50.本当の家族とは?
<<ミディア>>
レームおじさんの連絡で、ラヴィおばさんはすぐに病院に運ばれた。
私は病院に向かう間、頭が真っ白で、道中のことはほとんど覚えていなかった。
ラーファは、ずっと泣いていて、レームおじさんも不安そうな表情を浮かべていたと思う。
その時、私の頭の中にあったのは、ただ一つの願いだけだったと思う。
お願い、無事でいて・・・
私達は、祈るように病院に駆け込んだ。
「過労ですね。」
「えっ!?」
「今はもう意識も戻られています。
ですが、限界寿命に近い年齢ということもあるので、念のために、数日は入院してください。」
お医者さんの話を聞いて、全員脱力していた。
いや、過労も十分大変なことなんだけどね。
みんな、限界寿命の方にばかり意識が行ってて、最悪の事態ばかりを想定してたから、過労と聞いて、思わずホッとしてしまったのだろう。
でも、確かに、ラヴィおばさんは、最近少し過労ぎみだったと思う。
ルフィル・カロッサが終わって、忙しさのピークは過ぎたとはいえ、旅館とレストランの経営、その合間を縫って、家事をこなしてたのだから、疲れがたまらないわけがない。
しかも、後でレームおじさんに聞いた話によると、フリージアさんのお葬式の手伝いまでしていたという。
私は、お仕事を手伝っているつもりだったけど、まだまだ全然足りていないのかもしれない。
病室に入ると、ラヴィおばさんはもう目を覚ましていて、ベッドから体を起こしていた。
「お母さん・・・お母さん!!!」
ラーファは、ラヴィおばさんに抱きついて号泣していた。
「よかった。」
レームおじさんもホッとしていた。
「よかったじゃないですよ。
あまり無理な仕事をさせちゃダメですよ。」
レームおじさんは、病院の人に怒られていた。
私は、まだボーッとしていた。
まるで、今までの出来事が夢のように思えた。
なんていうか、ぽっかりあいた心の穴が、開いたまま戻りきっていないといった感じだ。
「ミディアも心配かけて悪かったね。」
ラヴィおばさんに声をかけられて、我に返った。
「えっ、ウウン、大丈夫みたいでよかったよ。」
「ありがとう、ミディア。」
そう言って、ラヴィおばさんが私の方を見て、ニコッと笑顔を見せる。
「よかった、本当に・・・」
「ミディアにも、本当に心配かけてゴメンね。」
ラヴィおばさんはそう言って、私のことをそっと抱き寄せた。
そのぬくもりを感じた瞬間、ぽっかり空いた私の心に、突然感情が溢れてきて・・・
「うわああああああん・・・」
気がついたら、私は堰を切ったように泣いていた。
ラヴィおばさんは、私が泣いている間、ずっと私の頭を優しく撫でてくれた。
「よかった、大丈夫そうで。」
翌日、エレーネ先輩達が、病室までお見舞いに来てくれた。
琴音も、エレーネ先輩達と一緒に来てくれたけど、見えるのが私達だけということもあり、部屋ではおとなしかった。
「みんな、お見舞いに来てくれて、アリガトね。」
ラヴィおばさんは、もう退院しても大丈夫だと言ってるらしいけど、レームおじさんから安静にしているように言われたらしい。
ラーファは、もういつものラーファに戻っていた。
でも、私はというと、実は少しモヤモヤしていた。
ラヴィおばさんが無事で、本当によかったとは思ってる。
でも、ラヴィおばさんに抱きしめられたあの時、私の心の中に溢れてきたあの感情は何だったんだろう?
