさか人々の為に創った制度のおかげで自分が救われるとは人生分からないものだ。300年前は神官と言う職業なかったからいきなり聖女でしたからね、私。
地理については七大国は健在で、国境に混成種族の自由都市が出来てるらしい。種族国家だった七国が手を取り合って歩んでいけている証明である自由都市は是非とも見に行きたいものだ。
とにかく、ガレットさんの話っぷりや村の雰囲気を見る限り、たまの魔物被害以外では人間同士の諍いもなく、大陸は平和に営みを続けているようだった。自分が命を使って守った世界は今も平和に続いている。それはとても嬉しく、幸せなことだ。
もしまだ世界に多くの不幸が残っているならそれをどうにかするのが自分の目覚めた理由なんだろうと勝手に思っていたが、そんな肩肘を張らなくてもいいのかもしれない。
「それじゃあ、よろしく頼むね」
色々と話終えた後、祭りの休憩中だったらしいガレットさんは運営の方に戻ることになった。入れ替わりで休憩をとるのだろうガレットさんの旦那さんが戻って来るといかにも疲労困憊と言う顔で長椅子に倒れこむと椅子と一体化しそうなほどぐったりしてた。気弱そうな旦那さんには婦人たちの戦場は荷が重かったようだ。
しばらく動きそうにない旦那さんと一緒だとレイくんが暇だろう、と私はレイくんと祭りを見て回ることになった。
正確にはぐったりした旦那さんを見たガレットさんが「そんなに物を知らないんじゃ祭りも初めてだろう? レイと一緒に祭りを見て回ってきなよ!」 と遠回しに子守を頼まれたのだが。と、言うか元々休憩中の暇つぶしと旦那さんが使い物にならなくなるのを予想していたからレイくんの面倒を見てもらうつもりで私に声をかけたのだろう。神官は施しを受けたら礼を返すと言う風習は今でも残ってるようだし、私の時代も神官の仕事は祝詞や医学の知識で人々を助けるより畑仕事を手伝ったり子守を任されることが多いと報告書を読んだことがある。
今も昔も神官の立ち位置が特別なものになってなく、人々と近くにあるのは喜ばしいことだと思うと共に自分が神官としてそれを行うことになった現状は少し面白おかしく感じる。
「いってらっしゃい。ガレットさん」
「いってらっしゃーい! おかーさーん!」
レイくんと共に運営に戻っていくガレットさんを見送る。旦那さんもぷるぷると震える手を上げ「い、いってらっしゃい……」と力なく見送るとその姿がツボに入ったのかガレットさんは大笑いしながら竃に向かっていった。
「じゃあせい……しんかんさま。いこー!」
ちなみにレイくんは私が名乗った後から完全に聖女様扱いだ。なんでも絵本や聖堂の絵で見る聖女にとってもそっくりらしい。ええ、それはそうでしょう本人ですから。
だがそれを肯定するわけにも行かずその度に訂正していったら【現代に蘇ったけど聖女であることを隠して神官を名乗っている聖女様】っと言う設定になったらしい。そのとおりだよこんちくしょう。
まあ、バレたからどうこうあるわけでもないのですが、子供の「ぼくはわかってるから!」みたいなキラキラした瞳を向けられると聖女的微笑みを返すしかなくて困ります。しかも聖女的微笑みを浮かべると、嬉しそうに笑みを返してきます。明らかに信仰度が上がってます。悪循環です。助けてください。
そんな私の心中を知る由もなく、【聖女様に村を案内すると言う役割】を任されたと思っているレイ君に手を引かれて村の喧騒へ。うん、まあ思っているじゃなくてその通りなんだけど。
間違ってないから反応に困るんだよなぁ。とレイ君に見えないように苦笑いを浮かべる。
(果たして私のこの良心の呵責とも、なんとも言えない感情に、私の精神は耐えられるのだろうか……)
――――
小さな村だと思っていたが人の多さにたじろぐ。聖女祭は冬を迎える前、収穫祭と合わせて行われるから所によって時期はまちまちらしく、里帰りしてきた子供たちや、冬前の商品を売りさばきたい商人などが集まってきて賑やかになるというのはガレットさん情報だ。
