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かくあり

『……午後7時、人影なし。(はかる)、そっちは?』

 携帯から声が聞こえる。

「無いけど……。なあ、見張りなんかやめて帰らないか?」

『全くもって同意だ。さっさと寮に帰ってメルティやりてえ……』

 嗚呼……早く帰りたいものだ……。

 俺がそんなことを考えていると、後ろから足音が聞こえてきた。

「何を言ってるんですか、自分から首を突っ込んできたのに……。本当にそんなことをしたらぐーですからね、ぐー!」

 物騒なことを言い放った女の子は身長一六〇㎝前半程で髪は肩程まででウェーブがかかっていた。因みにスリーサイズは……

「なにか余計なこと考えていませんか?」

「ああ……今丁度夢水さんのスリーサイズの予想を目測でh……」

「!?」

やべっ、余計なこと言ってしまった!

そんな俺に『は』の音を発声する直前に夢水さんは予告通り右手をグーにして振り抜いてきた。『身を守ることくらいはできます!』の言葉に偽りはない鋭い右ストレートを顎にくらった俺の視界は真っ白になったのだった……。




四月某日。国内有数の難関国立大学であるここ『夕月大学』の入学式は無事終わり、新入生たちの顔見せが終わり、部活動・サークル等の勧誘がピークを迎えた頃のことだった。

俺は他県から夕月大学の寮に引っ越し、同じ学年の友達と顔見知りになったり友達になったりして、少しずつ大学の雰囲気に慣れてきていた。この日もいくつもの勧誘を受けつつ、ようやく『いつも通りの道』と言えるようになってきた夕月大学の大通りを、俺は自転車で、高校時代からの親友である相川春(あいかわしゅん)は自らの足で走破していくのであった。


『夕月大学では自転車がなければまず、全ての講義に間に合うことは不可能だ』

 

とまで言われるこの大通りの全長は優に1㎞を超えていて、もはや名物とさえ言えるものとなっているのだった。

 この事情もあってか、部活動やサークルの勧誘は大学の門付近で最も盛んに行われる。その盛大さはあまり日程を確認していない学生達が『今日は学祭なのか!?』と勘違いしてしまうくらいだ。

「この騒がしさ……もしかして今日は学祭なのか……!?」

 本当に間違えるなよ、畜生。

 俺はそんなアホ丸出しの勘違いを本気でしている春の間違いを正してやることにした。

「春、昨日も言ったけど今日は……」

 そう、昨日も言ったのだ。

「平!そんな悠長なこと言ってる場合じゃねえぞ!予定確認してなかったから知らなかったけど、今日は学祭だったみたいだぞ!」

「学祭じゃなくて……」

「やべぇ、部活の方の準備やってねぇ……。クラスの方も……」

「通常授業なんだ」

「通常授業だと思って荷物置いてきちまった……!」

「待てコラ」

聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「春」

「なんだ?今それどころじゃ……」

「コレ、ガクサイチガウネ」

「えっと……、これは代名詞で、学祭がSで、違うが違うで日本語訳すると“今日は学際じゃない”……ッ!今日は学際じゃなかったのか!?」

「突っ込みが追い付かなくなるからそろそろ受験勉強のことは忘れろ。とりあえず今日は一限あるから早く荷物持ってこい」

「そうか、もうあの地獄は終わったんだったな……。よし分かった、すぐとってくる」

 そりゃあ夏休み最初の模試の時点で偏差値20代でそっから偏差値60半ばの国立大学受けようとすれば地獄にもなるわ……。

 などとしみじみ思い起こしている間に春の姿は見えなくなっていた。どんだけ足早いんだよ、あいつ。

 俺は自転車を置いて講義室に入ろうとする。その時、人ごみの中から二人の女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。

「だから言ってるでしょ!私はちゃんと解決してくれるように依頼したのよ!」

 その怒鳴り声の主は長い銀髪をお嬢様結びで纏めていてその姿からは一目で一般人とは違うオーラを放っているのが感じられた。肌も白いし、外人かな?

「そんなこと言われましても……父は失踪しているので問い合わせもできませんし……」

 そう弱弱しく言った女の子は身長一六〇㎝前半程で、髪は肩程まででウェーブがかかっていた。因みにスリーサイズは……よくは分からないが、何故か痛む俺の顎と勘がそれ以上は考えるのはやめとけと言っているのでやめておこう。

 そんなことを考えていたからだろうか、俺は誰かと思いっきりぶつかってしまい、

「ごふッ!」

 こんな漫画内でしか言いそうにない言葉にならない言葉を吐きながら、丁度彼女たちの間、人ごみが作る円の丁度中心まで吹っ飛ばされてしまったのだった。

「………………」

 いきなり登場した俺に驚いたのか、彼女たち含んだ周りが静まり返ってしまった。

この場合はえっと、関係ないのだからさっさとこの円から出てしまえばいいのだろうか?そう思った矢先の事だった。

「平、なにしてんだよ!入学して早々二股か?」

春の奴が余計なことを叫びながらこっちに向かってきやがった。なんとなくだが、この騒ぎに巻き込まれそうな気が強くなってきた。

そんな気配を察知した俺はこの騒ぎから脱出しようとした俺だったが……

「……ちょっとs」

『ちょっと失礼しました』そう言ってさっさとさってしまいたかったのだが……。

「夕月大学総合文系一回生でセンターと2次共に満点で合格した神田(かんだ)平!二股は、いや、俺を含めて三股はよくないぞ!」

去りたかったんだが、どこぞのバカが勝手に俺の自己紹介を始めてしまった。その上、面倒を避けるために黙っておきたかった事実までも一緒くたに。

 しかしまだチャンスは残っている。僕は言われるが早く、近くのイケメン君の腕を引っ張り、

「神田君!呼ばれているぞ!」

 俺は秘儀、『おい、お前の事呼んでるぞ~波乱を告げる身代わり作戦~』を発動させ春にアイコンタクトをした

『合わせろ!』

「三股しといてボケとる場合か!」

 春からの返事は勢いの乗ったとび蹴りだった。2~3m吹っ飛んだ俺を避けた観衆たちは

「新しい女の子!?」

「小っちゃいし胸はぺったんこだけど滅茶苦茶かわいい……だと……!?」

「しかもポニーテールだし」

「おい、待てよ。こんなにかわいい子が女の子なはずがないだろ」

「しかし、声は確実に女の子のそれだぞ!?」

新しい女の子が登場したと思い込んでいるようだ。このままいくと大変な勘違いに発展しそうだ。とりあえず、待ったをかけねば!

「待ってくれ!こいつはただ変声期に忘れ去られただけで……」

「待たない!」

春がこれ見よがしにドヤ顔をしながら言い放った。

お前はノリよくノってるだけかもしれんが、俺からしたらノリじゃ済まないんだよ!こんなことだったら受験気分のままにさせとけばよかった……。それも出来れば現文の勉強中で。

「春、とりあえず黙れ!事態が収拾しなくなる!」

 とにかく春を黙らせてこの場を切り抜けようとした俺に

「さっきから!」

銀髪の女の子が割り込んできた。いや、正確には割り込んだのは俺たちの方だ。もっと正確に言うと割り込まされたんだけど……

「いきなり割り込んできて夫婦漫才をしてくるなんて、一体どういうつもりかしら⁉」

 平君の釈明チャンス到来。金の○とし君人形を掛けてもいいくらい絶好のチャンスである。

「ごめん、割り込むつもりじゃなかったんだ。僕はただ誰かに押されて間に割り込んできちゃっただけで、邪魔をしようとも口を挟もうともする気は」

「そんなことはどうでもよくて!」

 絶好の弁明チャンスをフイにしてしまった平君、ボッシュートです。

「試験を満点で合格したんでしょ?ついでに私の問題もどうにかしてよ!」

 そんな横暴な。

「ええっと、それはこちらさんとの問題であって、俺は関係ないはずなんだけど……」

 俺は黒髪の方の女の子に話を向けた。

「ですから、私も父が失踪してしまってどうしたらいいのか……」

 相変わらずもう片方の女の子がしゃべると僕の顎が痛む。

「あら、去年起きた夕月市連続殺人事件も解けないで失踪してしまったの?」

「待て、それはどういうことだ?」

銀髪の女の子の一言で思わず途中から口に出してしまった。

「あなた知らなかったの?この子の父親は……」

「!!」

これを言わせてしまったら後がもっと面倒事になってしまう。とにかくこの場を切り抜けないと!

そう思った俺は咄嗟に、

「まあ、プライベートな問題を晒すのは辞めにして、とりあえず君に起きている問題について“俺達に”聞かせてもらえないか?もしかしたら力になれるかもしれないし」

 この騒ぎに両足を突っ込んでしまうのだった。

 こうして銀髪の女の子『友沢逢(ともざわあい)』ともう一人の『夢水柲(ゆめみずゆだめ)』の両名に協力する羽目になった俺と春(巻き添えにした気もするがこの場合は自業自得というやつだろう)は学園自治会会長であり春の義姉でもある相川柚子姫あいかわゆずきさんに捕まったりしたのだがそれはまた別の話。何故なら顎の痛みが増してきて目が覚めそうになってきたからだ。


 目が覚めそうになる?


ああ、そうだった。道理でさっきから俺の顎が痛むはずだ。つまり、俺は……。

…………

………………

……………………

「三股などしていなかったのだ!」

「うるせえ」

「げふッ!」

 顎の痛みによっておこされた俺は腹部の痛みによって再び気を失いそうになる。

「ったく、夢水にセクハラ発言しておいてまだ足りないのかよ!」

「足りなかったのはお前の現文の勉強時間だ……この件について巻き込まれた2番目の理由はお前の空気の読めなさっぷりそのものだからな」

ちなみに1番目は俺に体当たりをかましてくれやがったくそったれ、3番目は俺の釈明のみスルーしやがった友沢さんだ。

「そういえば、今どういう状況なんだっけか?」

 少し頭がぼうっとしていた俺は春に状況を聞く。

「どうした?とうとう頭が駄目になったか?」

「お前に言われたくはない。頭がぼうっとするだけだ」

「恐るべき柲パンチ……」

「……ラ」

 見たかったな、スカートだったし。

「そんなに見たいんですか?」

 どうしようもなく顎が痛む。しかし、“見たい”という俺の意思が必死に唇だけでも動かそうとする。

「私の右ストレート」

 OK、ゆっくり休むんだ、俺の顎。

「いや、もう十分だ。それより今の状況を纏めたいのだが」

「そうですね。お昼の時も周りに聞かれてるかもしれなかったので、とりあえず今日する事だけの打ち合わせになってしまいましたし」

 さて……、と彼女は一言置いて語り始めた。

 友沢さんは丁度去年の今頃にストーカー被害にあったので警察に被害届を出した所『民事不介入』と直接の被害がなかった当時は介入してもらう事は出来なかったので、『名探偵』である『夢水薫(ゆめみずかおる)』に事件の解決を依頼したという事。

 事件自体は夢水探偵が3日で解決し、それ以降はついこの間、一週間ほど前までストーカーは再発することはなかった事。

 当時は友沢さんの親御さんが夢水探偵事件の解決を依頼したので詳しいことは友沢さん当人には伝わっていなく、友沢さんの親御さんは現在、超過密スケジュールで海外へ仕事へ行っているので連絡がつかない事。

そして肝心の夢水探偵は去年の夏ごろにここ、夕月市で起きた“夕月市連続殺人事件”の捜査中に姿を消してしまった事。

つまり、今回のストーカーと前回のストーカーが同一人物か、また、そうでないかの区別がつかないという事を調べることが出来ず、去年の件は本当は解決していないのではないのか、と友沢さんが主張してきているという事。

そのことで言い争いをしてる時に乱入してきたのが俺らであり、昼の話し合いでは詳しいことは後で……つまり今……夢水さんから聞くことになっていて、その時に決まったのはとりあえず尾行しましょう、という事。

 そしてついさっき、よく分からん尾行中の俺は、近所のスーパーで夜食のあんパンと牛乳を買いに行っていた夢水さんにセクハラ発言をし、その結果俺は断罪されるべきであり、それには死刑が妥当である、という結論に至ったという事。

「最後の方いらなかったよね、これ」

「そうですね、語る前にサクッと殺っておくべきでしたね」

「ああ、うん。それはちょっと勘弁だったかな」

 本当にサクッとやられては冗談にならない。

「それで、俺らがすることはとにかく、ストーカーを捕まればいいって事だよね?夢水さん」

「まあ、そんなところです。ああ、後、父と被ってしまうのでできれば名前の方で呼んでください」

「わかった。ところで、友沢さんについて知ってることを教えて欲しいんだけど……」

「そうでしたね、逢ちゃんの家の家族構成は……」

「逢ちゃん?……分かった、くだらないことは聞かないから無言で右の拳を振り上げるのはやめてほしい」

「……友沢総合商社の社長である父とロシア人の母とあと兄と妹がそれぞれ一人ずついるみたいです。それとファッション雑誌「パツ☆きん」のファッションモデルもやっています」

「もうちょい可愛い名前にはできなかったものか……」

「そういう趣旨の雑誌ですので、解りやすさを重視したのだと思いますけど……」

「てか友沢、銀髪じゃん」

「日本でいう銀髪はプラチナブロンドと言って金髪の一種みたいなもんなんだ。成長すると色が濃くなったりはするみたいだけどね。それで柲が友沢さんの事を『逢ちゃん』って呼ぶようになった経緯について話しては……」

 俺の鼻先を拳が通り抜ける。いかん、反応が出来なかった。

「かなり興味があるけど話が進まなくなるからその話はまた後」

「結局聞くんだな」

 痛みと天秤にかけた結果の妥協、といったところか。

「で、後は?」

「夕月大学総合文系一回生で大学の近くのマンションで今年から一人暮らし始めたそうです」

「彼氏の有無は?」

「本人は“私と釣り合うほどの男は見たことがないわ”って言ってますよ?ヘタ男さん」

「春……なんだ、その、ヘタ男扱いを受けたからってへこ……まてまて、無言で背後に回り込んで足かっくんした後に頭にアイアンクローをかますのはやめてくれ!俺の頭がい骨は凹まないから!俺の頭蓋骨がミシミシと悲鳴をあげているから!」

