少女の祝詞
「コホン……とりあえず、今は時間が惜しいですし参りましょうか」
「そ、そうですね。フレイアはどうします?」
ミュエルミーゼ様が咳払い一つで空気を変えてくれたのでそれに乗っかる。半亜人であるフレイアの嗅覚的に現場は辛いだろうなと尋ねるとフレイアは案の定首を横に振った。
「これ以上近寄ると鼻曲がりそうやし……馬車の屋根で周辺警戒でもしとくわ」
「感覚の鋭い半亜人なら私たちよりも速く魔物に気づけるだろうからね……すまないがよろしく頼むよフレイア嬢」
ミュエルミーゼ様も不測の事態を考えてか異論は出なかった。
方針が決まったので馬車を降りようとするとミュエルミーゼが手を取ってエスコートしてくれた。その流れで前を行くミュエルミーゼ様の後ろをついて行く。
「それで、状況はどうなっているのですか?」
「はい。街道を走行中に馬車群の中列が魔物の襲撃を受けたため初動が遅れて大きな被害が出ました。……不幸中の幸いと言うべきか死者は出ませんでしたが治療道具の類も襲撃の際多くが駄目になってしまったのでこのままでは負傷者に後遺症が残るものが出て来てしまいます」
抽象的な聞き方をしたがミュエルミーゼ様は汲み取って要点を抑えた回答をくれた。団長を任されているだけあって慣れてるなと感心しつつミュエルミーゼ様の落ち着きようから死人や命に係わる怪我をしている人物が出ていないのは想定の範囲内だった。
ただ一つ気になることがあるとすれば戦闘痕だ。止まる騎士団の馬車、その裏に回ったことで見える戦闘の傷跡は凄惨の一言に尽きる。
横転して車輪が壊れた豪華な馬車の隣、先程ミュエルミーゼ様が言っていた物資を積んでいた馬車だろうか? 割れた瓶や汚れた布を辺りに散乱させたそれはもはや原形を止めておらず木の残骸と化している。
その周りで戦闘があったのだろう。抉れた大地に背の低い草にこびり付いている赤、それと地面にできた“黒ずみ”。鼻に届く濃い鉄の匂いが不快を煽る。
「よく、死人が出ませんでしたね」
単純な感心から感想が漏れる。聖女時代、役割柄戦いの痕跡を見ることが多かったのでわかるが“これ”は犠牲なしには終わらぬ戦いであったはずだ。だけど現実を見れば横転した馬車の処理を任されているのか傍で悩む女性騎士たちや馬車の残骸から使えそうな道具が無いか調べている女性騎士たちの姿が見える。
その姿は疲弊はしているのだろうが今動けぬ仲間の為に自分の仕事をこなす騎士のモノだった。暗い顔をしている者は一人もいない。
(不思議ですね……)
なにか、彼女たちを動かす芯見たいなものを感じた。それも曖昧なものではなく、しっかりした。
自分の時代との齟齬に少し戸惑いながら歩を進めていると私の感想が耳に届いたのかミュエルミーゼ様が振り返る。
「ノルン様は……この国の神官では無いのですね?」
「うぇっ!?」
ミュエルミーゼ様のいきなりの断定に思わず変な声が出た。あれ? 私おかしなこと言いました?
驚きを露にするとそんな私の反応が可笑しかったのかミュエルミーゼ様がくすりと笑みを浮かべた。
「いや、申し訳ない。フレイア嬢は知っていたようなので貴方も知っていると思っていた」
「? 知っている……とは?」
首を傾げるとミュエルミーゼ様は少し誇らしげな表情で口を開く。
「私たちの主。ラーミア・フォンベルグ・ヘファイアス様はこの人間の国の王女で、この国の王女は代々祝詞を受け継いでいるのですよ」
「……なるほど」
この国に住む人々なら王女が祝詞を使えると言うのは常識なのでしょう。だから私の一言だけでミュエルミーゼ様はそう断定できたのだ。
まさか法律系以外から看破されるとは思っていなかったのでガレットさんに聞いてなかったのが災いしたか。幸いミュエルミーゼ様も責める様子では無いので祝詞を使える神官であるなら問題は無いのだろう。
「森の奥で祖父母に育てられたので……国々の事情に詳しく無いのです。もし失礼があったなら申し訳ございません」
「そうでしたか……大丈夫ですよ。礼儀作法も問題ありません」
こういう時の為に作って置いた設定だ。語るとミュエルミーゼ様は「素晴らしいご祖父母ですね」と微笑んだ。
所詮嘘なのでミュエルミーゼ様見たいな騎士とは思えない程柔らかい人に語ると心が痛む。でも返す微笑みが完璧に浮かぶのは聖女時代の功績ですね……功績ですかね?
