番外編 全てのはじまり
遅くなってすみませんでした。
前回言っていた番外編です。
今回はものすごく長いです。
二万字を超えてます。
なので時間がある時に読んでください。
寝る前とかはダメですよ?
起きれなくなっちゃいますからね。
この話では、サーネイル(咲夜)と乃愛の過去の事について書いています。
一気にまとめたので長くなってしまいました。
話に矛盾が出ていたらその都度修正します。
おかしな所があれば、コメントでご報告くだされば幸いです。
それでは、始まり始まりー
春
またこの季節がやってきた。
俺は春がキライだ。
出会いと別れの季節とよく言うが、俺には出会いどころか別れる奴さえいない。
要するにボッチだ。
別に俺が特別醜い容姿をしている訳では無い。
自分で言うのもなんだが、少なくとも俺を見てブサイクと言う奴はいないだろう。
太っていないどころか体は引き締まっているし、普段から標準語で話すし、重い障害をもっている訳でも無い。
変な趣味も無いし、コミュ障でも、オタクでもない。
ただ、みんなより頭幾つか分抜けているのだ。
文武両方においてな。
俺の親父が野球クラブの監督をしていた事もあって、小学校の頃からずっと野球をし続けている。
小学校の時は並くらいの実力で、ポジションもライトだった。
親父は厳格な人物で、指導も厳しかったが、上達すれば褒めてくれたし、試合に勝てばみんなにジュースを奢ってくれる優しい一面もあった。
母親は父とは反対の性格だ。
心優しく、いつも野球をして疲れて帰ってくる俺に温かいご飯を用意して待っていてくれる。
野球部の母は洗濯物などが大変だと聞くが、母は家事自体があまり得意ではないので、余計にありがたいのだ。
ただ、俺が悪い事をすると鬼より怖い。
もしかしたら顔が般若になっているかもしれない…。
それくらい怖かった記憶がある。
中学校入りたての時に才能が開花した。
ライトからピッチャーにポジションが変わったのもその頃だ。
外野手をしていたから肩も強くて、打撃面も充分だったから、二刀流エースというイレギュラーな肩書きもいつの間にか貰っていた。
もちろん、勉強面も疎かにはしなかった。
毎日コツコツと復習をして、授業だけでも真面目に聞こうと頑張った。
部活も夜遅くまであったので、家ではご飯を食べて風呂に入ってからの記憶がほとんど無い。
それくらいハードで、それでも楽しい生活だった。
その頃はまだ、友と呼べる仲間がいた。
たいていは同じ野球部の奴らだったがな。
練習後のラーメンが美味かったのを覚えている。
仲間達と毎日、馬鹿みたいに走り回って白球を追いかけていた。
だが、楽しかったのはそこまでだった。
三年生の最後の試合も終わり、一年生ながらもキャプテンになった頃から、全ては狂い始めた。
部員のやる気が著しく低下したのだ。
最初は少しだらける程度だったが、だんだん練習をサボる部員が出てきたのだ。
二年生はおらず、一年生だけだったし、監督がそれを強く咎める人物では無かったからだと思う。
俺が彼らを問い詰めると、驚くべき言葉が返ってきた。
彼らは口を揃えて、「お前が抑えて点を取れば勝てるじゃん」と。
俺を特別な何かと勘違いしているのだ。
確かに野球は上手くなった。
だがそれは人一倍努力をしたからだ。
練習をすればするほど上手くなる、その感覚がたまらなかった。
だから毎日コツコツと汗水を垂らして頑張っていたのだ。
彼らの発言は俺の努力を全否定し、侮辱しているも同じだった。
俺が彼らに失望するには充分すぎる、そんな重い一言だった。
試合で勝つと笑顔で喜ぶが、負けると全責任を俺に押し付けてくる。
キャプテンならもっと頑張れ、ピッチャーなら努力をしてチームの負担を軽くしろ、などなど言いたい放題だった。
そこにチームという絆は存在していなかった。
もはや個人競技だった。
当然、俺は怒った。
だがチームメートと呼べなくなった奴らは好き勝手に言い放った。
俺達だって頑張っているのにどうして責められなければならないのか、出来る奴がやるのは当然の事だろう、と。
次第に彼らは俺の悪口を言うようになった。
最初は小馬鹿にする程度だったが、どんどんエスカレートしていき、卑劣なものへと変わるまでは早かった。
それは部内だけでは収まらず、学校全体に広がっていった。
あろう事か先生まで、彼らの口車に乗せられていた。
最初はニコニコとしていて、優しく接してくれていたはずのクラスメートも、かつて友だった奴らにそそのかされ、俺の悪評をさらに広める原因となった。
俺に対して好印象を持っていた女子でさえも、みんなして俺を避けるようになっていった。
そうして俺の周りからは誰もいなくなった。
そんな環境でチームとして成り立つはずも無く、試合の結果は悪くなる一方だった。
負けてもそれ以上ひどくなる事は無かった。
それほどまでに劣悪な環境だったのだ。
それから俺は笑わなくなった。
理由は簡単、楽しい事がないからだ。
いつからだろうか。
俺は野球を楽しいと思えなくなっていた。
ただ独りで黙々と自主練をして過ごした。
そんな生活を続けて半年が経った。
春だ
長期休暇も終わって、俺の嫌いな季節がやってきたのだ。
学校に着いても誰とも話すこと無く教室に入り、始業式もあっけなく終わった。
クラス替えがあるが、どうせみんな俺の噂を知っているので関係ない。
そう思っていた。
俺の噂を鵜呑みにした担任が変わらなかったのは少々きついものがあったが。
その日は委員や係などを決めるだけで昼で放課になったので、俺はまた自主練をする為に一人グラウンドに向かっていた。
チームの奴らは試合の前日以外は来なくなっていた。
ヤケクソになっていた俺は、ひたすらストレートを投げ続けていた。
すると、遠くから人の視線を感じた。
どうせまた俺を馬鹿にしに来た奴らだろうと思っていたが、何時間経ってもソイツの気配は消えなかった。
腹の立っていた俺は文句の一つでも言ってやろうと思って、ソイツに近づいた。
ソイツは見た事のない顔だった。
恐らく転校生なのだろうと推測できた。
彼女は一目見ただけで「可愛い」と、そう言えるような容姿をしていた。
だが、俺は冷たく当たった。
それは怒り半分、情け半分だった。
この学校にいる限り、俺の噂は嫌でも聞くだろう。
そんな俺と仲良くしていたら彼女まで酷い目をみるのは分かりきっていたからだ。
「なにか用か?」
俺は彼女に問うた。
「え?えっと、あの、用って程じゃ無いんだけど…その…」
彼女はしどろもどろしていた。
人見知りなのだろうか?