「声に出してみるとなんだか風流ですね。シミジミみたいで」

「そうだな。このまま平には効果音を担当してもらおうか。あ、流れ星!」

「宝くじの一等が当たりますように……」

「お前らは俺の頭蓋骨を放置して本気で和もうとするな!悲鳴がベキベキに変わって危機感が半端ないんだよ!」

 というより失踪中の父を無視してまで祈った宝くじの一等当選は、年齢制限によって買えないという事実から考えるに正直無駄な願いな気しかしないのだが……しかも誰のとは言っていないから誰に当たっても変わらないし……。

「ベキベキって音ってさ、なんだかハキハキする感じの音に聞こえねえか?」

 そう言って俺の頭にかましているアイアンクローの威力もとい、破壊力を上げるべくさらに力を入れてくる春に対して、

「どう考えても聞こえねえよ!」

 そう応戦した俺は、頭にアイアンクローをしながらぶら下がっている春との死闘の末、何とか春を頭から引き離すことに成功したのだった。

 俺は右手に着けている時計を確認した。

「今はちょうど八時ごろみたいだけど、友沢さんは?」

「無事に帰れたそうです。でも、やっぱりストーカーらしき影はあったみたいです」

「そうか……、二人は友沢さんがマンションの自室に帰った後、周辺を調べたりはしたか?」

「春君と二手に分かれてマンションを中心にして探しましが、それらしき人物はいませんでした」

「それらしくない人物は?」

「え?」

「いや、柲や春がそれらしくないと思い込んでるだけで実際はストーカーをしていた人物がいたかもしれない。ファンだって性癖などの都合によっては女性だったりするかもしれない」

「確かにそうかもしれませんね。えっと、私が見回りをしたのはマンション以北で、いたのは自転車に乗ったお巡りさんや仕事帰りのサラリーマンやOLさんたちでした」

「バリバリ怪しいのは居ないけどそこそこ怪しい人はいるじゃん。春は?」

「こっちはマンション以南。いたのは塾帰りの子供や部活帰りの高校生だったり、同じくサラリーマンやOL」

「ふむ……」

「あとは上半身裸で北側へ走って行った無駄に暑そうな男。夕月学園で見た顔、確か法学部の奴だった気がする」

「そいつを怪しい奴と言わなかったら誰を怪しいって言うんだよ‼」

 恐るべき怪しさ。この際そいつに法学を学ぶ資格はあるのかどうかは置いておいてもいいくらいの怪しさだ。いや、むしろこの場合、そいつは軽犯罪法や猥褻物陳列罪などについて知るべきだと言えるだろうが……論点はそこではないのでスルーすることにした。

「でも、それ、たぶん大丈夫だと思いますよ?」

 住宅街を半裸で走り回っている男が居ても大丈夫だという恐るべきフォローを柲がしてきた。

「だってその人はこっち側でお巡りさんに捕まってましたし」

 それを聞いた俺は、黙ってベンチから立ち上がり服に着いた埃を払って言った。

「とりあえず事件は解決したみたいだから俺達はもう帰ろうか」

「いえいえ、流石にあの人にストーカーされてるんだったら普通気づくと思いますよ?」

……確かに。

「まあ、どっちにしても今日は引き上げよう。どうせ明日もやるんだろ?」

「ええ、犯人を捕まえないといけませんから」

「ノリ船だしな」

「春、お前が言うと“乗りかかった船”というより“ノリで乗ってしまった船”にしか聞こえないのだが……」

「ノリ殺」

「やめろやめておやめになってください!」

 アイアンクローの時以上の殺気だと⁉

「とまあ、明日以降も続けることだし、改めて作戦を練らないかい?このまま埒が明かなくなってしまうのも良くないし、ぐずぐずしている間に行動に移されでもしたら最悪だ」

「それを考えると行動に移さない分お前はましなのかもしれないな」

「俺をストーカーと同系列に扱うのはやめてくれ!」

 今度は心が愉快な音をあげ始めてしまうじゃないか!

「まあ、平さんが変態だろうがストーカーだろうが結局ノリ殺なのでどうでもいいとして」

「俺がそっち系列なのかそうではないのかも大切は話だし、それ以上に人をノリで殺そうとしないでくれ!」

「人?自分の性癖を相手に押し付けるだけの寄りかかりっぱなし人間が、ですか?」

「人という字は支えあって出来ているではなくて、人が2つの足で大地に立つ姿を表しているとどこぞのロボットアニメで言っていたぞ!」

「そういえばいたな、寮の食堂で堂々と自前のブルーレイレコーダーを持ち込んでアニメ鑑賞を始めた強者」

 寮の食堂のテレビで堂々とゲームをしていたお前が言える事ではない。

「とにかく、ノリ殺なんて物騒な言葉は閉まってくれ。せめてのりたまくらいのほんわかした感じでやっていこう。というわけで、近所の……この時間だとクルトンはやってないから適当なファミレスでも見つけて作戦会議といこう」

「それだったらうちの事務所がありますけど……」

「まじか、んじゃ途中で何か食い物買ってから行こうぜ!平の分のあんパンと牛乳も食ったけど足りなかったし!」

 そこには、そう元気に言った春とそれを追う柲、それと更にその後方で自分の分の尾行時の必須アイテムが春の胃の中に消えているという事にようやく気付いた俺の姿があった。

















































「夢水探偵事務所……か」

「父がいる間は様々な事件は来ていたんですけど、今は休止状態にさせてもらっています」

「まあ、それが妥当だろうな」

 俺は手洗いうがいを済まし、近くのソファーに座る。ついでにあたりを見回す

「四角いテーブルが1つ、それを挟むように革張りのソファーが2つ、窓側に机が1つ……」

 あとは確か、別室が資料室だったっけ。

「どうしたんですか?」

 お茶を汲みに行ってくれた柲が中身の入った3つの湯飲みをお盆に乗せて戻ってきた。

「感慨にふけっていたのさ」

「まあ、一応世間では有名みたいですからねえ……」

「……ん、なんだか他人事みたいな口ぶりだな?」

「ええ、まあ。父はそういうところに無頓着でしたし、事件を解決してお金が入ってきても必要以上の贅沢はしない人でしたから、正直町のちょっとした有名人程度の認識でした」

「そういう人っぽかったもんな、あの人」

「平さんの方こそまるで以前来たような口ぶりですけど?」

「ファエニフェレヴィヴェファッフェファ」

「春、口に物を入れたまま話そうとするな。一度お茶を飲め」

 俺は春に湯飲みを持たせて続けた。

「訳すると『前にテレビでやってた』らしいが……、なんか呪文みたいだな……、俺もそんなところだ」

「お茶ごっそさん!」

「そういえばそんなことありましたねえ、その時私は1万円札握らされてゲームセンターに放置されてましたっけ……。いつもは1000円札でしたので、当時は『これで前から極めようとしていた格ゲーにじっくり腰を据えて挑戦できる』って感激した覚えがあります」

「……突っ込みどころが多いな、ほんと」

 溜息をつきながら呟く俺を置いて春が身を乗り出した。

「まじ!柲は格ゲー出来るのか!俺らメルティやってんだけど出来るか?」

「ええ、ゲームセンターに置いてあるゲームなら格ゲーに限らず大体出来ますけど、ひょっとして『MELTYKISSメルティキッス』のことですか?」

「メルティって言ったらそれしかないでしょ」

「いえ、こっちでは『メルキス』って略されてるので、一瞬わかりませんでしたよ」

「へー、まあ、そんなことはどうでもいいけど」

 春をこれ以上放置しておくとゲーム機と家庭版のメルティを持ち込みかねない。

「ああ、確かにそれはどうでもいい。だが、本題の方を忘れてもらっちゃ困るな」

「本、代?」

「たぶん今お前はほんの代金かなんかだと思い込んでいるだろ?」

「ああ、まだこないだの教科書代返してなかったし」

「教科書代を借りるような事態があったんですか……?」

「ああ、やっと受験勉強終わって好きなだけ遊べるようになったからゲーム機と家庭版のメルティと漫画とか買ったら教科書代がなくなってたんだ。全く、不思議なこともあったもんだな」

「……………………」

「……こういう奴なんだ。後先考えない、馬鹿野郎なんだ。これで一体俺が何度巻き込まれたことか」

 それらが柚子姫さんにばれたら大変なことになるんだろうなあ……。きっとトラウマの1つくらい増えて逆にバカっぽさが消えて真人間に近づくのではないだろうか……。あれ、そっちの方がいい気がしてきたんだが。

 俺が今までの事を柚子姫さんにチクろうかそれともそれを盾にして春をこき使おうか考えている間に2杯目のお茶を飲みほした春は懐かしそうに言った。

「いやー、本当に懐かしいな……平が引っ越してきてから本当に平和になったもんな」

「……俺にとっては転校初日に『夕月大に行きたいんだけど』って春に言われてから過去の模試の結果見るまでの短い平和だったけどな」

 ……と、話がまた逸れた。

「んで本題だが」

「あと1か月!」

「……友沢さんのストーカーの件だけど」

「そういえばそんなこともあったな」

「OK。もうお前は黙ってろ」

 そういうと俺は春の口一杯に小さいシュークリームを無数に叩き込んだ。

「もがッ!」

「そうそう、そんな感じ」

 とりあえず日本語しゃべらなきゃそれでいいや。そんなことを思いつつ俺はお茶を一口飲んで続けた。

「で、話し戻すけどさ。結局のところ明らかに怪しそうな人は……お巡りさんが恐らく追っていたであろう半裸で走り回っていた無駄に暑そうな夕月大の法学部の人は別にして……居なかったけど、でも、全員が全員動機が絶対なさそう、とは言えないわけだよね?」

「ええ、まあそうなりますね」

「だからとりあえず脅迫状とかで物的証拠が出るまでは決まって周辺にいる人をメモしていかないか?そっちの方が効率がいいだろうし、こっちが見つけられなかったということは尾行対策とかしているのかもしれないしさ」

「そうですね。それでしたら逢ちゃんを追う人と周りを探す人とで分けた方がいいと思いますけど」

 嗚呼……、春が口を挟まないだけでこんなにもスムースに話が進むなんて。本当は春いらなかったんじゃないか?いや、それはないか。実際に荒事になったとき、俺より春の方が頼りになるし。

「そうだな、そうするか。友沢さんに被害が及ぶのは最悪だからそっちの方に春置くとして、誤解を避けるために……まあ、見た目的には春は誤解招かないだろうけど一応……柲は友沢さんを追う方でいいか?」

「……セクハラ発言ばっかりでしたけど、意外と優しいんですね。」

「俺(笑)が優しい(笑)だって?何の冗談だ(爆)?」

「いえ……そっちの意味の冗談を言った覚えはありませんけど……」

 そう言った柲は少し恥ずかしそうに咳払いをしてから俺の顔を覗き込むようにして、

「……明日やればいい作戦会議口実にして、暗くなる時間帯に私1人で歩かせないようにしてくれたんだよね?」

 そう言い放った。

「……おいおい、無言の気遣いを読まれるって、ちょっと嬉しくてすごく恥ずかしいんだぞ……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「…………………………」

「Can I speak Japanese? 」

「あ、ああ」

 驚いた。

場の空気とかそんなちゃちなことなんかじゃ無くて。

「春、お前英語話せたんだな……」

 空気を読んでくれた……のか?

「そっち!?せっかく空気読んだのにそっち驚くの⁉」

「いやあ、悪かった。9か月前の時点でBe動詞がわからなくて『私は学生の春です』なんていう中学生レベルの英作文を『I sum that student』って書いたお前が空気を読んだ上で中学レベルとはいえちゃんとした英文を、発音もしっかりして話すとは思えなかったもんだからな」

「サムって誰なんですか……?」

「今が良ければ全て良しってな!」

「ああ、後こいつは『ケアレスミス』を『ケアレ スミスさん』という外国人だと思い込んでたりもしたっけか」

「…………」

「………………」

「……………………」

「…………………………」

¦¦¦¦テレレレテッテッテ~~♪……テレレレテッテッテ~~♪……テレレレッテッテ……¦¦¦¦

「誰だ!はぐれメタルを倒したのは!」

 いったい何レベル上がるつもりなんだ、この着信音は!

「あ、逢ちゃんから電話です。もしもし……いえ、まだ見つかっていません……いえ、まだ完全に怪しい人を見分けきっていないので……はい、分かりました」

一旦携帯電話を口から話した柲は俺にそれを渡す。

「逢ちゃんからで、平さんから調査の進展を聞きたいそうです」

「ん……」

めんどくさそうな予感しかしない。

「お電話代わりました、神田です」

『で、調査は?』

 一言目からそれかい。

「いえ、まだ調査段階ですのではっきりとは申しかねます」

『……何も分からないってことね?』

 分からないとは言っているが、むしろこの時点で分かるくらいだったらすぐに解決してるような気がするのは俺だけだろうか?

