運転の練習をさせられるなんて聞いてない!
阿相との電話を終えた後、宮木は先程のことを熊木に尋ねる。
「いったい、どうなっちゃってるの?16歳の美月に脅迫状って」
「私にも分かりません。今届いたメールで初めて知ったんですから…」
熊木のスマホに届いたメールに目を通した妹尾は声に出して、説明し始める。
「つまり、昨日の朝に菊馬さんから星野陽子宛ての脅迫状をその記憶操作の超能力者に届けさせた。
立花静香を人質に取り、菊馬さんに一人で指定した場所に来させようとしたが…」
「四之宮さんに止められて、私に変装した正隊員と数名でその指定された場所へと来たみたいですが
…彼女は現れず、代わりに立花静香の死体が発見されたというわけです」
「そしてまた手紙…脅迫状が彼女のポケットから発見され、今度同じ手を使えばその変装した相手を
人質にして菊馬さんが来るのを待ち続けると書かれてあったと」
「自分から会いに済む話だろうけど…そうはいかないよね?でもさ、僕達戻って大丈夫なのかな?
あの探偵、僕達も一緒にって言ってたんだよね?」
「はい。未来が大きく変わり始めているので、そうも言ってられなくなったんだと思います。ひょっ
としたら…私と阿相さんが知っている未来にはならない可能性も十分有り得ます」
「それなら良いんだけどさ…ねっ、妹尾」
「そうだな。でも、油断しないように気をつけよう」
でなければ自分は宮木を殺してしまう。妹尾は気を引き締めた。
「では私の車を使って、阿相さんと合流しましょうか。妹尾さん、すみませんけど…「美月。妹尾
ばっかり頼らないの。免許あるならちゃんと練習しなさい」
「えっ!?」
宮木の言葉に熊木は驚く。どうしてこんな時に運転の練習なんて…と。
「宮木、何も今じゃなくても…」
「妹尾は美月に甘いんだよ。未来がどうなってるか知らないけど、今のうちに練習しないといつか
絶対痛い目に遭うよ?」
「でっ、でも急いで行かないと阿相さんに怒られてちゃいますし…」
「高速って手段があるでしょ!」
「こっ、高速…教習所以来行ってないし。遅いのかよく追い越され…「それだったら尚更乗らない
とダメ!」と宮木は熊木の腕をぎゅっと掴んで歩きはじめる。
「ちょっと宮木さん、痛いです!」
「加減してるって。あの時みたいに腕折れないから大丈夫だって」
あの時と言うのは、スーパーで買い物に出かけていたことを指している。喧嘩していたので彼女に
謝ろうと腕を掴んだ結果、宮木は彼女の右腕に怪我をさせてしまったのだ。
「それでも痛いです。離してください」
「離したら絶対逃げるでしょ?妹尾、悪いけど僕の荷物持って来て!」
「あっ…あぁ…」
妹尾は応接室にある宮木と自分の分の荷物を持って事務所の外へと出ると、すぐそこには車が置かれ
ており、熊木がカーナビに目的地を設定しているところだった。
「宮木、荷物どこ置けばいい」
「ありがとう。後ろに置いといてくれればいいよ」
「分かった」
「妹尾は後ろね。僕は助手席に座るから」
「お前、本当に熊木さんにさせるのか?完璧に教官っぽいんだけど…」
「美月の運転がどれほどまでか知らないから、近くで見ておかないといけないでしょ?それに、
交通事故なんて起こされでもしたら未来の話よりも厄介事になりそうだし」
「それだったら俺が運転した方が良くないか?」
「ダメだよ。それだと練習にならないじゃない」
「どっちにしろ、運転させる気なんだな。お前」
「ほら美月。妹尾も乗ったんだから早く出発しなよ」
「あっ…はい。じゃあ行きます」
熊木は宮木の合図で車を動かし始めた。注意深く周りを確認し、運転するものの二人は彼女の運転
をしばらく見て「危なっかしいなぁ…」と思い始める。そして高速に入ろうとするところで熊木は慌
て始めたので宮木は彼女に指示を出す。
「はい、そこに入って」
「はい!」
「スピード落として。そのままだとぶつかるよ?」
「はっ、はい」
「本当に教官っぽいな、宮木」
「妹尾。後ろ見ててよ?美月だけじゃ頼りないからね」
「お前がいるから俺は別に…「見落としている場合があるから頼むよ」
宮木がいるから様子を見ているだけに徹していた妹尾だったが、宮木からのお願いで後ろの見張り
係を任されることになった。ゲートを無事に抜けてスピードを出していく熊木だったが、助手席に
座っていた宮木はメーターを見て彼女に声を掛ける。
「美月、高速なんだからもっとスピード出さないと。追い越されちゃうよ?」
「そっ、そう言われても…「ほらっ、言ったそばから後ろの車に追い越された」
後ろに走っていた軽自動車がスピードを上げて熊木達が乗っている車を追い越したのだ。それを
見て熊木はショックを受ける。
「高速って怖いんですよ」
「怖がっても仕方ないでしょ?文句言わないでしっかり前を向いて。それともっとスピード出して」
「はっ…はい…」
熊木は宮木を本気で鬼だと思った。さすがの妹尾も彼女をかわいそうだと思ってはいたが、今の彼に