「俺なんかを見ていて楽しいか?」
と、さらに言葉を続ける。
「うん。その、上手く言えないんだけど、か、カッコよかった…です」
「ふぁい?」
唐突で予想の斜め上をいく回答だったので、以外すぎて俺はつい変な声を出してしまった。
「フフフッ。面白い人ですねっ!」
「え?あ、アハハハ」
俺は半笑いながらも笑えたのだ。
彼女のお陰で。
見た所、まだ俺については知らない様だった。
彼女の笑顔は、俺には眩しすぎるほど美しく見えた。
多分、恋に落ちたんだと思う。
久しく、いや、初めて感じる感覚だ。
なんかこう、胸のつっかえがスッととれるような感じ。
そして久しぶりに感じる人の温もりや優しさに触れるという喜び。
そう自覚した時、ハッキリと分かった。
やっぱり俺は彼女に恋をしたんだ、と。
改めて彼女を見てみる。
背は俺より頭一つ分小さく小柄だ。
綺麗な黒髪のショートカットで、ヘアピンで前髪をとめているのでおでこが見えている。
卵型の輪郭をしていて、シミ一つなく、本当に餅みたいな肌のようだ。
目は大きくて、不思議そうに俺を見つめてくる。
鼻や口は小さくて可愛い。
俺の好みのどストライクなんだけど。
胸は…まぁ中学生だし、こんなもんだろ。
別に巨乳に興味無いし。
後ろで腕を組んで上目遣いで見つめてくる姿は俺には刺激が強すぎた。
「えっと…もしもーし」
俺が見とれていると、彼女が話しかけてきた。
「え?あ、何かな?」
「ぼーっとしていましたけど、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫、です」
「そっか、それなら良かったっ!」
彼女はまた微笑んだ。
幼い顔立ちにその笑顔が合わさると、それはもはや天使そのものだった。
「ひょっとして疲れてますか?あんなに練習していたんですから、疲れるのも仕方ないです。あまり無理をしてはダメ、ですよ?」
彼女はそう言ってカバンからペットボトルの水を取り出して、俺に手渡してきた。
礼を言って受け取り、俺達は近くの木陰に腰掛けた。
そこは美しく咲き誇る桜の木の下だった。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は望月乃愛って言います。今日は学校を見に来ただけですけど、明日から通う事になった転校生です。よろしくお願いします」
彼女、もとい望月さんは、丁寧に挨拶をしてきた。
俺も相応の挨拶で返す。
「ご丁寧にどうもありがとう。俺は小鳥遊咲夜です。野球部のキャプテンをやっていて、ピッチャーです。まぁ、今は問題があって練習をしていないけどね」
「問題、ですか?」
「うん、まあね」
「私は野球をあまり詳しく知らないのでよくわからないのですが、大変なんですよね?」
「大変、か。まぁ、俺に出来ることは無いんだけどね」
「そうなんですか…」
「色々とあったからね」
俺はこれまでの経緯について簡潔に話した。
俺の噂には触れなかった。
好きな相手に自分から嫌われるような真似は出来るはずが無かった。
実際、ここまで気軽に人と話すのは久しぶりだから余計に無理だった。
それから彼女と色々な事を話した。
学校を案内して回ったり、野球について簡単に教えたりもした。
彼女は俺が話す事全てに興味を持ち、大きな目をさらに見開いて、話に聞き入っていた。
その姿は本当に楽しそうだった。
夕方になり、もう遅いからと、彼女を家に帰した。
去り際に「また明日ねっ!」と、笑顔で言われたのは俺の頭の中で何度も反復していた。
「可愛いかったなぁ〜」
俺はボールを片付けながらふと、そんな事を口にした。
その日は久しぶりにご飯が美味しく感じられ、そして夜は眠れなかった。
翌朝、俺は少し上機嫌になったまま登校した。
相変わらず誰にも話しかけられなかったが、気にならなかった。
恋というものはここまで気持ちや価値観が変わるのか、と感心していた程だ。
教室にチャイムギリギリで到着し、席に着いた。
俺の席は窓側の列の一番後ろで、一人だけ飛び出した配置になっている。
恐らく、そうなるよう意図的に担任が仕向けたのだろう。
自分で言って気づいたが、本当にクソ野郎だな。
通信簿だけはまともに書いてあったが、協調性や真面目さなどの欄は空白だった。
教科担任がそれぞれ別々にいて良かったと、心底そう思ったものだ。
と噂をすれば例の担任が教室に入って来た。
中年のヒゲを生やした太り気味のオッサン教師だ。
いかにも悪役って感じの顔だな。
美少女フィギュアとか集めてそう。
「えー、みんなおはよう。えー、昨日は始業式だった訳だが、えー、二年生の自覚を持って、えー、自覚を持って過ごすように」
この教師は「えー」がたくさん付く系の人なのだ。
コイツに限らず、この喋り方をする人が俺は大嫌いなのだ。
「今日は、えー、新しい転校生を、えー、紹介する。入れ」
転校生だと!?
それってもしかして……。
「し、失礼しますっ。えと、望月乃愛って言います。よ、よろしくお願いしますぅ」
やっぱり望月さんだ。
それにしてもめちゃくちゃ緊張してるな。
緊張をほぐす為に俺は拍手を送った。
それに気づいてか、俺と目が合った。
「あ!えっと、小鳥遊くん、でしたよね?」
「おう。よろしくな」
「は、はい。こちらこそです」
周りの奴らからは白い目で見られたが、まぁ良しとしよう。
ほかの奴らなんて眼中に無いし。
「なんだ。小鳥遊なんかの知り合いか」
まったく、てめぇって奴は。
なんかとはなんだ、なんかとは!
