村にて 1
「おお」
街道を行くことしばらく、時折顔を出す精霊たちのお願いを聞きながら歩みを進めていると煉瓦や石、木造の建造物が見えてきた。柵や堀に囲まれた家屋の集合した場所。
村だ。街道に連なる、川辺近くに作られた小さな村。お昼時なのだろう。家々の煙突から青空に白い煙があがり、風に運ばれた匂いが鼻孔を通る。
(いい匂い)
懐かしい、食事の匂いをお腹一杯に吸い込むと気分が高鳴る。
儀式の為に断食していたのもあるが、やはり、思考も体も食べたのは昔だと認識しているのだろう。久方振りに食事にありつけると反応して胃袋が歓喜しているように感じる。
「なんか……あんまり空腹って感じじゃなかったけどいざ匂いを嗅ぐと何か食べたくなりますね」
唾液が出そうになった訳でも無いのに反射的に口元を袖で拭うと食欲に従って足早に村の入り口を目指した。
……もちろん! 情報収集も忘れてないですよ? ええ、忘れていないですとも
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村の出入り口には見張りは居なかった。まあ、小さい村なのだからそれは当然だろうと入ってすぐの広場として使われているだろう円状の大きな空間は賑やかな雰囲気に包まれていた。
「祭りですか」
机の上大量に並ぶ色とりどりの料理に、忙しそうに配膳に奔走する夫人、奏でられる楽器に合わせて踊る女性たちに、駆け回る子供。その輪から少し外れた場所で祭りの雰囲気を楽しみながら談笑に花を咲かせる老人たち。それは平和な時代に行われる。ごくありふれた祭りの姿であった。
――煙突から煙が各家から上がってるのは、祭りの料理の為に竃を全部動かしているからなんですね。
奔走する婦人たちは自分の家の竃で料理をして運んでいるから忙しそうなんだろう。忙しさがピークに達したのか暇そうな男たちを尻に敷いて配膳を手伝わせ大声で指示を出してる姿に婦人たちの強さがにじみ出ている。
村の様子を眺めていると木造の丸いテーブルを子供と囲んで椅子に腰かけている婦人と目が合った。
「あら! 神官様じゃないか! いい時期にきたね~!」
ぱっと笑顔になって気さくに話かけてきた婦人はいかにも肝っ玉母さんって感じの印象を受ける。邪魔にならないように後ろで纏めた茶髪に畑仕事や炊事洗濯で太くなった腕と恰幅のいい体型、サバサバとした大きな声は安心感すら覚える。神官と勘違いしたのは私が法衣を纏っているからだろう。本当は違うので少し良心が傷むが右も左もわからないのでそのまま話に乗っからせて貰おう、こういう女性が話が大好きなものなのだ。
「こんにちは」
「はいこんにちは」
「こんにちはー」
恰幅のいい婦人と共に隣に座った子供もにへっと頬を緩めて挨拶を返してくれた。まだ幼年と思われる子供は線が細く可愛らしい顔つきをした男の子だ。婦人の息子なのだろう同じ茶髪が羊のようにぼさぼさとパーマ掛かっていて撫でたらもこもこで気持ちよさそうだ。微笑むと「えへへー」と笑顔を返してくれた。かわいい。
婦人に促されて親子と同じテーブルの対面の席に腰かける。体力の使う山道や長い街道を歩いてきたので少し疲れもたまっていたしこういう気遣いは素直に受け取っておくものだ。
「そうなのですか?」
「いい時期だよ~アレイ村の聖女祭は今日だからね。神官様は七国聖域巡りで根源の霊廟にお参りに行った帰りだろう?」
「ええ。山道は険しかったけれど地平線まで続く泉と道中の自然が生き生きとした雄大な草原が素晴らしかったです」
「ほ~泉まで行ったのかい! 最近の巡礼者は霊廟の山で祈っておしまいって人が多いって聞いたけど若いのに大した信仰心とガッツだね~」
感心したように頷く婦人に謙遜の字を述べながら私の思考は別のところに飛んでいた。
(聖域巡りと聖女祭が分かりません……)
つい、昔の要人と話すようなノリで話を合わせてしまったが為に単語の内容が理解できていなかった。しかも分かってる感じで返答してしまったから聞き返すこともできない。
とりあえずこの村の名前がアレイという名なのがわかり、あの泉と山々が現代も根源の霊廟と呼ばれていることが分かったというだけでも前進だ。単語から七国聖域巡りは霊脈などの神聖な地を七国巡るというもので、聖女祭は聖女という存在を崇めたり敬ったりする祭りの一種だとなんとなく予想がつくし。……頑張れ私。
「お参り帰りってことはお腹空いてるだろう? おーい!! とうちゃーん!! こっちにも料理、運んできておくれよーっ!!」
