53.幸せの絶頂のはずが・・・
<<ミディア>>
お母さんが病院を退院した日、私達はみんなと一緒に、役所に行くことにした。
お母さんは、そんなに急がなくても、もっとゆっくり考えてもいいんじゃないと言ってくれた。
でも、先に伸ばすと、また決意が鈍ってしまうかもしれない。
それで、みんなを振り回すのも嫌だったし、何よりそんなことになったら、私が自分のことを嫌いになってしまうだろう。
だから、みんなにお願いして、すぐに役所に行くことにした。
「でも、どうしていきなりルーイエの家に入りたいなんて言い出したんだい?」
道中、お母さんにそう聞かれた。
まあ、いきなりだったし、驚くのも無理はない。
昨日見た夢のことを、みんなに話すと、みんな驚いた顔をしていた。
まあ、普通は信じられないよね。でも、
「そう、ミディアのお母さんがそんなことを・・・
こりゃあ、ミディアのご両親にもキチンと挨拶しておかないといけないな。」
「じゃあ、午後からお墓まいりにでも行きますか。」
どうやら、お父さんとお母さんは、私の話を信じてくれたみたいだ。
役所について、受付にいくと、一枚の紙が渡された。
その紙に、私とレームおじさんが魔力でサインをして提出すると、あっさり手続きが終了した。
「紙切れ一枚で手続き終了って、なんか味気ないね。」
帰り道、ラーファがそう呟いた。
まあ、紙と言っても、魔法契約とか使う特殊な紙なので、実際には魔法契約を交わしたことになる。
とはいえ、もっと色々な手続きがあると思ってたので、正直少し拍子抜けだった。
でも、お母さんの話によると、どうやらお父さんとお母さんが、私がルーイエ家に入った場合の準備を、役所の人と事前にしていてくれたらしい。
私の同意があれば、いつでもルーイエの家に入れるようになっていて、だからサイン一つで手続きが完了したらしい。
お父さんお母さんは、私がいつでも家族になれるように、ずっと準備していてくれたんだ。
お父さんとお母さんの愛情を感じることができて、しばらく私の頬は緩みっぱなしだった。
家に戻って、しばらくするとエレーネ先輩が遊びに来た。
「ミディア、今日は一緒にハーメルトンのイデアトゥアを見にいくぞ。」
「エレーネ先輩、昨日も見たのに、今日も見にいくつもりですか?」
「ハーメルトンのイデアトゥアは何度見てもいいものなんだよ。
それに、昨日はあんまり見れなかったからな。」
「えっ、そうなんですか?」
エレーネ先輩の話だと、昨日ラーファと一緒にハーメルトンのブースに行ったものの、あまりの大混雑でゆっくり見れなかったらしい。
そりゃあ、あれだけ人が集まってたら、なかなかゆっくり見れないだろうね。
「それに、昨日はラーファが元気がなくて、仕方がないから、さっさと帰って来たんだよ。
アイツ、ずっとミディアのことを気にしてたからな。」
「エレーネ先輩にも迷惑かけちゃったみたいで、すみません。」
「いいっていいって。
そんなことよりミディア、もう元気になったか?」
「ハイ、大丈夫です。
ていうか、昨日も別に落ち込んでたわけじゃないんですけどね。」
私がそう言うのとほぼ同じタイミングで、扉をノックする音が聞こえて来た。
「ミディア、今日は午後からイデアグラルに出かけるんでしょ。」
入って来たのはお母さんだった。
「ウン、午後からみんなで行くつもりだよ。」
「じゃあ、お小遣いあげるよ。」
お母さんはそう言って、私にお小遣いをくれた。
「いいよ、お母さん。
私、自分のお小遣いあるし・・・」
「私がミディアにあげたいの。
いいから、持って行きなさい。」
お母さんは、そう言って、私の手にお小遣いを手渡した。
「ありがとう、お母さん。」
「じゃあ、気をつけて行ってくるんだよ。」
お母さんは、わたしにお小遣いを渡すと、すぐに部屋を出て行った。
「まったく、お母さんったら・・・」
ラーファはお母さんの後ろ姿を見て、苦笑していた。
一方、エレーネ先輩は、私とお母さんのやりとりを、驚いた表情で見ていた。
「なあ、ミディア・・・さっき、ラヴィおばさんのことを、お母さんって言ってなかったか?」
そっか、エレーネ先輩には、まだ話してなかったっけ。
「やっほー、ミディアちゃん。
って、あれ、みんなすでに揃ってるね。」
とそこに、琴音もやってきた。
今日はいつもより少し早いね。
でも、ちょうどいいので、2人にもきちんと話しておこう。
「あのね、琴音、エレーネ先輩。
実は、2人にお話ししたいことがあります。」
<<琴音>>
ミディアちゃんのことが気になって、今日は少し早めに寝て、こっちに来たんだけど、いきなりミディアちゃんが話したいことがあると言われて、私はすごい緊張していた。
まさか、昨日お母さんと会えなかったとか・・・それとも、お母さんに酷いこと言われたとか・・・
こういう時、どうして私は悪いことばかり考えるんだろう?