周りの奴らの望月さんを見る目が変わった。
マズイな。なんとかしないと。
「知り合いって言うか、俺が昨日絡んだだけだぜ。その子にはあんまし関係ねぇよ」
「ナンパまでするとは呆れた奴だ。もういい。望月、お前は、えー、廊下側の端の席に座れ」
俺が絡んだってだけでナンパと決めつけるとかどんだけだよ。
まぁ、被害は最小限に抑えられたので構わない。
望月さんは何か言いたげだったが、俺はウィンクでサインした。
望月さんもそれに気づいて、何も言おうとはしなかった。
その日から早速授業が始まった。
整った容姿をしている望月さんはすぐにクラスの人気者になっていった。
中には早速アプローチする輩も居やがった。
悔しさもあったが、俺は被害が及ばないように、出来るだけ避けて過ごした。
昼休み、俺はクラスの奴らがコソコソと俺の噂について望月さんに話しているのを聞いた。
まったく身に覚えのない出来事にさらに尻尾がついてそれはそれは酷い内容だった。
痴漢、万引き、恐喝、暴力、ストーカー、盗撮、強姦、無免許、タバコに酒など、挙句の果てはクスリや殺人までしていると話す奴もいた。
ふと望月さんを見ると、哀れなモノを見る目でこちらを見てきた。
フラれたな。
どうせ俺の人生なんてこんなもんよ。
俺はそんな事を考えながら、立ち入り禁止の屋上に向かった。
俺が唯一破った校則だ。
立ち入り禁止だから誰も入らないので、ゆっくり出来るのだ。
屋上はいつもと変わらず、気持ちのいい風が吹いていた。
俺は目頭が熱くなるのを感じた。
気づけば頬を涙がつたっていた。
かつての友に裏切られ、周囲の人間から見放され、どんなに酷い噂をたてられようとも決して泣かなかった俺が、一人の惚れた女の為に涙を流したのだ。
零れた涙は口にも入った。
その味は今まで食べたどんな食べ物よりもしょっぱくて悲しい味だった。
とてもとても辛かった。悲しかった。
ここから飛び降りようか、とまで考えた。
しばらくすると、予鈴がなった。
俺は涙と鼻水を拭いて、教室へと戻った。
授業が始まるや否や、俺は泣き疲れて眠った。
生まれて初めて、授業中に眠ったのだ。
気づけば残りの授業は全て終わり、掃除の時間になっていた。
俺には、「掃除をさせると余計に汚くなる」とかいう理由で掃除担当を割り当てられていない。
色々と馬鹿らしくなった俺は、昨日の木陰でボーッと空を見つめていた。
そしてハァーっと、大きなため息をついた。
すると急に、しかし優しく、後ろから口を塞がれた。
「ため息をつくと、幸せが逃げてしまいますよ?」
同時に耳元でそんな言葉が聞こえた。
振り向くと、そこには望月さんがいた。
俺と目が合うと、ニッコリと優しく微笑んできた。
俺が惚れたあの笑顔で。
「も、望月さん!? なんでこんなところ、いや、俺なんかのところに?」
「そんな、あなたまで自分を過小評価しないでください!」
「え?」
「私にはわかります。あなたがクラスの人達が言うような人ではない、という事を」
「な、なんでそこまで……」
俺は別の意味で聞いたつもりだった。
「私も…同じような立場でしたから……」
彼女はそう答えた。
同じ立場?
望月さんが?
なんでだよ。
「どういう事?」
「私、前の学校でいじめられていたんです。小鳥遊くんほど酷くはありませんでしたけど、でも、その気持ちは十二分に分かっているつもりです!」
望月さんをいじめるなんて。
ソイツ許せねぇな。誰だ、でてこい。
けど、そういう事だったのか。
俺が見たあの目は、哀れみではなく、困惑と同情の目だったのだろう。
「話してくれませんか?私は聞くことしか出来ませんが、それでも、話せば少しは楽になれるはずですから」
俺はこれまでの事を全て、一つたりとも欠かさずに望月さんに話した。
彼女は真剣な目で話を聞いてくれた。
気がつけば俺は、また泣いていた。
望月さんはそんな俺の背中を隣で優しく撫でてくれた。
ようやく落ち着いた頃には、もう夕方になっていた。
望月さんはゆっくり立ち上がってこう言った。
「泣きたい時は泣いたっていいんですよ。私も、その、泣き虫ですし、泣くとスッキリしますから!」
そんなセリフを言った彼女の顔は夕日で赤く染まり、何度見ても綺麗な笑顔で微笑む彼女はとても美しくて、まるで女神のようだった。
「小鳥遊くん。あなたにはこれからも辛い事や悲しい事がたくさんあるでしょう。でも、私はずっとあなたの味方です。ですから私と、友達になりませんか?」
友達。
その響きにいい気分はしなかった。
過去に色々とあったというのもあるが、やはり彼女だからというのが大きいだろう。
言わねば。
俺はその感情で頭がいっぱいになった。
「嫌だ」
「えっ?」
「友達なんて嫌だ」
「た、確かに昔辛い事があったのでしょうけど、私と一緒にそれを乗り越えて行きま…」
「友達で終わるのは嫌だ」
「え、ええっと……」
「望月さん、いや、乃愛」
「は、はい!」
「好きだ!」
「ふえっ!?」
「俺と付き合って下さい!」
「あの、ええっと、はい!喜んでお受けします」
え、マジで?
しかも二つ返事だと!?
正気か?
「い、いいの?」
「はい。実は私、初めて見た時から気になっていたんです。なんて一生懸命でカッコいい人なんだろう、って。周りからどんな酷い事を言われても、自分を見失わずに一人でも練習を続ける。そんなあなたの姿に、その、恥ずかしいですけど…私は惚れちゃいましたっ///」
あぁ、だから何時間も俺の練習を見ていたのか。
「本当にいいのか?俺なんかと一緒だと、ろくな事にならないぞ?」
「いいんです。私が決めたんですから。それに、私だって弱い人間です。だから私と一緒に解決していきましよう?一人じゃ無理でも、二人なら乗り越えられる壁もあるはずですから」
「ありがとう。本当にありがとうっ…」
「いえ。お役に立てるのなら私も嬉しいです」
「えっと、それじゃあよろしくね。乃愛」
「は、はい。あのー、『さっくん』と呼んでも良いですか?」
「うん、もちろん!嬉しいよ」
「では、よろしくお願いしますね。さっくん!」
こうして俺達は付き合う事になった。
咲き乱れる桜の景色は、俺を春嫌いから、一気に大好きへと変えてしまった。
これから大変な事だらけだと思うけど、俺は何があっても彼女を守ると、そう心に決めた。
その日は連絡先を交換した後、家まで送った。
昨日に引き続き、いや、昨日よりも一層眠れない夜になった。
翌日。
登校が偶然、乃愛と一緒になった。
昨日送ったからわかったのだが、意外と家が近かったようだ。
別に待ち合わせの約束とかしていた訳では無いよ?
「おはようございます。さっくんっ!」
昨日からなんら変わらない可愛い笑顔だ。
ただ、少しクマができている。
「あぁ、おはよう。ちゃんと眠れた?」
「エヘヘ、分かっちゃいますか。実は、昨日起こった出来事が多すぎて、興奮してあんまり眠れなくて…」
あ、別に俺に限った出来事ではなくて?
