小森の女体化と、それを知った先輩達の反応…
時は一週間前にさかのぼる。
美月は瀬楽が呼んだ救急車によって、前回お世話になった病院へ運ばれて検査と治療を受けた。
検査の結果、担当医師は危機回避能力の代償と環境の変化による精神的ストレスが重なったことで
起きる体調不良だと判断。時期に目が覚めて、数日間安静にすれば熱も下がると言われていたのだが…。
「…というわけで、命に別状はないそうです」
『そっか。いやぁ~良かった良かった』
四之宮が電話で話をしていたのは、柊先生である。
本来なら保護者である彼が検査結果を聞き、彼女の側に付き添わないといけない立場なのだが…
那賀嶋クローンの件でいろいろ忙しくなると言うことで、『悪いけど、俺の代わりに話を聞いてきて
もらえるかな?』と四之宮を保護者代理に勝手に任命したのだ。
『悪いねぇ、俺の代わり頼んじゃってさっ』
「いえ。どの道、担当医から詳しい事情を聞かないといけなかったのでむしろ好都合でした」
『そう?それなら良いんだけどさ』
「…そろそろ仕事に戻ります。菊馬が目を覚ましたら連絡するので」
『了解。んじゃ、また』と柊先生はそう言って電話を切った。
「…保護者代理、か」
適任者は自分の他にもいただろうに。
四之宮が柊先生との電話を終えて美月がいる病室へと戻ると…宮木と妹尾、そして小森がいた。
「おかえりなさい、四之宮さん」
「あぁ」
「先輩、美月は…「心配するな。命に別状はないし、時期に目が覚めるだろうって医者に言われた」
「…そうですか」
良かった…。
ぐぐぐぐぐぅ~…。
「なんか安心したらお腹空いてきた…」
「そういえばお前、瀬楽からもらったガムしか食べてないって言ってたもんな」
「…うん」
宮木は美月が倒れたと聞いてから、ずっと食べるのを我慢していた。
自分が『お腹空いた』と言わなければこんなことにならなかったかもしれないと、宮木は自分を責め
ていたのだ。
「無事だって分かったんだ。何か食べに行って来いよ」と妹尾が言うと…
「妹尾、連れてって~」と宮木はまるで子供のように甘えた感じで頼む。
「俺はお前の母親か?…まぁ、良いけど。小森、お前も一緒に来るか?」
妹尾が尋ねると小森は首を振って誘いを断る。
「そうか…。俺が言えることじゃないけど、あまり自分を責めるなよ?」
「…」
「1階に売店があったからそこで買おう」
「何でもいい。食べられるならこの際なんでも…すごくお腹空いてきたし」
「すみません、四之宮さん。すぐ戻りますので」
「分かった」
「妹尾~…「分かった、ほら行くぞ」
妹尾は空腹で今にも倒れそうな宮木を1階の売店へ連れて行くため、病室を出て行った。
そして病室に残ったのは、四之宮と美月の側から離れようとしない小森の二人だけとなった。
扉の近くでじっと立っているのもしんどく、四之宮は小森の近くまで足を運ぶ。
「菊馬のことが心配か?」と尋ねると、小森は四之宮の方に顔を上げてコクリと頷いた。
「そうか…」
「…」
「医師の話では危機回避能力の代償と精神的ストレスが原因ではないかと言われた」
『…代償?…ストレス?』
「だが、お前の話を聞けば…菊馬は危機回避能力を代償が出るほどまでに使ってはいないし、環境の
変化による精神的ストレスが重なって起きたというのなら、何度か同じことが起きたはず。まぁ…
宮木のために無理して動いていたかもしれないがな」
『確かに、美月ならやりかねない。でも…無理してたっていうのは絶対にない』と小森が思っていた
その時、美月がゆっくりと目を覚ましたのは…。
「…うっ」
「「っ!?」」
「菊馬」
「…?」
「俺が誰か分かるか?」
「…しの…みや、さん?」
「記憶障害にはなっていないようだな。小森、悪いがここを頼む」と四之宮は小森を一人残して
病室を出て行ってしまった。
「…」
「…ないと。…からだが、あついよ」
「…」
「…たすけて…っ。ないと…」
激しい頭痛と未だ収まらない高熱に一人戦いながら、彼女は必死に『助けて』と涙を流しながら
小森に頼んだのだった…。
それから数分が経過し、宮木と妹尾が売店から戻ってくると…そこにいたのは美月と見知らぬ美少女
が仲良くベッドで眠っている姿が…。
「「…えっ?」」
病室の中に入らず、二人の女子をじっと見つめていると…「どうしたんだ?」と四之宮が担当医を
連れて戻って来た。
「あっ、先輩…」
「どうしたんだ?なぜ中に入らない?」
「いや、四之宮さん。それが……」
「ん?」
