自分の能力を活かせるかもしれないと言われて迷いが生じてしまったなんて有り得ない
「隊長、先生連れてきたよ!」とそこへ綾小路が保険医の女性を連れて
戻って来た。
「大丈夫ですか?」と瀬楽に声をかける。
「ちょっと頭打っただけだよ」と本人が言うにも関わらず先生は徹底的に
彼の身体を調べる。
「軽く消毒しておきましょう。こっちに来なさい」
「えっ、でも…」
「瀬楽、行って来い。僕が何とかする」
「あぁ…うん。分かった」
瀬楽は保険医の先生と共に霜月達から離れて行った。
その頃、美月と紫野はというとにらみ合いが続いていた。
「私は一般人です。勝負はする前からすでに貴方が勝つ事は目に見えている
はずです」
「そんなこと分かんないじゃん。瀬楽の時はやってくれたのになんで俺には
やってくれないのさ?」
「あれは宮木さんが言いだして…「それでも、瀬楽が押し通して結局は承諾
してたじゃない?」と宮木がまたしても口出しをする。
「貴方はいったいどっちの味方なんですか!?」とその発言にいらっとなり
思わず大声で怒鳴ってしまう美月。
霜月は彼女の怒鳴り声でびびってしまい、おどおどとしていると
その様子を見ていた四之宮と妹尾が美月達の元へとやって来た。
「先輩…止めに来たんですか?」
「試合は一対一の勝負。近くに観客がいたりしたら集中できないだろ?」
「はっ!?待ってください、私は勝負なんて…「ルールは簡単だ」
「って話聞きなさいよ!?」
ここで美月は初めて四之宮に反抗的な態度を取った。だが、それをもろとも
せず四之宮はルールについて語る。
「制限時間以内に相手の身体に振れた数が多い者を勝ちとする。ただし、
触れる部分は肩・背中・腕・腹部に指定する。それ以外はノーカウントだ。
宮木が菊馬、妹尾が紫野に付いて数を数えろ」
「えぇ~なんで僕が」
「文句を言わずにやる」
「はーい」と妹尾に怒られて嫌々と承諾する。
「これなら問題はあるまい」
「…分かりました。それなら」
「ただし。能力は使ってもいい」
「…」
四之宮が担当教師にお願いして、美月と紫野の勝負のために数分だけ時間を
作ってくれた。
動き回る範囲を制限して、宮木の妹尾が彼らの計測を計るために持ち場に
つく。
「二人共、準備はいいか?」
「いつでも」と紫野がいい、「大丈夫です」と美月が四之宮に答える。
「では、行くぞ。よーい、始め!」
その合図と共に紫野が姿を消し、瞬時に美月の所へとやって来た。
「っ!?」
肩をタッチされ、紫野が先手を取った。
ちなみに両手でタッチの際は2ではなく1とカウントされる。
紫野の能力は「瞬間移動」。
自分が行きたい場所を思い浮かべるとその場所へと瞬時に移動できるという
能力だ。
「このっ!」
美月が手を伸ばすもすぐに消えてしまい、背後に現れて今度は背中をタッチ
される。
「…もう、なんなのよ!」
こんなのいじめと同じよ。と思いながらも美月は必至に紫野を追いかける。
瞬間移動を使う彼は美月が近づくとすぐに消えてしまい、どんどんと数を
増やしていく。
「なんかかわいそうになってきた」
「話しかけんな、集中できない」
「ちぇっ」
美月が一回も触れていないので宮木は暇そうにしていた。
そんな本人は、付いていくのがやっとではぁはぁと息を切らしていた。
どうして私がこんな目に合わないといけないの?