婦人が声を張ると配膳を行う人物の中、腰の低そうな眼鏡を掛けた初老の男性がこちらのテーブルの方にぺこぺこと頭を下げた後、雑踏の中へと消えていった。今の人がこの婦人の夫なのだろう。おおらかで肝の太そうなお母さんと優しそうで尻に敷かれてそうなお父さんと言う夫婦はお似合いに見える。
「今とうちゃんが料理持ってきてくれるから。せっかく若くて美人さんなんだからお参り終わりはしっかり食べなよ?」
「あはは……はい。ありがとうございます」
思慮に耽っていたせいか遠慮する間もなく食事をいただくことになってしまった。ここまでして貰ったのに今から手伝うだの遠慮するだの言うと話が拗れるからご厚意に甘えて素直に返事を返す。これも聖女と呼ばれていた時期に獲得した処世術だ。
会話がひと段落着いたところで先ほどから疑問があると言う風に小首を傾げていた少年が婦人の服をクイクイと引いた。
「ねぇねぇ。ななこくせいいきめぐり、ってなあに?」
「そういえば話したこと無かったねぇ……」
「巡礼者はこの村にゃあんまこないからねぇ」と大きな手で少年の頭を撫でると婦人はちらりと私に視線をよこす。一瞬説明を任されたのかと思ってドキッと心臓が跳ねたが「私が説明してもいいかい?」 と言う目配せだったのだろう。婦人はすぐに少年に視線を戻し、口を開く。
「七国聖域巡りって言うのはね、昔々長い戦争を終わらせて瘴気によって荒廃した大地を浄化して回った聖女様。ノルン様が大陸七国にある七つの大霊脈を浄化して聖域となった場所を巡礼して回る僧侶様や神官様の修行の一つさ」
「へー」と感心する少年と共に私も内心で「へー」と感心する。聖女の名前にちょっと心当たりがあるが、話が続くようなので放置しよう。
「まあ、大抵の巡礼者は3~4ヶ所巡ったところで過酷すぎて辞めちまうらしいんだがね。特に、私らの村の近くにある根源の霊廟は巡礼を終えれば大司教になれるなんて言われてるほど過酷なんだよ?」
「そうなんだぁ、じゃあせいじょさまってそんなかこくなばしょにぜんぶいってほんとうにすごいことをしたんだね」
「ああ、だから私たちはそんなすごいことをして世界を救ってくれた聖女様に感謝して聖女様が亡くなってから300年の間、こうして毎年欠かさず聖女様に捧げるお祭りをするんだよ。今年も無事過ごせましたってね」
祭りで賑わう村に目を向ける婦人に釣られて少年も祭りの賑わいに体を向ける。思うことがあったのかじっと祭りの様子を見つめた後、少年はとびっきりの笑顔を婦人に向けた。
「うん! ぼくきょうはせいじょさまにいっぱいいっぱいかんしゃをつたえるね!」
尊敬や興奮の混じった、子供特有の“すごい”っという無垢な笑みに婦人と私は自然に笑顔になる。「きっと聖女様も喜んでくれるよ」と頭を撫でる婦人に気持ちよさそうに目を細める少年。
「これであってるかい? 神官様」
「はい。私も若輩者ですから、知らないことも聞けて勉強になりました」
本当は全部知らなかったんだけど、そんな事実はおくびも出さずに微笑むと視界の端に料理を持って私たちの席に向かってきている初老の男性を捉えた。
(早い方がいいかな)
「そういえばまだ、お互い名乗ってもいませんでしたね」
面倒なことは食事の前に済ませてしまおうと、うっかりしてたと言う表情を浮かべて話を振ると、婦人も「あらま!」とうっかりしてたと言う同じ表情を浮かべた。
「そうだったねぇ~! すっかり忘れてたよ。私はガレット、こっちが息子のレイだよ」
「ガレットさんとレイくんですね私は――」
名乗る前に飛びっきりの微笑みを浮かべる。おそらく人相も年齢も伝わってるだろうがまあー“300年も立っているからよく似た人物”で済むだろうと思ってもつい保険を打って浮かべた警戒を解くための聖女時代の笑み。
「“ノルン”って言います」
隠すことなく、本名を名乗る。300年前亡くなった、世界を救った聖女と同じ名前。
ぽかんと驚いた表情を浮かべる二人、ガレットさんは「神官様でも名前ってあやかるものなんだねぇ」と現実的に受け止めて呟いたがレイくんはしばらく固まった後、わなわなと口を開いた。
「……せいじょさま?」
やっぱり人相や年齢は伝わっているようだった。予想通りの反応をしたレイくんに微笑み、用意してた返答を諳んじる。
「ただの神官ですよ」
答えると、まるで見計らったようにテーブルに料理が届いた。
どうやら今は300年後で、“私”聖女ノルンは各地で鎮魂が行われるほど人々に慕われているようであった。