今でもよくわからないけど・・・それは、とても暖かくて大切なもののように思えた。
「ミディアちゃん、さっきからボーッとしてるけど、どうしたの?」
琴音が私にそう言ってきた。
「私、そんなにボーッとしてた?」
「ウン、なんか元気ない感じがするよ。
ラヴィおばさんが無事だったんだから、もっと元気になったかなあって思ってたんだけど・・・」
「ちょっと、考え事をしてただけだよ。」
私は琴音に心配をかけないように、笑顔でそう答えた。
そう、私は別に元気がないわけではない。
でも、心の底から元気になれるかと言われると・・・やっぱり難しい。
今回、ラヴィおばさんが倒れたのは、過労によるもので、ラヴィおばさんはもうすっかり元気を取り戻したからよかったけど・・・
でも、レームおじさんにも、ラヴィおばさんにも、限界寿命が迫っているという事実に変わりはない。
これから、何かある度に、こんな不安な思いをしないといけないのだろうか?
限界寿命の低下の理由となっているマーシャントの減少がなぜ起こっているのか?
いろんな人が調べているけど、原因は今もなおわかっていない。
ルフィルがさぼってるからだとか、アトゥアの寿命が近いからだとか、色々と言われているけど、結局、ハッキリしたことは何一つわかっていない。
そして、わからないまま、限界寿命は2人の年齢にどんどん迫ってきている。
でも、私にもラーファにも、どうすることもできない。
それが、もどかしくて仕方がなかった。
<<アイ>>
ラーファ先輩のお母さんが、まさか倒れるとは思わなかった。
ここ数日、私はイデアグラルで講演する人形劇の準備を一生懸命やってきた。
でも、ラヴィおばさんが倒れたと聞いて、本当にこの劇をやってもいいのかなと思うようになった。
少し不安になって、みんなとお見舞いに行った帰りに、忘れ物をしたと言って、私は一人ラヴィおばさんのいる病室へと向かっていた。
ラヴィおばさんは、私が一人で戻ってきたのを見て、少し驚いていた。
「おばさん・・・少し相談したいことがあります。」
私はそう言って、ラヴィおばさんに今の気持ちを話した。
ラヴィおばさんは、私の話を黙って聞いてくれた。
「まさか、おばさんが倒れるなんて思ってなかったから・・・
やっぱり、お話の内容を変えた方がいいとは思うんですけど、今からだと、もう直す時間がなくて・・・」
私がそう言うと、ラヴィおばさんはニコッと笑った。
「そんなこと、気にしなくていいのに。
アイーシャに変な気を使わせてしまったわね。」
「いえ、そんなことは・・・」
「私は、本当にもう大丈夫だから。
ルーイエ・アスクが心配だから、早く退院させろって言ってるんだけど、なかなか退院させてくれなくて、困ってるくらいだよ。」
ラヴィおばさんは、笑いながらそう言った。
なんか、ラヴィおばさん、入院して逆に元気になったような気がする。
「それと・・・ですね。
これからイデアグラルの準備で忙しくなっちゃうから、多分、お見舞いにも来られなくなっちゃうと思うんですけど・・・」
「わかってるわよ。
私のことなんか気にしなくていいから、思い切り頑張ってきなさい。
私は行けそうにないけど、あなたのお父さんがイデアに記録してくれるそうだから、後で見せてもらうわね。
頑張ってね、アイーシャ。」
ラヴィおばさんはそう言って、私を励ましてくれた。
「ハイ、私、頑張りますね。」
「それにしても、ベイ・カロッサで私達が話していたことを、人形劇のお話にしてくれてたなんてね。
本当にそんな話でよかったのかい?」
「私もイデアグラルに何出そうか困っていたところだったので、ちょうどよかったです。
それに・・・」
「それに?」
「私、やっぱり、想いはちゃんと伝えた方がいいと思うんです。
直接伝えることは難しくても、人形劇だったら伝えやすいと思うんです。」
「ありがとう、アイーシャ。」
ラヴィおばさんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。
ラヴィおばさんと話をしてよかった。
おかげで、俄然やる気が出てきたぞ。
イデアグラルまであと5日。
ようし、ラストスパートだ。
<<ミディア>>
ラヴィおばさんが入院してから、私とラーファは、学校の帰りに病院に寄ってから帰るようになっていた。
