好意と敵意
「アルベルトくん、無事ですか?」
「ええ、なんとか。先生……ヤツは?」
「筋を狙いはしましたが、どうでしょう。この短剣ではどうにも……」
刃こぼれをおこした鈍よりも幾分かマシとはいえ、少し大きめの果物ならそれだけで切るのに苦労しそうなほど小さい短剣。
鋭くはあれど致命傷を負わせるものかと問われれば、素直に首を縦に振るわけにはいかない……といった具合だ。
かと言って、不用意に近付きでもすれば反撃に遭うとも限らないし、それに適切な返答を突きつけることが難しいくらいには、ルイーザもアルベルトも満身創痍であった。
「ぐっ……クソぉ……がぁっ!」
案の定、クラリスは致命傷を負ってはいなかった。
しかし、ルイーザ達と同様に、彼女も満足に動けるような状態でないのもまた事実。
「さぁてー、どうしますかー? まだ……殺りますー?」
「フフッ……」
「なんだ。何がおかしい!」
「アカン、ウチの負けや。思うように立てんあたり、足がイカれてもうてるわ……」
異常なまでの俊敏性を見せたクラリスだったが、その足はルイーザの心配を余所に、ただの飾りと化してしまっている。
「せやけど、まだ死ぬわけにはイカンのや。ウチらが生きてる限りは……まだ……」
「!! 逃がしませ……」
「おっそいわぁ。お・ば・さ・ん」
ルイーザの咄嗟の反応も虚しく、クラリスの姿は突如現れた煙幕と共に消えてしまった。
あるいは、ルイーザに疲労からくる気の緩みがなければ食い止められたかもしれないが……
「逃げられた……のか?」
「はい……完全に気配が消滅しましたー」
「コチラの様子を伺って隙を突こうとしている可能性は?」
「なくはないですがー、姿を消した後の一番警戒している時に攻撃できるくらい元気ならー、こうして会話を行うことさえ出来ていないでしょうねー」
ルイーザの言う通り、そんなスリルを味わうほどの暇と余裕はクラリスにはなかった。
むしろ、ここで逃げていなければ彼女の方がフェルマーの後追いをする形になっていたことだろう。
「それにしてもー、色々と無茶をしますねーアルベルトくんはー」
「いえ。騎士として……男としてやるべき事をなそうとした。それだけです」
「いえいえー。それを行動に移せる人間なんてそうそういるものではないですよー?」
「そう……でしょうか?」
「はいー。ただー、刺さったナイフを無理やり抜くのだけは止めましょうねー。未だに出血が止まりませんよー??」
「はい……すみませんでした。なんかもう、夢中で。あ……いまフラッときました……」
「いいですよー、そのまま寝ちゃってくださいー。目が覚めたらー、もうこの悪夢は終わっているはずですのでー」
「……………」
ルイーザの言葉を全て聞き終わる前に、アルベルトは溜まりに溜まった疲労の蓄積で倒れるようにして眠ってしまう。
「ふふっ。どれだけ格好を付けてもー、まだまだ可愛い寝顔ですねー」
「んんん……。ル……イーザ、せんせ……」
「……本当に可愛いです。ほら、約束のご褒美の……」
チュッ♡
それから程なくして。
アルベルトの止血を終えたルイーザは、アルベルトの頭を膝に乗せたまま、瓦礫にもたれ掛かるようにして同じく深い睡眠に入ったのであった。
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「いやー、こうして面と向かって話すのは初めてだな。そうだろう? ルナマリア」
「黙りなさい、セルドラ。アンタみたいなおチャラけたようなタイプの奴が一番キライなのよ」
「ふんふん、なるほどー。相変わらず釣れないねぇ」
「ナンパならお断りよ」
「ならこう呼ぶのはどうだい? 『フィー』」
「殺す……」
フィーとはルナマリアの本名であるが、彼女はこの名を魔王軍の幹部らに呼ばれることを酷く嫌う。
ルナマリアという名で世間を偽る仮の姿を演じていた彼女だが、それには切っても切れない幹部らとの因縁が存在するのだ。




