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道中 2

 アレイ村を出て五日目の昼。フレイアの動物に対しての苦手意識の緩和から、当初の一週間の予定が一日減って六日で済みそうなペースで馬車は走る。

 足取り軽く順調な旅の途中、草原の上に敷かれた街道を行く私たちの馬車の先、街道の脇に止まる何台かの馬車が見えた。


「こんな何もないところで……どしたんやろな?」

「馬車の故障でしょうかね?」


 不思議に思いながらも馬車を進めてると脇に止まる馬車の側面に印が描かれているのに気付いた。

 馬車の所属を知らせる家紋や商紋だ。この馬車もフレイアが勤めるバシャール商会の所有物なので商会のマークである吼える猫の横顔が描かれている。

 フレイアが「雄大な佇まいで咆哮する猫王を描いた素晴らしい商紋や!」と胸を張って誇らしげだったが私には真剣な顔で欠伸をしている猫にしか見えない。

 感じた感性のままフレイアに言ったら「わかってへんわ~」といかにこの商紋が素晴らしい出来なのかの説明が止まらなくなったので、百歩譲って吼える猫と心の中で称している。

 それなので、この時代の家紋や商紋は気の抜ける感じで描かれているものだと思っていたのだが、止まる馬車に描かれた印は斜めの剣の上に盾が描かれた分かりやすいものだった。


「……武器屋さんの馬車ですかね?」

「んな昔の街の風景画に出てくるようなありがち武器屋マーク付ける奴おらんわ」


 結構真面目に推理したのに呆れたように返されました。ちくせう。


「でも言われてみたら確かに似てるなぁ……」

「ですよね? じゃあやっぱり武器屋さんの――」

「せやで! アレは昔ながらの老舗武器屋の馬車やー! ……じゃなくて、ありゃ騎士団の馬車や」


 フレイアが感心したように呟くのに隙を見つけて言葉を重ねてみると律儀にノリツッコミした後教えてくれた。

 荷台から顔を出している私に振り返って「しょーもないボケしおって」って書いてある呆れ顔で私を見るフレイアに悪戯が成功した時のような笑みを返すと表情を真面目なものに戻した。


「騎士団ですか」

「そうそう。剣の前に盾が描かれてるやろ? だから王都の護衛騎士団のものやと思うわ」

「なるほど」


 じゃあ盾の前に剣が描かれてるのが遊撃系の騎士団なのかと結論付けると一つ疑問が浮かんだ。


「護衛が役割ならなおのこと止まっている意味がわからないですね。護衛対象の馬車も見当たりませんし」

「せやなぁ。魔物討伐も一月前やった聞いたし、こんな何もないところで検問敷く理由も無いしなぁ~。そもそも護衛騎士団の仕事やないし……あ~、収まり悪いわ~」


 可能性を上げてみるがどれもしっくりこない。状況が見えない違和感の中フレイアは愚痴りながらも耳をぴょこぴょこ動かしていた。

 まだ私たちの馬車と止まる馬車列には距離がある。人間なら何も聞こえない距離だがワーキャットの聴力なら何か聞こえるかも知れないので音を拾おうとしてるのだろう。

 集中するフレイアの邪魔をしては悪いと口を閉じると視界の端が何かを捉える。


「?」


 それは精霊だった。止まる騎士団の馬車の方角から逃げるように来た二つの小さな光球。精霊は私の横を通り過ぎると空気の中に消えていった。


(なんだ精霊……――ッ!?)