「ええ、正直な所、」

『役立たず!』

「誰かについてこられている気がする、だけの情報からですのでまずは情報を集める方針で調査をしているところです」

『へえ……』

 そう一息置いた後、

『たかが少し有名なくらい探偵の代理が、随分不満そうね?』

 そう喧嘩を売ってきた。

「……今の所、まず先に“ストーカーが去年と同一人物の可能性があるのか”ということから始めさせていただいております。去年の件についてはもう解決したことになっていることですし、実際に今までの1年間そのようなことは無かった。友沢さん自身からそうお聞きしていたはずですが?」

『……無理に敬語を使わなくていいわ。それと名字だと色々ややこしいから名前で呼んで頂戴』

 ……そういうわけか。

「わかった、そうさせてもらうよ、逢。これからよろしく」

『そうね、解決するまでよろしく。』

 今日はよく女の子に名前で呼ぶことを要求される日だな……。寮の連中が聞いたらなんて言う、いや、どうやって俺を嫉妬で潰そうとするのだろうか……。全く、これじゃあ本当にあった怖い話じゃあないか。

『あと』

 電話口から声は続く。

『怪しそうな奴は居たの?』

「半裸で走っていた奴は居たけどそいつだったらさすがに気づくだろうし、気付くまでの期間で既に警察に捕まっているだろうから問題ないかな。他はサラリーマンとかOLとかそこ等辺」

『パッと見で怪しそうな人間は居なかった、と』

「……せめて人間扱いくらいしてやろうぜ……。まあ、そんなところかな。さっきも言ったけど、そこから容疑者の範囲を狭めていく感じで進めていくことになると思うよ。ああ、もしその間に襲われたとしてもこっちには荒事に慣れてる奴がいるから大丈夫かな」

『そう……出来るだけ早く頼むわよ』

「早く解決してほしければもう少しストーカーの情報がほしいな、“最近またつけられてる気がるする”だけじゃなくて」

『3人がかりで見つからないような奴に着けられてる私が見つけられると思うの?』

 ごもっとも。

「明日の6時限目の講義は同じだったから時間とかはその時でいいかな?」

『ええ、そうね。』

「それじゃあまた明日」

『明日こそは成果を期待するわ』

「こっちが期待するのは正当な対価かな」

 と、危ない危ない。忘れるところだった

「ああ、聞き忘れてたけど」

『なによ』

「警察の人はなんて言って逢を追い返した?」

『……そんなこと何の役に?』

「いいからいいから」

 すると逢は少し間をおいてから。

『たしか……“当方では民事不介入により、物的証拠が無ければ動くことができないのです”だったと思うわ』

「……そうか、物的証拠か……。わかった、ありがとう」

『もういい?』

「うん、また明日」

 通話が切れた電話を柲に渡した俺は冷めたお茶の残りを飲み干した。

「んで、どんな感じ?」

 気づいたらソファーに寝っころがっていた春が顔だけ起こして聞いてきた。

「んー、“どうやら少しは出来るみたいだから私がちゃんとこき使ってあげる。感謝しなさい”って感じだったかな」

「途中からタメ語になって名前を呼び捨てするようになったのは?」

「“認めてあげるからその鬱陶しい話し方をやめなさい。名前も色々とややこしくなるから名前で呼びなさい”だそうで」

「ふ~ん」

「まあ、一応俺の方も試しておいたんだけどな」

 俺に万事抜かりの手は無し!……こうやって事件に巻き込まれること以外は。

 その時空になった俺の湯飲みにお茶を入れてくれた柲が戻ってきた。

「え?いつの間にそんなことをしたんですか?」

「最初からだよ。俺の話し方、丁寧に見えて所々喧嘩売ってたでしょ?」

「いつもどお……もがッ!」

 口元がお留守だぞ、春。

「味わって食えよ。で、ただガミガミ言われてるだけじゃなくこっちからも色々言っていくぞ、っていう意思表示をしたんだよ。こういった“契約”が絡むときにはこっちの意思をちゃんと示しておいた方が後々有利だしね」

「でも、もしそれで向こうが怒って依頼を取り下げてしまったら」

「それで向こうが『もういい!』って言ってくれれば儲けものだ」

 俺が先ほど叩き込んだプチシュークリームをお茶で流し込んだ春が俺を睨みながら言う。

「それで友沢が依頼を取り下げたとして」

「…………」

「あいつを守る奴は居なくなるんじゃないか?」

 まあ、巻き込まれた時点で予想はしていたけどやっぱりこういう流れになるか。あの時柚子姫さんに聞いておいてよかった。まさに転ばぬ先の柚子姫さんだな。

「……二人とも、何か勘違いしているみたいだけど」

 ああ、それは大きな勘違いだ。漫画やらドラマやらでそういうイメージがあるのは確かかもしれないんだけれどさ。

「日本の警察はそんなに無能じゃない。少なくとも、“物的証拠がなければ”という一言で年頃で尚且つストーカーがついても不思議じゃないくらいの容姿をした女の子を追い返すほどには」

「でも、事実逢ちゃんは追い返されたって!」

 ふむ、確かに。脅迫状などの物的証拠が無く、“着けられている気がする。去年もストーカーがいたから今回もストーカーだ”などと根拠のないうわ言の様には聞こえる。事実そこについては否定はしないが。

「逢はなんて言っていた?」

「だから、追い返されたって……」

「違う。俺が聞きたいのは警察官がどのように言って逢を追い返したのか、だ」

 違和感の正体がわかるかもしれない。

「え?逢ちゃんは“民事不介入ですので”って言われたって」

「他には何も言ってなかった?物的証拠とか」

「言ってませんでした」

 そうか、やっぱり。

「うん、きっと彼女は嘘をついているだろうね」

「「……へ?」」

 2人とも、可愛い顔が台無しだぞ。

「少なくとも断定が出来るのが警察に“民事不介入”のみを理由に断られたこと。これは俺と柲がそれぞれ逢から聞いたことが違うことから説明できる」

「平さんはなんて言われたんですか?」

「“当方では民事不介入により、物的証拠が無ければ動くことができないのです”」

「……あれ?物的証拠?」

 そう1つは情報違い。

「それはあくまで言質だよ。本当に大事なのはそこじゃなくて」

 そう置くと俺は柚子姫さんに聞いて、そこから自分の携帯で調べたサイトを見せた。

「ストーカー規制法……?」

「そう、文字通りストーカーを規制する法律。まあ、そんなこと知らなくても十分なんだけどね」

「どういうことだ?」

「春はマンション以南、柲は以北だったよね?その時お巡りさんはどっちに?」

「えっと、私が見つけたので北側です」

「そう、では、半裸の男は?」

「俺だから南」

「そうだね、様子はどうだった?」

「お巡りさんは普通に見回りをしていました」

「半裸は“冬は卒業生と共に去り、春とともに新入生がやってきた!去って行った先輩方の代わりに私が彼らを導かねばッ!”って叫びながら走ってた。ああ、あと所々苦しそうに高笑いしてた」

「…………………………」

「柲、聞かなかった事にしたいのはわかるけど、これ結構大切なことだぜ?」

「…………これが、ですか?」

「ああ、大切だ。この人物が上級生だということは、とても大切だよ」

「……助けを求めるなら別の人にしましょうよ…………」

 うわぁ……、露骨に嫌そうな顔だな……。

「まあ、彼に助けを求めるのは俺がやるからいいとして」

「……絶対事務所に入れませんよ?」

「いいや、そういった類の助けではないよ」

「ああ、そういうことか」

 春が何かひらめいたようだが……。

「まあ、ちょっとした聞き込みに」

「っておい!全力で無視かよ!」

 五月蠅いなあ、もう。

「わかった、口に叩き込む分のプチシュークリームがなくなったことでお前のボケに付き合ってやることが出来ないのは心苦しいが、今回は勘弁してくれ。んで、半裸の男には俺かrぺぶッ!」

 躊躇なく手刀を鳩尾にめり込ませるな!

「お巡りは半裸目的じゃなかった。それと半裸は半ば習慣的にこの奇行を行っていた、そうだろ?」

 なん……だと……!?

「春が半分も当てただと?」

「………………」

「だからッ!暴力ッ!反対ッ!」

 こいつ……!容赦無く息子を狙ってきやがった……ッ!

「平、受け流すな!お前の運命を受け流すな!受け入れろ!お前は運命を受け入れて変わるんじゃなかったのか!?」

「誰が手刀を受け入れて女の子に変わるか!」

「はいはい2人ともそこまでです。」

 そういうと柲はテーブルに置いてあったお盆で俺らの頭を叩いた。涙目になる俺と春。

「「ッ痛…………!お前のせいだ!」」

「次は拳骨がいいんですか?」

「俺がわるかったよ、春」

「いやいや、俺の方が悪かったさ、平」

 そういって俺らはがっちりと握手した。いや、この場合……。

「……二人とも、お互いの手を握り潰そうとしていませんか?」

「「気のせい気のせい」」

 正解は現在進行形で握りつぶしあっている、です。柲さん、ボッシュート。

「で、だ」

 手を離す瞬間に爪で思いっきり手のひらを引っ掻いてきた春が話を仕切り直そうとする。そうはいくものか!

「痛って、手の平を引っ掻くな、春!」

「春君!」

 柲に睨まれた春が顔をそらせて続ける。

「もう半分はどうなんだ?」

「…………実は逢が警察の人から言われたことは基本的には合っていた。けど、言い方と“巡回を強化します”の一言を省いて俺らに伝えてきたんだ」

「ん、ということは柲がさっき見つけたお巡りはその巡回のために居たって訳か……。」

「そう、ということは逢が警察から協力してもらえなかったという言葉は嘘になる。だが、そうなると2つの疑問がわいてくる」

 俺は今回の件についてハッキリさせておかなければいけないことを言った。

「1つ目は何故そんな嘘をついたのか」

 これについては予想はつく。

「2つ目はわざわざいちゃもんをつけてまで名探偵不在の探偵事務所にいちゃもんをつけてきたのか」

 これが、謎だ。

「う~ん、名探偵が失踪したの知らなかったとか?」

「いや、それはないと思う。それだったら失踪について朝の時点で知ることになるのだが、それにしては名探偵の不在事態に関心が無かったように思える。どっちかって言うと」

 俺は最後の一杯を飲み干した。

「“夢水探偵事務所”という事務所にどうしても依頼を受けてほしかったように見えた……かな?」



 翌日、6限目

「やあ、逢。今日はどうする?」

 俺は最後部の奥から3番目の席に座る。

「……時間は昨日と同じ」

 最後部であり最上段、1番奥の席に座っていた逢は機嫌が悪そうに呟いた。いやまあ、確かにこの周辺だけ人、それもチャラそうな男、が大量発生していて周りに聞かれている危険性はあるけどさ。

「了解。校門でいいかな?」

「ええ、そうね」

 傍からどう思われているのだろうか?まあ、考えるまでもなく。

「ね~そこの綺麗な銀髪の君!そんな奴ほっといて俺と遊びに行こうよ~。俺いい店知ってンだよ?」

 ……絡まれるだろうなあ、と。

 振り返るとそこには最早テンプレートともいうべき茶髪で柄の悪そうでパッと見ゴリラの親戚かと見間違いそうになったけどそんなことしたらゴリラにぶっ飛ばされそうなくらい品が無かった。いや、まあ、ゴリラさんに品も糞も……いや、糞はあるだろうけど品は関係ないだろう

「………………」

「あっれ?聞こえてないのかな?おい、そこのお前」

 あー、このぱたーんかー。しゅんといるからもうなれたぜー。

「はい?」

「俺、そこの彼女に用あるわけ、邪魔だから消えてくんない?」

 あははははー、こいつ誰に向かって舐めた口きいてんだろう?……まあ、わざわざ巻き込まれてやる必要はないかな?

「ああ、別にいいけど」

 そういうと俺は席を立って臭い息を吹きかけてきやがった○○カス野郎の足をすれ違う際に引っ掛け顎に右の掌底を叩き込んだ。

「がッ!」

 そのまま俺は講堂の床に頭を打ってのた打ち回っている○じ虫を踏んで別の席に移動する。どうぞあとはごゆっくり。

「……いってえじゃねえか!てめえ!待てや!ぶっ殺してやる‼」

「……おい、五月蠅いぞ」

 そこに筋肉質で短髪の男が割って入ってきた。

「あ⁉てめえもぶち殺されてえのか?」

 あーあ、喧嘩売る相手間違っちゃったよ、こいつ。

「殺すなんて物騒なこと言ってねえでいいから落ち着けって」

 そうですよね、まったくもって正論ですよね。でもね、なんか君をどこかで見たことがあるような気がするんだよ。

「うっせえ!どけやカス!」

 そう言うと茶髪は筋肉質に殴りかかったのだが

「たわばッ!」

 そう言ってどてっぱらにカウンターを貰ってやられ役丸出しの奇声を発して行動の最前線、出口付近まで殴り落とされた。その時、講義室の扉が開き……。

「さて、講義をはじめ……すみません、部屋を間違えたようです」

 教授らしき人が現れたと思ったらすぐに出て行った。いやまあ、気持ちは分かりますけど

「………………」

「……やりすぎてしまった……か?」

 思い出した、この筋肉質、昨日俺にぶつかった奴だ。そう思うと俺は助けてくれたとかそんなチャチなことはどうでもよくなっていた。

「いやあ、助けてくれてありがとう!」

 きっといい笑顔してるんだろうなあ、今の俺。

「……ああいった輩はさっきみたいな中途半端な対応すると逆効果だ。礼を言うくらいならそれくらい自分で対処できるようにしろ」

 うわあい!こいつ自分から割って入ったくせにやけに偉そうだぜ!

「まあ、それはそうなんだけどさ。」

 訳:『そんなことはどうでもいいんだけどさ』。そうだ、本題を切り出さねば。

「俺、君に1つ聞きたいんだけどいいかな?」

「構わんが」

「昨日の朝、校門付近でそこにいる彼女ともう1人が言い争っていたよね?」

「そうだが」

「その付近で誰かにぶつかったりはしなかったかな?それも、思いっきり」

 これでご本人だったらどうしてくれようか。

「昨日……朝……校門付近……はッ!……いいや、知らんな」

 いやいや、明らかにこいつなかったことにしようとしてるだろ!逃がすわけにはいかない!

