槻ノ木学園男子生徒殺害事件
「ちょっと待ちなさい、そこの少年」
「えっ?…君は、昨日の」
「…おはよう。今日は慌ててないのね?」
「あぁ、うん。昨日はちょっと寝坊しちゃったから…」
「ださっ。私の召使いは寝坊したことなんて一度もないのに」
召使い=蛍。
「めっ、召使い?」
「そうよ。いつも私を起こしてくれるの。それから朝食作ったり、掃除洗濯に家庭教師をしている
わ」
「家庭教師って…君の?」
「えぇ、そうよ。でも私、勉強嫌いなのよね~特に算数」
まりもの得意教科は国語のみ。本人曰く算数・数学が絶望的と言うほど苦手としているために、蛍
はこの教科を教えた後には必ずぐったりとしている。
「そうなんだね。でも君、学校は?」
「あぁ~私、事情があって学校に行ったことがないのよ。だから、あなたが通う学校に行ってみたい
と思って」
「えっ?!僕の学校に?」
「えぇ」
「えっ…でも、生徒じゃない人が学校に入ると先生に怒られちゃうし」
「そうなの?」
「当たり前…って、あっ!やばっ。もうバスが来る!急がなくちゃ!!」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」
「待ってられないよ!」
少年はまりもを置いて、全速力でバス停まで向かい走り出す。そして、なんとかバスに乗れたところ
で一息付く。
「ふぅ~。間に合ったぁ…」
3つ目になると少年が通う学校の前に止まり、少年はバスを降りると…「へぇ~これが学校なのね」
と隣から女子の声がするのでちらっと見ると、なぜかそこには置いてきたはずのまりもの姿があった。
「うわぁああ!???」
「っ…ちょっと何よ。急に大声出さないでちょうだい」
「そりゃあ出したくなるよ!どうしてここにいるの?」
「それは教えられないわ。教えるといろいろとめんどくさいから」
蛍から嫌と言うほど教え込まれたこと。喋ってしまえば、この少年を―――。
「付いて来ても困るよ…。うちの学校の生徒じゃないと、学校には入れないんだ。だから悪いけど」
「じゃあどうしたら入れるの?」
「えっ?」
「学校の生徒じゃない人は、どうしたら学校に入れるの?」
「そっ、それは…分からないけど」
「ふーんー…まぁ、いいわ。ばれないように学校の中を探検するから」
「えっ!?ちょっと待ってよ。ばれないようにって、その格好で入ったら絶対目立つって」
「大丈夫よ。腹黒家庭教師に教わったことをやれば…こんなの楽勝よ」
「らっ、楽勝って…「じゃっ、また会いましょう」
「えぇ~…本当に入って行っちゃうの?」
大丈夫かな???
少年はまりもを追いかけることはしなかった。勝手に付いて来たわけだし、本人の好きにさせてあげ
ようと言う気持ちもあったが、決してそれだけではない。これ以上深入りしないようにするためだ。
お互いに名前も名乗ってないし、教師達に「どうしてここまで?」と尋ねられても少年に付いて来た
としか言いようがないから、まず自分が特定される可能性は低い。いやするはずはないだろう。男子
生徒に絞られたとしても、学校に男子生徒はたくさんいるのでその中から少年を探すなんて言い出す
教師は一人もいないだろう。時間の無駄だ、と少年は何事もなかったかのように学校の中へと入って
行った。
槻ノ木学園に通う、要恵は高等部一年三組に在籍する15歳。
彼はまりもとの出会いにより、平和で何気なく過ごしていた日常が大きく変化していくことをまだ
知らない。例えそれが…彼にとって残酷な結果となってしまっても―――。
恵はそれっきりまりもとは会うことはなく、彼女のことは記憶からは消えて普段通り休み時間を一人
で過ごしていると、クラスメイトの女子達三人の会話が耳に入ってきた。
「私の妹、ここの中等部にいるんだけどね。クラスの男の子が一昨日の夜に出かけたきり帰ってきて
ないんだって」と話す黒髪の三つ編み女子が友達二人に話すとそれを聞いて「えっ?マジで?」と
セミロングの女子が驚いた後、ロングヘアーの女子が「それ、警察には言ったの?」と尋ねる。
「うん。その子が行きそうな場所は手当たり次第探したみたいなんだけど、まだ見つかってないみた
い」
「こわっ。なんでその子夜なんかに出かけたのかねぇ~?」とセミロングの女子は手を使って両腕を
擦る。
「そうだね…」
早く見つかると良いね?と女子達が話しているのを聞いていた恵は、「たぶん殺されてるな」と勝手
に予想する。もちろん確信があったわけじゃないが、一昨日いなくなって警察が探しても見つからな
いとなると残されたのはその一つのみ。なんらかの事件に巻き込まれた可能性が高い。今の世の中、
子供が保護者なしに出かけてしまうのは危険。だが共働きの家庭が多いし、「子供達の付き合いもあ
