槻ノ木学園と吸血鬼能力者誕生の秘密
「うそっ、気づかれた!?」
「大丈夫よ。さっき黒澤君が向かったから」
「それなら良かった」
宝正が綾小路に告げた後、黒澤がまりもに攻撃を仕掛けているのを確認して綾小路はほっと胸を
撫で下ろす。
「で、どうするの?これから」と恵が尋ねる。
「決まってるだろ?学校に入って菊馬探しと生徒の避難誘導だ」
「えぇ!?あの人達をほって行くの?」
岸本の返事に恵は驚く。だが、岸本はそんな恵に向けて次のように話し始める。
「要、それよりも生徒を避難させる方が優先とは思わないのか?見た所、状況を把握していないよう
に見える。もし興味本位で外に出たりしたら…どうなるか分かってるよな?」
「そっ、それは…」
確かに味方が戦っているのに自分達は避難誘導や仲間探しをするというのはやりづらい。だが、
自分達と歳の近い子供達がこの戦いに巻き込まれたら死傷者が出る可能性が高い。恵は岸本に
返す言葉が見つからず、身を縮めてしまう。
「でも、美月ちゃんどこにいるか分からないよ?いったいどうやって探すの?」と綾小路が尋ねる
と、小森がノートを取り出し『僕が探す』と皆に見せる。
「待って小森君。まさか一人で行くつもりじゃないでしょうね?」
『そのつもりだけど?』とここからは宝生とテレパシーでやり取り。
「だめよ。もしかしたら能力者が学校内に潜んでるかもしれないし、一人じゃ危険よ!」
『それでも行く!』
宝正はテレパシーを通じて小森と会話しているため、他のメンバーには小森が彼女に何を話している
のかは分からない。だが、宝正の返答で小森が何を言っているのかはだいたい予想は付いていた。
恵以外は。
「宝正、小森の好きにさせてやれ」
「岸本さん。貴女までなんてことを言うの!?」
「小森には吸血鬼能力がある。もし学校内に敵が潜伏していたとしても問題はない。とりあえず…
今は着陸だ。屋上へ向かってもどうせ鍵が掛かって入れないだろうしな」
現在宝正達はスケートボード第一・第二弾にて飛行中のため、着陸をしなければならないのだ。
「宝正と僕は避難誘導だ。まぁ、教師も動いているだろうがな」
「そうね。分かったわ」
「小森は綾小路と要と行動しろ。要は槻ノ木学園の生徒だから詳しいし、血の補給も必要だからな」
「えっ!?僕補給のためだけなんですか?」
「冗談だよ。小森、菊馬がいないから代わりに僕の血を吸え」
『嫌だ』
「喋れなくても嫌がっているのは分かる。だが緊急事態だ。良いから吸え、死にたいのか?」
『…分かった』
岸本さんの完全策略の能力を使ったことがなかった小森。だが岸本に
死にたいのかと言われたため、仕方なく彼女の血を吸うことになった。
「…いたたたたっ」
「優樹、ごめん。痛みはすぐ引くから」
「知ってるよ。それより小森、くれぐれも一人で突っ走るんじゃないぞ?」
「うん」
「綾小路、すまないが小森を頼む」
「分かった」というわけで着陸した後、避難誘導組と美月捜索組に分かれメンバーは学校の中へと
入って行ったのであった。
「槻ノ木学園はその昔、大学だったんですよ。ですが大学は槻ノ木学園となった後、研究所は不要
とされた。ですが、卒業生達のお願いもあってこの場所は壊されずに済んだのです。地下でした
し埋め立てるのもめんどくさかったことも理由の一つだとは思いますがね」
本来ならこの話は有村先生から説明を受けるべきなのだが、なぜか陽子が語っている。だが二人
はそんなことを突っ込める余裕はない。
「美月ちゃん、すごくない?まるで歴史の見学に来ている感じがしませんか?」
「そっ…そうね。びっくりだわ」
広くて大きな学校だとは思ってたけど、まさか本当にあるなんて…。
「感想が足りませんね。もう少し欲しいです」
「肝試しが出来そうね?本物の幽霊とか出てきそう」
「幼稚園児程度の感想ですね」
「うるさいわねっ!だったら聞くなよ!」
「では話の続きをしましょう。まずはこの学校の秘密からです。槻ノ木学園は中等部・高等部とし
