道中 1
気付いたら二ヵ月立ってたので長めです。
アレイ村を出て三日が過ぎた。馬車に揺られて思うことは二週間掛かる王都までの道のりが舗装された道が出来たことにより一週間足らずで到着出来るという時代の進歩に目を見開いたと言うことと、初めは昔と変わった景色を鑑賞して楽しんでいたが馬車での旅は存外手持無沙汰と言うことだった。
聖女として各地を奔走していた時も馬車に乗って長距離の移動はしていたがその時はどうしていたっけと思い返してみたがそう言えばその時は暇を感じるほどの心の余裕は無かったなと気付いて自虐的な笑みが漏れた。
身一つで出来ることと言えば考えることぐらいなので私は自然とアレイ村での出来事を思い出す。
村を出る当日レイ君に今日村を立つことを言ったときレイ君はとても寂しそうにしてたけどガレットさんが耳打ちすると途端に元気になったんだよな~。気になって後でガレットさんに「お兄さんの手紙を届けること伝えたんですか?」と聞くと「秘密だよ」と人差し指を唇に当ててウインクして言われたのでそれ以上は聞けなかったが。ガレットさんも悪戯しているみたいに楽しそうだったから手紙関連なんだろうけど……。
と、そこまで考えていけないいけないと自制する。詮索は乙女のすることじゃないですからね。
「やはり一人だと暇ですねぇ」
そこまで考えたことを頭から追い出すと呟きが漏れる。
話し相手が欲しい。暇にかまけてそんなことを思っていると馬車の先頭丁度馬の手綱を握る御者の席から「にゃははは」と笑い声が聞こえた。
「手持無沙汰みたいやなぁ。神官様」
暇にかまけて荷台でゴロゴロするのを止めて身を起こす。御者席に視線をやると線の細い少女の背中、その頭の上でネコ科の耳がぴょこんと反応する。
「ええ、話し相手になってくれます? フレイア」
壁に寄りかかるようにして荷台から顔を出すと猫の性質を持つ獣人種族。ワーキャットの特性を持つ少女で商人であるフレイアは顔だけ振り向かせた。
「ええけど。聞く線やで? 喋るとまた手元狂いそやねん」
そう言って手綱を見せるフレイアに私は「ええ~」と抗議の声を上げる。
「私昨日の話の続き聞きたいです~」
わざとらしくぶーぶー口を尖らせるとフレイアはネコ科獣人特有の水晶のように丸い目を更に丸まらせて毛を逆立たせる。
「アホ―! 昨日ウチが喋りに夢中になったせいでどうなったか忘れたんかー!」
キンキン響く大声を笑顔で受け止めながら私は彼女との出会いを振り返る。
ガレットさんの紹介で王都まで乗せてくれる商人。それがフレイアだった。
アレイ村を故郷として、王都で商人見習いをしている今では珍しくないとされる半亜人の少女。
栗色のふわりとした肩上で切り揃えられた髪に気が強そうな顔立ち。華奢な体つきと低めの背、それと尻尾と頭上の猫耳からワーキャットの血を引いてるのは確かなのだろうがぱっと見は耳と尻尾の付いた可愛らしい人間の少女にしか見えない。
ワーキャットの見た目は簡単に言うと人間ぐらいの大きさの猫が服を着て二足歩行していると言ったような感じなので、初めて半亜人である彼女を見たときはまじまじと見てしまった。
顔合わせの場。初対面の人物にまじまじ見られていい気はしないだろう。私の視線に気付いたフレイアに自分の行いのはしたなさに気付いて謝ろうとした時、彼女は自分の顔を指差して言ったのだ。
「キュートやろ?」
私の視線が興味と言う純粋ながら邪な視線であったと気付いていたにもかかわらずフレイアは自分の容姿をアピールするようにウインクしてサービスに頭上の耳をぴょこんと動かして見せたのだ。
後で聞いたのだが聖女時代の私と同い年。同年代の十六歳である少女の気遣いに私はキュンと胸が熱くなるような感情を覚えたわけで……。
まあ、早い話が惚れました。人としてですよ?