「そうか、俺にぶつかったのは君だったのか……」

「いやまあ、確かにぶつかりはしたんだが、わz……おい待て、どうして近づいてくる」

 それはお前をチャラ男の上に裏表上下反対にしてここから重ねてやるためさ☆

「まあ待て!確かにあの時ぶつかったのは悪かったがただぶつかった程度でそんなに怒らなくてもいいだろ!」

「お前のせいで昨日の騒ぎのど真ん中に放り出されたんだよ、俺は。しかも巻き込まれたし」

「………………そうだ、俺は受ける講義を間違えて」

「大夏、なにやってんのよ。そろそろ教授来るわよ」

 大夏と呼ばれた筋肉質の男がバレバレの講義を間違えたふりをして逃げようとした丁度その時、染めているのだろうか、赤みかかった茶色の髪をして髪をサイドアップに纏めた女の子が現れた。ってかモロに知り合いだ。

「やあ西夏、彼と知り合いなのか?」

「ん、平じゃん。そうだよ、大夏って言って私の双子の弟。二卵性だから似てないけど」

「……姉貴、俺受ける講義を間違えたみたいだから……」

「昨日の夜に受ける講義わざわざ聞いてきた奴が何言ってんのよ」

 ……尻に敷かれてるな。

「で、2人とも知り合いだったわけ?」

「ああ、どうやら彼のせいで」

「平とやら」

「ん?」

「確かに俺が悪かった。だが、そろそろ教授が来るからその件については後にしないか?」

 確かに、流石にそろそろ時間だ。

「ああ、分かった。そうするか」

「あ、平、ちょっと相談したいことあるんだけど、後で時間あるかな?」

「悪いけどこの後既に先客がいるんだ。メールでもいいかな、西夏?」

「うん、後でメールする」

 気まずそうな顔をした大夏とそんな彼を睨む西夏を残して俺は適当に余った席に腰を下ろした。その時、教授が少々遅ればせながらやってきた。

「すいません、少し遅れてしまい……え⁉ちゃらいゴリラが半裸になって倒れている……だと?」

 おい、ゴリラを半裸に剥いたやつ出てこい。目の害悪以外の何物でも無い物を公衆に晒すんじゃない。

「ああ、そこの君、済まないがそこのゴリラを引き摺っていいから外に出しておいてくれませんか?見苦しくてかないませんので」

「え、あ、はい」

 正しい判断なのか、それとも教諭の人間性を疑うべき判断なのかイマイチ判断がつかないのは何故なんだろう。俺には正しい判断にしか思えないのだが、どこかにおいてきてしまった常識が物凄い勢いで何かを叫んでいる気がする。まあ、気にはしない。

「さて、あまり遅れてしまってもよろしくありませんので、そろそろ軽犯罪法の講義を始めたいと思います。」

 なるほど。

「題材は、丁度いい。さっきのゴリラ君にしましょうか」

 これが後に『チャラ☆ゴリの罪の数事件』という伝説となった講義となるのだが、それが伝説となるまでには今少しの時間が必要なのであった。




『……で、結局どうなったわけ?』

「途中で乱入してきて『ふざけやがって!こんなふざけたことやった奴は誰だ!』って叫び始めたきたチャ.ラ☆ゴリに教授が『……おい、そこのチャラ☆ゴリ、ここの黒板に書いてあるお前の罪を数えろ』って言い放ってさ、これが一部に大うけしたんだよ。ってあれ?もしかして寝てた?」

『あの汚物については何も聞いていないわ。私が聞いているのは事件の進展についてよ』

 この人は人並みの血も涙もない代わりにSっ気だけは人並み以上にあるらしい。どこの女王様だよ。見た目も相まってピッタリじゃねえか、ご主人様。

「『チャラ☆ゴリ事件』の方?」

『……ップーップーップー』

 切りやがった。春と柲には大うけしたのだが……。

「で?逢ちゃんはなんてリアクションでしたか?」

「俺は『なんだかチャバネゴキブリみたいな名前ね……汚物にはぴったりだわ』って言ったに10ペソ!」

「そうですね……なら私は『もう犯人はあれでいいわ』に50ジンバブエドル!」

 俺が言うのもなんだが……思いっきり趣旨が変わっていないか?

「おいおい2人とも、賭けるなら日本円にしてくれよ。フィリピンペソならまだしも、コロンビアペソだと1円にすら満たないぞ?」

「ジンバブエドルはどうなんですか⁉」

「「確信犯は黙ってろよ」」

 珍しく知識類に関しての意見が春と一致した。

「で、だ、話は戻して。」

「そうでしたね。で、結局どっちが正解……」

「そっちじゃない、事件の方だ」

「チャラ☆……」

「ええい!ストーカーの方に決まっているだろう!」

 ボケ通されて分かるこの辛さ。

「そうでしたね、逢ちゃんはなんて?」

「『あの汚物については何も聞いていないわ。私が聞いているのは事件の進展についてよ』って言われたからふざけて『チャラ☆ゴリ事件について?』って聞いたら切られた……」

「うわぁ……」

「流石にそれはないそ、平……。訴えられてもおかしくはない」

 あれ?何この流れ?まさかまさかの俺集中砲火?

「あ、ああ。それはないとは思うが、まあ、掛け直してみる」

¦¦¦¦プルルルル……プルルルル……プルル……ガチャッ

『何よ?』

 すっげえ機嫌悪そうだな……。誰だよ、逢の機嫌を悪くしたのは。

「ああ、定時報告って奴。昨日と一致していた人物は半裸の男と40代後半のサラリーマンと20代後半のOLとお巡りさんくらいかな。」

『……まだ捕まっていなかったの?あの半裸の男』

「それが去年辺りからずっとこうだったらしくて、一回も捕まったことは無いらしいんだけど……。まあ、知り合いによると別に害は特にないから気にしなくていいらしい……」

『存在自体が害悪よ』

「まあ、そう言ってやるなよ。一年近く警察から逃げ続けるなんてただものじゃないだろ」

『そうね、変態ね』

 否定できないしわざわざする必要もない気がする。

『まあ、そんなことはどうでもいいのよ』

「そうだな、で」

 そう言いかけた俺の言葉を遮って逢が続ける。

『脅迫状が届いたの』

 脅迫状だと!?

「どういうことだ!?」

『どうもこうもないわ。ただ、手紙にはあなたの写真と“逢には俺だけいればいいんだから、神田平なんて浮気野郎はいらないだろ?”って書いてあったわ』

 ……なるほど。

「去年の件も含めてそれ以前に手紙が来たことは?」

『……去年も含めてこれが最初よ』

「そうか……」

 春は男扱いされていない、か。なるほどね。

『……何か分かったの?』

「……いや、だが、その為に聞きたいことはあるんだけど」

『……勝手にしなさいよ……』

「ならまずは……逢は新聞を取ってる?」

『朝刊は取ってるけど……そんなの人として当たり前でしょう?』

 無能な豚で申し訳ございませんでした!ブヒィィィィ!

「そうか。じゃあ次に、それが入っていたタイミングだけど」

『帰ってきて自分の所のポストを見たらよ。朝にはなかったわ』

「あとはチラシ入っていたと思うけど何枚入っていた」

『くだらないチラシが4枚だけど……どうしてあんたがそれ知ってんのよ??』

「その前にもう1つだけ聞かせて、その手紙はどこにあったの?チラシの上、それとも下?」

『上に1枚チラシがあったけど……なるほどね、チラシの位置を利用しておおよその時間を予想しようとしたのね?』

「まあ、そういうことなんだけれど」

『でもそれだと、チラシが入った時間が分からなければどうにもならないわよ?』

「だったら知っている人に聞けばいい」

『誰よ?そんな暇人いるわけが……』

「暇かどうかは知らないけれど、マンションの管理人さんとかなら知っているんじゃないかな?」

『! で、でも、ポストと管理人室の位置は少し離れてるから少し調べただけじゃ分からないじゃない!』

「いいや、正確には知っているのは管理人さんじゃあない」

『じゃあ誰よ?』

 言い方が悪かったかな?

「逢の住んでいるマンションは一昨年の暮れに完成していて、最新式の高級マンションでセキュリティも万全。他にも色々宣伝文句はあったけどまあ、今の俺らに必要な情報はこれくらいだろ」

『……!監視カメラ!』

「そういうこと。」

 いやあ、これでやっと捜査が進展しますな!

「まあ、そういうことで明日は管理人さんを訪ねてみることにしますか!」

『……そうね。でも、ストーカーが行動を起こすなら明日の帰り頃じゃない?』

「ああ、大丈夫大丈夫。明日俺は授業入れてないし」

『私は3限と4限に入ってるからその後かしら』

「いや、その前に終わらせよう。朝8時にマンションの一階に集合でいいかな?」

『……わざわざ悪いわね。それに、写真撮られてるくらいだからあなたも危険かもしれないのに……』

 どSの女王様がデレた……?いやいや、落ち着くんだ俺。そんなはずがないんだ。どう考えてもおかしい。俺よ、落ち着いてどSの女王様の条件を数えてみるんだ……!

「1つ、他人には厳しく、豚にはごみ扱い……」

『…………切るわ……ッ!……プーップーップーップー』

「4つ、鞭はご褒美、罵声は甘言なり……あ、あれ?」

 なんということだ、突っ込みすらしてくれないとは……。こういうのは突っ込みがないと結構精神的にきついんだけど。

 まあ、なんだかんだ逢がデレた所で、2人に状況を説明……

「あの……平さん、流石にそれには引きます……」

「……お前、そんな趣味があったのか……?お前らはそんな関係だったのか?」

 ……めちゃくちゃひかれてんじゃないっすかー。さすがにこれはきびしいものがあるなー。

 って、とりあえず誤解を解かないと俺が醜い豚扱いされる日が来てしまう。この2人相手にそれは冗談では済まない気しかしないぞ。

「まて、これは1つのれっきとした気の利いた冗談なんだ」

「……冗談でもそんなことを言うから電話を切られたりするんじゃないですか?」

「昨日の今日でよくもまあ、セクハラ発言が出来るよな」

 くッ!否定できない!ここは話を切り替える作戦に出るとしよう。

「まあ、それについては悪かった。で、だ。」

 俺は昨日とは茶葉が違うが、柲印のぬるくなってしまったお茶を一気飲みしてさっきの一連の流れを2人に伝えた。


「ふーん、じゃあ明日はまずは管理人室まで行くと」

「そういうこと」

「でも、管理人さんに話なんて聞けるんですか?」

「まあ、そこは問題ない」

 ……はず。

「知り合いがこのマンションの持ち主でさ。そっちから話を通せば行けると思う」

「そんな知り合い居るんですか……」

「ああ、平のバイトしてるコンビニのオーナーだっけか?」

「まあ、そんなところだ」

 実際のあの人の本業はマンションのオーナーでもコンビニのオーナーでもない気しかしないのだが……。まあ、この時間なら余裕で起きてるだろ。なんせいつ寝てるか真面目にわからない人間筆頭だしな。

「ということで俺は明日のために話を通しておくから今日はそういう訳で……」

「第一回!」

「ゲームッ!大会ッ!だッ!」

「ということでまず一回戦目は伝統的に尻太郎電鉄99年からいきましょうか!」

「しょっぱなから友情破壊ゲーしかも99年間!?」

 流石の俺でも予想できなかったぞ!?

 そんなこんなで時は平和に過ぎていった……。俺と柲にリンチを食らった春が途中で俺のコントローラーを抜いたせいで二回戦に取って置く予定だった大乱闘が早くもリアルで開戦することになるまでは……。




「と、いう訳で!」

「現在の時刻は!」

「9時ッ!55分ッ!」

「「「完ッ全に寝坊だーーーーー!!」」」

 携帯を見ると逢からの鬼のような着信履歴と胃が痛くなるようなメールの数々。

『まだ?』『何かあったの?』『大丈夫?』『まさか、襲われたの?』『ねえ、返事をしてよ!』

「愛してる、ダーリン♡」『10分だけ待つから。それ以上経ったら何かあったって思うわよ?』

「さり気に変な言葉入れるな、春」

 あ、新しくメールが来た。

『今から事務所に行くから!』

「これ、尋常じゃないレベルで心配してますよね!?」

 尋常じゃないのは俺のストレスが胃でマッハだということだ!!

「いやいや、落ち着け俺たち!」

 春が珍しく正論を吐き捨てやがった。そうだ、今はとにかく落ち着かねばならん。

「そういえばオレタチというオレンジとカラタチを合わせた植物があってな……」

「ああ、高校の時の文化祭のパンフレットの表紙だろ?“成長するオレタチ”ってタイトルだったな、そういえば……」

「嗚呼、懐かしき高校時代……」

「俺の場合メイド服で校内うろつけばタダで飯食えたから天国だったな……」

「え、春君メイド服着たんですか?」

「ああ、クラスの女子連中が春のメイド服姿を見るためだけにクラスのカースト制度無視して一致団結し始めたんだよ。」

もちろんクラスはメイド喫茶に決まり……男子は女子のメイド服が見たかったから、女子は春のメイド服が見たかったから、俺は儲けの一部を着服したかったから、それ以外はとりあえずメイド服を見たかったからというくだらない理由ではあるが……そのメイド服目当てで来た他校の男子がまず店に来て、その後休憩時間で校内をうろついている春に話しかけ、

『とりあえずご飯でも食べない?』

と言わせたのをいいことに春がナンパしてきた男の財布を空にした挙句“偶々通りかかった”俺とクラスメイトによって“春君”であることが明かされるという何とも愉快で今日の食事が美味しく食べられることを保証してくれるような出来事があったのだが……。

「でも、それって他の人が知ってれば阻止されますよね?」

「ああ、大丈夫。ちゃんと箝口令は敷いて置いたから」

「平は高校を裏でコソコソ仕切ってたしな……」

「まあ、引っ越し前に色々あったからなあ……。無理に吹っ切ろうとしていたんだよ」

「そうだったのか?」

「平さんの過去に何があったんですか!?」

「……そのうち、な。まーなにはともあれー」

「「いやあ、懐かしい懐かしい」」

 そういえばうちの大学の学祭って6月だっけか?こっちの場合利益は自分たちのものになるんだっけか……。これは本気の出しがいがあるなあ……。

「って、2人とも一昨日の平さんの頭蓋骨みたいにしみじみしてる場合じゃないですよ!」

 いや、少なくとも俺の頭蓋骨があげてたのは悲鳴だったはずなんだが……。

だが、そんなことを考えている時ではないことを、柲が俺らに見せた最新式の携帯電話の綺麗な液晶画面が

『誰かが着いてくる!どうしよう!?』

 逢の危機を告げる文面が、憎らしいほど美しく俺らに告げていた。

「これは……!」

「すぐに逢ちゃんの所にいかなきゃ!」

「落ち着け、流石に朝からストーカーも襲いはしないだろう」

「でも!」

「わかってる、とりあえず逢とは俺が合流してくるから2人は先に管理人さんと会ってきてくれ。俺の名前を出せば大丈夫なはずだ」

 そういうや否や、俺は逢にメールを書いて送った。

『ごめん、色々あって連絡できなかった。とりあえず近くに公園があるはずだからそこで待ち合わせをしよう』

 すると待っていたかのように、いや、待っていたのだろう。すぐにメールが返ってきた。

『わかったわ』

 明るい朝にストーカーが居た事で焦っているのだろうか。俺らの寝ぼ……やむを得ない人間の生理的現象によって(逆にどうしようも無い感じになった気がする)遅れたのだが、理由を追及されなかった。