「あ、もちろん、さっくんとの事が一番大きかったですよ?」
「…気を使わなくていいんだよ?」
「ほ、本当にさっくんが一番なんですからっ!」
乃愛が顔を真っ赤にしながら、全力で否定してくる。
しかし俺は、そこで大変な事に気付く。
既に学校の校門前まで来ていたのだ。
当然、不特定多数の生徒に見られ、聞かれてしまった。
乃愛も俺の様子から気付いたらしく、「あ、やば」みたいな顔をしている。
俺は即座に顔を隠しつつ、逃げるようにして教室に駆け込んだ。
大丈夫、すぐに逃げたからほとんど俺だとバレていないはず。そう自分に言い聞かせて。
その騒動から数時間後
昼休みになった。
俺は乃愛を秘密基地へと連れ込んだ。
結論から言おう。
無理でした。
まったく隠し通せなかった。
ある意味この学校の中で一番有名な俺の顔は、手配書でもあるのかと言いたいほど、全校生徒に知れ渡っていたのだ。噂と共に。
教室に入って来た俺達を迎えたのは、悪名高き俺と手を繋いでいる乃愛を不思議そうに、可哀想な目で見てくるクラスメートだった。
その情報はクラスメートとスマホという科学の結晶によって、昼までには全校生徒に知れ渡ってた。
ただ幸運な事に、誰かが「俺が無理やり」という情報を付け加えていたので、乃愛は被害者として扱われ、俺のような酷い目に遭うことはなかった。
乃愛は不服そうだが、これでいいのだ。
それと同時に確信した。
俺が何をしようと、乃愛がどんなに頑張ろうとも、俺の汚名は覆る事はない、と。
「乃愛」
「はい、どうかしましたか?」
「明日、デートしよう」
「へ?あ、はい。楽しみにしておきますねっ!」
浮かない表情だった乃愛の顔は、途端に笑顔へと変わった。
そう、デートするのだ。初デート。
定期的に気分をリフレッシュしておかないと、俺はともかくとして、乃愛が精神的にもたないと思う。
乃愛は俺が守ると決めたから、心身ともに満足させてあげなければならないのだ。
決していやらしい意味ではなく。
それもアリか?
いや、早すぎる。
さすがにやめておいた方が賢明だろう。
どんな噂を立てられるか分かんないし。
その日は軽く投球練習をして乃愛と帰った。
しなくていいと言ったのに、乃愛は「役に立ちたいんですっ!」と言って、球拾いをしてくれた。
本当にいい子だなぁ。
俺なんかで良かったのだろうか?
いや、俺がいいと言ってくれたんだ。
なら俺は、堂々としているまでだ。
次の日は入学式なので、学校は休みだ。
俺は(どうせ誰も来ないだろうから)練習も休みにして、乃愛をデートに連れ出した。
乃愛は県外から引っ越して来たので、ここら辺の名所や、地元では有名な穴場スポットへと連れていった。
穴場スポットと言うかパワースポットだ。
「さっくん。ここってどんなご利益があるんですか?」
「ご利益と言うか、まぁ、ここでキスをした恋人同士は永遠に結ばれて、死んでも離れないと噂の場所なんだ」
「そ、そうなんですか。なんだかロマンチックですね…」
なんかテンションが低いな。
イヤだったのかな?
「胡散臭いと思う?」
「いえ。折角さっくんが連れてきてくれたんですから、有難くその不思議なチカラを頂いておきましょうよ」
「じゃあキスする事になるけど…」
「は、はい。キスですね、そうですね、そうですよね。が、がむばりますっ!」
「そこまで気張らなくても」
乃愛の顔は真っ赤になっている。
イヤなんじゃなくて、ただ緊張していただけか。
キスの話だけでここまでなんて、初々しくて可愛いやつだなぁ。
俺はそっと乃愛の唇に口付けをした。
「ふわぁぁ」
「おーい、乃愛さん?」
「はっ! ご、ごめんなさい! せっかくの、き、キス、だったのに…」
「あはは、どうだった?キスのお味は?」
「はい、その、幸せ……ですっ」
おおぅ!?
その答えは予想していなかったぞ。
しかも、な、泣いてる?
あ、そっか。
乃愛もツライ過去があるんだっけ。
いつも明るく振る舞っているけど、結構無理をしているだなぁ。
デートに誘って良かった。
よしよし、いい子いい子。
俺は乃愛をそっと抱き寄せて、落ち着くまでぎゅーっとしてやった。
その日のデートはそれでおしまいにした。
またデートに行くことを約束して、それぞれの家に帰った。
当然、家まで送ったけどね。
次の日からは学校でもあまり周りを気にせずにイチャついた。
乃愛はいろんな人に心配されていたけど、その度に「さっくんはそんなに悪いひとじゃない!」と言い切っていた。
そいつらは言わされていると思っているが…。
それにしても、なぜここまで頑なに俺を陥れようとしているのだろうか?
俺に恨みのある奴なんて野球部以外にはいないはず。……だよな?
放課後になり、また俺は自主練を再開した。
すると何人、いや、十何人かの生徒がこちらに近づいてきた。
俺は乃愛との件について来たのかと思ったが、全員坊主で一年生のバッチを付けていた。
あ、部活見学か。
数えてみると、全部で十三人いた。
とりあえず俺はそいつらを集めて話をする事にした。
「お前ら全員入部希望か?」
「は、はい。そうッス」
「野球部の噂を聞かなかったのか?結構有名な話なんだが」
「し、知ってます。確か今は練習をしていないって…」
なんだ、知ってんのか。
いや、知ってて入ろうとするとかどんな物好きだよ。
「知ってるならなんで入ろうと思ったんだ?」
「それは…先輩がいるからッス!」
「は?どういう意味だ?」
「先輩って、小鳥遊監督の子どもッスよね?俺達全員、小鳥遊監督のチームで野球してました」
「あぁ、親父の」
俺の親父は結構有名な監督で、チームも意外と毎年全国に行っていたりする。
俺の代でも行っていたしな。
「俺の噂も知ってるんだろ?」
「知ってるッスけど、監督がそんなことはないからって…」
お、親父。
学校での話なんてした事ないのに、俺の為にそこまで……
「いいのか?後悔しないな?」
『ハイ!よろしくお願いしますっ!!』
「よし、分かった。入部を許可しよう」
『ありがとうございますっ!!』
元気いいな。
さすがは親父の厳しい指導を受けた奴らだ。
懐かしいなぁ。
こうしてまた、野球部は練習を再開した。
ついでにマネージャーも二人入った。
一人は乃愛だ。
だが乃愛は料理クラブにも勧誘を受けていて兼部をする事になったので、あまり顔は出さない。
差し入れのクッキーはとてもうまかった。
料理上手とか有能ですやんか。
もう一人は一年生の女の子だ。
結構可愛いかったが、俺にはもう乃愛がいるから関係ないぜ。
その子は一年のある子目当てに入部したようだ。
相手は気づいていないらしく、俺や乃愛によく相談をしてくる。
俺は恋愛の先輩として、色々とアドバイスをしている。
彼女も例の事情を知っているが、噂を信じないタイプのようだ。
「百聞は一見に如かず」が座右の銘らしい。
あと、入って来た一年生達だが、みんなすごく上手だった。
さすがは親父の指導を受けた奴らだと、また思ってしまった。
半年ぶりの真面目な練習なので、とても新鮮で気分がいい。
「先輩。次のメニューはなんッスか?」
「んー、何にしようか。こういう時に監督は欲しいな。よし、紅白戦しよう。五回の延長なしで七対七に別れて、捕手は攻撃側からだして、外野は二人だ」
「はいッス!」
そして紅白戦をしたのだが、俺のチームが八対〇で圧勝だった。
俺は八三振、被安打一、失点〇だ。
自分でもヤバイと思う。
「せ、先輩の球、速すぎないッスか?」
「そうか?」
「はい!速すぎて見えないッス」
「自分、スピードガン持ってくるッス」
後輩達が色々と準備もしてくれたので、俺はマネージャーを含む部員全員の前で、本気で三球投げた。
終わった後、後輩達からは『うおおおお!!』という声が上がった。
「先輩!百四十五キロ出てますよ!」
「はぁっ!?」
嘘だろ?速すぎるよ、中学生だぜ?