いきなりだったので色々動揺しながらもミュエルミーゼ様の言葉で納得が行った。戦闘の痕と被害の不釣り合いさ。女性騎士たちの表情の理由。
私の見てきた戦闘の痕での被害想定はまだ祝詞を使えるものがおらず、神官の役職を作る前のモノだ。
(確かに、祝詞が使える人が居るならこの不釣り合いさは納得できますね)
だが、祝詞を使える人物が居るなら思うことがあった。顎に手を当ててちらりと横転した馬車を見る。騎士団の馬車と違う豪華な装飾、王族専用のラーミア王女の乗っていた馬車だろう。よく見れば側面が凹み薄い“黒ずみ”が付着しているのが見て取れる。
その証は魔物が最初に襲ったのが祝詞を使えるラーミア王女の乗った馬車だということを示していた。それはなんというか……大変よろしくない事実だ。
「さあ、こちらです」
考えている内に治療用の仮設テントに辿り着くとミュエルミーゼ様が入口の布を開けてくれた。
中からは血の匂いと祝詞の気配。ラーミア王女が治療を行っているのだろう。ミュエルミーゼ様に表情を作って礼をする。
(その王女様が気負い過ぎてなければいいんですけどね……)
この状況が起きたなら心配は当たっているのだろうと思いつつも、感情を切り替えて仮設テントの中へと入った。
「あっ……」
足を踏み入れた瞬間、自然と目が合った。
傷ついて意識の無い人たち、痛みに苦悶する人たち。そんな中、場所に不釣り合いなドレスに身を包んだ少女は居た。
背丈は私より少し低い、雰囲気から感じるに年下だろう。腰まで伸びた美しい銀の髪を揺らして少女は悲痛な面持ちを向ける。
人の気配を感じて反射的に、取り繕うこともできずに顔を上げたのだ。サファイアの瞳を揺らして、今にも泣きだしそうな表情をしている。
「姫……っ……! ラーミア! どうしたんだい?」
「ごめんなさいミュエル……ごめんなさい……」
遅れて入ってきたミュエルミーゼ様が少女の様子に気付くと慌てて駆け寄って行く。
ミュエルミーゼ様が少女、ラーミア王女の傍に座ると彼女は堰を切ったように瞳から大粒の涙を流し始めた。
その姿はか弱い少女そのものだ……祝詞を使える王女様、ではない。
「ラーミア。なにがあったんだい? 傷ついた騎士の皆を治療してくれてたんだろう?」
「はい……でもっ、でもね? 治らないの……治らないのですっ。いつもよりうんと、祝詞が弱いの……」
ミュエルミーゼ様が視線を合わせて優しく声をかけるとラーミア王女もゆっくりとだが喋り始める。
その姿は騎士とお姫様と言うよりも姉と妹のように見える。ラーミア王女の異変にミュエルミーゼ様の口調が柔らかいものになっているし、おそらく幼い頃から共に過ごしてきたのだろう。雰囲気が物語っている。
「それはまた……なんで――」
「王女様は雰囲気に呑まれてしまったんですよ。戦の」
言葉を無くすミュエルミーゼ様に答えると彼女は弾かれるように振り返った。そのミュエルミーゼ様を無視して彼女の横に座る。
二人の元に来るまでに怪我人の具合は見ていたので説明する猶予があるのは分かっていたけれど、傷ついた人々を前にそんなことが出来るなら私は聖女なんてやっていなかった。
だから、ラーミア王女と視線を合わせるとその人形のように整った顔に手を伸ばして涙を拭ってあげる。
可哀想な女の子。小さいのに義務を背負って無力に嘆いている。触れる肌は冷えているのに、溢れた感情から出た涙はとても熱い。
「もう、大丈夫ですからね――」
不思議そうに見つめ返すラーミア王女を安心させるために微笑むと周囲に暖かな光が舞い満ちる。
「えっ――」
「!?――これは――!?」
それは精霊たち。私の力で呼び覚まされた精霊と、私に釣られてやってきた精霊たち。癒さんと満ちる、精霊たちの介した幻想の風景。
(口に出して使うのは――儀式振りか、それは加減も忘れてるはずですねーー)
驚く二人を尻目に、目覚めてからは精霊がよく集まるなぁと思う。この場の全員が癒せる程度で使う気だった祝詞だがこれは多すぎます。
でもまぁ、私も精霊が集合したこの景色が好きだし、多くても困ることはないので、構わず詞を紡ぎ始めた。
『痛み受けし彼のものらに癒しを、至りてくる災いに傾き、もう一つ、巡る災いに傾くなら、それに見合った幸いを、天が神が万物が与えぬというのなら……この私が与えましょう――』
口に出して詞を紡ぐと相変わらず精霊たちは飛んだり跳ねたり、昔から変わらず楽しそうだ。自然と私の心にも暖かいもの満ちていき、最後の詞が紡がれる。
『――祝福あれ――』
瞬間、テント内を光が包む。優しく、暖かな光が視界を埋め尽くし体を心地よく焼いた。
そして光が収まるとすでに精霊たちの姿は無く、代わりに傷ついていたものたちから傷が消え、健康的な寝息を立てている。
「よし、ちゃんと成功してますね」
祝詞の効果を確認できたのでミュエルミーゼ様とラーミア王女に視線を向ける。
「貴方は、一体……」
「んっ……」
驚き、目を見開くミュエルミーゼ様の後ろ。ラーミア王女がうつらうつらとしてる。
“傷ついたものを癒す”で指定したので心身共に疲弊していたであろうラーミア王女にも効いたのだ。他の者と違いすぐ寝ていないのはラーミア王女が最低限祝詞が使えるからだろう。
寝てしまっても構いませんよ? と微笑むとラーミア王女はふわりと脱力した。
「……聖女様……の……ノルン式……」
倒れこむラーミア王女をミュエルミーゼ様が支える中、ラーミア王女の呟きが宙に舞った。