 逢とのメールを済ませた俺はすぐに準備をし、俺が柲パンチを顎にクリーンヒットさせた日、つまり初日に俺が寝かされたベンチがある公園に急行……

「とりあえず朝飯食ってから行こうぜ!」

「後でコンビニで適当に買ってきてやるからそれまで我慢しろ!」

「俺ら寝坊したんだからこれ以上遅れても何も変わらないって!」

「さっき柲が言いかけたが心理的問題があるだろ!普通はストーカーに付き纏われていたらどう思う?」

「“さっさと襲って来いよ、ボッコボコにして財布空にしてやっからさ”じゃね?」

「さり気無くカツアゲに移行するな。それにそんなこと考えるのはお前だけだ、普通は怖いんだよ!」

 ……急行した。




「いやあ、待った?」

 うん、それらしい言葉だ。

「遅い!」

 いやあ、涙目でそんなこと言われたらぐっと来てしまいますなあ。

「それについては本当にすまなかったよ」

 申し訳なさそうに告げた俺はその先をこっそり言った。

「で、ストーカーはまだ居そう?」

「わからないわ、公園に入ったとたんわからなくなって……」

 ほう……。

 俺は声の調子を戻してベンチに座っている逢の手を取った

「とりあえず待たせたお詫びにご飯でも行かない?」

 時計は10時10分。中途半端な時間だ。

「……朝ご飯は食べてきたけど?」

「いいからいいから」

 そう言って俺は逢を連れて公園を出る。

「で、つけられてる気配は?」

「……多分つけられてる……」

 確かに、何者かがつけてきているような気配がする。道を変えてもその気配は消えない。時折道路上にあるカーブミラーなどで背後を見ては見るのだがそれらしき影などなく、日常の光景が広がっている。

「気配はすれども姿は無し……か」

「だからいるって言ったのに!」

¦¦¦¦テテッテテッテテッテテーーー……テテッテテッテテッテテー……¦¦¦¦

「…………あなたコパン3世だったの?」

「いや……なんというか……かっこよくない?」

 個人的には好きな音楽であるが……。逢にも聞こえるようにスピーカーをONにする。

「もしもし」

『聞いといてやったぞ』

 携帯電話から春の声が聞こえてくる。

「あれ?いくらなんでも早すぎないか?早送りでも1.2時間はかかると思ったけど……」

『話を聞いた管理人さんが昨日のうちに調べといてくれたんだってさ』

「それは助かるが……で、結果は?」

『2人チラシを配りに来てる。2人とも30後半ってところか?まあ、少なくとも見た目はそんな感じだ』

 ポストに入っていたチラシの数は4……ということは1人が1~3枚のチラシを配った、という訳か。

「何枚のチラシを入れていた?」

『友沢のポストは死角になってるから断定はできないけど、2枚ずつ』

 ということは後に来た方が脅迫状を入れた可能性が大きい。

「他に映ってたのは?」

『マンションの住人がちらほら映ってただけで、他に見覚えのない顔はないって』

「じゃあ質問を少し変えようか」

 そう言って俺は1つの可能性を思い浮かべながら言った。

「2人目は全部のポストにチラシを入れていたか?」

『いや、友沢のポスト周辺だけだった』

「そうか、わかった。ありがとう」

 俺は電話を切って逢に聞いた。

「ポストに入ってた中で一番上にあったチラシ、なんか他より安っぽくなかったか?」

「ええ、まあ。それだけ紙の質が低かったわ」

 やはりな、つまりちゃんとした奴を作る時間はなかったって訳だ。でもってそれが入れられたタイミング、入れられていた俺の写真は着ていた服、目を閉じていた事、背景のベンチ……それと何より、赤く腫れていた顎を見る限り調査初日に柲パンチをくらってきを失っていたときか。恐らく2人が顎を冷やすための氷を買って俺から目を離している間に撮ったのだろうが……となると2人は気を失っている人間から目を離したことになるのだが、流石にそれは人としてひどすぎるのではないだろうか?

 なにはともあれ、2人目のチラシ配りが手紙を入れたということで間違いはなさそうだ。

写真のタイミングを考えれば時間的猶予はあまりなかったと考えればチラシが雑なのは説明がつく。つくんだが、逆に雑すぎはしないか?いや、チラシの出来より気になるのが枚数だ。ストーカーをしているくらいなら、逢の部屋のポストに入れられるらいなら、ばれない様にチラシと一緒に入れるくらいなら何故全部のポストに入れなかった?これではまるでポストの数を知らなかったかのようではないか。

「なんでいきなり黙り込むのよ」

「ああ、悪かった、実は……」

 言いかけた俺は目的地のクルトンに着いたことに気付いた。

「丁度いい。中で話そうか」

「……ここってあの“ファミレスメイド喫茶”の……」

「そう、ファミレスだか喫茶店だかメイドさんがご奉仕してくれるお店かよくわからなくて、その上“夕月市5大大食いメニュー”の1つを提供している店だ。味は保証するよ」

 先に中に入った俺は席に着くためにメイドさんを探した。

「いらっしゃいませ!ご主人様、お嬢様!」

 1人が挨拶をするとつられて店中から挨拶が飛んでくる。これもオーナー兼店長の来人くるとさんの指導が行き届いているからだな。んで、担当のメイドさんは……。

「いらっしゃいませ!ごしゅ……お兄様!お嬢様!」

 今日は来人さんの1人娘で偶に臨時店員をやっている琴子のようだ。

「テーブル席に2人頼む。」

「はい、お兄様!」

 琴子につれられた俺らは窓側の席に案内される。

「お兄様はいつものでよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む。逢は?」

「私はブラックで」

「かしこまりました!少々お待ちください!」

 そう言うと琴子は元気よく去って行った。

「……あなたにそういう趣味があるとはね」

「何か勘違いしているようだから説明しておくけど俺はここで臨時のバイトやったり今の“琴子”っていってオーナーさんの娘さんなんだけど、テスト前になると彼女の臨時家庭教師もやってたりもしているだけだ」

「へ~え、そうなんだ?お兄様?」

「それは、まあ、前にちょっと兄弟のふりをすることになってその名残なんだよ。気に入っちゃったみたいで……」

「実は嬉しかったりする?」

「実際はね。俺、兄弟がいないから」

「変態」

「そういう方向の話じゃなくってさ」

 ただ、様付はちょっとこっちの気が疲れるのだがまあ、本人が気に入ってるのでそこはあえておいておこう。

「お待たせしました、お嬢様!当店自慢の珈琲です!」

 逢の手元にブラックコーヒーが置かれる。

「お兄様!お待たせしました!」

僕の手元にラテアートが描かれたエスプレッソが置かれる。器用なことにハートの中に俺と琴子の名前が傘の柄の部分を挟んで描かれている。所謂相合傘という奴だな。

「愛情たっぷりの“いつもの”コーヒーです!」

「……………………私帰っていい?」

ええと……あれ?いやいや!待て待て!おちつけ、俺。

「これいつものじゃない!いつものじゃないから!」

 慌てて訂正しようとする俺を遮って琴子は続けた。

「!?人前だと……恥ずかしいのですが……」

 そう言いながら琴子は俺の席に詰めコーヒーをふーふー吹き覚まし、それから、顔を真っ赤にしながらこう呟き俺に差し出した。

「お兄様、私の気持ちは熱々ですのでやけどをしないように召し上がってください♡」

「待て逢、黙って帰ろうとしないでくれ!待ってくれ、頼む、誤解なんだ!」

 今、物凄い勢いで誤解を生んでいるのは気のせいではないだろう。

「琴子、今回は事務所の仕事で来ているんだ、頼むから誤解を生むようなことはやめてくれ!」

 それを聞いた琴子は不思議そうな顔をした。

「お兄様、事務所は薫さんが失踪してから閉鎖中ではありませんでしたか?」

「臨時で開けることになったんだ。それより、逢、これはコイツのいつもの悪戯……ああもう、悪戯と聞いてますますくっついてくるな!琴子!」

 ……こういう奴なんだよなあ。初めて春をここに連れてきた時も見事にやらかしてくれたんだ……それを見た春は爆笑しやがったけど。なんとか逢に事情を説明した俺は今度ご飯をおごること、またこの後相談にのることを条件に不満そうな琴子を追い払うことに成功した。おかしい、何かがおかしい。

「で?」

「で、とは?」

「あなた、まるで以前ここに住んでいたかのような口ぶりだったけど?」

「あー、両親の都合で7月に一度引っ越したんだよ。まあ、夕月大に受かったからまた戻ってきたけど」

「事務所にも以前いたのね?」

「いたわけではなかったけどね。トラブルや事件が生じた際に薫さんに力を借りたり、たまに借りられたりしただけだよ」

「その割には柲とは面識が無かった様だけど?」

「そんなに頻繁に事件があったわけでは無かったし、あっても無理に首を突っ込もうとはしなかったからね。それに、基本的に事務所じゃなくてこっちで薫さんとは会ってたから」

 その時の事件で琴子と知り合ったりもした。逆に、別れも、あった。

「まあ、今はそれは置いておいて、だ。本題の方なんだけど、俺らが店に入ってから後にまだ客は入っていないでも」

 そう、客は入っては居ない、だが。

「何者かに見られている気、すなわち気配は消えない。そうだよね?」

「……ええ、店に入った瞬間は一旦途切れたんだけどね」

 気のせいだとは思いたいが、写真の件があるので恐らくまだ見られているのだろう。

「でもこうなるとやっぱり不自然な点があるね」

「……?」

「一つ目は気配が途切れることはあるもののまた気付くと気配がするという点、二つ目は俺らの後に客が入っていないのに気配が続いている点」

「確かに不思議だとは思うけど、一つ目はただ見失っていたから、二つ目は外から見ていると考えればおかしくはないけれど?」

「俺も最初にそう思った、だけど」

 俺は一つ目の点を感じた場所、公園とここ、クルトンの場合を思い出しながら

「見失うほど複雑でもなんでもないし、むしろ見つけやすいんじゃないかな?それとさっきから外をチェックしてるけどひとつの場所にとどまっている人間は居ないし、何度も行き来している人もいない。つまり、両方とも辻褄が合わない」

「なにそれ?着いてきてるのは幽霊だとでもいうつもり?」

「そんなつもりはないさ。ただ、少なくとも今打てる手はもうないということだよ。だから今日は相手の出方をうかがうために」

 そこで俺は一回言葉を区切り、この後のことを考えながら言った。

「デートをしようじゃないか」




 逢が帰ってきた。ありえないことにあの糞野郎と手を繋いでいる。きっと奴に騙されているのだろう。今まで、いつも通りであるならこんなことはありえなかったのだが、今では違う。逢の部屋番号はもう知っている。後は逢の部屋に行って糞野郎をぶっ殺して、その際は逢に奴の汚い肉片を見せるわけにはいかないから少し一人で寂しくさせてしまうだろうけどその分は後で埋めてあげればいい。いや、埋めるのは奴だけで十分だろう。

 とにかく今はあの糞野郎に逃げられないように部屋に戻った所を狙おう。早くしないとあの薄汚い糞野郎にすべてを奪われてしまう。逢を汚されてしまう。それは許せない。

 俺ははやる気持ちを抑えながら逢と奴がマンションに入っていくのを待つ。まだだ、証拠は残してはいけないんだ、これから逢と生きていくんだから殺人の¦¦まあ、あれを人と呼ぶのは人類種を侮辱しすぎているのではあるが¦¦証拠は残してはいけない。そうだ全てはきっと上手くいく。手配は済んでいるのだ。奴からの情報も完璧だ。これなら大丈夫よし、そろそろ行こう。遅すぎてもいけないのだ。

 マンションの入り口、昨日通ったばかりの自動ドアを通る。その先には住民たちのポストと¦¦ここに住むということはこれらの住民ともうまくやらなくてはならないが……いや、大丈夫に決まっている。そうさ、近所付き合いも、逢との生活もきっと全てが上手くいく。¦¦ここだ。いつもここに俺は阻まれてきた。このドア。住民用の鍵が無ければこれ以上は進めない。だが大丈夫、やっと手に入れた。ネットのあらゆる所を探し出会った奴。奴のおかげだ。奴のおかげで全ていく。この鍵が手に入ったことだって、逢との幸せな結婚生活だって……。

 そんなことを考えながら、この達成感、この興奮を何とか抑えながら鍵を入れまわす。これだけの動作が

目の前で開くドアが

これから毎日見る光景が

こんなにも感慨深いものだとは……

「覚えておこう……」

 そうだ、俺は、この日を、この瞬間を忘れない。この勝利を確信した瞬間を……。

 いや、感慨なんかに耽っている場合ではない。早くしないと逢が奴に汚されてしまう、急がねば。

「6階、601号室……」

 逢の部屋がある階と部屋の番号だ。簡単に覚えられた。いや、むしろ逢に関すること、これから俺が住む場所の事を忘れようが無いのだが。

 エレベーターだ。この日のために鍛えた体なら階段を駆け上がっても多少息が上がる程度で済むが、これから逢に会いに行くというのに息が上がっているとは言語道断だ。丁度エレベーターは6階に止まっているのできっと逢が降りた所だろう。早く乗ろう。

 ……これが逢の匂……いや、こんなところで興奮している場合ではない、早くだ。俺は降りてきたエレベーターに乗り6階へ行くボタンを押し。少しの間逢の香りに包まれた幸せな空間を堪能した。少し居ただけでこれだ。きっと部屋の方はもっと素晴らしい。

 6階……逢の部屋の前。チャイムを鳴らす。次に聞くときは部屋の中からか……いや、もしかしたら仕事帰りかもしれない。

 そんな幸せな妄想は、

「はい、友沢ですが」

 おかしなことに見ず知らずの女の子に打ち切られた。

「あ、あれ?君、誰?」

「えっと、逢ちゃんの友達ですけど……逢ちゃんは今手が離せないので代わりに」

 そう言った女の子¦¦長目の髪をポニーテールに纏め、ホットパンツとフードつきのシャツを着ているとても可愛らしい、逢の友達としては見劣りはしないであろう、いやまあ、女性としては逢に敵う存在などないのではあるが¦¦が言った。

「あの、中に入って待ってますか?」

「もちろんだとも」

 願ってもない!この娘とは仲良くやれそうだ。

「今は逢ちゃん平君と、ちょっといい雰囲気で、あの少し入り込みにくいと言いますか……」

 ドアの中に入った瞬間に聞き捨てならない言葉が聞こえた。俺はすぐさま部屋の奥に、電気がついている部屋の扉を開け

「神田平!!貴様の汚い手で逢を汚すな!!」

 そう言い放った。きっとこのかっこよさに逢は俺に惚れることになるだろう。だったはずなのだが……。

「誰も、いない?」

 きっとここがリビングルームなのだろう。テレビ、ソファー、可愛いクマのぬいぐるみ。しかし逢はどこにもいない。

 続いて他の部屋を調べようとしたところに

「いきなりどうしたんですか?とりあえず落ち着け……ついてください!」

 うるさい、お前なんか相手してる場合じゃあないんだよ!どこだ、どこにいる?