プロ野球選手かよ。
(ちな中学生なら百二十キロでれば凄いほう)
毎日投げ続けてたからってここまで行くものなのか?
俺には独学が向いているのかもしれない。
メーターも壊れてなかったし、どうやら本当に投げられたみたいだ。
後輩達からは尊敬の目で見られ、乃愛は「よく分かんないけど、さっくん凄いっ!」と、言っていた。
帰ってから一応親父に報告したら、食後にケーキが付いた。俺の好きなチョコレートケーキだ。
親父なりに祝福してくれたのだろう。
野球部の事は話していないから余計に胸が痛い。
それから数ヶ月が経ち、夏の大会が目前に迫ってきた。
後輩達は真面目に練習を続けてくれたし、一時は怒って辞めた監督に頭を下げて指導も乞うた。
確実に強くなれた実感がある。
問題は二年生だ。
アイツらは練習に来ないクセに未だに退部届けを出していない。
きっと明日の前日練習に顔を出すだろう。
さて、どうするべきか。
と、思っていたのだが、監督と乃愛が任せろと言ってきたので、信じる事にした。
そして翌日。
アイツらは予想通りにノコノコとやって来た。
例の事件以来、金髪や茶髪の奴が増えている。
本当にグレているじゃないか。
「よう、小鳥遊。練習をしに来てやったぜ」
「頼んでねぇだろ。そのセリフは一年前に言えよ」
「マジでウゼェ奴だな。って後輩がいんのかよ」
「おいおい、可愛いマネまでいるじゃんか」
アイツらの中の一人が乃愛に手をだ…そうとしたが、監督によって阻まれた。
「練習にも来ず、すぐ女に手を出そうとするとは。まるで噂の中での小鳥遊じゃないか」
「うるせぇ!ジジイは引っ込んでろ」
「そんな口をきける立場かな?お前らの犯行は、俺の知り合い達が調べて証拠も取ってくれたぞ?」
は?なに?犯行?
どういう意味だよ?
アイツらも険しい顔をしているし。
「お前ら、自分達で事件を起こしてそれを全て小鳥遊になすりつけていただろ!」
「ありもしねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「…コレ、なんだか分かるか?」
監督はそう言って、ポケットから写真を取り出した。
スゲェ。探偵か刑事みたいだ。
「お、おい!なんでお前がそんなモン持ってんだよ!?」
「知り合いに集めて貰ったと言っただろう?」
それは証拠写真だった。
監督はそれを俺に渡してきた。
「なん、だよ……コレ。どういう事だよ!」
そこには万引きに始まり、恐喝や暴力、盗撮に強姦など、噂になっていた大半の内容と一致する出来事が覆面の男達によってなされているのがハッキリと写し出されていた。
「その男達はコイツらやお前の担任だ」
「はぁ!?」
コイツらだけならまだ分からなくもない。
ただ、担任って……あのデブか!?
改めて写真を見てみると、太った男がうちの学校の女子生徒を陵辱していた。
……こんなことって、あるのか?
この子ってうちのクラスメートじゃないか。
最近不登校の奴が増えていると思ったら、まさかあのクソ野郎が犯人だったなんて……。
コイツが、コイツらが俺の人生を狂わせたんだ。
乃愛とは違う出会い方をしていたかもしれないが、放っておいたらクソ野郎の餌食になったかもしれない。
そう考えると、だんだん理性が薄れてきた。
俺は大暴れ…しかけた所を他でもない乃愛に止められた。
「さっくんっ!ここで暴れたらダメですっ!今問題を起こしたらさっくんが今まで頑張ってきた努力が無駄になってしまいます!」
「! の、乃愛っ……」
言われて気付いた。
今ここで暴れると問題を起こしたとかで、大会に出られなくなるのだ。
それはつまり、一生懸命付いてきてくれた一年生達や、ずっとサポートしてくれた乃愛達を裏切る事になる。
それではアイツらと同じになってしまう。
俺は、あと一歩のところでとどまった。
とどまることが出来た。乃愛のお陰で。
すると乃愛が俺から離れて、半泣きの顔で奴らに話をし始めた。
「さっくんを…私の大好きなさっくんをここまで追い込んで、楽しいですか?」
「……」
「楽しいですよね。そうですよね。そうでなければこんなことしませんもんね」
「…………」
「でも、相手の気持ちに、さっくんの立場になった時の事をほんの少しでも考えましたか?さっくんがどれだけ辛い思いをしたか知っていますか?」
乃愛……
「いじめる側の人はみんなそうです。相手の事を少しも考えずに、ただ自分達が良ければ、満足すれば構わないと。そんな人達を私はとても同じ人間には思えません。少なくともその人達はさっくんの敵です。私の敵です。いじめられる側の人間全ての敵なんです。私はそんな人達を許せません。そんな事をしたあなた達を許す事は出来ません。その事をあなた達は理解していますか?理解出来ますか?」
「っ……」
「もしあなた達に人間としての良心がほんのちょっぴりでもあるのなら、お願いですからさっくんと関わるのをやめてください。さっくんの、私達野球部の邪魔をしないでください。それだけで、本当にそれだけでいいですから……」
「…お前に小鳥遊の何が分かるって言うんだよ」
「わかります。私はさっくんがどういう人なのか、全部わかります。わかっているつもりです。…さっくんは優しいんです。噂のような怖い人ではありません。私が辛かった時、困った時、落ち込んだ時に優しくぎゅーってしてくれて、それで、私が落ち着くまで、泣き止むまでずぅーっと頭を撫でてくれる、そういう人なんです」
…よく覚えてるなぁ。
日常生活のほんの一コマだから俺は覚えてなかったのに。
そういうことはホントすごいと思う。
乃愛はさらに言葉を続けた。
「それから、さっくんは真面目で一生懸命なんです。あなた達が練習に来なくなってからもずっと一人で練習を続けて、毎日コツコツと努力を重ねてきました。あなた達はさっくんを天才か何かだと思っているかもしれませんが、私はそんな事はないと思います。さっくんは誰にも負けたくないから、人一倍にただひたむきに頑張る努力家なんです。才能があるのと天才なのとは全く別物なんです。私はこんなに一生懸命に頑張る人を知りません」
「…………」
「それに、さっくんは強い人なんです。チカラが、と言うよりは精神的に強いんです。あなた達が広めた噂にも動じず、周りからどんな目で見られようとも決して負けなかったすごい人です。私にはそんな事出来ません。いえ、出来ませんでした。だからさっくんは強くてすごい人なんです」
「なら……」
「でも、そんなさっくんにも限界がありました。さっくんの心は傷付き、もうほとんど崩壊寸前だったんです。さっくんには、私にだけ見せてくれる笑顔があります。涙があります。私の胸の中でなら、子どものように泣いてしまう、そんな人なんです。そこは私と変わらないです。あなた達はそんなさっくんを知っていましたか?」
「そんな……」
乃愛のチカラのこもった長い演説はそこで終わった。
言い終わった後、乃愛は俺のもとに駆け寄ってきて、そして泣いた。その時の乃愛は、今までのどんな乃愛よりも弱く、幼く、そして愛おしかった。
乃愛の必死さが伝わったのか、アイツらは揃って「申し訳ありませんでした」と、土下座をしてきた。
俺はそれを、ただ眺めることしか出来なかった。
「…という訳なんだ。悪かった」
「そうか。話してくれてありがとう」
その後彼らは今までの経緯について話した。
一年生には時間がもったいないので、俺抜きで練習をしてもらっている。
原因はやはり担任のアイツだった。
野球部の奴らは、アイツの私利私欲の為に雇われていた。
元々コイツらは俺の才能に嫉妬していて、俺になにか嫌がらせをしようとしていた。
そこへ女子生徒を辱めたいと思っていた担任が介入してきて、金を貰う代わりに色々な犯罪を犯す命令をされていたようだ。
そして俺にその罪をなすり付ける、という悪行を今まで続けていた。
ここまでくると、もはや滑稽だ。
汚職確定だな。
今から職員室に乗り込むと監督が言っている。
監督ってなにモンだ?