大丈夫、ミディアちゃんのお母さんは、きっとミディアちゃんのことを思ってくれている優しい人だよ。
そんなことを考えていたら・・・
「琴音、エレーネ先輩・・・」
ミディアちゃんが真剣な表情で、私に話しかけてくる。
何だろう、この緊張感は?
ミディアちゃんが何を言おうとしているのか、息を飲んで待っていると、ミディアちゃんが私達に向かって頭を下げる。
「この度、私は、ルーイエの家に入ることになりました。
それに伴い、私の名前も、ミディア・ルーイエ・ラーヴォルンに変わることになりました。
これからも、どうかよろしくお願いします。」
「ええっ!?」
私もエレーネちゃんも、驚きの声を上げていた。
ミディアちゃんが、昨日の人形劇を見て、色々思うところがあることは知っていた。
でも、まさか、ルーイエの家に入っちゃうとは思わなかった。
「ミディアちゃん、お母さんと会って、そう決めたの?」
「ウン、お母さんが言ってくれたんだ。
私のことよりも、自分の幸せのことを考えなさいって。」
「いいお母さんだね。」
私がそう言うと、ミディアちゃんは嬉しそうに頷いた。
「お母さんに会ったって・・・まさか、守護人か!?」
エレーネちゃんがそう言うと、ミディアちゃんは驚いた表情に変わる。
「エレーネ先輩、もしかして、お母さんが守護人であることを知ってたんですか?」
「いや、知っていたわけじゃなくて、なんとなくそう思っただけだよ。
ミディア、よくお母さんの夢を見るって言ってただろ。
あと、リッカ・モンディールに襲われた時、ミディアは2回もリッカの攻撃を弾き返したと聞いたから、もしかしてって思ったんだよ。」
「まさか、あの時、お母さんが私を助けてくれたってことですか?」
「多分・・・そうだと思う。」
エレーネちゃんがそう言うと、ミディアちゃんは嬉しそうに、自分の胸に手をぎゅっと押し当てる。
そっか、ミディアちゃんは、今でもずっとお母さんに守られてるんだね。
よかったね、ミディアちゃん。
「そこまでわかってたんだったら、ミディアにもっと早くに教えてあげたらよかったのに・・・」
ラーファちゃんがエレーネちゃんにそう言う。
でも、エレーネちゃんは、他の人にこのことは話さない方がいいと言った。
「守護人ってのは、最後の切り札的存在だから、あまり他の人に知られない方がいいと思ったんだよ。
ただでさえ、ミディアは今、狙われているかもしれない身だからね。」
なるほど、エレーネちゃんは、ミディアちゃんの身を案じて、あえて黙っていたんだ。
コンコン・・・部屋にノックの音が響き渡る。
「ミディア、午後からイデアグラルに行くんだろ?」
部屋の扉が開くと、レームおじさんが入ってきた。
「ウン、そうだよ。」
「じゃあ、お小遣いをあげよう。」
レームおじさんはそう言って、ミディアちゃんにお小遣いを渡そうとする。
「さっき、お母さんからお小遣いもらったから、いいよ。」
でも、ミディアちゃんが断ると、レームおじさんはすごい落ち込んでしまった。
「お小遣いをあげるのは、私の役割だったのに・・・」
えっ、ルーイエ家では、お小遣いをあげる役割なんてものがあるの?