「待ってください!」

 しかし、どこにもいない。何故だ!?

「おい、待てっつってんだろ……?」

 確かにこの部屋で合ってる。何度も確認した。ポストも、エレベーターだってこの階に止まっていはず……俺は急いで玄関まで戻り表札を確認した

「601号室、友沢……合ってる……よな?」

「ああ、合ってるぜ。ここが正真正銘、友沢逢の部屋だ」

 さっきの娘が部屋の中から言った。

「……どういうことだ、何故逢はいない?あの糞野郎と、神田平の糞野郎とどこに行った!?」

「……お前がそれを知る必要はないぜ、ストーカー野郎」

 そういうや否や、その娘はこっちに向かってきた。おかしい、何かがおかしい。俺はすぐさまその場から逃げた。その後を追われる。しかも、向こうの方が若干早い。エレベーターは………駄目だ、一階で止まってやがる。¦¦しかしこのままで捕まってしまう!一体どうすればいい?¦¦そうだ。その手があった。この、逢を守るために手に入れた体なら、逢への愛があればこの高さからだって!

 そう英断を下した俺はマンションの通路の壁を片手を軸にして乗り越えた¦¦¦¦




 一日の疑似デート¦¦結果は俺の服を選ぶだけで、今までユニ○ロやしま○らやアベ○ルにイ○ンファッションで済ませていた俺にとってシャツ一枚一万円が普通という完全に認識の範囲外の買い物ばかりではあったが¦¦が終わり俺と逢はマンションにある俺の自室に戻った。ストーカーが着けてきた場合のことを考えて逢を“同じマンション内”の俺の自室に匿い、逢の部屋に春を潜ませていたのだが……

「まあ、見事に引っかかってくれたもんだよなあ……これで春が捕まえてくれて向こうさんが認めてくれれば万々歳なんだけどなあ……」

 俺はそんなことを呟きながら辺りを見回した。辺りには主婦の皆様方や少し早めに帰ってきたOLさんやーサラリーマンの方々、さらに偶々いたイケメン君や半裸の熱血人も……あ、熱血人おばさんからスポドリ貰ってる。こんなに馴染んでるならまあ、捕まらんのかもしれんなあ……。

 そんな感じで春からの慶事待っていたのだが


¦¦¦¦ドサッ!!


 そんな、濡らしたタオルを地面に思い切りたたきつけたような音が鳴った。この場合、叩き付けられたのはタオルではないのだろうけど。


¦¦¦テテッテテッテテッテテー……テテッテテッテテッテテー……¦¦¦


 遅ればせながら春からメールが来た

『あいつ通路からI can fly敢行しやがった』

 まじかよ、そういうのはアニメの中だけにしろよ。まあ、驚く点は春が平然と英語を使っている事なのかもしれないけど、あの地獄を考えたらもしかしたら当たり前なのかもしれない。

 そんなことを考えながらマンションの入り口から丁度601号室側へと向かう。ああ、いたいた。

「まだだ……俺の愛はこんなところじゃあ終わらない……逢……待っていてくれ……」

 落下の衝撃のせいだろうか、足から飛び出した白い、骨と鉄臭い赤、血が¦¦それでいてなお立ち上がろうとして蠢いている¦¦文字通り筋肉ダルマが生々しくおぞましい。

俺は春に救急車と警察を呼ぶようにメールし、彼に問いかけた。

「……どうやってマンション内に入った?」

 俺の声が聞こえたらしい彼は¦¦血走った目を¦¦血まみれの体ごと俺に向かって吐き捨てるかのように¦¦最も忌むべきものを見るような目で¦¦実際に吐いたのは血ではあったが¦¦殺意を、神田平という存在に対して吐きだした。

「……貴様はッ!……貴様は神田平……ッ!逢を汚そうとした人間のクズ……殺す……殺してやるッ!……」

 聞く耳は持っていない……か。

「……お前は何か勘違いしているようだが、別に俺と逢は付き合っていないぞ?」

 こういう時は真正面から受け止めてはいけない。まずは会話から。

「確かに逢は素晴らしい女性だ。だからこそ俺に好意を持つわけないだろ?」

「……なら何故……!お前とデートしていた……!」

 鉄のような臭いが充満してきた……。時間が無いことを悟った俺は一気に捲し立てる。

「まずはそこから勘違いなんだ。今日は逢が、君への服をプレゼントしたいから一緒に選んで欲しいと、君に喜んでもらえるように言ったんだ。それに……」

 俺の靴が血を踏みしめる。俺の唇が彼の聞く耳に近づき呟いた。

「君にがっかりして欲しくないから、君とのデートの予行練習として俺が抜擢された、というわけなんだ」

 苦しいか?だが、今の彼の状態なら通るはずだ。

「なん……だと……!?あいつは……俺を騙したのか……くそ……」

 あいつ?

「……あいつとは?」

「そ……れは……、情……報を……逢……の……事を……おし……え……て……く…………れた…………おと…………¦¦¦¦」

 動かなくなった彼の唇からの声の代わりに救急車のサイレンが聞こえてきた。今俺が出来ることはこれくらいだろう、な。

「……人間のクズ……か」

 なにはともあれ、最後のピースは何とか手に入った。今回の事件で俺らがずっと感じていた違和感の謎を解くカギが、これで揃った。後は、解くだけだ……。




安物のスーツを着たイケメンが学習塾から出てきた。

『今日は疲れた、早く帰って飯食って風呂に入って寝よう。他は今日は余計なことだ。余計なことは、もういい……』

 そう考えていた男がその男の見た目に合わないピンク色をし、沢山のキーホルダーが着いていた¦¦今は取ってしまったが¦¦携帯を取り出しメールを打とうとする。

『これだけ、家に着く前にやってしまおう』

 そう思った瞬間、携帯にメールが届いた。差出人が無いことに一瞬驚いたが、その件名と内容を見る内にむしろ冷静になってしまった。

『件名:神田平からのラブレター』

『内容:ひいらぎ はじめ殿、明日の17時に夕月公園で待つ。お互いに一人でくること』

「……自分から出向いてくれるなんて思ってもみなかったよ」

 そう呟いた柊はアドレス帳からそれらしい名前をいくつか選んでメールを一斉送信した……。




「それで、一体僕に何の用だい?」

 16時50分。少し早く始まった対談は、普通であれば柊が抱いて当たり前の質問から始まった。

「今回の友沢さんに対するストーカー事件、柊君は知っているよね?」

「ああ、君に身代わりにされたおかげで最前列で聞く羽目になったからね」

「そう、あの時君はあそこにいて尚且つ、俺らの会話を聞ける位置にいた。そうだよね?」

「そうだけど?わざわざそれを聞くために僕をここに?」

「もちろん違う、今日は柊君に俺の推理を聞いてほしくて来てもらったんだ」

「それはいいけど、何故僕なんだ?」

「実はすべての首謀者が君だからさ」

「そうなんだ。ぜひ聞きたいね、その妄想」

「妄想じゃないさ。ここから先は、真実だ」

 そこで一息つけると、俺は、かの“名探偵”が推理を始める際の定型句を口にした。

「さて……」




「まずは今回の件についてあまり知らないことになってる君のために過去の事も踏まえて整理をしよう。今回の件は俺が巻き込まれた日の一週間前から始まった。ストーカーに悩まされるようになった逢はまずは警察に相談をした。そう、“去年と同じく”ね。」

「それならば去年と同じ人が犯人なんじゃないかな?」

「それはないよ。犯人は今は刑務所だからね」

「ということ今回は友沢さんの妄言だったということだね?」

「ああ、そうだ」

「…………まさか自分の適当に言った予想が当たるとは思わなかったよ。それにしても、なぜ君がそのことを知っていたんだい?」

「その頃友沢さんは親御さんと一緒に暮らしていたのだけど、その時にストーカーが出て、それを知った親御さんが薫さんに依頼したんだ。俺は薫さんに借りがあって、その関係で手伝ったから覚えてるんだ。丁度、俺が通っていた高校の生徒が容疑者だったからね」

「確かに、それなら納得がいくね」

「だから去年のストーカーと今年のストーカーは同一人物ではない。だから今回の事を警察に言えば巡回の強化くらいはしてもらえたと思うんだけどね。でも、彼女は嘘をついてまで夢水探偵事務所に依頼をしてきた。薫さんが行方不明だと知ってもなお」

「なんでそんなに回りくどい真似を?普通に警察に連絡するなり、一時的に実家に避難するなりして対処すればよかったのに……」

「彼女は1人暮らしにあこがれていたんだけど、ストーカー事件の事で親にギリギリまで反対されていたんだ。だからもし、警察から親に連絡がいったら一人暮らしが早くも終わってしまう」

「だから再びかの名探偵に頼った、と?まあ、結局彼は行方不明になっていたけど」

「そう考えるのが妥当だね。で、今年の事件についてだ」

「君の妄言だったね」

「そう言ってられるのは今のうちだけじゃないかな」

「始めるなら早くしてくれ」

 俺は組んでいた足を解く。

「まずは初日、あの時俺は大夏に押されて……まあ、奴も故意ではなかったのではあるが……丁度友沢さんと夢水さんとのいざこざに巻き込まれてしまう羽目になった」

「あの時は驚いたよ。いきなり僕を盾にして逃げよううとするんだ、本当に焦ったね」

「こんな結果に結びつくとは思わなかった」

 流石の俺も、本当にあの身代わりが波乱を告げることになるとは思っていなかった。

「それで巻き込まれた俺は相川さんと友沢さんと夢水さんに引きずられるかのように協力させられる運びとなったのだが……」

「ああ、あの時の“チャラ☆ゴリ事件”はそれでだったのか」

 本当なら、柊はその間の出来事を知らないので、知らないふりをしている奴にとってこの流れで正しい。この時、俺と逢が話しているのを見て何かを勘違いしたチャラ☆ゴリが絡んできたのだが……。

「そう、君も居合わせたあの事件だ」

「先に言って置くけれど僕が彼の携帯を持っているのに特別な理由はないよ。正直な所、ただ僕も悪乗りがしたかっただけだったんだ」

「君にとって悪ノリは人の携帯電話を奪うこのことなのか?」

「そんな言い方しないでくれよ。僕だって今は反省してるさ」

「別に反省を促してるわけじゃない。それより、何か足りなかっただろ?」

「何のことだい?」

「君が彼を半裸に剥いたとき、彼はあるものをすでに持っていなかった」

「……財布か」

「そう、正解。チャラ☆ゴリとすれ違う際にスッておいた」

「それは無理じゃないかな?たしか君は彼とすれ違う時には彼の足を引っ掛けて顎に掌底を放っていたはず。無理じゃないかな?」

「いいや出来るさ、最初の絡まれたときに悪趣味な柄をした長財布の位置を把握してすれ違う際方向を間違えないようにして掌底に使っていない手でスればいい」

 柊は溜息をついた。

「……君の悪乗りの方が悪質じゃないかな?」

「反省をする気も、柊君の反省を促す気もないけど」

「ま、そこはどうでもいいけど。それがどうかした?」

「その財布から色々調べたらとある一つのコミュニティサイト上で彼のページを見つけることになってね。そこには誰かから友沢さん相手にナンパするように紹介され、しかもお金までもらったと書いてあった。案の定数時間後には彼のアカウントは消えていたけどね。あれを消したのは君だろ?携帯からお気に入りに登録してあるコミュニティサイトに入って消していったのは?」

「まさか、きっと携帯がなくなってることに気付いた彼がパソコンから消したんだろ」

「それはないな。何故ならそのコミュニティサイトへの投稿は全て携帯から行われていた」

まったく、記事自体が少なかったから助かったけど、もっと多かったらどうなっていたことか……。

「わざわざそんなことを調べたとは……」

「因みに途中の記事で全くパソコンを使えないと書いてあった」

「だから僕だ、と?」

「それをこたえるのは俺じゃなくて柊君だろ?」

「だったら他の人にやってもらえば」

「そのサイトでは認証された携帯以外で個人のページはいじれないようになっている。つまり君の持っている携帯でしかできないことだ。」

「……悪かったよ、僕がやった。でも、だからといって僕が雇ったわけじゃない。ただの悪ふざけでそこまで疑われてたまるか」

「今の段階ではそう言われてしまうから、次はストーカー事件について触れようか」


「今回のストーカー事件、最初に結論を言ってしまえば実は“ストーカー”と“脅迫犯”は別人だ」


「別人……?」

 さも不思議そうに言う柊。

「普通は同一人物じゃないか?我慢しきれなくなったストーカーが被害者に脅迫状を送る、自然だと思うけど?」

「確かに、普通だったらそれが自然だ。だけど今回に限って不自然な点が目立つんだよ」

「不自然な点?」

「そう、今回のストーカーはずっと、気配や影、足跡はすれども姿が見えなかった。ただの一度も。」

「ただの自意識過剰なんじゃないかな?」

 俺も無関係な立場だったらそんな突っ込みをしていたところなんだけどな……。まさか言われる立場になろうとは……。

「俺も最初はそう思っていた。彼女の経歴から考えれば、それが自然だし辻褄が合う。そう思っていたんだけど事態は二日目に急転する。さっき言っていたチャラ☆ゴリ事件の後、いつも通りのストーカーと、いつもとは違う脅迫状の存在だ。」