聖女と言う壁があったので同年代の友人が居なかった私は商人らしくサバサバした気質であっても気回し屋で優しいフレイアが好きになってしまったのです。
「はいっ。とっても可愛らしいと思います。それと友達になってくださいっ」
返答と全く脈絡のない言葉を繋げてフレイアの両手を包み込むように握るとフレイアは驚いていたが、ぴょこぴょこ耳を動かして言葉を吟味すると「ええで」と短く返事をくれた。
初めて同年代の友人が出来た喜びに打ち震えていると「なんや変わった神官様やなぁ」とフレイアは呆れた風に言うがその顔に少し照れが浮かんでいることを私は見逃さなかった。
その時はその照れの理由が分からなかったが馬車での移動中、徐々に饒舌になって行くフレイアの様子で私は理解した。
村から一人王都に出向き、商人見習いとして働くフレイアもまた友人らしい友人がいないようだった。
友達宣言からすぐに打ち解けて揺れる馬車の中話す私たち、熱くなっていくフレイアの喋りの中それは起きた。
見習いながらフレイアが商談を任されて他の商人と商談の内容で競っていた話の途中、喋りに夢中になっていたフレイアは盛り上がる場面で手で膝を叩いてしまったのだ。
「これでしまいや」と言わんばかりにパチンッと。自分の手に手綱が握られていることも忘れて。
その合図に反応した二頭の馬は吠えた。馬車を引いてまったりパカラパカラと蹄を鳴らし行くことを草原生まれのサラブレッドの血が許さなかったのだろう。
楔から解き放たれた馬は息を合わせて駆けた。祭り終わりで空の馬車と二人の少女の重さが彼らの枷になるわけが無く彼らは風になった。
「なあああぁぁぁぁっっ!!?? 止まってっ! 止まってえぇっ!?」
なにがなんやら理解できず手綱を握ったまま絶叫するフレイアを 面白い子だなぁ と思いながら私は荷台と御者席を隔てる壁に掴まっていた。
フレイアは完全にコントロールを失っていたけれど彼らも満足したら歩きに戻るだろうと楽観視していたので私はむしろ楽しんでいた。実際そうなった訳なのだが御者席で風を感じていたフレイアは「はわわわわ……」と口から呻きを漏らしながら目を回していたのですっかりトラウマになってしまったようだった。
なので安全運転を心がけるフレイアに気を使ってゴロゴロしていた訳ですがやっぱり暇で今に至るわけです。
「ノルンも嫌やろ? 急に馬車がごっつい速さで走り出したら」
そもそもの原因は自分の不注意だからか、フレイアはばつが悪そうに言う。
「? 全然?」
「なんやて!?」
即答すると目を見開いて驚かれた。あの位の速度なら馬の上に乗って走るのと変わらない気がするんだけどな。
フレイアの様子を見ると昨日の事だけでなく、そもそも馬の扱いが苦手なように思える。
「フレイアは馬苦手なんですか?」
考えても仕方ないので率直に聞くとフレイアは苦笑いを浮かべた。
「やっぱ分かってまう? ほら、ウチ半亜人やんか。だからか動物たちが獣人の血を嫌ってか懐いてくれんねん」
「ああ~」
動物の獣人嫌い。そういえばあったなと私は思い出す。
そもそも獣人の祖は森の中で狩りをする狩猟種族だ。拠点とした場所で狩りを行い獲物が居なくなったら次の場所に移動する。
強靭な肉体を持つ彼らは身一つで移動から狩りまで出来るため獣人には家畜の概念が無く動物とは全て獲物であったわけだ。
そんな訳で動物たちの血に刻まれた獣人たちへの恐怖から時が立って動物たちの獣人嫌いになったそうな。
「昔っからそうでな~。ウチも商人としてせめて馬ぐらいはしっかり操れるようになりたいんやけどなぁ」
大きくため息を吐くと「でも昨日のあれやろ~」と肩を落とすフレイア。それに呼応して耳と尻尾もぺたんと沈み込む。
「うーん。重症みたいですねぇ」
フレイアが一人の世界に行ってしまったので人差し指を唇に当てて思考する。
(どうも馬たちがフレイアを嫌ってるて感じはしないんですよねぇ)
昔、動物に嫌われてる獣人を何人も見たから分かるが、馬車を引いてる馬たちにそのような雰囲気は感じない。
むしろフレイアに気を使ってると感じられる。でもおっかなびっくりなフレイアに対してどう接すればいいか分からないから内心戸惑っているみたいだ。