あまりの落ち込みっぷりに、ミディアちゃんも少し困惑しているようだった。
「や、やっぱり、お小遣い貰っとくよ。
ありがとう、お父さん。」
ミディアちゃんがそう言って、お小遣いを受け取ると、レームおじさんは嬉しそうに部屋を出て言った。
「ミディア、お昼ご飯だけど、何が食べたい?」
今度はラヴィおばさんが部屋に入ってくる。
「えーっと、何でもいいよ、お母さん。」
「そうかい、食べたいものがあったら、何でも言ってね。」
ラヴィおばさんはそう言って、すぐに部屋を出て行く。
でも、すぐに入れ替わりに、またレームおじさんが入ってくる。
「そうだ、ミディア・・・」
「なに、お父さん。」
「えっと、その・・・そうだ、お小遣いあげよう。」
「さっき、もらったばかりだよ、お父さん。」
「そ、そうだったっけ?
いやあ、最近、物忘れが激しくなったみたいだな。」
レームおじさんはそう言って、部屋を出て行く。
いや、ミディアちゃんにお小遣い渡してから、10分も経ってませんけど・・・
それからも、ミディアちゃんの部屋に、レームおじさんとラヴィおばさんが5分おきぐらいに入ってきて、流石にミディアちゃんも困惑気味だった。
「お父さん、お母さん、いい加減にして!!!」
ついに、ラーファちゃんがキレて、レームおじさんとラヴィおばさんに説教し始める。
「きっと、ミディアちゃんに、お父さん、お母さんって言ってもらいたいんだよ。」
私がそう言うと、
「えっ、そんなことのために!?」
ミディアちゃんはすごい驚いていた。
「これからは家族として一緒に暮らして行くんだから、そんなに気にかけてくれなくていいよ。
でも、アリガトね、お父さん、お母さん。」
ミディアちゃんがそう言うと、2人はすごい嬉しそうな表情でミディアちゃんに謝って、そそくさと部屋を出て行った。
「こんなこと、年上の人に言ったら、失礼かもしれないけどさあ。
なんか、かわいいよなあ、ルーイエ夫妻。」
エレーネちゃんが苦笑しながらそう言う。
でも、私もエレーネちゃんと同じことを考えてた。
2人とも、ミディアちゃんが家族になってくれて、本当に嬉しかったんだね。
「それはそうと、ミディア・・・」
ラーファちゃんが、真剣な表情でミディアちゃんの方を見る。
「せっかく家族になったんだし、私のことも、お姉ちゃんって呼んでほしいなあって・・・」
「お前もかい、ラーファ。」
すかさず、エレーネちゃんがラーファちゃんに突っ込んでいた。
「えーっ、ラーファはラーファだよ。」
ミディアちゃんはそう言って、ラーファちゃんの要求をやんわりと断る。
でも、私もミディアちゃんがお姉ちゃんと言うところを聞いてみたい。
「せっかく家族になったんだから、1回ぐらいお姉ちゃんって言ってあげてもいいんじゃない。」
私がそう言ったら、ミディアちゃんは驚いた表情で、私の方を見る。
「そうだな、1回ぐらいは言っておかないとな。」
よし、エレーネちゃんも話に乗ってくれた。
多分、エレーネちゃんは面白そうだから乗っかってくれたんだと思うけど、ラーファちゃんは嬉しそうにエレーネちゃんの方を見ていた。
さすがに、私達3人から言われると、ミディアちゃんも断りづらかったみたいだ。
「じゃ、じゃあ・・・1回だけだよ。」
ミディアちゃんは、顔を真っ赤にして、ラーファちゃんの方を見る。
ていうか、なぜそんなに顔を赤らめる必要が?
「ミディア。」
ラーファちゃんが、ミディアちゃんの名前を呼ぶ。
すると、ミディアちゃんは、顔を真っ赤にしたまま、
「な、なあに・・・ラーファ・・・お姉ちゃん・・・」
グハッ!!!