ての第二スタートを切ってしばらくした頃。正確に言えば、今から約10年前の話となります。
当時15歳、高等部に在籍していた男子生徒が交通事故に遭いました。原因は飲酒運転による
信号無視。男子生徒はすぐに病院へ搬送されました。奇跡的に命は取り留められましたが、彼は
その交通事故のせいで…両目の視力を失ってしまったのです」
「そんなっ!?」
「奇跡的に助かった命ですが、神は…視力と引き換えに彼を助けたのです。当時彼の担任だった
有村先生が詳しく知っているかとは思いますがね」
だがこれにも有村先生は一言も話そうとせず口を閉じるのみ。それにしても、なんという不幸
な事故。10年前となれば美月達はまだ6歳なので覚えているはずもない。
「彼の相談相手に乗っていた有村先生は、こう話を持ちかけたんですよね?『君の目を治せるかも
知れない』って」
「えっ?そうなんですか!?」
「…あぁ」
「有村先生と井上先生は星野に頼みました。ですが、そんな簡単に適合者は見つかるはずがない。
朱莉ちゃんと美月ちゃんのように事は上手く行くはずがありませんでした。そこで星野は科学者
仲間達が当時研究していたある実験に、その男子生徒を使ってはどうかと。最初は反対していた
二人ですが、有村先生は彼に希望を与えてしまった。自分が言ったことなのに、それが出来ない
と彼に伝えるのが怖かった。一生徒のためとはいえ、有村先生は星野の案に乗りました。男子
生徒には手術だと嘘をついて、彼をこの研究所で手術を行ったのです」
「…それで、手術は?」
「もちろん成功しました。彼の目は視力を取り戻しました…ここまでは、順調だったんですよね?」
陽子は『順調だった』のところから有村先生の方をちらっと見る。
「どういうこと?」
「実験ですからね。そんな簡単に成功するはずがないでしょ?手術を終えてしばらくした後、男子
生徒は星野に呼ばれたのですよ。それで血液検査と偽って彼の血を摂取したのです。それが…
すべての始まりだった」
「えっ?まさか…死んじゃったの!?」
手術したのにまさかの死亡?もしそうなら、またしても不幸続きではないかと美月は思う。
「いいえ。死んではいないけど、実験の結果は…失敗だった。ですが星野はそれを黙っていました」
「黙ってた!?どういうこと?」
実験は失敗したはずなのに、どうして星野先生はそのことを黙っていたのか美月にはさっぱり分
からなかった。だがその後、陽子の口から恐ろしいことが告げられる。
「なぜ星野は言わなかったのか。理由はその実験テーマにありました」
「テーマ?」
「星野の科学者仲間のテーマ。それは…回復能力です」
「かっ、回復?」
「そうです。地球温暖化が原因で絶滅していく動物もいれば植物もある。それらは人間の手により
保護され、人工栽培や人工養殖やら人工保育として絶滅を防いでいます。人間って素晴らしいです
ね?」
「のっ、能力って人間の手で作れるの?」
問題はそこだった。美月達が持っている能力は神様、天から授かったものなので人工的に作れる
とすれば、それは人間が人工頭脳を作るようなものと同じ。
「そんな簡単に出来るわけないでしょ?研究に研究を重ねてやっとサンプルが完成した。それで今度
はそれを試しにハムスターで実験しようかって考えていた時に、その男子生徒がタイミングよく登
場したことで彼を実験台にしたというわけですよ」
陽子のここまでの話を聞いて、美月は『回復能力』であることを思い出す。まさか…と思い、美月
は陽子に恐る恐る尋ねてみる。
「もしかして…それの実験って…吸血鬼能力じゃ…ないよね?」
「美月ちゃん……大正解です!!」
「っ!??」
陽子は大げさに美月の正解を喜んだ。別に商品が貰えるわけでもない、ただ質問しただけだ。それな
のにこの喜びようはさすがに引いてしまう。
「そうです。回復能力者を作ることは出来なかったけど、神はそれを吸血鬼能力という新たな能力者
