結婚とか一目惚れとかわけが分からない件
「えっ…ぐてい??結婚??」
「俺にはお前と同じ年の弟がいる。そいつと結婚しろ」
ご丁寧に分かりやすく教えてくれた。
暗殺名家の当主ということから怖い印象を持っていたが、意外と優しい人のようだ。
しかし、それでもまだ頭が混乱している美月。
紅蓮と武志の父親は8年前に他界している。
それからすぐ、当時18歳だった紅蓮が当主となったが…彼らの父親は後継者に武志を指名していた。
紅蓮も『自分より弟の方がふさわしい』と考えていた。しかし、当時8歳になったばかりの子供に
任せるというのはあまりにも荷が重すぎると周囲の人間から反対され、紅蓮は武志が成人するまでの
間、当主代理として現在に至る。
だが、そんな簡単に物事は上手く進まないもの。
病室の扉が勢いよく開かれると一人の男性がズタズタと中へ入って来た。
「盗み聞きとはいい度胸だな…小僧」
紅蓮は彼を冷たい目で見る。
それは美月との時間を邪魔されたことによるもので、殺意ではない。
一方で美月は…。
「…なんで?」
育ての父、一真の生き写しである真一郎を見て…動揺していた。
頭の中が真っ白になった。
四之宮と小森から話は聞いていたが…まさかここまで容姿が似ているとは思っていなかった。
知っていたのは、実の甥であること。自分の存在を知って会いに来てくれたことだけで、容姿に
ついては触れられていなかった。
『お父さん…』
今目の前にいる彼が父親ではないことは分かっている。だが…あまりにも似すぎていた。
『美月。こっちおいでっ』
父との14年間の思い出が、美月の頭の中に蘇える。
自分が記憶しているのは嫌な思い出だけでなく、大切な思い出もしっかり記憶している。
だがそれでも嫌な思い出の方が多いのは事実。
父にものすごく叱られた時は本当に嫌いになりそうだった。
喧嘩になった時も…。だが、すぐに仲直りした。(父が今にも泣きそうな顔をして謝罪したから)
両親が亡くなって2年。
自分が父親だと思っていた人は、本当の父親じゃなかった。
でも…それでも…。
「お父さん…」
自然とその言葉が口に出てきた。そして彼女の目からは大量の涙が流れる。
泣くつもりなんてなかったのに…。止めたくても止められない。どうしたらいいか分からない。
胸がすごく苦しい…。
美月は涙を必死に拭う。けれど涙は彼女の意思に関係なく流れる。
「あぁ~あ。やっぱりこうなっちゃったか…」
美月が泣き出したのを見て、伊島が病室の中へと入って来た。彼が入ったことで外で待機していた
四之宮達も中へと入室する。
「貴様らっ、何勝手に入ってきているっ!」
紅蓮は四之宮達に喚く。
「もう約束の時間になったので、入室しただけです。それにこのまま黙って見ているわけにもいか
なくなりましたので」
四之宮が紅蓮にそう答える。
「…くっ」
紅蓮は芦達を睨んだ。けれど本人はそのことに気づいていない。
彼の目には美月しか映っていないからだ。
美月を泣かしたのは自分のせい。
『真一郎…君は本当に一真そっくりだよ。容姿も性格も…まさに生き写しだ』
柏木理事長から伯父の話を聞いていた。
伯父に似ている自分の顔を見て、彼女ははっきり…『お父さん』と呼んだ。
それを聞いた途端…何も喋れなくなった。
彼女の姉である陽子から『この日に行けば大丈夫だ』と言われ、病院へ訪れたというのに…。
何度も話す練習をしてきたのに…何も喋れなくなるなんて…。
「…犬熊」
紅蓮がそう呟いた数秒後、突如病室に一人の黒服スーツの女性が姿を現した。
「御呼びでしょうか。紅蓮様」
「うわぁっ!??」
四之宮・美月以外のメンバーが彼女の登場に声を上げる。
犬熊と呼ばれた女性は、黒髪ストレートのショート。きりっとした目。両耳には数か所のピアス穴。
身長は170ぐらいはある長身で外見から見れば20代前半かと思われる。
「名刀『深月』をここへ」
「かしこまりました」
瞬間移動の超能力者らしく、犬熊は主の命令を聞いてすぐさまどこかへと消える。
そして1分も経たずに戻ってくるのだが…彼女は名刀『深月』を手に持ち、一人の男性と共に
病室へと戻って来た。
「…犬熊」
「申し訳ありません。武志様が一緒に行きたいと仰りまして」
