天使Xの仮面舞踏会
綾小路小町からのクリスマスプレゼントが送られた日の翌朝。
全国ニュースにおいて、『天使X』という名の女性アイドルグループの誕生が発表された。
天使Xは十人の女性で結成されており、彼女達の顔は白い仮面にて隠され、メンバー全員がコード
ネームで呼びあっているという。彼女達天使Xが結成された理由は、今大人気流行中のスマホゲーム
アプリ『DreamMission』のCMに出演し、より多くの人々に天使Xの名前を
知ってもらい、自分達の存在をアピールするためとのことらしい。
DreamMissionの内容は、その日出題される任務を素早く遂行すことでレベルが上がり、報酬として
Missionコイン(通称:Mコイン)を獲得することが出来る。ログイン時に必ず1枚貰えるこのコイン
は、任務困難の際の手助け(またはヒント)として使える便利なアイテムで、こつこつと地味に貯め
ておく人も何人かいる。任務をクリアしてレベルを最高100に達成させると、DreamMissionの達人
となり、何か自分に良いことが起こると噂されているが…まだレベル100に達した者は今のところ
一人もいないという。
そんな天使Xにより仮面舞踏会が本日午後7時30分に行われることが急遽決定した。
ただし、指定場所は3か所で彼女達が出現するのはたった1か所という謎解きのおまけ付きである。
単純にステージが設置されていればそこが当たりという考えを持つだろうが、3か所全てにステー
ジが設置されるらしく、彼女達の虜になってしまったファンは頭を悩ませたのであった。
特殊部隊は警察の要請を受け、私服で警戒にあたるようにと正隊員に命令が下された。
もちろん美月達も予備隊員として任務にあたれと四之宮から言われたが、人間解体を持つ黒澤は
除外されることとなった。3か所をA・B・Cとするならば、Aに霜月と綾小路。Bを宝正と小森。
そして、Cを美月・瀬楽・岸本が担当することになった。
「仮面で素顔を隠した天使のアイドルの仮面舞踏会…ふむ。なんかかっこいいな」
「瀬楽、僕達は遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「分かってるって。けど、その天使達がどこに出現するのか分からないんだろ?」
時刻は午後6時40分。三人がいるのは、ステージから遠い場所。既にステージ前や近くは天使X
を一目見ようと多くの人々が集まっていた。
「それでも集まった観客達に喧嘩でもされたら大変だからね。警察がいるにしても、相手が超能力
・能力を使えば大パニックで警戒どころじゃない」と美月は言う。
「そうだな。その時は…命懸けで僕達が止めないとな」
「うん。出来ればそんなことが起こらず、無事に終わればいいんだけどね」
『そう…とにかく無事に終わればそれでいい』
「あの…すみません」
美月達三人が話していると、突然一人の女性の声が聞こえた。
三人が声のする方向へと同時に視線を向けると、そこにいたのは紺色のロングコートに白いマフ
ラーに背中にリュックサックを背負っている外見は20代前半ぐらいの黒髪ロングヘアーの女性だ
った。
「…何か?」
美月が女性に尋ねる。
「あっ、すみません。その…間違ってたらごめんなさい」
「はぁ?」
『何言ってるんだ?』と美月は思った。
しかしそれは瀬楽と岸本も同じ意見である。
三人は黙って彼女が喋るのをじっと待った。すると…。
「あの…東雲晴ちゃんとユニットを組んでいたAquamarineの方…ですか?」
「「「…」」」
彼女の発言を聞いて三人は言葉を失った。
しかし、聞かれたことには答えなければならないので、美月はゆっくりと口を開いた。
「…いえ、ちが「そうだぞ」
美月が『違います』と言おうとしたが、瀬楽の声が被って彼女の言葉がかき消される。
美月はすぐに「瀬楽っ!?」と叫ぶが、それはもう既に遅かった。
「やっぱり」
彼女は短くそう言った後、美月の左手を自分の両手で包み込んだ。
「私、貴女の大ファンなんですっ!ネット動画は何度も繰り返し見てましたっ」
「あぁ…そうなんですか」
「はいっ。とても嬉しいです。まさかこんなところでお会いすることが出来るだなんて」
「あぁ…どうもありがとうございます」
彼女のテンションが上昇する一方、美月のテンションはどんどん降下していった。
そばで見ていた瀬楽と岸本は、彼女を助けるどころか親のように温かく見守っていたのだった。
『あぁ…出来ることならこの場から走り去りたい…』
美月は心の中でそう思ったが、仕事中なので瀬楽達を置いて逃げることなど出来なかった。
「皆さんも天使Xの仮面舞踏会を見に来られたんですか?」
「はい。そうです」
彼女の質問に岸本が答える。
「でも、ここからだと遠いですよね?もっとステージの近くで見ないんですか?」と、彼女は
美月達三人に尋ねる。
「いやぁ~そうしたいんですけど、ここで舞踏会開くかどうか分からないからって…ねぇ?」
瀬楽がそう言った後、今度は美月が話し始める。
「えぇ、だから私達はここで待つことに決めたんです。他の2か所は友人達に任せているから良
いとしても…天使Xというアイドル達がここに現れるかどうか分からない状態でステージ近くで
待つなんて…もしこの場所がハズレだった時、ショックじゃありませんか」
ハズレが良いという時も存在するが、基本的に人間はアタリを求める。
宝くじ・商店街の福引などでもハズレや残念賞よりもアタリである1等賞を望むだろう。
それと同じで、例えまだデビューしたてのアイドルだろうとその姿を一目見ようと思うのならば、
やはりアタリを選びたいし、せっかく見るなら一番よく見える場所で見たいと誰もが思うのは当然
である。
「確かに…そうかもしれません。けど、私はそれでもこの場所に賭けました。例えハズレだ
ったとしても、決して後悔はしませんっ!自分の頭で必死に考えた結果ですから、悔いはありませ
んっ!だから貴女もそんな簡単に諦めないでくださいっ!」
「…」
美月だけでなく、三人も言葉を失った。
それと同時に、周りいた人間も彼女の言葉に反応して注目し始めていた。
それから数秒経って自分が注目の的になっていることに気がついた彼女は、頬を真っ赤に染め
て、「あっ…すみません。つい熱くなって…」と美月達に謝罪した。
「いえ、大丈夫ですよ」と美月が彼女にそう言った時だった。
「…舞踏会が始まるまで残りあと10分だな」
突然岸本が自分のスマホで時間を確認し始めた。するとそれを聞いた彼女は「えっ、もうそんな
時間!?」と声を上げる。しかし…。
「あっ…失礼しました。正確には残り20分でした」と、自分の間違いであると分かり、彼女に
謝罪する岸本に、「おぉ~。おっちょこちょい岸本はレアだな」と瀬楽がおちょくると、「うる
さい」と岸本に言われてしまう。
「…じゃあ私、友達と待ち合わせしてるのでこれで失礼します」
彼女は美月達三人にそう言うと、すぐに駆け足で走りステージ前にぞろぞろいる人混みへと向かっ
て入って行ったのであった。
…そして午後7時30分。
天使Xは美月・瀬楽・岸本の三人がいる指定場所Aのステージへと姿を現した。
白い仮面で顔を隠し、白いドレスのような衣装に身を包んだ彼女達は集まった人々に初めて歌と
ダンスを披露した。パフォーマンス終了後、彼女達は人々に何も告げず…黙ってステージから姿を
消したのであった。ダメ元でアンコールと叫ぶも、彼女達が再びステージに姿を現すことはなく、
天使Xの仮面舞踏会は無事に終了したのだった。