外部コーチだからこの学校の先生じゃない事は確かだけども。
試合前だが、新たな犠牲者を出す訳にもいかないので俺はこっちを優先した。
「失礼します。二のAの小鳥遊です。山本先生はいますか?」
今更だが、担任は山本という。
「なんだ、小鳥遊か。とうとう職員室まで荒らしに来たのか?」
「いやがったな!このキモデブ変態クソ強姦魔!」
「な、なんのことだ!?」
「おや、シラを切るんですか?今まで散々人の事をバカにしておいて、よくそんな事が言えますねー」
「で、デタラメもいい加減にしろ!」
俺や担任が大声で言い争っているのを見て、周りの先生達も困惑している。
「そこまで言うなら仕方がないですね。監督、あとはお願いします!」
「あぁ、任せておけ」
なんかさっきからカッコイイよな、監督。
「私は教育委員会の者だ。貴様の行為は生徒の教育、並びに心身の成長に著しく悪影響を及ぼす恐れがあり、教師として許されるものではないと判断した為、法的措置をとらせていただく」
「そんな、きょ、教育委員会…だと!?」
マジかよ監督。
俺が一年生の時からずっといるんですがそれは…?
それから程なくして、事件は解決した。
元担任だった山本は、懲戒免職にとどまらず、強姦罪や恐喝罪などの罪に問われて懲役判決を受けた。
学校側は、被害を受けた生徒に謝罪した後、真実を告げた。俺が無関係だという事についてだ。
もちろん俺にも謝罪はきたが、もう生徒との関係は修復出来ないとハッキリ言い切った。
実際クラスメートにも謝罪をされたが、彼らは噂に踊らされていたとはいえ、俺を一年間悪の権化だと吹聴してきたのだ。
罪悪感に囚われて、可哀想なことになっていた。
良くなった点と言えば、乃愛と公衆の面前でイチャつけるようになった事か。
監督は教育委員会の人間だった。
知り合いの人とは、探偵のことだった。
監督は最初は本当に野球部の監督として来ていたのだが、野球部が崩壊し、俺の悪い噂が流れた事で調査を続けていたらしい。
なんでも俺の親父には世話になったらしく、その息子がそんな悪いヤツには思えなかったとか。
監督にはいろんな意味でお世話になりっぱなしだと思う。
あ、試合?
結構惜しいとこまでは行ったんだよ?
地区予選の決勝までは行ったんだけど、最後は後に全国優勝するチームとの対戦だった。
激戦区かよ。
序盤は抑えられていたんだがね。
相手のキャプテンがスイング時にバットを振りすぎて飛ばしちゃって、俺の膝にダイレクトでヒットしたんだよ。
金属バットだからものすごく痛かったよ。
弁慶を骨折した俺は、当然試合を途中退場せざるを得なくなって、それが原因で負けた。
さすがに一年生だけではチカラ不足だった。
せっかく吹奏楽部とかチア部とかが応援に来てくれたのにね。
ちなみに例の奴らも退部届けを出しているが、みんなで応援に来てくれたのだ。
弁慶に当たって転げ落ちた俺を見た時の乃愛はとてもパニクっていた。
しまいには、「私を置いて逝かないでっ」とか言って泣いていた。
俺は至って冷静に可愛い乃愛をなだめていた。
一ヶ月ほど入院した俺は、病院で乃愛とイチャついていたので暇では無かった。
俺にバットをぶつけた奴が親と相手の監督を連れて謝罪に来たのはよく覚えている。
その時持ってきた菓子折りが美味かったんだよ。
それで、退院してからクラスメートに謝られた、という訳だ。
それからさらに月日が経ち、足の怪我も完全に治って乃愛と楽しい日々を送っていた頃、三年生になった。
そろそろ進路について考える時期だ。
俺は正直どこへでも行けるのだが、出来れば乃愛と一緒が良かった。いや、絶対にだな。
乃愛の希望進路はどうなんだろうか?
「進路ですか?私は小学校の先生とさっくんのお嫁さんになりたいです」
「そうなんだ……ふぇっ!?」
乃愛さん?唐突過ぎるよ。
ホラー映画もお手上げだ。
乃愛はしばらく沈黙し、自分が何を言ったのか思い出した後、赤面して慌てふためいていた。
無意識かよ!?