 のんきに思い終わる前に衝撃が駆け抜けた。心より先に体が反応して強張ったのだ。

 この平和な時代で過ごしていてすっかり忘れていた感覚が呼び起こされ、そして思い出す。

 精霊がその場から逃げると言うのはどういう意味なのかと。

 精霊は悪感情が苦手だ。その感情の渦巻く場所に留まると狂ってしまうから、だから逃げる。私の時代よく見た風景で悪感情が留まる場所と言うのは――


「あーー、ノルン? たいへん、言いずらいんやがな?」


 丁度フレイアも状況を捉えたのか、振り返り私を見ると困ったような苦笑いを浮かべた。

 私はその先を答えるように頷く。


「ええ……戦闘が起きてるんですね」


 口にするとフレイアはきょとんと表情を変えた。


「なんやノルンも臭いと声が聞こえるんか?」

「いえ……私の場合は精霊が教えてくれたんです」


 ぴょこぴょこ耳を動かしながら不思議そうに尋ねるフレイアに答えると、フレイアは納得したように頷いた。


「聞くに戦闘はもう終わっとる見たいやがな」


 主張するように耳をぴーんと立ててフレイアは安心させるように微笑む。


「そこまでわかるんですか?」

「うんにゃ。風下やからな~よう分かるわ」


 軽く言っていたフレイアだったが言葉を区切ると表情を真剣なものに変えた。


「……おかげで血の匂いが鼻にこびりつくわ」


 精霊が逃げだすほどの被害が出ている戦闘。獣人の嗅覚を持つフレイアが捉える不快感は相当なものだろう。


「どうにかしましょうか?」


 大丈夫だと言われるだろうが一応祝詞で匂いを取り除けることを伝える為手を胸の前で小さく降る。


「んん、ええわ」


 予想通りフレイアは首を横に振ると正面に向き直って手綱をしっかり握った。


「拾うに、護衛中に魔物の強襲をうけた見たいでな? 今怪我人の治療してるみたいやねん。だからまぁ、警戒だけはしとこう思ってな」


 付け足すように答えたフレイアの優しさに頬が緩む。言葉の意味は私たちの安全の確保もあるだろうけど怪我人の治療中で無防備な騎士団がまた強襲されないように魔物の匂いを探っているのもあるだろう。


「しっかりしてますねフレイアは」

「目覚めが悪いやろ。それに……騎士団に恩売るええ機会や」


 フレイアは振り返って私を見るとニヤッと笑った。商人の性だろうから不謹慎と嗜める訳にも行かず私は呆れたように息を吐いた。


「ほんと……しっかりしてますねフレイアは」

「せやろ?」


 皮肉目に言ったのにニッコリ笑顔で返されて私は勝てないなと苦笑いを浮かべた。


 そうこうしているうちに騎士団の馬車との距離は近づいて、街道に刻まれた傷や荒れた草花から戦闘の後が伺え知れた。

 人の姿が見えなかったのは街道の左脇に止めた馬車の裏で戦闘があり後処理を行っていたようで丁度私たちから死角になっていたようだった。近づいた今なら白の甲冑に身を包んだ騎士の姿がちらちらと見受けられる。


 近づいたことで向こうもこちらの存在に気付いたみたいで騎士の一人が街道に出てくると大きく手を振ってきた。フレイアが手綱を操って馬車の速度を落とすと手を振っていた騎士が近づいてくる。


「商紋を見るにバシャール商会の者と見受ける。回復薬や治療用の道具があれば分けてもらいたいのだが」


 馬車を止めると騎士がフレイアに尋ねる。身長から男性かと思っていたが近づいてきた騎士は女性だった。長身に凛々しい声、頭の後ろで一つに纏められた長い黒髪がとてもよく似合っている。


「ええけど。常備しているもんの予備しかだせんで? 聖女祭帰りで荷台が空でなぁ」


 綺麗な人だなぁと見とれてるとフレイアが手のひらを肩の高さで広げる手振り交じりに答えた。

 

「むう……少ないな……」


 商人の馬車ならと思っていたのか女性騎士は考える様に手を顎に当てる。フレイアの嗅覚で分かっていたことだがやはり怪我人は多いようだ。


「どれくらい被害が出たんです?」

「貴方は……ああ、すまない」


 身を乗り出して尋ねると女性騎士は私の存在に気づいたようで、その流れで身分を明かしていないことに気付いたのか礼を取る。


「人間の国の騎士、王都の第三騎士団、白薔薇隊の団長ミュエルミーゼ・マルマグトと申します」

「ウチはバシャール商会のフレイア・バーネスクや」

「神官のノルン・フィーサーです」


 丁寧な騎士の礼をするミュエルミーゼ様に私とフレイアも馬車上の簡易的な礼を返す。


「想像より大物やんけ……」

「緊急時なんですから他者と交渉するのは位が高い人になるのは当然では?」


礼を終えて顔を上げる最中、私にだけ聞こえる声で漏らすフレイアに何を当然なことをとフレイアにだけ聞こえるように小声で言う。顔を上げたらそんな心配おくびも出さないのでフレイアは本当に商人に向いてると思う。


「ノルン様は神官様でしたか」

「まだ聖域巡りの最中な若輩ですけどね」


 私が神官であることを知るとほっとしたように微笑むミュエルミーゼ様に答えるように私も微笑みを返す。傷付くものを癒すのも神官の使命だ。


「怪我人の治療を手伝えますから、説明は……移動しながらでお願いできますか? ミュエルミーゼ様」

「はい。お任せください」


 口にしながら考えて怪我人のためにそう尋ねるとミュエルミーゼ様は大きく頷いた。


「なら、ウチは医療道具の準備しとくで? 少ないけど」

「ああ、別にいらないですよ?」


 話が決まると身軽に御者席から荷台に移動しようとするフレイアを止める。


「? 何故ですか?」


 不思議そうに首をかしげるフレイアに変わりミュエルミーゼ様が尋ねてきた。まあそう聞いてくるだろうなと思っていたので用意していた言葉を口にする。


「だって、勿体ないじゃないですか」


 ニッコリ笑顔で言うと二人がさらに不思議そうに首を傾げた。言えば意味が分かると思っていたので私も「あれ?」と思う。

 祝詞でどうにかなるなら貴重な物資を使うのは勿体ないって言うのは古い考えなんですかねぇ? と二人に倣って私も首を傾げた。

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