エレーネ先輩は、私達と一緒に付き添いでお見舞いに来てくれる。
でも、アイは
「ゴメン、イデアグラルの準備で忙しいから、先に帰るね。」
そう言って、授業が終わると、1人先に帰ってしまう。
アイがイデアグラルの人形劇に一生懸命なのはわかるけど・・・なんか少し寂しかった。
でも、ラヴィおばさんはもう元気で、さっさと退院させてほしいと医者にせがんでいるくらいだった。
アイは、そんなラヴィおばさんの様子を見て、もう心配ないと思ったのかもしれない。
確かに、入院してリラックスできているからか、最近のラヴィおばさんはすごい元気だ。
この様子だと、私達もお見舞いに来なくてもいいかもしれない。
「こないだから、ミディアちゃん、ラヴィおばさんのことを一生懸命看病しているね。」
琴音が私に話しかけて来た。
病室では、琴音は自分から話しかけることなく、ずっと黙って私達のことを見ていることが多かった。
病室には、琴音の姿が見えないラヴィおばさんとかエレーネ先輩とかいるから、多分話すことを控えてるんだと思う。
でも、今は、私は病室を出て、病院内になる購買に向かうところだった。
購買には、琴音もついてきて、今は2人きりの状況だ。
だから、琴音は遠慮なく、私に話しかけてきたのだろう。
「ウン、だって、ラヴィおばさんには今までお世話になってきたし。」
「私ね、ミディアちゃんが看病している姿を見て、思ったんだ。
ミディアちゃんは、もうすっかりラーファちゃんの家族の一員なんだなあって。」
「本当にそう見える?」
「ウン。」
琴音が笑顔で頷いた。
私は、ルーイエさんにとても感謝しているし、今では本当の家族のように思っている。
だから、傍で見ていた琴音がそう思ってくれたんだとしたら、すごい嬉しい。
「ラーファちゃんもラーファちゃんのご両親も、ミディアちゃんに優しいし・・・
ウン、これはもう本当の家族だよ。」
でも、琴音がそう言った瞬間、私の鼓動がトクンと跳ねた。
『私はミディアと本当の家族になりたい。』
以前、ラーファが私に渡したイデアの中で、私に向かってそう言ったのを思い出した。
そして、こんなことも言ってた。
『今度は、家族になるために、ミディアに心の壁を取り除いてほしい。』
ラーファは、私のことをどう思ってるのだろう?
今でも、私が、みんなに心の壁を作ってるように見えるのだろうか?
ラーファに聞いてみたかった。
でも、ラーファは、今は病室でラヴィおばさんとエレーネ先輩と談笑中だろうし、こういう話は聞きづらい状況だった。
「どうしたの、ミディアちゃん?
もしかして、私、何かマズいこと言っちゃった?」
琴音が、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ウウン、なんでも・・・」
そうだ、琴音に聞いてみよう。
琴音だったら、もしかしたら何かわかるかもしれない。
「ねえ、琴音、実はね・・・」
それから、私は、以前ラーファが言ったことを琴音に話した。
「そっか、ラーファちゃんがそんなことを言ったんだ。」
「私、ラーファが、どうしてあんなこと言ったのか、未だにわからなくて・・・
しかも、あれ以降、このことには一切触れてこないし・・・
私は、ラーファにも、レームおじさんにも、ラヴィおばさんにも、すごい感謝してるし、本当の家族だと思って、接してきたつもりだよ。
でも、それだけじゃダメなのかな?」
私の話を、琴音は真面目な表情で聞いていた。
「やっぱり、ラーファは、私に、ルーイエの家に入ってほしいのかな?」
「でも、ラーファちゃんは、家にはこだわらないって言ってたんでしょ?」
「ウン、そうだけど・・・」
私が考え込んでいると、琴音は何かを思いついたように、笑顔で頷いた。
「私ね、なんとなく、ラーファちゃんが言いたいことがわかったような気がしたよ。」
「えっ!?」
琴音からの予想外の返事に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。
「教えて、琴音。
私、ラーファが、どういうつもりであんなことを言ったのか知りたい。」
でも、私がそう言うと、琴音は困った表情を浮かべる。
「ウーン、こういうことって、私が教えていいことなのかな?」
「どういうこと?」
「ラーファちゃんからは、全く何も言ってこないんでしょ?
