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月桂樹の話

雨の日

作者: 伊月煌

月桂樹の話シリーズ第二弾。

イルくんとヴェールくんが会った時の話です。

若干不完全燃焼感はありますが、でも書きたいことは書けたのでよしとします。

ディオくんも出ていますよー。

夜。

その日の作戦報告書をまとめる。

司令補佐に就任してから日付が変わる頃合いのルーティンワークになっている。

嘗てなら、この時間に来訪者が戸を叩くこともかなりの頻度であった。

しかし、それは『嘗ての話』だ。

書類に目を落とすと嫌でも自分の字と酷似した筆跡の報告書が目に入った。

それだけで、目頭が熱くなる。

自分から手放したくせに。

そんな言葉が脳裏をよぎる。

気づくと、ふぅ、とため息を漏らして窓の外を見ていた。

外は雨が降っていた。

「あの時も……こんな、雨だったな。」

ふとそんなことを呟いてた。


***


ヴェール・ディザイプに初めて会ったのは士官学校に入学して間もない頃だった。

士官学校では生徒が当番制で学校周辺の見回りを行う。

この日の当番だった俺は、雨の中足早に学校の周りを歩いていた。

路地の角を曲がったところに、小さくうずくまった人の影を見つけた。

「……、子供……?」

声に反応したのか、人影が顔を上げてきっとこちらを睨みつけた。

「ずぶ濡れじゃないか。大丈夫…?」

顔を見ると思ったより幼い。

手を伸ばすとぱしっと、手を払われた。

「さわんなっ……」

「………」

彼はこちらを睨みつけたままだ。

よく見ると、服に赤い染みがちらほら見られる。

「ほっとけよ……おまえには、かんけいないだろ。」

かんけいない。

そう言われてカチンと来たのだろう。

気づいたら、彼を担ぎ上げていた。

「お、おいっ…おろせ!おろせよ!」

「士官学校の周辺で人が死ぬとね、軍のせいだって言われるの。凍死とかでもね、近所の何も知らないど素人は軍人が殺したって噂を流すの。」

淡々と子供にわかるように諭すと、彼は黙り込んでしまった。

「とりあえず、このままだと風邪引くからね。俺の部屋に行こうか。」


***


ひとまず、自分の部屋に戻って来た。

白に緑色のメッシュが入った髪。

緑色の目が相変わらずきっとこちらを睨みつけている。

「……とりあえず、風呂に入れなきゃないかな。」

雨に濡れて、地べたに座っていたからびしょびしょになっている。

「お風呂、入ろうか。」

彼は睨みつけたまんま黙り込んでいる。

「うーん…どうしよう、かなあ……。」

どうやってコミュニケーションを取ろうか。

「あ、名前。」

ふと、自分の名前を名乗っていないし、彼の名前も知らない。

彼の高さに目線を合わせて名乗ることにした。

「俺はイルバ・コートス。仲のいい人はイルって呼ぶんだ。君は?」

「……ヴェール。」

ヴェール・ディサイプ。

小さな声で彼は自分の名を名乗った。

「ヴェール、いい名前だね。お風呂入りに行こう。上がったらゆっくり休むといい。」

そう言って、俺は彼の小さな手を引いた。


***


お風呂から上がった後、自分のシャツを貸したものの当然彼にはぶかぶかで。

「うーん……あとで何とかするから今日はこれで勘弁してくれるかな?」

そう言うと彼はむすっとしてはいるものの首を縦に振ってくれる。

ちょっとは警戒心を解いてくれたってことかな、と安堵する。

その時。

ドアの戸をノックする音が聞こえた。

びくっとした彼が俺の足を掴む。

「イル、俺だ。」

聞き覚えのある声を耳にした後、俺は彼の頭を一撫でした。

「いるよ、入ってくれるかい?」

そう言うとがちゃり、と戸が開く。

「お前、見回り報告しろって教官が……って。」

ディオが俺の足にしがみついている彼を見て固まった。

それを笑うよりも、俺は大事なこと忘れていた。

「あ!?報告してない!!」

「いや…それより、お前の足にしがみついてるのは何だ?」

