伊島の話から始まった宮木達の苦しい青春時代
宮木が伊島と公園に向かった後、美月は妹尾と達己に伊島のことを尋ねてみた。
「いとうさん…むかしからあーなの?」
「あぁ…性格は昔からあのままだ。でも昔は金髪じゃなくて、黒髪の渦巻眼鏡を掛けた地味な草食系
男子だったよ」と達己が答え、「外見だけ見れば、確かにあれは地味だったよな」と妹尾が答える。
「へぇ~…ふたりも?」
「「えっ?」」
「ふたりも…じみだったの?」
まさか自分達のことまで聞かれるとは思ってもみず、妹尾と達己は同時に声を上げてしまった。
嘘をついていたわけでもないし、かといって地味だと認めるのも…。
「いや。普通だったと思うよ」
「あぁ…俺もそんな感じ」
伊島とは違い、お互い『普通』だと主張する。
「じゃあ、みやぎさんは?」
「「あいつは全然変わってない」」
二人は綺麗に声を揃えて答える。それを聞いた美月は…「せも?」と新たに質問する。
「「えっ?」」
短い言葉と小さな声のせいか、二人は最初彼女が何を言いたいのか理解出来なかった。そこで美月
は質問を変え、改めて二人に尋ねる。
「しんちょうもかわってないの?」
「あぁ…そういうことか。確かに背は少しばかり伸びているかもな」と達己が答える。
「俺も17か18の時に伸びたしな…って、こんな話あんまりしなかったよな?俺達」
「そうだな。今はこうして懐かしく思うが、あの頃の俺達は自分の能力を伸ばすことだけしか考えて
なかったから…互いの背比べとかを話すことなんてしなかったのかもしれない」
「どうして?」
美月は疑問を抱いた。ここで美月達の話を黙って聞いていた四之宮がこう話し始める。
「当時の特殊部隊では、己の能力を伸ばすことを課題とした訓練を行ってきたからだ。特に戦闘向き
で才能があると見込まれた訓練生達には代償・欠点を乗り越える策として空手・柔道・剣道といっ
た武術や剣術を修得させていたんだ」
四之宮の話を聞いて、美月はあの日のことを思い出し始める。
『僕も、自分の能力は役に立たないと思ってた。力が強いってだけで他に取り得とかなかったから、
同期の中で一番浮いてたんだよね。でも、妹尾がいたから何とか生き延びてたけど』
『最初はただのルームメイトだったけど、話していくうちにお互いの能力の話になって。そしたら
あいつも僕と同じこと考えててさ、それ知った時はすっごくおかしくって思わず笑っちゃったよ。
それからはあまり深く考えないようにしようって決めた。自分の能力が活かせるように工夫しよう
って妹尾と一緒に考えるようになった』
『だから、あんたの能力だって活かせるはずなんだよ。そりゃあいろいろあっただろうと思うけど、
使わないなんてもったいないよ』
当時の彼女は自分の能力を『あてにならない』『欠陥品』だと悔し涙を見せていた。宮木はそんな
美月を励ますかのように自分の過去のことを話してくれたのだが…どうやら美月が想像していたこ
ととは違って、宮木達は苦しい青春時代を送っていたらしい。
「だが、俺達が入隊した一年後に『課題』はなくなったよ。能力や才能だけが全てじゃないってこと
を四之宮さんが証明してくれたおかげでね」と達己が美月に説明する。
「…そうなの?」
「俺は何もしていない。だが、知らないうちにそういうことになっていた」
だが本人にはその自覚がないらしい。妹尾と達己は知っているようだが、美月はそのことを知らな
いので「なにをしたの?」と達己に尋ねると…。
「菊馬さんと同じことをしたんだよ」と達己が答える前に妹尾が美月に答える。
「わたしと?」
美月は四之宮をちらっと見た。だが、すぐに視線を戻して考える。
「想像できないって顔してるな、菊馬」
「…うん」
美月の様子を見て『分からなくもない』と達己は思った。けれど本人を目の前にしてそんなこと
を言ってしまえば失礼に当たるので、達己は黙っておくことにした。
「だがそのおかげで育巳達以降の世代に『課題』が行われることはなくなって、脱落者は激減した。
正隊員昇格が難しくなかなか成果が挙げられないと、悩み苦しんだ多くの若者が特殊部隊を去って
行ったが、そんなことでは特殊部隊の存続は危ぶまれる。だから『課題』をなくして誰もが正隊員
に昇格できるチャンスが与えられるようになったんだ」
「…チャンス?」
「夏に行われる市街地パトロールと少人数指導だ。『課題』をなくす代わりとして残ったのがその二
つ。一般・実技の授業態度と合わせて、その人間を正隊員に昇格させるかどうかを判断する。だが
菊馬。お前の場合は特殊部隊に入った時点で正隊員に昇格させようと決めていた」
「えっ!?」
驚いたのは妹尾一人のみで、他の二人はただ四之宮の顔を見るだけで冷静だった。しかし、妹尾の
反応が決して間違っているわけではない。
「それは菊馬が予知系超能力者の中でも『使える人間』だと判断したからですか?未来予知・予知夢
・行動予測といった予知系に分類される超能力より…危機回避能力は使い方次第で戦闘に有利にな
る。四之宮さんはそうお考えになったのではありませんか?」
「あぁ。その通りだよ、大庭」
「…もし」
四之宮と達己が話し終わったタイミングで、美月が声を掛ける。
「もし…わたしがはいらなかったら、どうしてたの?」
もし自分が入隊しないと決めたとすれば、彼はあっさりと諦めていたのだろうか?
考えていることが理解出来ない分、美月は気になってしまったのだ。
「そうだな。もしそうなれば、どんな理由を付けてでも入隊させただろう。けどお前は必ず入隊する
と思っていたから、そんな心配は全くしていなかった」
「…そう」
美月はその理由について心当たりがあった。結局、自分が『入隊しない』と言ったところで入隊
せざるを得ない事情を作らされてしまうことになっていたようだ。そう、例えば…
『実は哲から、装備開発の方へ戻ってこいって話がずいぶん前から来ててな』とか。
『装備開発で忙しくなって帰れないこともあるから家を空けることが多くなる。だからお前が学校
へ行けばその心配がなくなるわけだ。独りぼっちで留守番してる間に誘拐されたりでもしたら大変
だからな』などと理由を付けて…。
つまり何が言いたいのかというと…保護者の都合で自分は渋々特殊部隊に入隊させられた可能性も
あった。しかし、彼女が特殊部隊に入隊すると決めた最大の理由は…。
『美月、訓練生でも給料は出るんだぞ?』
『えっ!?』
『宮木君、訓練生の時の給料っていくらぐらい貰ってた?』
『あぁ…確か…最低でも5万は貰ってましたね』
『5万!?』
『どうだ?訓練生になって基礎体力が付けられて出来次第で給料が貰えるんだぞ?』
まさしく…『金』の力だった。




