眠った聖女とエピローグ
初投稿です。
個人で書くと完結しそうにないんで投稿して頑張っていきます。
――あの鳥はうまく飛べているだろうか――
彼岸の淵にいるというのにそんなことが脳裏をよぎる。
いや――こんな時だからだろうか。水に沈みゆく感覚と死の訪れに不思議と心地よさを覚え、生きるものの心配をする。
自分が世界から居なくなるから生きるものの事を考える。今去るとしても私はまだいると言うのに心はまるで絵本でも見ているかのようだ。
――ああ――私はなんて自分勝手なのだろうか。
それともこれは去るものの権利なのだろうか。
それを知るものはいないだろう。私がそうであるように、人は一人で死ぬのだから。
――今度は、それを知るのも良いだろう。もし次の命なんてものがあるのなら、そうしよう。ああ、でも――
「願わくば――私という意識が生まれないような世界でありますように」
つい口ずさむ。祝いと呪いの世界への祈り。
自分でも随分後ろ向きで哲学的な言葉だと思う。でも私にはこれしかないのだ。だから吐き出す。
「万物に強さと思いやりと災いなき不幸とーー幸あれ」
見上げる空がなんとも眩しい、蒼穹の空に太陽が燦燦と輝いている。
眺めていると流石に瞼が降りてきた。――ああ――流石に眠いなぁ。
眠いなら寝ちゃおう。眩しくて冷たくて気持ちいいしきっと寝心地もいいだろう。
そっと瞼が落ちる。視界が黒に変わる。意識が遠のいていく。その中でふと考えが浮かぶ。
――ああ――あの鳥はうまく飛べているだろうか――
――――
始めは貢物かと思った。地上のものが深淵への畏怖を忘れて数千年。現代において随分特殊なことをするものがいるものだ。もしや地上で神々が騒乱でもおこしたのかと楽しみにしながら深淵から泉の中に上がるとそこには思いがけないものがあった。
それは少女だった。背中まで伸びた金の髪に特殊な祭事衣装が特徴的な骸となった“きれい”な少女。
『……なんだこれは』
自分でも思いがけないほど冷めた声がでたものだ。冷静になりすぎてそんな声を出した自分に関心を覚えるほどに。
精霊に大切に囲まれながら私の方へと沈んでくる少女に私は興味が湧いた。
近づくと、精霊たちが離れていき少女は私の中に収まる。“こういうの”だと何時も強奪したような形になってしまうが精霊たちは私に触れると消滅してしまうから仕方ない。受け取った少女を私はマジマジと観察する。 ――やはり――きれい、だな。
なぜこうもなったのかと気になり私は彼女に触れて記憶を読み取る。
『――なるほど――こうもなるか――』
自然と笑みが零れた、それは嘲笑にも似たものだったが――
――ならあれをやってみよう――
興は乗った
少女はもう少し生きるべきだ。自分を知らない世界で、自分の痕跡が残る世界で――
だから私は少女に祝いと呪いを与える。
『災いと幸いの中を知るがいいーー』
何故なら――
『――人間らしくな』
人はこんな“きれい”に死んではいけないのだから。
――――
――むかしむかしこの大陸には魔物が溢れかえっておりました。
人間 エルフ ドワーフなどの人類種が長い年月をかけて溜め込んで作り上げた偶像の怒り、悲しみ、憤りにより戦乱状態に陥った大陸には瘴気が満ち満ちていたのです。
その行き場のない負の感情は魔のモノとなりて大陸に撒き散らされ、さらなる不幸が人類種を襲いました。
――なぜ、あの種族の国は無事だったのに自分の国は滅んだのか
――なぜ、自国の軍は自分の町を見捨てたのか
――なぜ、魔物との戦いに赴いた息子が死んで一緒にいった隣の息子は生きて帰ってきたのか
不幸は連鎖し大きくなりました。
魔物への恐怖から他国との貧富、自国への不信。
果ては隣人への憎悪まで。
誰もそんなこと望んでいないのに
誰もが最善を尽くしているというのに
災いにより手から滑り落ちていく命に疲れきった心は駆りたてるのです。
人々を負の感情へと、その螺旋へと。
終わりのない終わりへと向かう大陸が暗闇に閉ざされ、人々が喜びを失った時代、その時少女は現れました。
眩い金の長い髪で世界を照らしながら、緑色の優しい眼に憂いをたずさえて――
闇を晴らす“聖女”の登場です――
現れた聖女は祝詞と呼ばれる光の力を使い、魔のモノを次々と浄化していきました。
大陸の端から端まで。誰も見捨てず、誰も咎めず、ただ一人で。
そんな聖女の姿に人々は心を動かされ、一人また一人と立ち上がりました。
立ち上がった人々は聖女と共に人々を助けに行きます
――滅んだ国の人々はその経験で魔物で苦しむ別の種族の国々を
――見捨てられた町の人々は、もう同じような町が出ないようにと軍や他の町に行き防衛策を
――息子を戦いで失った親はもうこんなことがおこらないようにと、未来に向けて行動を起こしました
行動は善意を呼び覚まし、人々を歪んだ螺旋から救い出しました。
誰もが最善を尽くし、励ましあい、喜び合い、泣きました。
そんな“当然”が一つまた一つと状況をよくしていきました。
暗黒に閉ざされた大陸に、確かに光が戻ってきたのです。
しかし、国同士の諍いがなくなり、人々が争わなくなっても、溜め込まれた負の感情によって発生した瘴気と魔のモノは衰えることはありません。
そこで聖女は深淵が眠ると言われる泉、雄雄しい山々に囲まれた、根源の霊廟と呼ばれる瘴気の根源たる場所へと向かい浄化の“儀式”を行いました。
儀式は成功しました。大陸全土の人々が見た根源の霊廟の方角から突如現れた光の柱。それは瘴気を打ち払い、大陸全土の魔のモノを浄化しました。
そこでどんな儀式が行われたか知るものはいません。聖女は常人では入ることさえ叶わぬ瘴気の濃い泉に一人で向かい、そして帰ってくることはなかったのですから。
平和の戻った世界に人々は喜びました。だけど、同時に人々は恥じました。
この平和を見るために、手に入れるために奔走した少女はもういないのだから。
大陸が一人の少女を犠牲にして世界を救ったこと。また、それを強要するようにさせてしまったことを恥じて人々は大陸間で贖罪の法を作った。
それは人々が目をそらさないように人々が強くあれるように――もう、一人に全てを押し付けてしまわぬように。そうあれと創った国すら超える大陸の法。
ノルス大陸大陸法
第一条
何人たりとも聖女を名乗ることを禁ズ。
また大陸に住むものは聖女を神格化することを禁ズ。これは如何なる宗教、信仰においても聖女をシンボルとして使用することを禁ずると言う意味である。
もう二度と一人の少女が全てを背負わなくていいように、大陸法はこの一文から始まる――