あの人達が何考えてるか知らないけど、こっちはいい迷惑よ。
「どうしたの?もう終わり?なんかつまんないなぁ~」
余裕そうに言う紫野の言葉に、美月は昔のある言葉を思い出した。
『お前さぁ…つまんないんだよ。能力者でもないのにさ』
それを思い出すと、すぐさま立ち上がり紫野に向かっていく。
「おぉ、まだやる気?でも…」とまたしても瞬間移動する紫野。
だが、その移動先にはすでに彼女が立っていた。
「なにっ!?」
余裕だって紫野が驚き、また瞬間移動する。
するとまた美月が先読みをして彼の目の前で立っていた。
「なっ、なぜだ!?どうして俺が移動する場所が!?」
美月は何も答えないまま、彼の肩や腹、背中を思いっきり叩いた。
「いたいいたいって!」と我慢ならずに瞬間移動してもまた先読みされて
しまう。
「いちいちいちいち逃げないでよ」と紫野の腕を思いっきり強く掴んで
逃げられないようにする美月。
それを見ていた担任教師は「そこまで!そこまで!」と二人に駆け寄った。
「やりすぎだ。ほら、離しなさい」と美月に言う担任教師。
それを聞いて紫野に掴んでいた腕をパッと離した。
紫野はすぐに立ち上がることが出来ないくらいに脅えていた。
無理もない。瞬間移動を使って適う相手など誰もいなかったのだから。
美月と勝負をしたことで、自分の能力が通じない相手が出来てしまったこと
により、彼は生まれて初めて「恐怖」を感じたのだ。
それを見ていた四之宮は冷静に宮木達に二人の回数を聞いていた。
「結果はどうだった?」
「はい、四之宮さん。紫野が34回で菊馬さんが20回です」
「そうか。ご苦労だったな」
「っていうか、やっぱり彼女のあれ「超能力」でしょ?怒り狂っちゃって
ぼろだすとか本当に…「宮木、それ以上言うな」
「菊馬さん、大丈夫?顔色が」
「大丈夫。ちょっと頭に血が上っただけだから」と言うもののふらついている
美月に瀬楽は「綾、肩を貸してくれ」と美月の腕を自分の肩に乗せる。
瀬楽の指示に従って綾小路は美月の空いている肩を自分の肩に乗せてせーの
と言う合図でゆっくりと歩いて行った。
医務室へと美月を運んだあと、瀬楽達は先生に任せて授業へと戻った。
それからすぐに四之宮達も駆け付けて、美月の容体を聞く。
「詳しい検査をしなければ分からないけど、恐らく「能力」の使いすぎね。
それが原因で体調を崩したと考えられるわ」
「そうですか」
四之宮が先生と話していると、妹尾が止めるのも関わらず宮木が美月がいる
と思われるベッドのカーテンを静かに開ける。
美月は目をつぶって寝ていた。
頭には熱冷シートが張られており、とても苦しそうにはぁはぁと言っていて
いた。しばらく立っていた宮木は疲れたのか置かれていた折り畳み椅子を
引っ張り出して、椅子に腰を掛けて座った。
するとその音に気付いた美月が少し目を開けて自分を見ている宮木に話しか
ける。
「…何か用?」
「やっぱり能力者だったんだね、あんた」
「あんなの…能力のうちなんかに入らないよ。自分の身の危険しか察知する
ことしかできないなんて…一般人でいう「勘」と一緒よ」
美月の目にはいつの間にか涙が溢れていた。
思い出したのだ。両親とのことを、そして先程の紫野との勝負で思い出された
過去のことを。
「私は貴方たちみたいに、すごい能力じゃない。力持ちじゃないし、重力で
物を持つ事も、早く走れることも…瞬間移動もできない。そんなものに比べ
て…私のこの力…私の危機回避能力なんて…あてにならない。ただの欠陥品
だよ」
すると黙って聞いていた宮木が、美月の話を聞いてあることを語り始めた。
「僕も、自分の能力は役に立たないと思ってた。力が強いってだけで
他に取り得とかなかったから、同期の中で一番浮いてたんだよね。
でも、妹尾がいたから何とか生き延びてたけど」
今度は美月が黙って宮木の話を聞く手にまわった。
「最初はただのルームメイトだったけど、話していくうちにお互いの能力
の話になって。そしたらあいつも僕と同じこと考えててさ、それ知った時は
すっごくおかしくって思わず笑っちゃったよ。それからはあまり深く考えない
ようにしようって決めた。自分の能力が活かせるように工夫しようって妹尾と
一緒に考えるようになった」
「へぇ…」
「だから、あんたの能力だって活かせるはずなんだよ。そりゃあいろいろ
あっただろうと思うけど、使わないなんてもったいないよ。だから、特殊部隊
に入れ。そして、僕にまたあの美味しいホットケーキを食べさせろ!」
「狙いはやっぱりそこかよ!」と妹尾が割り込んできた。
どうやらずっと近くで盗み聞きしていたらしい。
「こら、お前達。医務室は静かにしろ」と四之宮も駆け付けてきた。
先生との話はどうやら終わったらしい。
「だって。こいつのホットケーキ食べて以来、ホットケーキ病になっちゃっ
たんだもん」
「なんだよ、そのホットケーキ病って。それなら俺だって彼女のホットケーキ
食いたいわ!」
「お前ら。いったいどうしてホットケーキの話をしてるんだ?話が見えてこないぞ」
四之宮は唯一、美月のホットケーキを食べていないので
彼らがどうしてホットケーキで喧嘩をしているのかが、まったく理解できなかったのだった。
「とりあえず、菊馬。お前が超能力者ということが判明した以上、お前には
特殊部隊に入る権利が与えられる。これはお前自身で決めていい。意味が分か
らないが、他人の言われるがままに入っても意味がないからな」
それは明らかに宮木のことを差していると分かった。
美月は四之宮の話を聞いてすぐに口を開いた
「それは、今じゃないとダメ…ですか?」
「いいや」
「…もう少し、考える時間が欲しいです」
「そうか。分かった」
「…ありがとうございます」
一般人と貫き通そうとした美月だが、宮木の話を聞いて少し迷いが生じたの
だ。自分の能力についてを…そしてそれを活かせる方法が柊先生の発明品
テストの他にもあるかもしれないということを。
しかし、今の体調で深く考えることが難しかったために
時間が欲しいとすぐに返事をせず、あえて「保留」にしてもらったのだった。