もしかしたら、ラーファちゃんは、ミディアちゃんが気づいてくれるのを待ってるんじゃないかなって思ってね。」
確かに、琴音が言うように、ラーファは私が気づくのを待っているのかもしれない。
でも、今の私には、どうしてもラーファの真意がわからない。
そして、わからないまま、時間だけが過ぎていく。
このまま、わからないまま、ラーファの両親が限界寿命を迎えてしまったら・・・
その時のことを想像して、思わずゾッとなった。
「教えて、琴音。
私達には、時間がないの。」
私がそう言うと、琴音は全てを察してくれたのか、自分が気づいたことを話してくれた。
「じゃあ、ヒントだけね。
といっても、私だって、本当にラーファちゃんの真意に気づけたかどうかわかんないからね。」
琴音はそう断ってから、続きを私に話した。
「さっき、私が、ラーファちゃんのお母さんの看病頑張ってるねって聞いた時、ミディアちゃん、なんて答えたか覚えてる?」
「確か、ラヴィおばさんには今までお世話になってきたからって言ったと思う。」
「ウン、それだよ。」
琴音は小さく頷いた。
私、なんか変なこと言ったかな?
「ミディアちゃん、何かあるたびに、真っ先にラーファちゃんの両親への感謝の気持ちを話すよね。」
「だって、身寄りのない私を引き取ってくれたんだし・・・感謝してもしきれないよ。」
「確かに人に感謝する気持ちってのは、とても大切にしないといけないと思うよ。
でもね、ミディアちゃんの場合、それが少し強すぎるんじゃないかな?」
「えっ!?」
まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
感謝の気持ちが強すぎるって、どういうことだろう?
「それにね・・・ミディアちゃんは、身寄りのない自分を引き取ってくれたから、ラーファちゃんのお母さんの看病をしてるの?」
琴音にそう言われて、私は言葉を失った。
これじゃ、まるで引き取ってくれた対価として看病をしているみたいだ。
でも、さっきの私の返事は、そういう解釈をされてもおかしくないわけで・・・
「違うよ。」
私が強く否定すると、琴音は小さく頷く。
「じゃあ、ミディアちゃんは、どうしてラーファちゃんのお母さんの看病をやってるの?」
そんなの決まってる。
ラヴィおばさんに死んでほしくないからだ。
どうして死んでほしくないかっていうと、それは・・・
「ラーファの家族のみんなが大好きだからよ。」
私がそう答えると、琴音は満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
「もう、答えを言っちゃったかもしれないね。」
琴音の言いたいことが、私にもハッキリとわかった。
「ミディアちゃんって、特に好きと言う感情を表に出すことをためらうでしょ。
ラーファちゃんが言いたかったことは、そういうことなんじゃないかな?」
「感謝も大事だけど、もっと感情を表に出せってこと?」
「さっきも言ったけど、ラーファちゃんが私と同じことを思ってるかどうかはわからないよ。
これは、あくまで私が思ったことだから。」
琴音は、改めて念を押す。
でも、私は、琴音の言ったことと、ラーファの考えていることは、かなり近いんじゃないかと思うようになっていた。
なんだかんだで、琴音は鋭いところがあって、私が困っている時に、答えをくれる。
やっぱり、琴音に相談してよかった。
おかげで、答えにかなり近づけたような気がする。
部屋に戻ると、ラヴィおばさんが小さい頃のラーファとエレーネ先輩のことを話していた。
「昔、エレーネが熱出して、魔法研修に行けなかったことがあったでしょ。
あの時、ラーファ、私も休むって泣き出して、大変だったのよ。」
「もう、お母さん、一体いくつの時の話をしてるのよ。」
ラーファが真っ赤になって怒っていた。
エレーネ先輩はというと、その話を聞いて、ニヤニヤした表情でラーファの方を見ていた。
「おお、いいところでミディアが帰ってきた。」
そして、エレーネ先輩は、さっきラヴィおばさんから聞いた話を、私に話してきた。
「ちょっと、ミディアに変なこと話さないでよ。」
ラーファが再び真っ赤になる。
そんなラーファとエレーネ先輩を見て、ラヴィおばさんはクスッと笑った。