を生み出した。そして男子生徒は特殊危険能力に分類される吸血鬼能力者第一号及び科学者達か
ら注目の的となったのです!」
「だがこれが原因で井上や先生達は…真嶋に殺されてしまった。すべて私のせいだ。私が彼に頼んだ
ばっかりにぃ」と有村先生は井上先生達のことを思い出し、また目に涙を浮かべる。
「ですが有村先生。それで蛍さんが一時的に希望を持てたんですよ?貴方達が蛍さんを実験台にし
たおかげでまりもちゃんや…えっと~美月ちゃん、誰でしたっけ?」
「はっ?」
「ほらっ、美月ちゃんのこと大好きなもう一人の吸血鬼能力者君ですよ」
美月のことが大好きな吸血鬼能力者。それはたった一人しか思い浮かばない。
「小森夜月のことを言ってるの?」
「そそっ。それです!」
やっと思い出しました。と陽子はすっきりしたような顔をする。
「もう言っちゃったけど10年前交通事故により両目の視力を失った男子生徒。それは真嶋蛍だっ
た。彼により吸血鬼能力が誕生し、まりもちゃんや小森夜月君と二号・三号が出来たのです!」
「ロボットみたいに言うなよっ!!失礼でしょ!」
「えっ?どうしてですか?本当のことなのに」
「本当のことだろうがなんだろうがダメなものはダメっ!」
「あぁ~はいはい。分かりました、分かりましたよ。美月ちゃんの言う通りにします」
「それより陽子、肝心の貴女のことまだ話してないわよ?さっさと話しなさい!」
そう。美月は槻ノ木学園と吸血鬼能力の誕生の秘密よりも、陽子の復活劇が知りたかった。黙って
聞いていたが彼女は一向にその話をしないので美月はいらいらしていたのだ。
「えっ?これだけ話してもまだ分かりませんか?」
「はい?」
「ここまで話してもまだ美月ちゃんは、私がどうやって生き返ったのか分からないんですか?」
「えっ?」
「あの時、日影さんに銃で撃たれたの…わざとだったんですよ」
「はぁ!?」
「未来予知で美月ちゃんがあんな行動することは分かっていました。だからそれを利用して、わざと
撃たれたのです。そしてしばらくしてから生き返った。回復の力でね」
「ん?ってことは…貴女、吸血鬼能力者になっちゃったの!?」
「そういうことになりますね。無能力者でもなれるんだからなれるでしょって思って試しにやって
見ました。まぁ、未来予知では成功するのが分かっていたので怖くはなかったですけどね」
「あっ…そう」
「でも美月ちゃんもそうですよね?。小森夜月君に血を与えてるんでしょ?」
「いやいや、それは絶対にないから」と美月はぱっと否定する。すると陽子が「どうして?」と
美月に聞いてくる。
「どっ、どうしてって…」
そう言われても困る。だけどこの質問に似たようなことを誰かに言われたような気がする…と
美月は思った。だけどそれが誰だったのかは思い出せない。
「どうしてそんなことが言い切れるの?美月ちゃん、あれだけ小森夜月君に血を与えるのに!?
ただ血をあげてるだけなの?つまりタダ働きってことなの!?」
「たっ、タダ働き?」
だが陽子の怒りはこれで収まらず話はどんどん脱線していく。
「私の可愛い美月ちゃんの血をタダでもらっているというの?美月ちゃんの危機回避能力と声を
回復させたというのに、美月ちゃんには何もなしなの?そんなの…お姉ちゃんは絶対に許しませ
ん!」
「あの…陽子さん」
「美月ちゃん、私決めました」
「えっ?決めたって何を?」
「決まってるでしょ?小森夜月を殺すんですよ!美月ちゃんの初めてを奪った…あの憎き吸血鬼王子
を私の手で始末します!そう、すべては美月ちゃんのためにっ!!」
『すべては美月ちゃんのためにっ!!』の部分に美月はどこかで聞いた覚えがあるような気が
したが、思い出そうとしても思い出せなかった。
「なんかよく分からないけど、やめろっ!」
「いいえ。やめません!もうそろそろ来る頃なのでついでにやっちゃいます!」
「えっ!?」と美月が叫んだ時だった。突然上からガシャン!!という大きな音が聞えてきたのだ。
「なっ、なんの音だ!?」




