魔法とねこ
「キミの願いごとを叶えてあげるよ」
ある夜、なぜか突然部屋に現れた、真っ黒なフードをかぶったひとがそう言った。
「ひとつだけ、叶えてあげる」
なんでも?そう僕は訊き返した。
「ああ、なんでもひとつだけ」
それなら…
「猫になりたい」
僕はそう答えた。
猫になりたい。僕の好きなあのひとが大好きな猫に。
そうしたら、きっと僕を好きになってもらえる。ぎゅっ、て抱きしめてくれる。
「キミの願い、叶えよう」
魔法使いさん(?)が、大きな水晶がついた杖をえいっとひと振りすると、キラキラと瞬く星が僕に降り注いだ。
眩しくて目を閉じて、また目を開いたら、魔法使いさんはいなくなっていた。
あれ?
「にゃぁあん?」
声を出すと、猫の鳴き声になっていた。
姿見に映った僕は、蒼い瞳をした真っ白な猫になっていたんだ。
願いが叶った!これで、あのひとに逢いにいける!
僕は開いた窓の隙間から、外の世界に飛び出した。
猫のからだって、すごく身軽なんだ。
僕は鉄棒で逆上がりもできないし、跳び箱だって飛べない。
でもいまはぴょんっと塀に登って、やあって屋根に登れる。
いまのぼくなら、体育で5を取れるかもしれない。
「にゃん♪なぁあん♪」
鼻歌まじりに塀や屋根を伝って、あのひとのもとへ向かう。
どきどき、わくわく。
電気のついた部屋の窓を覗き込むと、そのひとは机に向かっていた。
遅くまで勉強してるんだあ。頭いいもんね。
勉強の邪魔、したくないけど…
「にゃあん」
僕に気づいて。僕を見て。
僕が僕である限り叶わない想いも、この姿ならきっと叶うから。
カリカリと窓を引っ掻く。
「あれ?」
やった!こっち見たよ!
僕の姿を見ると、彼は顔を綻ばせて近寄ってくると、窓を開けた。
「にゃぁあんっ」
僕に気づいてくれて、ありがとう。
「どしたの、おまえ」
いくらなんでも図々しく部屋の中に入れない僕を、彼は抱き上げて部屋に入れてくれた。
あっ、やめて。顎を擽られるとゴロゴロって喉が鳴っちゃうよ。
ん…でも、気持ちいい…。
「美人さんだなあ。首輪してないけど、どっかの飼い猫か?」
「なぁう」
違うよ。僕はあなたにこうしてもらうためにきたんだもん。
「はは、返事してるみたいだ。俺の言葉、わかるのか」
「にゃん」
うん。
僕がそう返事すると、ますます彼は笑った。僕の大好きな笑顔で。
僕の姿は、どうやら彼にとても気に入られたらしい。
ありがとう、魔法使いさん。
「可愛くて美人な猫さん。帰る家がないなら、今夜は俺と一緒に寝ませんか?」
「なぁあん?」
いいの?首を傾げてみたりして。
いきなりそんな…恥ずかしいけど、いいのかな?
小さな心臓がドキドキで破裂しそうだよ。
「いいよ」
彼にも僕の言葉がわかるみたいだ。
クスクスと笑いながら、彼は僕を抱っこしたまま、布団に入った。
「おやすみ。いい夢を」
「にゃう」
うん。あなたも。
あたたかなぬくもりに、もったいないなと思ったけど、あっという間に眠ってしまった。
ふわふわと、まだ夢の中にいるような気分で瞼をあげた。
すぐ近くには、大好きな彼の顔があって、幸せだけどなんだかくすぐったい。
「おはよう、起きた?」
僕の顔を覗き込んでいた彼は、僕が目を開けると微笑んでちゅっ、と額にキスをくれた。
「おは…よ…。も、起きてたの?」
からだを摺り寄せると、彼は僕を逞しい腕で抱きこんだ。
密着する体温が気持ちよくて、またとろとろと眠気を誘う。
「ああ、起きて…きみの寝顔を見てた」
「…ばか」
恥ずかしいこと、言わないで。
朝なんだよ?朝、なんだから…。
「なんか、いい夢見てたみたいだな?嬉しそうな顔してた」
僕の気持も知らないで、彼はちゅっちゅっって髪とか顔とかに、悪戯なキスを仕掛けてくる。
「見てた…よ。僕が…猫になって…」
「猫になって?」
「…おしえない」
僕がどれだけあなたを好きか、なんて。いまさらだよ。
猫になってでも、あなたの顔を見たくて、抱きしめてほしくて…ずっと恋い焦がれて。
片想いの時間が長かったから、きっとあんな夢を見てしまったんだ。
「俺にはおまえが十分猫に見えるけどな。…気まぐれで、可愛くて」
「そう、かなあ?」
「ああ。真っ白で、きっと目なんか蒼くて…美人なんだろうなあ」
びっくりした。
僕が本当に猫だったら、彼の好みぴったりだったんだ。
…でも、ちょっとフクザツ。
「…猫なら、よかった?」
ぷうっと頬を膨らませると、彼はまさか、と笑って僕の背中を撫でる。
少しゾクゾクする触りかたに、思わず小さく声が出てしまった。
「猫なら、こんなふうに愛せないだろ」
「…ばか、ばか…」
高鳴る鼓動を隠すように、からだを縮めて彼の胸に顔を埋めた。
「もう少し、ベッドにいようか?」
「…うん」
そうして、僕の意識もからだも、彼の手でとろけていく。
両想いなら、やっぱり猫よりも…ひとがいいかな?
贅沢言ってごめんなさい、魔法使いさん。
でも、僕はいまとても幸せです。
ベタで甘い話大好物です!(…アホ)