あまりのかわいさに、思わず悶絶してしまった。
「やった・・・やったあ!!!」
ラーファちゃんは、大喜びしていた。
ていうか、ラーファちゃん、興奮しすぎて、なんか鼻血出てるよ。
「今の映像、イデアにきちんと撮っておいたから。」
いつの間にか、エレーネちゃんは隠し撮りをしていたようで、それを聞いたラーファちゃんは、
「エレーネ、よくやった。
今度、私にコピーしてちょうだい。」
鼻血を拭きながら、エレーネちゃんにダビングをお願いしていた。
「あーもう嫌だ。恥ずかしい。」
ミディアちゃんは、恥ずかしさのあまり、頭を抱えてうずくまってしまった。
「ねえ、ミディア・・・もう一回お姉ちゃんって言って。」
「もう絶対言わない・・・言わないから!!!」
ミディアちゃんは真っ赤になって拒否していた。
<<ミディア>>
まったく、琴音もエレーネ先輩も、なんでこんな恥ずかしいことをさせるんだろう。
確かにラーファは私のお姉ちゃんなんだけど・・・改まって言うと、なんかすごい恥ずかしい。
だって、今まで、ラーファのことは名前でずっと呼んできたから、今更呼び方を変えるのは、なんかすごい恥ずかしい。
「おじさんやおばさんの呼び方も変わったのに、どうしてラーファだけ恥ずかしいんだ?」
エレーネ先輩がそう聞いてきたけど、そんなの私にもわかんないよ。
とにかく、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ。
こんな感じで、部屋で無駄なことをやってたので、家を出るのがすっかり遅れてしまった。
食事を取った後、私達はイデアグラルの会場であるリーブルガルトに向かうことにした。
でも、北街行きの定期船乗り場は、想像以上の大勢の人で溢れかえっていた。
「こりゃあ、今日は昨日より混んでそうだな。」
エレーネ先輩がため息をつく。
私達は、ギュウギュウ詰めの定期便に乗って、北街へと向かう。
おかげで、北街に到着する頃には、すっかり疲弊しきっていた。
そして、そんな私達の前に広がっていたのは、昨日よりもさらに多い人、人、人の群れだった。
「本当に、こういう時は琴音が羨ましいよ。」
私がそう言うと、ラーファもエレーネ先輩も大きく頷いた。
それから、私達は人混みの中をかき分けて、ようやくリーブルガルトに到着すると、昨日以上のすごい行列ができていた。
「リーブルガルト公園の端から端でも足りなくて、3回も折り返してるぞ。
一体どんだけの人が並んでるんだ!?」
これには、エレーネ先輩も驚いていた。
私達は、昨日と同じ、行列を横目に、招待者専用の入口を入っていく。
今日はこっちにも少し行列ができていたけど、向こうの行列に比べたら全然大したことなかった。
「なんだか、すごい悪いことをしている気分になるわね。」
ラーファがそう呟く。
確かに、私達、何も悪いことしていないのに、なぜか罪悪感を覚えるよ。
「あれっ、みんな、今日も来たんですか?」
私達の姿を見つけると、アイは驚いていた。
イデアグラルは、普通は1回見たら十分だから、あまり繰返し見に来ることはないんだけど、でも、
「この人混みで、昨日はほとんど見れなかったからね。
それに、ミディアからアイに話したいことがあるって言うし。」
「えっ!?」
ラーファの話を聞いて、アイの表情に緊張が走るのがわかった。
そういや、昨日はすぐに帰っちゃったし、もしかして、ずっと私のことを気にしてくれてたのかな?
「アイ。」
「な、何かな・・・ミディア・・・」
アイは、なんかすごい緊張していた。
それに、なぜか少し涙目になっているような気がする。
そんなアイの様子を見て、ラーファとエレーネ先輩は、吹き出しそうになっていた。
もう、そんなに笑ったら、アイがかわいそうだよ。
私は、アイに挨拶とお礼が言いたいだけなんだからね。
「実は私、この度、ルーイエの家に入ることになりました。」
「ええっ!!!ミディア、ルーイエの家に入ったの!!!?」
私が挨拶すると、アイはすごい驚いていた。
「これもみんな、アイのおかげだよ。
ありがとう、アイ。」
「えっ・・・えっと・・・ウン・・・どうも・・・」
私がお礼を言っても、アイは混乱しているようで、曖昧な返事しか返ってこなかった。
「本当にありがとう、アイ。」
ラーファもアイにお礼を言う。
「いえ・・・でも、私の人形劇がきっかけになったんだとしたら、こんなに嬉しいことはないです。」
アイは少し照れながらそう言った。
「おかげで、さっき、いいものも撮れたしな。」
「ちょっと、エレーネ先輩・・・」
私は、慌ててエレーネ先輩を止めようとするけど、
「何ですか、エレーネ先輩?いいものって・・・」
私を押しのけて、アイはエレーネ先輩の元に駆け寄ると、2人は隅っこの方に行ってコソコソ話しだす。
いいものって、多分、私がラーファのことをお姉ちゃんって呼んだことだと思うけど、映像を見せるのはやめてほしい。
でも、私の願いも虚しく、
「グハッ、こ、これは・・・なんかすごい妄想力を掻き立てられる映像ですね。」
どうやら、アイにも見られてしまったらしい。
「もう、あれを見せるの、やめてくださいよ。」
「ていうか、ミディア、私にも見せてよ。
今、私の目の前で、ライブでやってよ。」
「何だよライブって・・・絶対もう言わないから・・・」
私が強くそう言うと、ラーファは落ち込んでしまった。
「ミディアちゃん、そんなこと言ったら、ラーファちゃんがかわいそうだよ。」
琴音が、私にそう言うと、
「せっかく家族になったのに、どうしてラーファにだけお姉ちゃんって呼んであげないんだよ。」
エレーネ先輩からも責められる。
でも、もうその手には乗らない。
まともなこと言ってるように見えるけど、2人とも、私がお姉ちゃんって言うのを見たいだけなんだから。
『気をつけて・・・ミディア!!!』
突然、頭の中にお母さんの声が聞こえてくる。
昨日の優しい声とは違う、すごい切迫した感じの声だ。
「お母さん!?」
どうやら、お母さんは、何か危険を察知したらしい。
でも、一体何に気をつけたらいいんだろう?