それを伝えたところでまた「妹尾は美月に甘い」と言われてしまうのは目に見えていたので、妹尾は
黙って見ていることにする。
「だいぶスピードは出てきたけど、やっぱり追い越されちゃうね?それになぜか右寄り過ぎて怖い」
「もう。それだったら宮木さんが運転すればよかったじゃないですか」
「頑張って練習してください。でないと一生一人前の運転手にはなれないよ?」
「…」
これ以上反論すれば気まずくなってしまうと考えたのか、熊木は宮木と会話をするのをやめて運転に
集中することにした。宮木もそれが分かってか彼もまた黙り込んでしまい、車内は静かな雰囲気に
包まれる。妹尾はどうしようかと悩んでいた。話しかけるべきか?それとも…このまま黙って見張り
をするべきか…。だが、その悩みはすぐに解決される。
♪~。
「ん?何かなってるぞ」
「あっ、私のスマホです」
「美月は運転があるでしょ?僕が見てあげるから、運転に集中して」
「はい…」
「妹尾。美月の鞄からスマホ出して」
「おぅ。…阿相さんからだ」と熊木の鞄からスマホを取り出し画面に表示されている名前を口で
伝え、宮木に手渡す妹尾。
「あの探偵か。何の用だろう?…もしもし」
「宮木か?なぜお前がこのスマホに出る?」
「美月は今運転してるから、僕が代わりに出たんだよ」
「なんだと!?あいつに運転させてるのか?」
「そうだよ」
なぜそんなに驚く必要があるのだろうか?と宮木は疑問に思ったが、それはすぐに阿相の口から
話される。
「お前達は勇者か?!あいつの運転は私の知る限りでは一番最悪なんだぞ?前は80点だとすれば
後ろは5点。とてもじゃないが、あいつが運転する車に乗るには命がいくつあっても足りない」
思い出すだけで心臓が痛くなる。と大げさに言う阿相に、宮木は少し腹を立てて彼に言う。
「あんたの教え方がなってないんじゃないの?」
「馬鹿者、私は車の免許を取得していない!」
「じゃあ文句言わないでよ。…それで、何の用なの?」
驚いたことに阿相は自動車免許を持っていないことが判明し、宮木は聞いて呆れてしまうものの
今はそれどころではないと怒りを抑え、彼に電話した要件を聞くことにしたのである。
「あぁ。お前達と合流するために待ち合わせをしようと思ってな」
「特殊部隊じゃダメなの?カーナビにはそれで設定しちゃってるんだけど」
「目的地を変えればいいだけのことだ。今から私が言う場所に向かってくれ。私もそこへ向かう」
阿相が言うには、これからその場所へ向かうので熊木達もそこへと来てほしいとのこと。詳しいこと
は合流してから教えるとのことで、宮木は阿相と話しながらカーナビの目的地を変更する。
「変更したよ。約1時間か…2時間ぐらいかかるかな?」
「分かった。それまでに私は仕事をしながらお前達を待つ事にするよ」
「美月にも聞いたけどさ… 僕達が行って本当に大丈夫なわけ?未来での僕は、記憶を奪われた妹尾
に殺されちゃうんでしょ?」
「…未来は大きく変わってきているが、お前が死ぬ可能性が消えたわけではない。もしかしたら違
う形でお前は命の危機にさらされるかもしれないし、それを完全に止められる保障もない。だが
、星野陽子が16歳の菊馬を人質を使ってまでして、彼女と二人きりで会うことを望んでいる。
これはなんとしても阻止しなければならないのだ。星野陽子と菊馬を会わせるわけにはいかない。
もし二人が会えば…彼女は恐らく殺されるか、そこにいる熊木のように絶望させられるだろう」
それがどういう形でかは、分からないがな。と阿相は宮木に説明する。
宮木の死なのか…それとも違う形で絶望させられることになるのか。どちらにせよ、16歳の
菊馬美月をなんとしても守らないといけないことに変わりはない。
「それは…僕が死んだとしても、絶対に阻止しないとね。未来がどうなるか分からないけど…美月
が殺されることも絶望させることも…僕は嫌だから」
宮木の言葉を聞いて熊木はチラッと彼を見て、また正面に顔を向き直した。
『僕も自分の命が危険にさらされたとしても見捨てる選択肢はない。死ぬって分かってても、僕は
美月が危ないと分かれば助けるよ』
熊木は宮木の言葉を思い出し、少し目がうるってきたがそれを必死で抑え運転に集中することに。
一方阿相はそのカッコいいセリフに「やれやれ」と思ったが、それはそれで安心する。熊木が
絶望した理由は宮木の死が一番の原因であり、彼が不安を感じれば熊木にとって大きなプレッシャ
-となるからだ。だがその心配はいらなかったみたいだなと阿相は少し笑みを浮かべる。
「なかなかカッコいいセリフを言ってくれるじゃないか?」
「本当のことを言っただけだよ」
「そうかそうか。では一、二時間後に会おう。もっとも熊木の運転で無事に辿り着けたらの話だが
な」と阿相は電話を切り、目的地へと目指して再び歩き始めたのであった。