(しっかり躾けられたいい子たちですね)
この三日間は状況が分かっていなかったから彼らには最低限しか触れてこなかったけど後で労ってあげよう。そう決めてフレイアを見ると傍から見てもおかしな程前傾姿勢で手綱を握っていた。
「集中や~~集中するんや~~」
明らかに力が入りすぎたフレイアの体勢に私は心の中で嘆息した。
過去に動物関連で何かあったんでだろうがこれはフレイア側に問題がありますね。
このままでは馬たちもかわいそうだし、フレイアも商人を目指すなら克服しといた方がいいと思う。
(馬たちがフレイアを嫌ってないと言うこと伝えるにはどうすればいいですかねぇ)
考えて、私を介してゆっくり慣れて行って貰う方針に決める。どうせ王都まで後四日はあるのだ、言い方は悪いが退屈しのぎには丁度いいだろう。
「フレイア。ちょっと場所を開けてください」
「集中~~……ん? なんやノルン、ウチは今いそがしーー……わわっ!」
返答は帰ってきたので荷台からフレイアの居る御者席へと移動する。仕切りが高いので足を大きく開いて跨ぐ行儀が悪い感じになってしまったがフレイアは驚きながらも私の座れるぐらいのスペースを開けてくれた。
「よっ、と。ありがとうございます」
「なんやアグレッシブな神官様やなぁノルンは。どしたん?」
お礼を言って座ると、思考が追いついてないのかのんきな感想のフレイアにニッコリ笑顔を向ける。
「ちょっと手綱貸して欲しいと思いましてーー」
「なんやそんなことかいな。はい……えぇっ!」
馬車の扱いに集中していたせいか言われるまま手綱を渡してくれるフレイア。そして渡した自身に律儀に驚いてる。
私もとりあえず言ってみただけなのに本当に渡されて驚きました。大丈夫ですかねこの子? 悪い大人について行って誘拐とかされないですかね?
フレイアの今後に対して不安になりながらも受け取った手綱を軽くしならせると指示を受け取った二頭の馬の足が軽快なリズムを刻み始めた。
「ちょ……!? ノルン? ノルンっ!? 速くっ……速くなっとるっ!」
「大丈夫ですよ。言うこと、聞いてくれますから」
怯えるフレイアを落ち着かせるために言って手綱を操る。操ると言っても手綱を握る両手から力を抜いて手綱にたゆみを作るだけなので握っているだけなのだが。
早足ぐらいの速さになって馬車を牽く二頭。昨日の暴走とは違う歩みに警戒したように身を固くしてたフレイアは次第に目を丸くする。
「ほんまや……昨日みたいにならへんな……」
「ええ、いい子たちですから。ちゃんと向き合えば答えてくれますよ」
「ほぇ~~。ノルンは凄いなぁ」
「他人事じゃいけませんよフレイア。ほら手綱」
安定した馬車に落ち着きを取り戻して尊敬するように私を見るフレイアに手綱を返す。
私が操っては意味がないですからね。
「うん……てっ! うわわっ! なんで返すん!?」
また律儀に受け取ると驚くフレイア。そもそも手綱を渡す辺りから色々言うことがあるだろうにと思っても言わないでおく。
「フレイアが操ることに意味がありますから。大丈夫フレイアにもできますよ」
微笑んで答えるとフレイアは「でも……」と呟いて目を伏せる。
「ウチ動物に嫌われてるし……」
「……私は他の動物とフレイアが会ってるところを見たことがないので他の子については分かりませんがこの子たちはフレイアのこと嫌ってないですよ?」
「むーー、なんでわかるん? 神官様は動物の心読めるんゆうんか?」
フレイアにとってきっとこの問題は根深いのだ。私の言葉はありがちな慰めの言葉に聞こえるだろう。不機嫌に言葉を返すフレイアの反応は当然だと思う。
だからこそ、フレイア自身が築いた動物たちへの壁に気付いて、自分のことをもっと信じてあげて欲しい。
その一石として私は事実を口にした。
「だってフレイア。今自然に操ってるじゃないですか」
「へっ? ――あっーー」
目を見開くと手に握られた手綱と馬車を牽く馬の背中見るフレイア。速度は私が操った時と同じで変わっていない。
そう、フレイアは操れていたのだ。これまで動物に嫌われていると言う先入観から不測の事態に対処できなかったり、操ってる時間が長くなると馬の所作に過敏に反応してしまってその不安が馬たちにも伝わってしまってたのだろう。