「確かに、ストーカー自体の姿は無くても脅迫状があったならそうは思うだろうね。でも、もしかしたら自作自演かもしれないよ?」

「それが無いようにちゃんと友沢とマンションの管理人に許可を取って、マンション住民用のポスト付近に設置してある監視カメラを覗かせてもらったよ」

「それらしい影があった、と?」

「ああ」

「でも、それでもまだ証拠には遠いんじゃないかな?実はその人は無関係かもしれない」

「ああ、それはない。脅迫犯はカモフラージュの為に他のポストにチラシを入れていたんだよ」

「カモフラージュの為に?カモフラージュじゃなくて無関係のチラシ配達員じゃないのか?」

「そう、確かに俺らからしたらその人は無関係かもしれない。だが、もし私服の人間が友沢さんのポストに何か入れていて、友沢さんのポストから脅迫状が出てきたら……」

「明らかに自分だどバレる……」

「だから彼はお手製のチラシを上にして脅迫状をポストに入れた。そうすれば、前にポストに入れた人に罪を被せることが出来るかもしれないからね。結果的にはばれてしまったけど」

「でも、君はまだそのチラシ配達員が脅迫犯だという証拠を出してないけど?」

「無いことが証拠だったんだよ」

「どういうことだい?」

「実は俺は、偶々友沢さんと同じマンションの一室を持っているんだ。けど、俺のポストにはそのようなチラシは入っていなかった。その、作りが荒いチラシはね」

「……ますます友沢さんの自演の可能性がでてこないかな?」

「さっきも言ったはずだけど、俺らはマンションの管理人さんに頼んで監視カメラの映像を見せてもらっている。その際にその男は友沢さんのポスト付近一帯のみに配っていたんだよ。因みにちゃんと友沢さんのポストの近くの住民の人に確認を取っている。その人のポストには確かに、作りの粗いチラシが入っていた」

 その住民は俺のバイト先の店長で、オーナー相手にタメ語で話す元バリバリのキャリアウーマンだ。

「因みにそのチラシは引越し屋のチラシだったけど、実際にかけてみたらどこにも繋がらなかった。まあ、これで逢の自作自演説は成り立たないし、その男が怪しいことがはっきりしたわけだ」

「……確かにそうなるね。で、その脅迫状の内容は?」

「新聞紙の切り抜きで『逢には俺だけいればいいんだから、神田平なんて浮気野郎はいらないだろ』ってメッセージと俺の顔写真」

 正確には『公園で絶賛気絶中の俺のチャーミングな寝顔(?)』なんだけどな

「でも、これまた不自然なんだ」

「筆跡がばれない様に新聞紙の切り抜きでごまかして、他の男に手を出さないように勧告。おまけに君の顔写真だ、脅迫状としてなら及第点を取れるくらいに普通だと思うけど?」

「脅迫状としてはね?でも、状況を考えてみるなら、監視カメラがあることを知っていて、その上でわざわざその対策を不完全な形でしてまで友沢さんに出す必要性はない。それだったら脅迫状は俺の所に出した方が効果的だろうし、リスクも少ない」

「何故だい?君は友沢さんと同じマンションに住んでいるのだろう?」

「いいや、俺は住んでいるとは一言も言っていないけど?」

「……じゃあ、一体どこに住んでいるんだい?」

「夕月大学学生会館」

 学生会館は企業が運営していて、少し割高で少し設備が良い寮みたいな施設だ。“学生会館”だと呼びづらいし“会館”だと同じ読みで勘違いされてしまうような語句があるのでから普段は“寮”と呼ばれている。夕月大学の学生寮は“夕月大寮”と呼ばれ、差別化が図られている。

理由は2.3年前に学生会館側の寮母さんが、休日はハーレーに跨って近所のスーパーに行くような金髪の綺麗なお姉さんに変わった際に何かあったらしい。その事件は今や“ハーレーに蹂躙されし夕月大学生寮”と呼ばれ、その名のみ広がっているのだが……いったい何があったんだろう、すごい気になる名前だ。

「学生会館なら人目を盗んで出すだけでカモフラージュなんていらなかったんだ。だが、犯人は俺の顔と名前を知っているのにそれをしなかった。」

「確かにそうかもしれないけれど、もしかしたら調べても分からなかったんじゃないか?」

「いや、それはないと思うよ。何故なら彼には心強い味方が居たんだがらね」

「……それがこの事件の黒幕だと君が主張する僕であると?」

「そうだ、柊君は情報屋としてストーカー達に情報を売っていた。もちろんこの犯人についても君の仕業だ」


「“ストーカー達”?」


「そうだ、複数のストーカーに情報を売っていたんだよ、柊君は」

「出鱈目もいい所だね」

「いいや、出鱈目なんかじゃないさ。今回の件にしたってそうだし、早瀬西夏の件にしたって、宮古琴子の件にしたって柊君が首謀したことだよ」

 西夏と琴子の相談とは両方とも“最近誰かの影や足音が自分をつけてくる”というものであり、2人とも不思議に思っていたのは“姿がまったく見えない”ということと“たまに影や足音が少しの間だけ消える”点だった。そう、全く逢の件と同じなのだ。

「友沢さんだけでなく、早瀬さんや宮古さんの時でも俺が出てくるから、柊君は俺を除去しようと思った。だけど、その場合下手に俺に脅迫状を出して俺に尻尾を捕まれこの三件を結び付けられるといけないから、俺を狙わなかった。お前は、卑怯にも彼女たちに脅迫状を出すように脅迫犯達に指示をしたんだ。自分に関わると俺に被害が及ぶように思わせて、助けを呼べなくするために」

 以前春が妙に羽振りがいいから臨時収入でもあったのか聞くと『こないだ変なおっさんに襲われたからボッコボコにしたら万札5枚置いた後“あいつに騙された”って叫びながら逃げてった』と言っていたのでこの場合の“あいつ”が柊の場合、春も今回の事件の被害者なのだがどっちかと言うと被害者なのは春を女性だと勘違いしたおっさんの方だと思う。

「興奮してるところ悪いけど、今までのはまだ、推理の域を出てないんじゃないかな?つまり僕が犯人だと言われる筋合いがない。」

「柊君が犯人だという証拠はあるよ」

「……ぜひ見せてほしいね」

「そんなに見たいならどうぞ」

 そう言うと俺はチャラ☆ゴリの携帯にあるアドレスを送った。

「……なッ!」

「自供したんだよ、君の共犯者が」

 俺が彼に送ったアドレスはとあるコミュニティサイトのアカウントだ。それも二桁もの数の。

「さて、証拠も示したことだし話を戻そうか」

 そろそろ時間だ。巻いて行こう。

「俺の言う“君が情報屋”であり“被害者は同時に複数いる”という推理は二つの矛盾を含む。それはこの犯行が一人では成り立たないという点、そして“姿の無いストーカー”が存在するという点だ。これらの点については今の証拠が物語っているように“複数の情報屋”、つまり君に複数の共犯者がいればいい。それならば犯行を同時に起こし、彼女たちを追跡する人員を毎回変えて、ポイント毎に別の人員に切り替えるという、共犯者が複数いる君ならではの方法が使える。これによって特定の一人がストーカーの可能性があると印象に残ったとしても次の日にはもうその人員は被害者の前に姿を現すことは無い」

 俺はチャラ☆ゴリのアドレスに最後のメールを送った。

「……これは僕が教えてる塾、か」

「まあ、さっきの君の教え子達のアカウントだけで十分かとは思ったけどね。君は教え子達に情報を集めさせ、何割かピンハネして本人達に渡していた」

「……なんで分かった?」

「きっかけは、俺の推理だと明らかに情報を集めるには一人だと足りず、複数の共犯者がいなくては成り立たないという点と、俺の働いているコンビニの店長の『最近、小中学生の客の羽振りが良くてな、よくカードゲームや漫画が売れてくんだよ。だから今週分のジャンプは他で買え』という言葉からだ。」

  これを最初に聞いたときは特にどうとも思わなかったけど、今となっては立派な情報だ。

「なるほど……ね。あいつらの金の出所を“割のいいバイト”と考えれて僕の共犯者と見立てれば、確かに結びつかないこともない……だが、どうやって吐かせた?」

「そこは簡単だったよ。彼らのそこのサイトでの書き込みを遡って見てごらん、どれも似たような内容の書き込みがあるだろ?どれも要約すると“最近割のいいバイトがあったおかげでわざわざROMが流れるのを待たなくて済むし、親に怪しまれなくて済む”といったような内容だ」

「……つまり君は、僕の生徒の中でもゲームなどを違法ダウンロードしている奴らを見つけて、それをネタに情報を集めたというのか?そして、そしてこんな事を……」

 そこで柊は信じられないという顔つきで言った。

「ネット上で僕の所属と名前とともに自供させたというのか!?」

「別に指示はしていないさ。ただ、『被害者の女の子たちが怖い思いをしているからもう二度とやってはいけない』という内容の“お話”をしてあげたら涙と鼻水を垂らしながら謝ってきたから、“俺に謝るより、やるべきことがあるのではないか”という題目の演説をしただけだよ」

 傍から見たら逮捕されるべきなのは俺な気がしてきた。まあ、馬鹿は窒息する直前まで首を絞めてやらないと駄目だから良い予防接種にはなったと思う。少なくとも柊みたいな奴にならないような予防接種が。

「まあ、あとは脅迫犯が俺の事しか知ってなかった事についてだけど、それはそっちの方が都合がいいからだろ?もし被害者達が気付いているなんて彼らが知ったら手を引いてしまうかもしれなかったからね。それに、俺を敵役として置くことによって彼らの集中は俺に向かい、余計な事、柊君にとって都合の悪いことからは意識をそらす事が出来る」

 これで大体必要な事は言ったかな?後は彼を捕まえるだけだ。そう思ったその時だった。

「……よかったよ、先に手を打っておいて。先に言っておくけど、約束は“お互い一人でくること”であって、援軍を呼んではいけないなんて書いてなかったからね?」

辺りに幾重ものエンジンの音が鳴り響き、10人ものガラの悪そうな男たちが姿を現したのだった……。




「おい、テメーが神田平だな!?」

 俺があの時と同じく柊を身代りにして逃げようと思った矢先、柊が先手を打った。

「か、神田君、ごめん!」

 そう言って柊は脱兎のごとく逃げ出したのだ。くそ!俺の『おい、お前の事呼んでるぞ~波乱を告げる身代わりバージョン2~』が失敗してしまったではないか!

「追いますか?」

「いや、いい。用があるのはゴリをボコッて持ち物を巻き上げたこいつだけだ」

 彼らはバイクを降りて俺を囲もうとする。だが、その程度の事は予想していた俺は新たな作戦を発動するべく、あさっての方向を向きながら叫んだ。

「残念だが俺が用があるのは柊一だけなんでね!後は任せた!」

「な!?」

「こいつ、援軍なんて……ヘブラッ!」

「へ、隙ありだぜ深海魚!」

 そう言って彼らのうちに一人にとび蹴りを浴びせながら近くの大木の木の枝と葉っぱの間から飛び降りてくる春。

「少しは落ち着け、相川」

 大夏はそう言いながら同じく大木から彼らに飛び蹴りをくらわせる。落ち着くのはお前だろ……筋肉質のお前があの高さからとび蹴りとか蹴られた方は病院送りでもおかしくないぞ……。

「くッ!こいつ、俺らを騙しやがった!」

「騙されて同じ方向向いちまったじゃねえか!」

そんな光景を後ろに見ながら俺は彼らのバイクに跨る。その時、それに気付いた一人が俺をバイクから引きずり落とそうと迫ってきた。

「テメエ、俺のバイクパクろーたあ、いい度胸じゃねえか!待ちやガッ……ぬるぽ!」

 今度は大木から柲がそいつめがけで落ちてきた。

「ぬるぽとガッの順番が反対です!それより平さん、早く!」

「平!ちゃんとパフェ奢れよ!」

「神田!抜かるなよ!」

「分かってる!あとは任せたぞ、みんな!」

 これぞ秘技『一度はやって見たかった!俺は先に行くからここ(厄介事)は任せた作戦』。

 多少の感動を覚えつつ、逢に警察に連絡するようにメールをしながらバイクを柊が走り去っていった方向に向けて走らせた……




「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」

 神田平に正体を突き止められた僕は“追い詰めた!”という事を考えているであろう彼をほっといてさっさと逃げ出してきた。これで今まで邪魔だった彼が消える事になる。後はすぐに生徒たちのアカウントを消させてほとぼりが覚めるまでは姿をくらますなりすればいい。とにかく、神田平はもう消えた。

「そもそも……“お互い一人でくること”なんて……律儀に守るわけないだろ……?そんなのは……馬鹿のすることだ……」

 もっともその馬鹿は神田平であったのだが。

「ひ~らっぎく~ん、あ~そび~まっしょ!」

 なにがあったのか、その馬鹿がバイクをこちらに向かって一直線に走らせてきた。

「な!?」

 どういうことだ、何が起きている!?いや、今はそれを考えている場合ではない。このままで逃げ切れない。考えろ、考えるんだ、奴から逃げる方法を!

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 こちらは足、向こうはバイク、勝てるわけがない!では、このまま捕まるだけなのか?

 そう諦めかけたとき、僕はもし、上手く状況を作るのに失敗したとき用の武器を持っていたことを思い出した。これなら、この改造エアガンなら、もしかしたら……。

 僕はそのもしかしたらに賭けることにした……




「ひ~らっぎく~ん、あ~そび~まっしょ!」

 走りながら逃げている柊を見つけた俺は悪役丸出しで奴を追った。正直今『ざまぁ見やがれで腹いっぱい』気分だ。後は柊の目の前でバイクを止めて拘束すればすべては終わりだ。

 そんな油断が運命を分けたのだろうか、柊はハッとした表情をした後、懐から黒い筒状の物体を……違う、そんなもんじゃない、あれは!