それからしばらく、今日学校であったこととかたわいもない話をしていると、病室に珍しい人がやってきた。
「おやおや、わざわざ見舞いに来てくれたのかい、ヴィルトワ。」
「過労で倒れたそうですね。
これも、エレーネがいつも迷惑かけているせいですかね?」
「ちょっと、私が迷惑かけてるって、どういうことよ?」
エレーネ先輩が、ヴィルトワさんを睨む。
「エレーネには、いつもよくしてもらってるよ。」
ラヴィおばさんがそう言うと、エレーネ先輩は得意げな表情で、ヴィルトワさんの方を見る。
そんなエレーネ先輩を見て、ヴィルトワさんはクスッと笑った。
相変わらず、仲のいい兄妹だなあ。
「それで、ヴィルトワ、そちらの女の人とは知り合いなのかい?」
ラヴィおばさんがそう言うと、その場にいた全員が笑い出す。
ヴィルトワさんと一緒にお見舞いに来ていたのは、ヤシュラムさんだったからだ。
「えーっ、男の人だったのかい!!!
ずっと女の人だと思ってたよ。」
私達が話すと、ラヴィおばさんは目を丸くしていた。
やっぱり、みんな驚くよね。
「ヤシュラムさんも、お見舞いに来てくれたんですか?」
私が訊ねると、小さく頷く。
「ミディアさんとラーファさんのお母さんが倒れたって聞いたものですからね。」
「えっ!?」
何気なく言ったヤシュラムさんのその一言に、私はドキッとなった。
私は、ラヴィおばさんのことを、本当のお母さんみたいに思っている。
でも、こうしてお母さんってはっきりと言われてしまうと、少し戸惑ってしまう。
どうして、私は戸惑っているんだろう?
「ミディアさん、どうかしましたか?」
気がつくと、ヤシュラムさんが首を傾げて、こちらを見ていた。
「えっ、ウウン、なんでもないです。
わざわざお見舞いに来てくれて、ありがとうございます。」
私がお礼を言うと、ヤシュラムさんも部屋に入ってくる。
ヤシュラムさんが長期滞在のお客様であることを、ラヴィおばさんは気づいていたようで、
「ルーイエ・アスクでの生活はいかがですか?」
とヤシュラムに尋ねる。
「すごく快適ですよ。
それに、ラーヴォルンはいい街ですね。
今回は仕事で滞在してますが、できることなら、このままここに住んでしまいたいくらいですよ。」
「それはよかった。」
ラヴィおばさんは笑顔で答えた。
<<琴音>>
さっきまですごい楽しかったのに、ヴィルトワさんが来てから、なんかすごい緊張する。
どうしても、あの時のヴィルトワさんを思い出して、緊張で体が固まってしまう。
あれ以来、ヴィルトワさんとは会っても会話をしていない。
ていうか、私が一方的に避けているだけなんだけど・・・
お見舞いの帰り道も、ヴィルトワさんとヤシュラムさんは一緒だった。
もっと、みんなと話したいのに、この2人がいると、なかなかみんなに話しづらい。
「琴音、さっきからおとなしいね。」
ミディアちゃんが、私に話しかけて来た。
「いやあ、みんな楽しそうだなと思って。」
「そう言えば、エレーネ先輩は、まだ琴音が見えないんですか?」
ミディアちゃんが私を気遣ってくれたのか、エレーネちゃんに話しかける。
でも、その話題になると、自然とヴィルトワさんにまで会話はたどり着くわけで・・・
「兄貴、早く私に視力と聴力を返してよ。」
エレーネちゃんが、ヴィルトワさんにそう言う。
ということは、まだエレーネちゃんに私の姿は見えないってことになる。
「この視力と聴力は俺のものだ。
お前には貸してやってるだけだ。」
「じゃあ、早く貸してよ。」
「だから、イデアグラルまで待ってくれって言ってるだろ。
他人に視力と聴力を貸すのって、お前が思っている以上に疲れることなんだぞ。」
ヴィルトワさんはエレーネちゃんにそう言った後、私の方を見る。
「まあ、そう言うことで、イデアグラルの日まで我慢してくれな、琴音。」
ヴィルトワさんと視線が合って、全身に緊張が走る。
「ウ、ウン、わ、私だったら大丈夫・・・です。」
私がそう答えると、ヴィルトワさんは何事もなかったように、エレーネちゃん達との会話に戻っていった。
ヴィルトワさんは、本当に疲れたから、エレーネちゃんやアイちゃんに貸していた視力と聴力を返してもらったのだろうか?