でも無意識に出るほど教師(とお嫁さん)になりたいという事だから、応援してあげねば。
その夢の実現には大学に行く必要がある。
しかし、乃愛の成績は中の下だ。
料理は上手いし、可愛いのは認めるが、勉強は苦手らしい。
いじめられていて勉強どころでは無かったから、習慣が身につかなかったというのもあるけどね。
という訳で勉強会が始まった。
三年生になっても同じクラスだったので、昼休みを利用して頑張っている。
相変わらず俺には友達ができなかったのだが、乃愛はたくさんいるし学校中の男子にモテモテなのだ。
たまに事情を知らないバカな奴が乃愛に告白するが、笑顔でフラれ、俺に体育館裏に連れて行かれるのがオチだ。
腹の立つ出来事だけど、逆に愛されているという実感も湧くのだ。
ちょくちょく頑張って勉強をしていた乃愛だが、スグに成績が伸び始めた。
俺と違って伸びしろはいっぱいあるからな。
夏休み前には、学年トップテンに入った。
それと、野球部にも新入生が増えた。
親父直轄の精鋭八人だ。
うち二人はスタメン入りが決まっている。
あとマネージャーも一人入ったのだが、少し厄介な女の子だった。
どうやら俺に惚れたらしい。
乃愛との事も知っているが、「愛人で良いから」と言ってよく迫ってくる。
ただ、悪い子じゃない。
むしろ俺も乃愛も妹みたいに可愛がっている。その子も「お兄様」といって慕ってくれる。
スタイルも良くて美人で優等生なのだが、俺には乃愛がいるから俺は全然なびかない。
ちなみに名前を田中美帆という。
俺と乃愛はみーちゃんと呼んでいる。
もう一人、二年にマネージャーがいたと思うが、その子の恋が先日ようやく実ったのだ。
相手の奴は俺が二時間説教した。
そうでもしないと気付かなかったくらい鈍感なのだ。それでも今は二人とも幸せそうだった。
俺も乃愛もより一層親密かつ大胆になり、何回もデートを重ねた結果、乃愛もすっかり慣れて敬語を話さなくなった。
口調が変わった事でそれまでのお淑やかな雰囲気が一変して、元気で明るい女の子に印象が変わった。
そっちの方が俺の好みだったりする。
チームも確実に成長していき、いよいよ最後の大会を迎えた。
順調に勝利を重ねていき、いよいよ因縁の相手との対戦になった。
去年俺が怪我をして負けた学校だ。
序盤は緊張とトラウで焦って何本かヒットを打たれたが、乃愛が活を入れてくれたお陰で、四対二で勝った。
そして俺達は全国へと足を伸ばした。
その事は地元の新聞にも載り、試合では県外だというのに多くの応援が集まってくれた。
その期待にも応え、決勝までコマを進めた。
とうとう中学最後の試合だ。
俺はその日絶好調で、勝てる自信もあった。
しかし、現実は非情だった。
俺はその日の朝、交通事故に遭ったのだ。
飲酒運転で、完全に運転手の過失だった。
シャレにならなかった。
後で聞いた話だが、俺は意識不明の重体で病院に搬送され、脳に強いショックも受けてか、丸一週間昏睡状態だったという。
一命を取り留めて目を覚ますと、そこにはこの世の終わりのような顔をした乃愛がいた。
乃愛は俺が目を覚ました事に気が付くと、なりふり構わず抱きついてきた。
そして何度も何度も俺の名前を呼びながら泣き続けていた。
状況が把握できなかった俺だが、とりあえず乃愛を落ち着かせようと、頭を撫でた。
いや、正確には撫でようとした。だが、手は動かなかった。
視線を腕に向けると、包帯でグルグル巻きにされており、点滴が繋がれていた。
口には酸素マスクが取り付けられていて、体を起こそうとしても全く動かなかった。
そこで俺はようやく事故に遭った事に気が付いた。
それからのことはよく覚えていない。
ただ、乃愛が懸命に介護してくれていたこと、俺の両親が泣いていたこと、キャプテンの俺を欠いたチームは統率力を失い、十五対一で負けたのを乃愛から聞いたことは心に残っている。
あと、よく知らないオッサンが禿げそうなくらい地面に頭を擦り付けて何か謝っていたような気がする。
二ヶ月入院して、学校へは車椅子で通った。たいていは乃愛が押してくれた。
部活へ顔を出すと、野球部のみんなは安心と心配と申し訳ないという顔をして出迎えてくれた。
みーちゃんは泣いていたけど。
クラスメートもさすがに優しくなって、トイレや階段の上り下りを手伝ってくれた。
俺はそれほどショックを受けなかった。
いや、ショックが大きすぎて感情が欠落したのかもしれない。
まぁ、とにかくあまり悲しい気持ちにはならなかったのだ。
部活を引退したから暇を持て余している…という訳では無く、辛いリハビリの生活が待っていた。
乃愛は体を壊すんじゃないかと思うくらいずっと付き添ってくれていた。
本当にありがたいと心の底から思うよ。
またまた乃愛に助けられて、卒業間近には歩けるようになっていた。
入試はさすがに松葉杖だったけどね。
卒業式が終わって、野球部に顔を出すと花束を渡された。みんな揃って『お疲れ様でした!』と言ってくれて、少し感動した。
みーちゃんは「絶対にお二人の所に行きますからね、お兄様!お姉様!」と言って、笑顔で見送ってくれた。
普通に健気で良い子だよなぁ。うん。
監督にもちゃんと礼を言った。
本当に世話になったもんな。感謝感謝。
こうして俺の恵まれない幸せな中学時代は幕を閉じた。
中学校を卒業した後は、当然高校に入った。
勉強を優先し、有名な進学校に入学した。
もちろん乃愛と一緒に。
頑張って勉強会を続けた甲斐があったと思うよ。
中学の同級生の奴らにはそこまでの頭が無かったので、新しい環境は知らない人達ばかりだったから、幾分か俺の気持ちは和らいだ。
怪我もだいぶ良くなり、元々野球が好きだった俺は、再び野球部の門を叩いた。
だが、それが間違いだった。
その野球部は全くの無名どころか、名門校とは思えないほどにガラの悪い部活だった。
練習はほとんどせずに、部室でゲームをしたり、お菓子を食べたり、中には酒を飲んでいる奴もいた。
その時にすぐ辞めればどんなによかった事だろうか。
いや、それは辞められればの話だろう。
先輩方は下級生を奴隷のように扱い、退部を許さなかった。
パシリに暴力、カツアゲなど、それは酷いものだった。俺の噂程では無かったけどね。
俺には無かったが、万引きをさせられて警察に捕まった奴もいた。
先輩方はただ醜く笑うだけだった。
とても同じ人間には思えなかった。
そう言えば一人、マネージャー志望で入った女の子がいたが、慰みものになった後、不登校となったのは記憶に新しい。
まるで中学時代のトラウマをリプレイしているかのようだった。
そうした事から、俺と同じ一年生はみるみる生気を失っていった。
俺にはまだ中学校時代の経験があったし、乃愛もいたからまだ耐える事が出来た。
しかし他の学生には野球部=不良という固定観念が定着しており、すぐにクラスで浮いた存在となってしまった。
要するに、また友達が出来そうもないのだ。
敢え無く総体も終わり、次の代へと移り変わった時、革命が起きた。
二年生が部のイメージ改革に乗り出したのだ。
俺達一年生にも不当な扱いはしなかった。
朝の挨拶運動に始まり、積極的にボランティア活動をしたり、練習にも真面目に取り組んだりと、身を粉にする勢いで頑張ったのだ。
しかし当然、いい顔をしない連中がいる。
そう、引退した先輩方だ。
彼らはことある事に邪魔をしてきた。
まるで先読みをしているかのように。
必死の抵抗も虚しく、部の雰囲気はまた元に戻ろうとしていた。
イメージ改革は無理だと悟ったのだろう。
二年生達の態度は日に日に悪化し、練習も絶え絶えになっていった。
こうやって歴史は繰り返されるのだと、身をもって体験した。
俺はもう三回目の部の崩壊を経験した。
それでも俺は諦めなかった。
他の一年生を集めてこっそりと練習をしたし、勉強だって真面目に取り組んで、主席をキープし続けた。
怪我の影響で自慢の球速が著しく落ち、百三十五キロまで下がった。
その為、変化球の練習にチカラを入れた。
もちろん、スタミナや走力も落ちているので走り込みも欠かさなかった。
しかし、一日に投げられる数がかなり限られてしまっているし、足も思うように動かないことがあり、たまにもつれて転けていた。
俺はスランプというやつに陥ったのだ。
いや、まぁちょっと違うけど。
似たようなもんだろう?