「どうしたの、ミディア?」
ラーファが、私に話しかけてくる。
「さっき、頭の中にお母さんの声がしたんだ。
気をつけてって、すごい切迫した声だった。」
私がそう言うと、ラーファとエレーネ先輩とアイは、私を囲むように立って周囲を見渡す。
でも、周囲は大勢の人がいるだけで、何に気をつけたらいいのか、わからなかった。
「ミディア、お母さんの声、まだ聞こえる?」
「ウウン、さっきので最後・・・」
『みんな、早くそこから逃げて!!!』
さっきよりも、さらに切迫したお母さんの声が聞こえてきた。
「お母さん、一体何が起こるの!?」
お母さんに尋ねてみたけど、それ以上、何も聞こえてこなかった。
「なあ、さっきの声が、ミディアのお母さんなのか?」
エレーネ先輩が驚いた表情でそう言う。
「私も聞こえた。
早く、そこから逃げてって。」
「私も・・・」
どうやら、ラーファとアイにも聞こえたらしい。
一体何が起こるのかわからないけど、こんなに必死なお母さんの声を聞いた以上、私の行動は決まっていた。
「今すぐ、ここから出よう。」
私がそう言うと、ラーファとエレーネ先輩も頷いてくれた。
でも、アイは出ることを躊躇していた。
「私は・・・午後の公演がもう一本残ってるから、ここに残らないと・・・」
アイのブースの前には、午後の公演を見るために、大勢のお客さんが並んでいた。
せっかく、お客さんが並んでくれているのに、今更中止なんてアイも言えないんだろう。
でも、お母さんの言う通り、何かが起こるんだとしたら、アイだけじゃなく、ここにいるお客さんにも危険が及ぶかもしれない。
だって、お母さんは、みんなに逃げてって言った。
だったら、アイだけじゃなく、みんなにも逃げるように言わないと・・・
『まさか・・・そんなことが・・・
ダメ、ミディア・・・今外に出たら・・・やられる。』
「えっ!?」
また、お母さんの声が聞こえてきた。
でも、外に出たらやられるって、どう言うことだろう?
その時だった。
「なあ、今、悲鳴が聞こえなかったか?」
エレーネ先輩がそう言う。
私もラーファも、アイも、耳を澄ましてみるけど、周囲の喧騒で何も聞こえない。
「ねえ、さっきからどうしたの、みんな?」
琴音が不思議そうに私に訊ねてくる。
ってことは、さっきのお母さんの言葉、琴音には届いてないんだ。
さっき、お母さんが私に言ったことを、琴音に伝えると、琴音の表情も変わる。
「私、ちょっと、外の様子を見てくるよ。
私はこんな体だから、多分大丈夫だと思うし・・・」
「でも、気をつけてね、琴音。」
「わかってるよ。」
琴音はそう言うと、人をすり抜けて、リーブルガルトの壁をすり抜けて、外に出ていく。
とその時だった。
「きゃあああああ!!!」
女性の甲高い悲鳴が、今度ははっきり聞こえた。
「聞いたか?」
エレーネ先輩は強張った表情で、私達の方を見る。
今度はラーファとアイも聞こえたらしい。
とその時、すごい勢いで、琴音が真っ青になってこっちまで戻ってきた。
「た、た、た、大変!!!」
「どうしたんだ、琴音?」
エレーネ先輩が琴音に話しかけるけど、琴音はガタガタ震えていた。
「大丈夫、琴音?」
私が声をかけると、琴音は少しだけ落ち着きを取り戻したみたいだ。
「な、なぜか・・・公園にたくさんの人が倒れていて・・・
それに、人に襲いかかっている人達がたくさんいて・・・
一体・・・何が起こってるの!?」
よっぽど怖かったのか、琴音は泣きそうになっていた。
「広場は・・・大混乱で・・・リーブルガルトに逃げようと・・・入口にみんな殺到しているけど・・・
あまりにも人が多くて・・・なかなかうまく行ってないみたいで・・・」
とその時、大勢の人が2階に駆け上がってくる。
もしかして、外から逃げてきた人かもしれない。
詳しく話を聞いてみようと声をかけようとした時、彼らの1人が大声で叫んだ。
「メッサニアが・・・メッサニアが現われた。」
「えっ!?」
メッサニアと言う単語を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
「嘘だろ!?」
エレーネ先輩が、驚いた顔で2階の窓に向かっていく。
多分、外の様子を見ようと思ったんだろう。
でも、その時だった。
ガッシャーン!!!