犬熊について来た男性は、鬼丸武志だった。
名刀『深月』を犬熊が持ちだそうとしているのを目撃した彼は、彼女と共に美月の病室へとやって
来た。その理由は…。
「…深月は俺のものだ。誰にも渡さない」
武志は、深月を使いこなせる美月にそう言った。まるで刀を自分の恋人のように思っているかの
ようにも捉えられる。
だがそれは周りから見れば変わり者…もしくは…。
「別に刀なんて興味ありません。そんなの欲しくもありませんから」
「なっ…なんだとっ。お前は鬼熊家の名刀『深月』の力が欲しくないのかっ!?」
「全然」
美月ははっきりそう答えた。
その言葉に武志はよほどショックを受けたのか…立ったまま気絶してしまう。
「時代劇じゃあるまいし。そもそも手に入れたところでどうしろって言うんです?マグロをさばい
て、解体ショーでもするんですか?それとも宝刀として部屋に飾っておくんですか?」
話はまだ続く。
「刀は手入れが大変だと何かの番組で聞いたことがあります。手入れをさぼれば、刀はすぐにさび
る。そんな大事な刀をただ『使いこなせるから』という理由で持っていても仕方がない。いうならば
タンスの肥やし状態にするだけですよ」
「いいやっ、それは絶対にない」
美月の話を聞き終え、紅蓮が次のように尋ねる。
「お前は特殊部隊に所属しているのだろ?それなら深月を使う機会もあるのではないか?手入れな
らば、覚えればどうとでもなるだろう」
「えっ?」
「そっ、そうだっ!手入れを知らないなら覚えればいいだけだっ!」
紅蓮の後押しのおかげで復活し、強気を取り戻す武志。
美月は絶対絶命のピンチに追い込まれる。
「ちょっと、さっきから黙って聞いてれば何なの?いったい何の話をしてるのさ?」
刀の話をしていることは分かっていたが、正直彼らの行動がいまいち理解出来ていない宮木が
声を上げた。だがそれは彼だけでなく他のメンバーも分かっていない。
「…犬熊、助けて」
武志は隣にいる犬熊に助けを求めた。それを聞いて彼女は「かしこまりました」と素直に受諾。
すると…。
「では、私の口から坊ちゃまの気持ちをお伝えいたします」
「えっ?」
美月は思わずそう声を出す。
「犬熊っ、俺が頼んだのはそういうことじゃなくて…」
だがもう遅かった。
「坊ちゃまは貴女が名刀『深月』を使いこなしている姿を見て、一目惚れしたと仰っています」
「えっ…?」
一目惚れ?
「名刀『深月』を愛する坊ちゃまにとって、それを使いこなす貴女でさえも魅力的に感じられた
のでしょう。鬼熊家の血を引く貴女様なら、武志坊ちゃまのお相手に相応しいと考えております」
「犬熊、その辺にしておけ」
「…失礼しました」
犬熊は後ろに3歩ほど下がった。
「武志。やはりお前の口からこの娘に話せ」
紅蓮は弟に告げる。武志は、犬熊から名刀『深月』を受け取るとこう話し始める。
「…深月は俺のものだ」
視線は美月にではなく深月に向けられている。
「だが…深月は俺ではなくお前を選んだ。俺は深月をこんなにも愛しているのに…なぜ…なぜ俺を
選んでくれなかったのか…」
「あっ、あの…すみません。お兄さんにも言ったんですけど、私にはその刀を使った記憶がなくて
ですね…」
「深月を鞘から抜いた状態で見たのを初めて見た時…」
美月の言葉は完全に無視された。
「すごく美しかった。さすが鬼熊家の名刀だと…。だが、それを使いこなすお前の姿も…綺麗だと
思ってしまった」
「…はぁ?」
「深月を使いこなすお前を俺のものにすれば、深月だって俺を認めてくれるはず。だから…そのた
めにお前は俺のものに…「ふざけんなよっ!!」
宮木がぶち切れ、美月を自分の元へと引き寄せる。そして小森は武志に近づいて…。
「お前、男として最低だな?」
「なっ…!?」
「名刀だかなんだか知らないけど…お前みたいなへなちょこに可愛い美月を渡すわけにはいかない」
「へっ、へなちょこぉ!?????」
「なっ、夜月…」
美月は彼の口から『へなちょこ』と言う言葉を聞いて驚いてしまう。
だが幸いにもまだ女体化している状態のため、イメージは崩れていないが…
元に戻った後のことが心配になってしまう美月であった。