乃愛は「またマネージャーしよっか?」と言ってきたが、全力で止めた。
慰みものになると知っていて彼女を連れてくるほどバカップルじゃねぇよ。
乃愛には事情を全部話した。
俺は乃愛だけには隠し事をしたくなかった。
「……という訳です」
「また!? んー、そっか…大変だね」
「だからマネージャーは無理だと思うよ」
「じゃあ、何して欲しい?」
「してくれる前提なんだ…」
「当たり前じゃん!私はさっくんと一緒にいる時が一番幸せなんだよ?」
そらそうだよな。
嫌いな奴の介護なんて体が壊れるまでするわけがない。
乃愛は俺が歩けるようになった後、実際に体壊して寝込んでたし……。
「分かってる。ありがとうな。助かってるよ」
「フフフッ♪さっくんにそう言ってもらえると嬉しいよっ!」
「キスしようとしたら顔真っ赤にするのにな」
「そ、それは……その、恥ずかしいもん…」
やだ、なにこの子。可愛い過ぎるよ。
初々しい所は二年経っても変わんないな。
「んー、じゃあ私、お弁当作るよ!」
「弁当?」
「うん!高校生になってから給食無くなったでしょ?さっくんいっつもパンと野菜ジュースだから…」
「マジで!?乃愛の料理めちゃくちゃ美味いから毎日が楽しみになるかも!」
「ホント?じゃあ私、料理研究会作っちゃおうかな」
「え?」
「毎日お弁当の中身変えるから、楽しみにしててねっ!」
「お、おう」
同好会を作るだけでも大変なのに、乃愛に部長(会長?)なんて出来るのだろうか?
心配だ。俺が付いててやりたい。
いや、信じてやる事も大事だよな。うん。
そんな俺の心配をよそに、乃愛はアッサリと作ってしまった。
こういう時人望があるのっていいよな…。
俺の母親は家事が苦手だから毎日弁当を作らせるのは大変だと思ってパンしか食べてなかったから、本当にありがたい事です。
そして次の日から乃愛の手作り弁当の日々が始まった。
やっぱり乃愛の料理は美味かった。
店開けるんじゃないかってレベルだよ。
しかも栄誉バランスまできちんと考えられているし、スポーツをしている身としてはこんなにありがたい事はないね。
部活でどんなに遅くなっても校門の前で待っていてくれるし、最高の彼女だよ。
そんな日が続き、とうとう三年生が卒業した。
次の年になっても部の雰囲気は変わらなかった。
他の同級生はもう部活に来ていなかった。
幸い、先輩達は退部をとがめはしなかったからだ。
あ、もちろん乃愛とクリスマスを過ごしたし、初詣にも行ったよ。
乃愛を食べたかったのはやまやまだけど、キスで乃愛はいっぱいいっぱいなので、まだ早い。
総体はアッサリと初戦で負けた。
先輩達は何事も無かったかのように引退した。
しかし、俺にも後輩がいる。
中学の時の奴らが八人、俺を追ってきたのだ。
この学校の偏差値は七十を超えているのに。
マネさんのカップルはさすがに学力が足りなかったらしい。
そらそうだ。みんな揃って受かる訳が無い。
人数はギリギリだが、それでも頑張った。
練習試合もこなして着実に知名度を上げていったのだ。
そうして三年生になった。
ゴールデンウィークに一日だけ休みを設けたので、乃愛とデートをしようと思う。
今まで最低でも月一でデートをしてきた俺達だが、もう何回目のデートか分からない。
ただ、毎回が楽しくて仕方ないのだ。
俺は前日の晩、乃愛に電話をかけた。
メールとかの方が手軽だけど、生の可愛い声が聞きたいのだ。
「だからさ、明日どこ行く?」
「んー、さっくんが決めた所ならどこでも良いけど…ちょっと観たい映画があるんだよねー」
「あぁ良いよ。観に行こう」
「やったーっ!あのね、『youの名は』って映画なんだけど…」
あー知ってる。
今若者の間で凄く流行ってる映画だ。
「凄い人気だよね」
「うん。研究会のみんながね、感動したって言ってたからさっくんと観たいなぁーと思って。あ、昼からの予約私がしとくから」
「分かった。じゃあ一時にいつものとこ集合な」
「はーい!じゃあおやすみ、さっくん!」
「ん、おやすみ乃愛」
そして翌日。
俺は二時間前についてしまった。
別に間違えた訳ではない。
ただ、ここ数日会えてなかったので、気持ちが先走り過ぎたのだ。
しばらく待っていると乃愛がやって来た。
乃愛は笑顔で手を振りながらこっちを見ている。
ふと視線をずらすと、トラックが信号を無視して、ものすごい勢いで横断中の乃愛に向かっていた。
俺は大声で乃愛に呼びかけた。が、足がすくんで動けなくなっている。
俺はまだ痛む足を無視して、本気で乃愛に向かって飛び付いた。
しかし、乃愛を助けるどころか俺も巻き込まれそうだった。
その瞬間は俺にとって最も大きなトラウマを呼び起こした。
正直言って、怖い。
俺は走馬灯のようなものを見ていた。
それは乃愛との思い出だった。
やり残した事は…アニメとか、親孝行とか……うーん。
野球は…もうどうでもいいや。
こんな怪我ばっかりのキャプテンに付いて行く後輩達も大変だろう。
助かりそうもないし。
俺は死を覚悟し、最後に乃愛を抱き寄せて、そして………
「アレ?ここはどこだ?」
ここからプロローグへと続きます。