「くッ!」

 柊が取り出した黒い筒状の物体が拳銃だということに気付いた俺は急いでウイリーをし、拳銃の射線から身を守った。大きな破裂音と共にバイクは大きくバランスを崩し、人気の無い寂れた路地へ突っ込んでいく。

「ッ!!」

 バイクから放り出された俺は悲鳴すら出せないまま壁に叩きつけられた。瞬間、息が止まる。ミシリ、と嫌な音が聞こえる。

「がはッ!」

 どうにか呼吸をした俺は柊が迫ってくる前に路地の奥に逃げることにし、立った。すると、壁に叩きつけられた時の音が、実は肋骨あたりを折っているらしいことに気が付いた。本来なら内臓を傷つける危険性があるため動かない方がいいのだが、そんなことも言ってられない。柊のものと思われる影がすぐ近くまで迫っていた。とにかく……距離を取らねば。

 今俺のすべきことは、警察がこちらに来るまで“あの”柊相手から“今”の俺で時間稼ぎをすることだ。もちろん倒すなどは考えていない。そんなのはセンター試験をノーパンで挑むくらいありえないことだ……。

いや、そういえばあったわ、それ。あの時は余裕をかまして前々日が雪だったことから、前日にかまくらを作り、その中で春とゲームをやった。次の日案の定風邪を引いた俺は“馬鹿は風邪を引かない”をその身で実践している春を横目に1限目の日本史を見直し含めて30分で終わらせ、トイレに行かせてもらい下痢便をしたのだが、その際に跳ね返ってきた水がパンツを濡らしたせいでその日はノーパンになってしまったのだった。

そんなことを考えて気を紛れさせながら奥に進んでいた俺は、廃工場を見つける。

「平君~大丈夫~?少しお話をしないかい~?」

 後ろからそんな間の抜けた声が聞こえる。立場が再び逆転したことで気分がハイになってるな……。捕まるわけにはいかない俺は、時間稼ぎにここを使うことに決め、急いで助けを呼ぶメールを送った。そして、メールの着信音で柊に見つかってしまうとまずいので携帯をマナーモードにしようとすると

¦¦¦¦テテッテテッテテッテテーーー……テテッテテッテテッテテー……¦¦¦¦

 廃工場の入り口まで来たときにコパン3世のテーマソングが流れてしまった。この曲から考えられる状況と真逆の状況を生み出してしまった原因は……。

「まさか、まさかこの状況下でまだマナーモードにしてなかったとは……試しにメールを送ってみるものだね」

 柊の仕業か。くそ、こんなアホな手に引っかかってしまうとは!工場の方に向かってくるだろう柊から逃げるためには廃工場内で時間を稼がなくては……。

 俺は改めて携帯をサイレントマナーモードにして廃工場の奥へ入ることにした。

 廃工場は所々朽ちていて、至る所から光が入ってきているので暗くはなかった。俺からしたら不都合ではあるが、その光景が生み出す一種の現実はかけ離れた姿に一瞬心を奪われかける。

「は~かるく~ん、あ~そび~ましょ~。先に遊ぶって言ったのはそっちなんだから出てきてよ~」

 皮肉にもそんな柊の声が俺を現実に引き戻す。俺は至る所にある5~6メートルはある何かのタンクを隠れ蓑にしながらひたすら逃げる。崩落している足場に足を取られない様にもしないと……

「ど~こっにいる~のっか……ピャア!!」

 間抜けにも足場を踏み外し、地下まで落ちていった柊みたいになる。

 入り口手前には地下からの昇り階段があるので地下から一階へ戻ってきた柊と鉢合わせない様に奥に進もう。さっきタンクとタンクの間から見えたのだが、奥へと続く道が一部崩落しているがそれさえ越えれば“管理室”とかろうじて読める部屋まで着くそこまで着けば後は窓からでも外へ出ればいい。

 崩落している部分を避けて管理室へ向かおうとしたとき、何の前触れもなく目の前の床の一部が爆ぜた

「は~ずれったかな!?」

 こいつ、下から躊躇なく撃ってきやがった。恐らく崩落してる部分から地下へ差し込まれる光から俺の通る道を判断しているのだろう。これでは崩落してる部分を跨ぐなんて自殺行為になってしまう。しかし奥の管理室へ行くにはここから行くにはどうしてもそこを跨がねばならな。

 しかし、もたもたしていると柊が階段から昇ってきてしまうかもしれない。ここは入り口付近の階段からは一直線だ。崩落している部分を股く暇もなく撃たれてしまう。

「かいだんみ~っけ!?」

 ……どうする?奴は階段を……待てよ、他に階段はないか?地下からは登れないけど、二階へ昇れるような階段は……あった!

 俺は見つけた階段を急いで登る。階下からは柊のものと思われる足音が聞こえる。足音を殺して歩く必要が無いとはいえ、随分余裕ぶっているものだ。

 二階は一階より崩落が酷く、角度によっては階下から二階の様子が見えてしまうのではないか、とさえ思えるほどだ。しかし、二階は一階より窓が多い。そこから出れるはず……

「はかるくん、み~っけ!!」

 俺はその場から横飛びし、一階から延びる柱の陰に身を潜ませる。

 失念していた!入り口付近の階段は地下と二階、両方へ通じていたのか!

「さあ、降伏しなよ~」

 足音と声が近づいてくるのを聞いた俺は近くの部屋へ逃げ込む。窓の無いその部屋にあったのは錆びついた南京錠と一枚の扉だった。俺は携帯を確認する

『from:春』

『今公園出た!もう少し耐えてろ!』

 ……これが一分前、ということは春たちの助けは間に合わない。と、なると後は柊をやり過ごすのみなんだが

「いっぱいへやがある~。時間はたっぷりあるから、一部屋一部屋調べていこうかな~」

 これでは隠れていても見つかるのは時間の問題か。なんとか南京錠を壊して外へ出ないと。扉は鉄製だから後は外から扉が開かない様に時間を稼ぐなりすればいい。やっとどうにかなりそうだと思いたかったが、それをこなすための距離を南京錠が俺に無情に告げる。いや、錆びているのだ。どうにか壊せるはずだ。

 俺は幸運にも近くにあった鉄パイプで南京錠を何度も叩く、が、腹部の痛みのせいで思うように力が入らない。

「そこの部屋だね、今行くよ」

 音のせいで柊に位置がばれてしまった。南京錠は開きそうにない。こうなったら、迎え撃つしか、ないか。

 俺は覚悟を決め、部屋の、丁度内開きの扉が開いた際に扉の陰になる場所に潜む。

¦¦¦¦カツーン………………カツーン…………カツーン……¦¦¦¦

 足音が近づき、扉の前付近で止まる。足音を聞いた俺は、鉄パイプを握り、待つのだが……

¦¦¦¦パスッ……¦¦¦¦

 そんな間抜けな音共に腹部に激痛が走る。

「があッ!」

 なにが、なにがおきた?

激痛に悶える俺に扉が頭突きをしに姿を現す。すぐに姿を消した扉の代わりに、今度は柊が現れる。

「はっはっはっはははははっはははッ!可笑しい可笑しい、壁の一部が崩落して小さい穴があいてることにも気づかないなんで、本当に君は馬鹿だったんだね!っはっははっははッ!これは本当に可笑しいや」

 言葉こそ笑ってはいるがその間に柊は俺の四肢の付け根辺りに2、3発ずつ弾を撃ち込んでいく。

「はっははあははっはっはッ!人に向かって撃ったことは無かったけど、エアガンでも改造すればバイクのタイヤをパンクさせたり、人体にめり込んだりするもんなんだねえ!」

 どんな魔改造だよ、それ。本物と勘違いしちまったじゃねえか。

 しかし、いまさらな事に気付いても部屋の隅に転がされ、さっきまで俺が居た位置に柊がいるという状況ではどうしようもない。反撃も、逃走もままならない。

「分厚いバイクのタイヤ、人体、と来たらもう」

 人生の中でトップ5に入るくらいの不愉快な類の笑みを顔に張り付けた柊は、俺の額にエアガンを押し付け、俺の人生が終わった事を告げた。

「次は、頭蓋骨に挑戦してみたいよ、ね?」

『あ、俺、終わったわ』

激痛と、薄れ行く意識と戦う俺がそう思った瞬間だった。


 俺の前に再び扉が姿を現し、今度は柊の側頭部に強烈な頭突きをしていくと役目は終えたとばかりに自分の持ち位置へと帰って行った。その扉と入れ代わりに現れたのは、柊が霞むほどの、形容する言葉が見つからないような、そんなかっこよさを持った男性。

 宮古琴子の父、クルトンの経営者であり、そして店長であり、そして

「平君。こいつが琴子を怖がらせた上、店の常連さんを琴子に襲わせたろくでなしで合ってるかい?」

 娘を怖がらせたことに対して誰よりも激怒をしている一介の父親、宮古来人さんその人だった。

「ええ、そうです……」

 俺は今日一番で、今度こそ本物の『ざまあみやがれ』気分を味わいながら、悪役そのものの言葉を吐き

「やっちゃってください、思う存分……」

 薄れゆく意識に身を委ねた……。












 ……目が覚めて最初に目に入ったのは、見知らぬ天井だった。

「………………」

 頭がぼうっとする。とりあえず俺の勘が、動かない方がいいと言っているので従っておこう。なんとなく、お約束な展開が見える気がするからだ。

「………………はあっ……」

 俺が、どうしたものかとため息をつくと

「きゃっ…………な、なにかいるの……?」

 誰かの声が聞こえてきた。近くに誰かいるらしい。多分、逢だろう。

「……済まないが、そこに誰かいるなら俺が今どこにいるのか教えてくれないか?」

 間抜けな問いだが、お玉が働かないので、違う。頭が働かないので、近くにいた人に聞くことにした。

「……起きたの?ここは病院よ。あなたは、エアガンの弾を四肢の付け根辺りに撃たれて、その上肋骨にひびが入ってたのよ」

 なるほど、予感は的中したわけだが俺は一体なんでそんな無茶な真似をしたのだろう?

少しずつはっきりとしてきた頭で考えてみる。記憶が正しければ柊相手に公園で推理をして、その後何かあったような気がする。

「柊は、どうなったか知っているか?」

「逮捕されたわ。あなたとこないだ行った喫茶店のマスターが、柊の尻を百回叩いた後に警察に引き渡したらしいんだけど、覚えてないかしら?」

 ああ、思い出してきた。確か来人さんが助けに来てくれたんだっけ。公園の近くにはクルトンがあったし、多分俺が駄目元で送ったのだろう。それにして尻叩き百回は新記録だな……。

あの時の琴子でさえ二十回で、さらには二日間は痛みが引かなかったというのに、百回は……単純計算で十日間か?いや、もしかしたら俺と一緒に病院に運ばれたのかもしれない。隣のベットで尻をさすってたら俺の肋骨は折れる羽目になるかもしれない。それは面白すぎるだろう。

「なあ、体を起こす前に一つ聞きたいんだが……」

「体のこと?それなら、医者は一応無理に動かさなぎゃ大丈夫だって言ってたけど」

「いや、そうじゃなくて。もしかして、隣のベットで柊が自分の尻をさすってるなんてことはないよな?マジでそうだったら笑い過ぎて肋骨折る自信あるわ」

「……確かにそうだったら私も笑いをこらえる自信はないけど、それはないわ」

「そうか、よかった」

 後は無理をせず治るまで待てばいい。大学に関してはまあ、融通が利くだろうし、他に心配は……

「だってここはロイヤルスイートルームよ?隣のベットなんてありはしないわ」

……………………はあ、なにそれ?

「…………ロイヤルスイートなんて、なんだか甘ったるそうな名前だな。春が歓喜しそうな名前だ」

「……何か勘違いしてないかしら?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと頭がぼうっとしててさ」

 なんだか、違う意味で動きたくなくなってきた。……、そういえばお腹減ったな。

「ところで、飯の時間はいつだ?お腹減ったんだけど?」

「それだったらこっちにメニューがあるわよ。特に食事制限はないから、好きなのを頼むといいわ」

 メニューを手に取った俺は、本格的に自分がどこにいるのか分からなくなった。

「……値段はどこに書いてある?」

「ロイヤルスイートだとどの食事頼んでも値段変わらないわよ?」

 ……俺、これから借金だらけの人生になるんだろうか……

『あ、俺、終わったわ』

 そう思った俺は意識を夢の世界に委ねることにした……。




「で、どうだった?ロイヤル何とか」

「本当に、自分が何のためにあそこにいたのか分からなかった。ジャンプとか買わなくても持ち帰りできたし、布団めっちゃフカフカだし、飯は旨いし食べ放題だし、天国に住んでると言っても過言じゃなかった」

 あそこに居た毎日は本当に天国ではあったが、あのままあそこに居着いてしまったらきっと一か月持たないうちにダメ人間になってしまうことだろう。

「お金は、どうだったんですか?」

「逢の親御さんが払ってくれたらしい。一応、面識はあったからそこ等辺は驚かなかったけど」

「ん?面識あったのか?」

「前にこっち住んでた時にちょっとな。で、結局のところ……」

 俺達に絡んできた哀れな不良達は全員警察に補導され、柊の生徒達には厳重注意と、被害者への謝罪が行われ、当の柊はと言うと……。

「柊の奴は逮捕され、めでたしめでたし」

「……まあ、Mっ気に目覚めたことは……」

 来人さんによる私刑“尻叩き百回の刑”により柊はMに目覚めてしまいましたとさ。まあ、どうでもいいか。それより……。

「そんなことより、そろそろ時間だ」

時刻は十七時を回る所、場所は夢水探偵事務所、目的は……。

「「「平(お兄様)、退院おめでとー(ございます)!」」」

 事務所の扉を勢いよく開けた逢と西夏と琴子の祝いの言葉だ。

「生きてたようで何より」

 大夏が荷物を持って入ってきた。

「さて、時間もぴったし、人も集まったことだし早速“神田平、退院おめでとうパーティ”を始めようぜ!」

 みんながそれぞれコップにジュースを注ぎ手に持つ。

「それじゃあ……」

 春が音頭を取って乾杯しようとした時ちょうど

¦¦¦¦リリリリリリリッ!…………リリリリリリリッ!…………¦¦¦¦

 事務所備え付けの黒電話が鳴った。

「…………」

 俺が電話を取ることにする。どうぜ、事件の相談なんだろうからね。

「はい、こちら夢水探偵事務所!」


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