フレイアがコントロールを失うあの瞬間まで彼女の御者姿におかしな点を感じなかった。それはフレイアが私と話すことに意識を割いて、いい意味で集中してなかったからだ。
「ホンマや! ウチ操れとる!」
瞳を輝かせて喜ぶフレイア。さっきまで沈んでいた顔に自信が戻る。
私の口にした言葉の意味を理解してくれたようで私も笑みが漏れた。
「フレイアは色々考えすぎなんです。もっとこんな感じで……簡単でいいんですよっ」
「あはは、そりゃやりすぎやろ」
空の手の中、手綱を弄ぶように演技して見せるとフレイアがツッコむ。
「やっぱダメです?」
「ダメやろ~~」
久しぶりのやり取り。一段落ついたところで肩の力が抜けたのか深く息を吐くフレイア。握られた手綱を見る顔はどこか清々しさが浮かんでいる。
「そっか~。ウチ、肩に力入れすぎやったんやな」
「これからは大丈夫そうですか? フレイア」
「んっ、他の動物はわからんけど、この子らに嫌われてないのは分かったから……まあ、おいおいな?」
「ふふっ……そうですね。ゆっくりで大丈夫ですよ、いきなりは変われませんから」
膝を抱えて言うとフレイアは少しおかしそうに笑みを浮かべて答えた。
「むーなんでそこでにやって笑うんですかー」
「いや、ごめんごめん……ノルンがなんや神官様みたいなこと言うなぁと思ったら神官様やったなぁ自分……ふふっ」
「……貶してます? それ」
よっぽどツボに入ったのか顔を背けて肩を揺らし始めたので不機嫌になった振りをする。子供見たいな気の引き方だがフレイアと話しているとどうしてもこうなってしまう。
「ふふっ……そんなことあらへんよ……ただ、ウチの知ってる神官様の印象では淑女なのに大足開いて荷台から御者席移動したり、馬車操るのに苦労してるか弱い女の子にいきなり手綱渡して欲しいとか言わへんなーと」
そんな私の心境を見抜いたのか可愛い顔して意地悪に返すフレイア。
やっぱり力技過ぎたのか思うことはあったみたいでそう返されるとぐうの音も出ない。
「あ、あははー」
自分で思い返してもちょっとアレなので視線を逸らしてぎこちなく笑いを返す。あの時のフレイアは周りが見えてなかったから力技が通用したが、やはり周りの見えてるフレイアは手強いです。
「さて、ウチがこの子たちをちゃんと操れるならやることは一つや!」
私の反応で満足したのか前方を見据えるフレイア。その瞳は熱意に満ちているがなんだか怪しい雰囲気を感じ始めてきた。
そう、馬車が暴走する前の熱意が篭った話の雰囲気に……。
「あのー……」
「いくでーー!」
だがそれを指摘する前に、フレイアの熱い気持ちを発散するような叫び、その中で衝撃の事実が発せられる。
「アレイ村から王都まで一週間って言ったけどちゃんと馬車操れば五日でつくでーー!!」
「えぇ!?」
「後、ウチ馬車ちゃんと操れるようになったら自分の店持っていいって言われてるで――!」
「ええぇっ!?」
「それと馬車引く二頭は両方牝馬で名前はリリアナとヴァルモやで――! ノルンも覚えたってな――!」
「えええぇっ!!??」
荒波のような情報量に驚くことしかできない私を尻目にフレイアは今なら行ける! と闘志を滾らせていた。彼女は今、自分の限界を超えるため壁に立ち向かう!
「リリアナ! ヴァルモ! ハイヤーッ!!」
フレイアの手の中で手綱が大きくしなる――
これまでにない、感情の乗った手綱の動きに二頭の牝馬が吠えた――
こんなものではない……もっとやれる……そう燻っていた感情を、肉体を、解放できる日が来たのだ――
蹄が大地を踏みしめ風が皮膚を叩く。……背後からなんか悲鳴が聞こえる気がしたが強い風がそう聞こえるだけだろうと二頭はさらに速度を上げた――
二頭は流星になった――牽く馬車はもはや重しや拘束具ではなく牽くことに名誉を感じる方舟なのだと理解した――
二頭の牝馬、リリアナとヴァルモは馬生最高の喜びを感じながら大地を駆けるのであった――
と、言うわけでまた暴走しました。野営の準備の中、心なしか満足げに野草をもぐつく二頭を尻目に私は結構本気でフレイアに説教するのでした。
この時代、初めての友達は興奮するととんでもないことをする子だと知りました。