保護棟
美月は無事に審査を通過し、特殊部隊訓練生となった。
山田先生は審査終了後、用事があると会議室から立ち去り残ったのは星野先生と
柊先生と美月の三人のみ。
「菊馬さんは一度、本部と訓練棟を見学されたと聞いていますが…保護棟の方
には行かれてないですよね?」
「はい。行ってません」
「そうですか。では、そちらの方から先に案内するとしましょうか」
「そうだな。これから美月にはそっち方面の手伝いもしてもらいたいからな」
美月は黙って二人の会話を聞いていたが、正直さっぱり分からなかった。
先程言ったように美月は一度、四之宮達と共に本部と訓練棟を案内してもらって
いるが、それはごく一部分に過ぎず全体を見たというわけではないが、逆に見た
いという好奇心もなかったので、美月は黙っておくことにした。
それよりも気になったのは柊先生のいう「そっち方面の手伝い」という部分
についての方が好奇心というか気になっており、美月は訓練生になっても彼の
手伝いをさせられるのかと思うと、嬉しいような悲しいようなという曖昧な
気持ちになっていた。
「菊馬さんは柊先生の助手とお聞きしましたが、娘さんではないんですよね?」
「はい。赤の他人です」
「美月…俺泣くぞ」
「事実でしょ?嘘ついてどうするんですか?」
瀬楽達と会った際にも、柊先生と美月の呼び方を聞いて「娘じゃないのか?」と言われていた。二人は赤の他人であるが、年齢と一緒に生活していることから親子関係だと思われてしまうことが多い。
「お二人は仲がよろしいんですね。羨ましいです」
「ん?羨ましい??」
「あぁ、すみません。私には菊馬さんと同い年の娘がおりましてつい」
「そうだったんですか」
羨ましいと言ったことから、美月はあることを察した。
恐らく娘さんと上手くいっていないのだろうと。それから星野先生は保護棟に
着くまで一切喋らなくなった。
「着きましたよ。ここが保護棟です」
本部と訓練棟とは連絡橋で繋がれているが、保護棟は一度外に出て約10分
ほど歩いた場所にある。
「ここは、とある事情で一般家庭にいられなくなってしまった能力者の子供
達の保護施設になっているんです。現在最年少で14歳と最年長は16歳
の少年少女達がここで暮らしています」
「施設…」
星野先生が入り口の扉のセキュリティーを解除して、美月達を中へと
案内する。中は本部と訓練棟とはまた違う雰囲気で廊下ですれ違う人達は
星野先生と同じように皆白衣を着ていた。
白衣と言えば第一に医者を想像する人が多いが、科学者も白衣を着ている。
どちらも似たようなものだが、医者は医療で科学者は研究ということから
全く違う。保護棟でしかもここは特殊部隊の敷地内、そして超能力者…
これらのことから、星野先生達は―――。
「星野先生も科学者なんですか?」
「えぇ。そうですよ」
「やっぱり…」
柊先生が以前ここで働いていたことは知っていたから想定はしていた。
しかし、保護棟に科学者がいるということは何か実験でもしているのであろ
うか?美月は段々気になり始めた。もしかしたら、柊先生が自分に手伝って
ほしいことというのはもしかして人体実験ではないのかと…。
想像したら、身体が震え始めた。
それを見た星野先生は「どうしました?大丈夫ですか?」と声をかける。
「あっ、いえ。大丈夫です…」
「そうですか?もうすぐ着きますので」
「はっ、はい」
言えない。人体実験を想像して身体が震えてしまいました、だなんて
とても言えない…。
「少し待っててくださいね」と教室らしい場所へとやってきて、星野先生は
一度教室の中へと入って行く。
そして数秒も経ってないうちに教室から出てきて「どうぞ、お入りください」
と声をかけられたので、美月達は教室の中へと入って行った。
中に入ると、そこには美月と同い年ぐらいの子供達が約30人ほどおり
きちんと席に着いていた。
「皆さん、突然ですがこちらのお二人をご紹介したいと思います。
今日から特殊部隊訓練生になった菊馬美月さん。そしてこの度、装備開発
部に復帰することになった柊瑞生先生です」
「「よろしくお願いします」」
「これから菊馬さん達には皆さんが成人となり社会に復帰するためのお手伝い
をしてもらうことになりますので、しっかり顔と名前を覚えといてください。
あと、菊馬さんには明日から皆さんと同じように教室で授業を受けますので、仲良くしてあげてくださいね。話は以上となりますが、自習だからと言ってはしゃいだり能力を使ったりしたらダメですよ。それではこれで」
星野先生は生徒達にそういうと、美月達に「行きましょう」と誘導して
教室を後にした。
「ここにいるのが全員、保護された子供達です。朝はここで一度集まった
後、時間になれば訓練棟に言ってそれぞれ決められたクラスで授業を受ける
んです」
「えっ?ここで授業するんじゃないんですか?」
「菊馬さんは小学生の頃、クラスの班のほかに地区の班で分けられたりして
いませんでしたか?」
「あっ…ありました。同じ地区に住む六年生から一年生で班になって朝一緒に
登校してました」
場所によっては異なるかもしれないが、学年が違えども同じ地区に住む子供
達で班を作り、高学年が先頭となって学校へと毎日朝一緒に登校する。
下校する際も班で帰ることがあり、全校生徒が班で下校することを「一斉下校」と呼んでいた。
「それと同じようなものです。ここにいるのは「保護組」という一クラス。
ですが、授業を受ける際はそれとはまた別のクラスが存在するのですよ」
「はっ、はぁ…?」
「ようするに毎朝の一時間だけここで朝礼してから、訓練棟で授業を受ける
ってことだよ」
「なかなか難しいですよね。すみません」
「いっ、いえ…」
本当にさっぱり分からなかったが、そこはあえて黙った。
「では、菊馬さんが住むお部屋に案内しますね」
「えっ?女子寮じゃないんですか?」
「俺の手伝いとかしてもらわないといけないんだから、わざわざ遠い女子寮
だと暗い中一人で帰ることになるぞ?それでもいいのか?」
「…ここでいいです」
エレベーターを使って美月の部屋がある6階へと移動。
到着してすぐに「こちらが菊馬さんの部屋になります」と言われ
カードキー・暗証番号を入力して扉を開ける。
「施設の中でも安心とは限らないので、各部屋にこういったものが付けられ
てます」
「はっ、はい…」
中に入ると、柊家にいた頃と同じような広さ。台所は小さ目、お風呂トイレ
洗面台付き。ベッドもすでに置かれていて、しかもふかふかだった。
「でもこんな広い部屋使って大丈夫なんですか?」
「ここで生活している子供達のために一人の空間が必要だと考えていますか
ら、全員一人一部屋を使っています。なので気にすることはありません」
「そうですか…分かりました」
部屋を一通り見終わった後、明日のことなどについて星野先生と話し合い
あっという間に一日目は終了した。ちなみに彼女の荷物はその日のうちに
届けられて、柊先生には仕事があると言われて逃げられてしまい…仕方なく
一人で整理整頓することに。
「訓練生か…。やっていけるかな?私」
これから…菊馬美月の特殊部隊訓練生活が始まる。