未だに、私を孤立させるために、2人から取り返したという考えが、頭から消えない。
「どうしたの、琴音?」
ミディアちゃんが、私に話しかけてくる。
「いや、何でもないよ。」
「そう、だったらいいけど・・・
何か話したいことがあったら、遠慮なく私に話してね。」
「ありがとう、ミディアちゃん。」
いや、まだ私にはミディアちゃんとラーファちゃんがいるじゃないか。
私は何を弱気になってるんだろう?
「もうすぐ、イデアグラルだね。
アイちゃんの人形劇が楽しみだよ。」
私がそう言うと、ミディアちゃんは苦笑する。
「私は、人形劇の話の内容が、今から心配で仕方がないよ。
今回は一般区画での展示なんだし、少しは自重してくれているといいんだけどなあ。」
ミディアちゃんの心配、すごいわかるなあ。
一度、アイちゃんの部屋に入ったことあったけど、すごい部屋だったからなあ。
でも、審査を通過したってことは、今回はまともな話なんだと思う。
ていうか、そうであると信じたい。
「2日目から特別区画に移動なんてことになりませんように・・・」
ミディアちゃんが本気で心配している姿に、思わず苦笑してしまった。
「大丈夫だよ。
一応審査には通ってるんでしょ?」
「そうだね・・・
アイがどんなお話を作ったのか、楽しみだね。」
ミディアちゃんは、そう言ってニコッと笑った。
私達がこうして話している間も、きっとアイちゃんは必死にイデアグラルの準備をしているのだろう。
こないだ、チラッと夜遅くにラーヴォルンに来たことがあったけど、アイちゃんは夜遅くまで何やら一生懸命頑張っていた。
魔法のことは私にはわからないので、何をやってるのかはわからなかったけど、すごい真剣な表情で頑張っていた。
相変わらず、部屋はすごいままだったけど・・・
だから、きっと素晴らしい人形劇になるはずだ。
アイちゃんがイデアグラルでどんな話をやるのか、今から楽しみだ。
(用語集)
(1)マーシャント
マーシャントとは宇宙にあふれる生命エネルギーのようなもの。
生命や星は、マーシャントを消費しながら生命活動を行なう。
地球ではマーシャントの存在は認識されていないが、アトゥアではマーシャントの存在は知られており、魔法やイデアなどに活用されている。
(2)限界寿命
平均的な魂強度を持つ人間の魂が消費するマーシャント量と、現在のアトゥアのマーシャント量の変化を元に計算された人間が生きられる寿命年齢のこと
魂強度の個体差によって、寿命に若干のばらつきがあるが、計算精度はかなり高い。
(3)イデアグラル
毎年秋にリーブルガルトで開催される最大のイデアイベント
イデアに関する作品であれば、魔導士・空想士といったプロから、学生や一般人まで、誰もがイデア作品を出展できる
近年は応募者が多いため、厳正な審査で出展者が決められている




