二人の神様が死んだ
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僕には二人の神様がいた。それは単純に両親なんだが、それはもう神々しいことこの上ないのである。嘘だよ。
神々しいなんてことはちっともなかったけど、僕にとってはいなくちゃならない存在だったんだ。だから神様なんだ。神様なんて曖昧な存在で例えに使うのはおかしいと思うけど、神様がいないと困る人ってこの世界に五万じゃくだらないほどいるだろう。そういう意味での神様。
そしてニーチェのような賢い哲学者のおっさんに「神は死んだ!」と宣言されたわけではなく、文字通りはっきりと二人の神は死んだのだ。
父親は僕と同じで酒が好きだったんだよ。いや、父親が好きだったから僕も好きになったのが正しいのかもしれないけどさ。よっぽど好きで、肝臓がイカレちまったんだ。肝硬変→肝性脳症→肝不全という具合で死んだ。勘違いされちゃ困るけどアルコール中毒だからって、暴力を振るったり罵声を浴びせたりなんてことは一切なかったよ。それはそれは良い父親だったよ。
そして……世界が狂った。
僕の世界はとても狭くて、父母姉兄妹それと僕という家族の世界で完結していた。多分、みんな依存して良い家族ってのを作っていたんだと思う。
神様が一人死んで、もう一人の神様は狂った。
僕の父さんは社会的にかなり強い立場の人間だったから、家族葬にしようなんて話し吹き飛ばして社葬と家族葬を混ぜた合同葬とかいう仰々しい弔い方をしたんだ。父さんは密葬にしてくれなんて言ってたけど立場のある人は嫌だね。
僕はただただ悲しくて眠りもせずに父さんという死体を見ていたよ。兄さんなんかは喪主だったから悲しんでる場合じゃあなかったみたいで、それはもう忙しそうだった。姉さんは兄さんをサポートして、妹は、この娘は頭がおかしいことの多々ある娘なんだがその時は普通に僕の傍で父さんを見ながら泣いていた。
ここまでは普通の家族。
でも、もう一人の神様、母さんの反応は常識的に考えておかしかったんだよ。
「男がいないと私はおかしくなる」
こんなことを言い始めたんだ。
「男が欲しい、セックスがしたい、ああ、新しい男を探さなくちゃならない」
僕はお母さん子だったからさ、「やめてよ!」って泣いて母さんに「頼むから葬式の間だけはそんなこと言わないでくれ!」頼んだんだ。
葬式は一部分だけ順調にはいかなかった。
遠くから来た父方の祖母は認知症が酷くてさ。そんなボケた人に母さんは「新しい男を作っても良いですよねお母さん。私は今、未亡人なんです」なんて許可を求めて、あと数年で還暦の人が言うかな。おばあちゃんはポカーンとしていたよ。ボケてる人に惚けたことをいうもんだからこっちはおかしいんだか悲しんだかわからなかったな。
葬式が終わり、母さんは男を作って家をでた。相続した遺産で駅の近くにあるマンションを購入していた。
それでも僕の神様であることは間違いなかった。新しい男のいない間にちょくちょく会いにいってたけど、その度に歓迎してくれたんだ。
きっと、父さんが死んで一番悲しかったのは母さん。だからおかしなことを言い始めて、それで幸せを取り戻せたならそれでいいじゃないか。そう思うようにした。
しかし、それは一時の幸せだったんだなってその後わかった。
……この女はおかしい……
どこで知り合ったか知らない男が母さんをその様に評定し始めたらしく精神科に通わせたそうな。
双極性障害。
境界性パーソナリティー障害。
その二つの合併症
男は母の下から去った。
母さんは家族のもとに戻らずマンションに住み続けることを選んだ。理由は姉さんとの確執だったんだけど僕は帰ってきて欲しかったな。
だから僕は母さんが心配で、一緒に暮らすことを決意し、家をでて母さんの住むマンションに住み始めた。
母さんは気まぐれで、時々僕のことを殴ったり髪引っ張ったり、それはもうひどいヒスを起こしたりするけど、優しいときは優しいんだ。母さんは不器用だからロールキャベツが作れないだけど、時々作ってくれるロールキャベツもどきの、コンソメスープにひき肉とキャベツを煮ただけのキャベツスープなる料理を作ってくれるんだが、それが僕のご馳走だったんだ。
そんな優しさが好きだったから僕は母さんと一緒にいた、なんて言い方はおかしいな。依存していた。だって神様なんだもの。
神様は気まぐれで、悪魔なんかよりもタチが悪いのに、みんなそれに付き合うだろ? それと同じなんだ。
そんな日々が二ヶ月ほど続いて、突然、母さんは死んだ。
飛び降り自殺だった。
こうして僕の世界には神様がいなくなった。
それが、7年前の話。僕が二十のころの話だ。
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