るだろうから」ときつく言えないし、仕事場に子供を連れて行くわけにもいかずどうしても家で留守
番をさせがちなのだ。
そして三つ編み女子の話を聞いた三日後、その男子生徒の遺体が発見されたとニュースで流れて
担任や校長からも事件のことがあったために、全校生徒や保護者達に「夜の外出は控えること。やむ
を得ない事情がある場合は、同伴または連絡を取り合うようにほしい」と告げられる。だが―――。
その一週間後のこと。高等部に在籍する男子生徒が帰宅した際、教室に忘れ物をしたことに気が付き
母親に「忘れ物したから取りに行ってくる」と言い家を出たのだが、夕食時になっても男子生徒は
戻って来ないので心配になった母親は学校側へと連絡。教師が男子生徒が在籍する教室へと向かっ
たのだが、彼どころか教室には誰もおらず教師はすぐに警察へと連絡。母親も父親や近所の人と共
に息子を探した。無事でいてほしいと願う両親達だったが…その願いは叶うことはなかった。
翌朝。男子生徒は在籍するクラスの教室で遺体となって発見される。しかもどういうわけか、掃除
道具入れのロッカーに無理やり押し込まれる形で…。
死亡推定時刻は二人共ばらばらで遺体発見場所も違う。共通しているのは、槻ノ木学園の男子生徒で
二人の身体の血はほとんど抜き取られていたということ。遺体を隅から隅までくまなくチェックした
がどこにも針を刺した跡が見つからず、警察は能力者の可能性があると判断し特殊部隊に協力を要
請したのであった。
「というわけだ。槻ノ木学園男子生徒殺害事件の犯人は能力者である可能性があると警察が断定し、
我々に協力を求めてきた」
「槻ノ木学園って言うと…中等部・高等部とあるここら辺じゃ、有名な学校ですよね?」
「かわいそうね。まだ若いのにもったいないわねぇ~」と話すのは鮎川チームの鮎川愛華と鰆崎十夜。
「なんにせよ。これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。特殊部隊の名にかけてなんとしてでも」
「でも隊長。具体的には何をすればいいのでしょうか?被害者の二人は槻ノ木学園の生徒で血を抜か
れて亡くなったこと以外共通点がありませんし」
「バカ、それだけでも十分に分かるだろ?学園に生徒として侵入して生徒を監視するとか、外の見張
りをしてパトロールするだとかいろいろとだな…」
特殊部隊正隊員。勝山チーム隊長、勝山正義。年齢は26歳。
メンバーは小山守、21歳と内山一、21歳である。
小山は天然で心配性なところがあるのでよく勝山に質問するが、内山はそんな彼よりしっかりしてお
り、頼りになるのだが…時々その真面目な性格が行きすぎて考え込んでしまうことも――。
「相変わらず正義感の塊だね?」と宮木は妹尾に耳打ちで愚痴をこぼす。
「おいっ、やめろって」
「聞えてるぞ宮木。勝山さんを侮辱するような言い方するなよな」
「別に侮辱なんかしてないよ、内山。僕は勝山さんのそのままを…「お前達、その辺にしておけよ」
「四之宮さん」
「先輩…」
「勝山さん申し訳ありません。うちのバカが…「構わん。それより話の続きをしよう」
「バカって、先輩ひどい」
「お前はしばらく黙ってろ」と宮木は妹尾に左頬をつままれる。
「いたいっ…いたいって…」
鮎川チーム・勝山チーム・四之宮チームはしばらくの間杉村と共に話し合って、会議は三時間後に
終わった。
「あぁ~お腹すいたぁ~妹尾、食べ物…」
「今は持ってない。食堂行くぞ」と宮木と妹尾は食堂へ行くのを見て、小山は「宮木は相変わら
ずだね~」と独り言を呟くと「小山、何してる?置いてくぞ」と内山に言われて小山は「あっ、
待ってよ、内山」と彼に慌てて付いていく。
「それで四之宮君、どうするの?勝山さんがほとんど仕切ってるけど」
「別にどうもしませんよ。俺達の中で最年長ですから、勝山さんが指揮を執るのは当然かと」
「それもそうだけどねぇ~。私、勝山さん少し苦手なのよ」
「鮎さんダメですよ。そんなこと言っちゃあ…」
「本人いないから良いじゃないの」
「そりゃそうですけど」
「勝山さんは宮木君の言った通り『正義感の塊』だから、上手くいかないと暴走するから気を付けな
いといけないし」
「でも、味方としては心強いですよ?」
「そうだけど…ねぇ、四之宮君」と四之宮に振ってくる鮎川に彼は少し溜め息を付いた後、
「とにかく勝山さんが指揮を執る以上、俺達は彼に従うしかありません。次の犠牲者が出る前に、
一刻も早く犯人を見つけ出し、早期解決すれば済む話です」
「早期解決…ねぇ~」
そう、上手くいくかしら?と鮎川は声には出さなかったものの、心の中で思うのであった。