四之宮は二人がどうして中に入らずにいるのか分からなかったので、扉を開けて病室の中を確認する。
「…」
二人のように驚く声を上げはせず、四之宮はすたすたと美月達が眠っているベッドまでゆっくりと
歩み始める。するとそれに続いて担当医と病室の中へと入って行った。
「おい、起きろ」
「…うっ」
美少女は四之宮に肩をトントンと叩かれると、ゆっくりと目を開けて身体を少し起こした。
「四之宮さん…」
「なぜ菊馬と一緒に寝ていた?」
「…美月に、助けてほしいって頼まれて…それで」
「飲んだのか?菊馬の血を…」
「…ごめんなさい」
ここまでの話を聞いて四之宮達は確信した。今目の前にいる美少女が、小森夜月だと言うことに…。
吸血鬼能力を使って美月の病気を自分にうつそうとしていた小森。美月の血を飲んだ後、だんだんと
身体が熱くなり激しい頭痛とめまいがしてきたため、これで彼女は救われると彼は思った。
ところが美月の病気を全て小森にうつすことは出来ず、彼は四之宮に起こされて目が覚めたら…『身
体が女体化してしまっていた』…ということになっていたのである。
それから昼時となり、浦瀬が大きな紙袋を持って美月の病室を訪ねて来た。
「四之宮、持ってきたわよ」と浦瀬は入るなり、四之宮に自分が持っていた紙袋を手渡した。
女体化したことにより、小森が着ていた制服が現在の身体に合わなくなってしまったため、
四之宮は浦瀬に電話をして大至急女性物の衣服を持ってきてほしいと頼んでいたのだ。
「あぁ。悪いな、急に頼んで」
「まぁ、別に良いけど…それより、なんで女性物の服を持って来いなんて言ったのよ?」と浦瀬は
四之宮に尋ねる。電話でも聞いたのだが『会った時に説明する』と言われたため、四之宮はここで
彼女に詳しい事情を説明する。
「実は小森が菊馬を助けるために吸血鬼能力を使ったんだが、どういうわけか身体が女性になって
しまってな。そのせいで今着ている制服がきついらしくて…「ちょっと待ってっ!えっ…小森が
女になったの?…なんで?」
「分からない。分かっているのは、菊馬の病気を自分にうつそうとしてそうなってしまったという
ことだけだ」
そう。今現在分かっていることはそれだけだった。
どうしてこんなことになってしまったのかは、小森本人ですら分からないことなのだから…。
「じゃあ、あの子の側にいる女の子が小森ってわけね」
「そうだ」
「ふ~ん~…分かった。じゃああんた達、一旦外に出てくれる?」
「「「えっ?」」」
「えっ?じゃないわよ。あの子を着替えさせるから少しの間、外に出てって言ってるの。いくら男の
子だったからって、今のあの子は完全に女の子なんだから」
というわけで、男性三人は一旦病室を出た。そして、浦瀬が「もう良いわよ」と言って病室へと
戻ると、そこには可愛い服を着た小森の姿が。
「まぁこんなもんね。どう?きつい?」
「いえ、大丈夫です」
「そっ。良かったわ」
むしろこれで『きつい』と言われてしまったら、浦瀬は小森に嫉妬していただろう。
女として…。
「それで四之宮。菊馬の方は大丈夫なの?小森をこんな身体にしちゃったなら、この子にも何か影響
があるんじゃないの?」
「いや。担当医からは危機回避能力の代償と精神的ストレスが重なって起きたことで、命に別状は
ないと言っていた」
「だったら良いけどさ。…じゃあ、下に海老名待たせてあるから帰るわね」
「あぁ。助かったよ、浦瀬」
浦瀬は振り向きもせず、病室をすたすたと出て行った。
そして数分後、今度は大庭兄弟が美月のお見舞いにやって来た。
「お疲れ様です。菊馬のお見舞いに育巳と来たんですけど…そこにいる女の子は…」
「小森だよ」
「「えっ?」」
「菊馬さんの血を飲んで、女の子になっちゃったみたいなんだ」と妹尾から聞かされた大庭兄弟は
少ししてから恐る恐ると小森に歩み寄り、ちらちらと女の子となった彼をじろじろと観察し始めた。
「本当に…小森なのか?」
「あっ、はい…そうです」
「確かにどこからどう見ても女の子だけど…本当に君は小森君なの?」
「はい…本当です。嘘なんかついてません」
知らない人間が見たら、大の大人が美少女に尋問しているような感じだ。そこで宮木は大庭兄弟に
「こらこら二人共、小森が困ってるからそう近くでじろじろ観察しないの」と注意する。
「あぁ…すまない。突然女の子になったと聞いたらつい…」
「僕も…」
この時、宮木と妹尾は思った。
『この兄弟に小森の女体化のことを話すのは間違いだった』、と。