「えっと…外にいた子。ヴェールって言うんだ。」

彼はディオをきっと睨みつけたまま何も言わない。

ディオもディオで彼を見下ろしたままだ。

「ディオ、あの、この子…頼んでいい?すぐ戻ってくるから。」

「俺…が?」

「ほかに頼める人いないんだよ。頼む!」

俺が手を合わせて頼むとディオはため息を吐いた。

「わかった。行ってこい。」

「ありがとう!助かる!!」

そう言って行こうとすると、ぐっと足を掴まれて引き留められた。

「ヴェール…?」

「どこ……いくの、」

小さな声で彼は尋ねた。

「ひとつ、仕事を忘れたんだ。すぐ済む仕事だからそこの目つきの悪い人と一緒にいてくれないかな?」

彼の問いに答えるとすごく嫌そうな顔をした。

「帰ってきたら、ヴェールの話聞かせてほしいんだ。」

だめかな?そう尋ねると首を横に振った。

「すぐ…帰ってきて。」

「わかった。」

そう言ってディオのほうを向く。

「誰が目つきが悪い、だ。」

「ディオ以外にいないでしょう?」

そう言うとディオは再びため息を漏らした。

「早くいけ。怒られるぞ。」

「うん。すぐ戻るね。」


***


教官に見回りの報告と彼の話をした。

「……そうか。恐らく孤児なんだろう。イルバ面倒見てくれるか?」

「わかりました。」

士官学校では戦争孤児を引き取ることが稀にあるらしい。

ヴェールの面倒を正式に見ることになった。

よかった。隠さなくて済むのか。

と思った半面、ああ、彼も戦地に送り出される人材として育てることになりかねないのかと思うと少しだけ胸が痛んだ。

その胸の痛みを隠しながら部屋に戻ると。

「……何、してんの?」

ディオが彼を高く掲げている、所謂高い高いをしていた。

「はなせよ!おい!おろせ!!」

「こいつが俺のことをチビって言ったからな。」

思わず吹いてしまった。

「何それっ……」

「おい!ちび!!おろせっていってんだろ!!おい!!!」

彼がばたばたしながらディオを睨みつけている。

「ヴェール、彼はディオ・アデルカ。ちょっと背が低いけど優秀なんだ。いろいろなことを教えてもらうといい。ヴェールは仲良くできるよね?」

そう聞くと彼は足をバタバタさせるのをやめて、首を縦に振った。

「いい子。ディオも下ろしてあげて。」

ディオが彼を下すと、彼は走って俺の足にしがみつく。

「ぼく……ここにいていいの?」

聡い子だと思った。ここがどういう施設で自分がどういう立場にあるのかを何となく理解したのだろう。

もしかすると、そこにいる堅物が何か吹聴したのかもしれないが。

「うん、いいよ。ヴェールがいたいならここにいていろんなこと知っていこう?」

「うん!」

それが初めて見た彼の笑顔だった。


***


10年以上前のことをふと思い出して、また様々な罪悪感に苛まれた。

「あぁ……疲れてるなあ、俺。」

そうごちると余計に空しくなった。

彼がまとめた報告書に確認の判子を押し、奇麗にまとめて脇によせた。

思えば俺と彼と優秀な親友と3人で過ごした時間は士官学校時代がほとんどであの頃が一番楽しかった。

どこで、間違ったんだろう?

何が、いけなかったんだろう?

どうすれば、

その先を考える資格は俺にはない。

そう思うとまた目頭が熱くなった。

「はは、ほんと。」

バカだな。

小さくそう呟いて、机の上に突っ伏す。

もうちょっとだけ仕事があるけど、

少しだけ現実から逃げたい。

そう思った俺は目を瞑って意識を心の奥の方に沈めることにした。


イルくんとヴェールくんは何となく似ている気がします。

師弟関係ということもあるのかもしれませんが、それ以前の根本的なものの考え方が似ているような。

個人的にはディオとヴェールの掛け合いがとっても好きです。

のかたそもたくみさんもいつもありがとうございますww

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