すごい音と共に、窓が破られ、何かが飛び込んでくる。
窓から飛び込んできたのは、どうやら人のようだった。
でも、窓から飛び込んだせいか、あちこち出血しているようだった。
近くにいた女の人が、手当てをしようとその人に近づいた時だった。
倒れていた人が、突然起き上がると、近くに寄ってきた女性を押し倒して、女性の胸に何やら魔法を撃ちこんだ。
倒れた女性の体は一瞬大きくピクンと跳ねてから、そのまま動かなくなってしまった。
窓から飛び込んできた人が顔を上げる。
その表情は、とても普通の人間のものとは思えない、狂気に満ちた表情だった。
「あの・・・魔法は!!?」
ラーファは、目の前の光景に絶句していた。
「メッサニアだ!!!!!!」
その光景を見た、大勢の人達が、一斉に逃げ惑う。
さっき、破られた2階の窓や、他の窓から、一斉にメッサニアが飛び込んで来て、近くの人に襲いかかった。
さらに、1階の窓からも、何人かメッサニアが飛び込んでくる。
私達は、1階から入ってきたメッサニアと、2階から入ってきたメッサニアにはさまれて、完全に逃げ場を失っていた。
早く逃げないと・・・
でも、恐怖で体がすくんで、全く動かない。
今日は、私の人生で一番幸せな日になるはずだったのに・・・
どうして、こんなことになってしまったんだろう?
(用語集)
(1)イデア
様々な用途で使用される魔法媒体のこと。
マーシャントの情報を記録する性質を利用している。
ミディア達が使うイデアは、主に映像を記録した映像イデアのことを指す。
(2)イデアトゥア
イデアを使った仮想空間技術
空間そのものを、別の仮想空間に作り上げるための技術である
高度な技術を持つ空想士によって作られることが多い
(3)リーブルガルト
ラーヴォルン北街の中央にあるイベント施設
様々なイベントで使用されることが多く、最近ではハ―メルトンのコンサートでも使用された。
アトゥア最大のイデアトゥア施設を備えているため、イデアに関するイベントや学術研究等でもよく使用される。
(4)イデアグラル
毎年秋にリーブルガルトで開催される最大のイデアイベント
イデアに関する作品であれば、魔導士・空想士といったプロから、学生や一般人まで、誰もがイデア作品を出展できる
近年は応募者が多いため、厳正な審査で出展者が決められている
(5)メッサーとメッサニア
メッサーとは大量のマーシャントを圧縮して魂に打ち付ける魔法で、禁呪指定されている魔法
死亡率が6割以上もあるが、生き残ると至高の快楽が得られると言われている
メッサーと呼ばれる魔法は多く存在し、中でもエヴィラルと呼ばれる魔法は、メッサーの中でも最高の快楽を得られる魔法として有名である
メッサーの至高の快楽に取りつかれた人達のことをメッサニアと呼んでいる
メッサニアになると、自分が撃たれたメッサーを自動的に習得する
メッサーは、他人から撃ってもらわないと快楽を得られないため、まず人間にメッサーを撃ち、メッサニアにしようとする。
一時期、メッサニアの存在はアトゥアを恐怖に陥れたが、アトゥア中の国々が団結して撲滅運動を行なってきたため、メッサーとメッサニアの恐怖は以前よりは小さくなった。
しかし、今でも相当数のメッサーとメッサニアが潜んでいると言われている。




