呼び捨てにされるなんて聞いてない!
特殊部隊の敷地内にある保護棟。その6階に美月が住む部屋がある。
ピンポーン
「はーい…今開けます」と美月は扉の前にいる人物の姿を確認して、扉を開ける。
「おはようございます、黒澤君」
「おうっ」
「えっと…今日は休日ですよね?」
「そんなこと関係ねぇだろ?邪魔するぞ」
「あっ!?もう…」
美月の問いかけにめんどくさそうに呟いたあと、勝手に部屋の中へと入って行った黒澤。
仕方なく美月は扉を閉めて彼の後を追うことに。
どういうわけか黒澤は美月とのあの件以来、ずっと裏人格のまま過ごしている。
本人に直接聞くが「んなの俺の勝手だろ!」と言うばかりで理由を話してくれず、美月は星野先生に
聞いてみることに。
だが星野先生は…「事情は教えられませんが、黒澤君は部屋に大量の蛇のおもちゃとぬいぐるみを置いて
いて、表に戻ってもすぐに気絶して裏の人格が出てしまうんですよ」と意味の分からないことを説明され
ますます彼の考えていることが理解できなくなってしまったのであった美月。
実際に星野先生が黒澤に言われたのは、次の通りである。
美月が怪我をした当日、黒澤は星野先生の元を訪ねてあるお願いをした。
「しばらくの間、このままでいたいからあいつ(表)の人格が出ないようにしてほしいんだ」
「それはまたどうしてですか?」
「…言わなきゃダメか?」
「だめです。君の能力は危険なものですから、話してもらわないと困りますね」
「…えっと、なんだったっけ?きっ、き…「菊馬美月さん、ですね?」
「そう。そいつが怪我したの、俺のせいだから。だから…治るまでの間だけ、このままでいたい。
だから、昼間でも俺がいられるようにしてほしい。先生しか頼める人いないから…」
黒澤は星野先生のみに心を許しているのは、彼が他の教師とは違って親身になって接してくれているから
ということと担任だということもあってのことだった。
黒澤の言葉を聞いて星野先生は、喜んで彼のお願いを聞き入れたのである。
「何か飲みます?りんごとオレンジジュースがありますけど」
「オレンジ。つーかさ、敬語やめろよ?なんかイライラするんだけど。普通に話できねぇの?」と
黒澤が美月のベッドでごろごろしながら言うと、「イライラするのはお互い様でしょ?」とオレンジ
ジュースとコップを持って黒澤の元へと向かう美月。
「はい、オレンジジュース。飲む時はベッドから下りてね?染みになったら困るから」
「へいへい。分かりましたよ~」
黒澤は素直にベッドから下りてテーブルの方へと座り、美月の入れたオレンジジュースをごくごくと
一気に飲み干したのだった。
「なぁなぁ、お前ってさ」
「菊馬美月です。いい加減名前覚えてよ」
「じゃあ美月。お前今日これから予定あんの?」
名前を覚えろとは言ったけど、まさか下の名前で呼び捨てにされるとは思っていなかった。
とりあえず美月は彼の質問に答える。
「柊先生の手伝いがあるかないかどうか聞きに行くぐらいよ」
「ふーん~それがなかったら暇なのか?」
「そうなるわね」
「じゃあ、早速聞きに行こうぜ!」と黒澤は美月の腕を引っ張って部屋から出ようとする。
「ちょっと…黒澤君!?「蓮で良いよ。行こうぜ、美月」
「待ちなさい。まず使ったコップを片付けないと」
「んなの帰ってからでも出来るじゃん?」
「だめっ。私さぼっちゃうから、こういうのはしっかりやりたいの」
「ちっ。わかったよ、早く済ませろ」
黒澤は美月の腕を離してその場に座り込んでしまう。
すぐにコップとオレンジジュースを片付けてから、美月達は部屋を出て柊先生のいる部屋へと向かって
行ったのであった。
そして柊先生の部屋へとやって来ると代わりに星野先生が二人に対応する。
「すみません。柊先生は今、作業に没頭してまして」
「そうですか。では邪魔しちゃいけませんので、今日は失礼します」
「ご苦労様です。黒澤君、くれぐれも一人で勝手に外に出てはいけませんよ?」
「分かってるよ。行くぞ美月」
「あっ、蓮君!?…星野先生、ありがとうございました。それでは失礼します。蓮君、待って!」
星野先生にお礼を言うと、美月はすぐに黒澤の後を追いかけて行った。
「蓮君、待ってどこに行くの?」
「決まってんだろ、外だよ。外」
「えっ?でも星野先生が…「一人じゃないし。美月と二人だから良いんだよ」
そんな無茶苦茶な…。
「でも、勝手に行っちゃダメなら誰かに言わないと…」
「あぁ~もうめんどくせぇな。んじゃあ、どこならいいんだよ?」
「えっ。そっ、それは…」
美月は言葉を詰まらせていると、そこへ顔見知りの二人が現れる。
「何してるの?そんなところで喧嘩?」
「宮木さん、妹尾さん…」
そこにいたのは、宮木と妹尾だった。正隊員の彼らが保護棟に来るなんて滅多にない。
訓練生になってから美月は、宮木達とは会ってなかったので久し振りということになる。
「久し振り、菊馬さん。こんなところで会うなんて偶然だね?」
「何言ってるの、妹尾?菊馬は訓練生になったんだからここにいるの当たり前でしょ?」
「えっ?そうだったのか!?」
妹尾は美月が訓練生になったことを知らなかったらしく、宮木から聞いてすごく驚いていた。
そんな彼らの会話を聞いていた黒澤は美月に「知り合い?」と聞いてくる。
「あぁ、うん。私が訓練生になる前にお世話になった人達なの」
「ふーん~」
「ところで、保護棟に何か用事でもあるんですか?」
「あぁ。宮木の制御装置が調子悪くてな」
「柊先生の所に持って行って直してもらいに来たんだよ。柊先生、いる?」
「なんか忙しそうにしてたみたいだよ。俺達もさっき先生に会いに行ったけどね」
「そうか。どうする?」
「どうするも何も、それじゃあ困るんだけど」
「俺に文句言ったって仕方ないだろう?」
「じゃあ、俺達はここで。行こう美月」
「あっ、ちょっと蓮君」
美月は黒澤に腕を掴まれてずかずかと歩いて行った。それを見ていた宮木は、黒澤をじーっと睨む。
「おい、どうした?目がすごいことになってるが…」
「妹尾。悪いけど僕の制御装置頼める?」
「はぁ!?何言ってるんだお前…「僕、なんかあいつ気に入らない。ちょっと一言文句言ってくる」
「宮木、お前なぁ…」
「すぐ戻るから、あとよろしく」
「おい、宮木!?」
宮木は妹尾に自分の制御装置を渡して、二人の後を追って走ったのであった。