人が増えれば増えるほど需要と言うのは上がっていくもので、婦人たち村の集まりで無償で振る舞われる料理の他、出店もちらほらと立っているのが見て取れた。祭りの中、金銭のやり取りというのは無粋らしくこれも無償らしい。なら何故出店なんて出してるもの好きがいるのかと言われればこれも理由が簡単で、町に出た子供たちが村で自分の仕事場の料理を作って見せることで仕事場の宣伝と自分の成長を村のみんなに見てもらう為、それと商人が冬で客足が遠のく前に多めに残った食材を使って料理を振る舞うことで顔を覚えてもらって仕事がしやすくなるようにという先行投資的な意味合いがあるようだ。
子供の方は分からなくもないが商人はそれでやっていけるのかと不思議だが――
「あんた今年も七葉余らせたのかい! 今年もまた、野菜炒めなんて、引出しがすくないねぇ~」
「うるせぇ! 簡単に仕入れられるし、美味いから売れると思ったんだよっ!」
「もぐもぐ……確かに美味いんだがねぇ……やっぱり見た目がよくないよ、緑一色の野菜炒めなんて。こんなの進んで食べるなんて僧侶様か神官様ぐらいなもんだよ……お! 神官様! 丁度いいところに! ちょっとこっちきておくれよ!」
――と言うやり取りが見れるので効果はあるのだろう。ちなみに食べた七葉の野菜炒めは美味しかった。人によってはスパイスの濃さや薄さで好みが出るだろうと言うことと卵や肉と一緒に炒めた方が彩がよさそうだと感想を伝えておく。
「せいじょさま。どこかいきたいばしょ、ある?」
しばらく出店を見て回り、気付いたら片手一杯になっていた串焼きをレイ君と分け合って完食するとレイ君が尋ねてきた。さらっと聖女様と呼ぶレイ君に聖女的微笑みを貼り付けて「神官ですよ?」と何度目か分からないやり取りをして、行きたい場所かーーと村の様子を見渡す。
聞きたいことはガレットさんから大体聞いたので情報収集もする必要もなくなり料理もごちそうになったばかりだというのに食べ歩きのような状況になってるのは乙女のお腹周り的な都合で大分よろしくない。
特に目的もないのでここは素直に祭りを楽しませてもらおうとーー
「じゃあ、レイ君の思う。一番楽しい場所に連れて行ってくれますか?」
現地の人に委ねると可愛らしい案内人は目を輝かせて私の手を引く。
「こっちだよっ!」
どうやら心当たりがあるようで足取り軽く進むレイ君。可愛いらしい案内人が私にどんな景色をみせてくれるのか、期待に胸を膨らませながらレイ君に歩幅を合わせてついて行くのだった。
――――
「ちくしょう」
さっそく後悔した。
そもそも相手は子供なのだ、少年が一番楽しい場所なんて祭りの中であるとしても“同年代の子”がいる場所な訳で――
村の外れ、川のせせらぎが聞こえるぽっかりと空いた芝生。いかにも“子供の遊び場”としての広さを持った場所でレイ君ぐらいの背の少年少女の集団が遊んでいた。
レイ君がここに私を連れてきたってことは――まあ、つまりそういうことなんだろう。
「みんなーーーっ! せいじょさまがきたよーーっ!!」
(ああ! なんて殺生なことをっ!)
心の中で悲鳴を上げて手を伸ばす、だが、振り解かれた手が掴むものはなく、自由に駆けだした少年は無尽蔵な体力と興味を搭載したモンスターたちを解き放ちに行く。地面が芝生なのも相まってその俊敏な姿はまるで羊を追い立てる牧羊犬のようだ。今はまだ羊のように可愛らしく遊んでいる少年少女たちも興味の対象を見つけたら羊の皮を脱ぎ捨てて羊を追い立てる牧羊犬に早変わりするだろう。ほらなった。
だがここで羊のように逃げて追い立てられるのは二流のすることです。まあ? 私も村育ちですから? こういう体力の有り余っている少年少女たちの対処法は心得ているわけですよ。聖女ですから余裕綽々な訳ですよ。聖女関係ないけど。
牧舎! そう牧舎になるのです! 牧羊犬とも羊とも違う第三の選択肢。その役割は動かず羊と牧羊犬を迎え入れること! さあ来なさい牧羊犬たち! この聖女ノルンが聖女的微笑みで迎え入れてあげましょう!
「こんにちは! せいじょさま!」
「ええ~? せいじょさまじゃないだろ~?」
「そうよ! ほういっていうのをきているのはしんかんさまっ、ていうのよ!」
「きれーなかみー」
「あそんであそんで~」
「はわわっ、きれーなしんかんさま。せいじょさまみたい……」
「あれ? そうだっけ? じゃあしんかんさま?」
「ちがうよっ! せいじょさまだよ~だっておすがたがいっしょだもん!」
「きれーなおかおー」
「さわってさわって~」
「やっぱりせいじょさまなんだぁ……」
「そうか~? オイラがセイド―の絵でみたせいじょさまはもっとびじんだったぞー?」
「そうよそうよ! せいじょさまはおうつくしいのよ! こんなどこにでもいそうなしんかんさまじゃないわよ!」
「きれーなおようふくー」
「だっこして~」
「やっぱりしんかんさまなんだぁ……」
「うう……せいじょさまだよぉ」
囲まれました。まあ、迎え入れたらそうなりますよね――
と、言うわけで少年少女たちの体力と興味が尽きるまで面倒を見るという昼食後にしてはめんどくさ――大任を仰せつかった訳で――別に視界の隅でまったりくつろいでいる親御さん集団の「あらあらうちの子供がごめんなさいね~神官様」見たいな表情に奥歯を噛み締めたりはしていませんよ?
流石、子供らしく全員いっぺんに喋るから場が一気に騒がしくなります。そして気の強そうな男の子と女の子に責められてレイ君が涙目です。私も心の中はもう涙目です。
まあ、冗談はさておきそろそろレイ君に助け舟を出さないとレイ君が泣いてしまいそうです。子供の泣き声と言うのはすぐ他の子に伝播して不出来な合唱を奏で始めるのでさっさと手を打つに限ります。
「レイ君っ!」
「うわわっ!」
レイ君の脇に両手を差し込んで高く抱き上げる。私の声といきなりの行動に子供たちが驚いて固まった隙を突いてレイ君と共に子供たちの輪から離れるとそこでレイ君を下ろして目線を合わせる為に芝生に膝をついた。
「な、なに? せいじょさま?」
急な行動におっかなびっくりといった表情を浮かべるレイ君に“わかりやすいように”片目を閉じて人差し指を唇に当てて言葉をつくる。
「“神官”様……ですよ?」
いたずらっぽい笑みも付けて、伝える、それはナイショ話だったり、秘密を共有するものが行う言葉とは裏腹な仕草。
それを見て泣きそうだったレイ君の表情が花が咲いたように笑顔に変わる。
「ああー―! うん――!」
大きく頷くと私の手を引いて駆ける。向かう先は子供たちの場所。誰かの秘密を共有して守るというのは子供でも特別に嬉しいものなんだとこの無垢な少年を見て思う。
「いこう! しんかんさまっ!」
跳ねる無邪気な声が詰まることなく告げる。もうレイ君が私を聖女様と言うことはないだろう。だってそれは二人だけの秘密だから。
「やっぱりせいじょさまじゃなくてただのしんかんさまだったよ」
「へー? そうなんだ」
「だよなーせいじょさまはすっごいびじんだもんな! あんなどこにでもいそうなかおしてないよなー」
「うん! そうだよね! せいじょさまはびじんだもんね。あんなどこにでもいそうなかおしてないもんね!」
「まったくー! レイったらそそっかしんだからー! それにせいじょさまはボン!キュ!ボン! なのよ! あんなヒンソーでちんちくりんじゃないわよ!」
「あははー、そうだよねー。せいじょさまはボン!キュ!ボン! だもんねーあんなヒンソーでちんちくりんじゃ、ないもんねーー!!」
――あはははは!
青空に子供たちの笑い声が吸い込まれる。それは晴れやかな、子供たちの心が一つになった声……ただ一人の聖女である少女を除いて。
……あのーーレイくーーん。その、少しは擁護と言うかぁ、その、ちょっとはしてくれてもいいんですよーー? おーーーい。レイくーーーーん。貧相じゃないですよーーっ! 慎ましいって言うんですよーーっ! ……実は脱いだらすごいんですよーーっ! あと、あの……ほんものの……本物の聖女様なんだぞぅ! 私は凄いんだぞぅ! レイくーーーーん!
子供たちの輪から少し離れ苦虫を噛み潰したような表情をした少女のなりふり構ってない心の声に大気に舞う全精霊たちが涙した。