43.エレーネの行方
<<ミディア>>
ルフィル・カロッサも無事に終わって、今日は街中あげての大掃除の日だ。
ラーヴォルンではルフィルのお祭りが終わった翌日に街中で大掃除をするんだけど、最近ではこの大掃除も観光名物になっているらしい。
ただ普通にお掃除しているだけなのに、気がつくと観光客に撮影されていたりするので、正直言うと、あまり外のお掃除はしたくなかった。
ラヴィおばさんにそう言うと、私を客室のお掃除の方に回してくれた。
客室のお掃除はいつもやってることだけど、今日は大掃除の方に人手がいってしまったので、客室掃除の人達からとても歓迎された。
というわけで、今、私はお客様が帰られた後の部屋の中を他の従業員と一緒に掃除していた。
今日は、ルフィル・カロッサで宿泊されていたお客様が大勢帰ることもあって、客室掃除の方も結構大変だ。
まあ、昨日ほどじゃないけどね。
昨日は、レームおじさんとラヴィおばさんの代わりに社長になったこともあって、今までに体験したことのない忙しさだった。
レームおじさんもラヴィおばさんも、いつもあんなたくさんの仕事量をこなしてたんだね。
改めて2人のことを尊敬したよ。
昨日は働きづめだったので、ぐっすり眠れたけど、正直言うとまだ疲れが残っていた。
でも、昨日、2人がベイ・カロッサから帰ってきた後、
「ラーファもミディアも本当にありがとう。
こんなに楽しかったのは久しぶりだよ。」
2人が笑顔でそう言ってくれた時、ああやってよかったなあって思った。
正直言うと、年齢のことはあまり考えないようにしていた。
だって、考えても怖くなるだけだし、私にはどうすることもできないことだから。
きっとラーファもそうなんだろう。
ウウン、ラーファは私よりも、もっともっと心配なはずだ。
昨日、2人が帰ってきて、ラヴィおばさんがお礼にラーファの頭を優しく撫でた時、ラーファ、レームおじさんとラヴィおばさんに抱きついて泣いちゃったからね。
私も思わず泣いちゃった。
ちなみに、ラーファはというと、今日はまだ起きていないみたいだ。
いつもだったら、またラーファがサボっているって怒るところだけど、さすがに今日ばかりは仕方がないかな。
だって、昨日、ラーファ、すごい頑張ってたからね。
あんなに必死に働いているラーファの姿を見たのは、多分これが初めてだと思う。
「ミディア、大変よ。」
ラヴィおばさんが慌てて私の元に駆け寄ってきた。
何かあったのかな?
悪いことじゃないといいんだけどと思っていたら、ラヴィおばさんは笑顔で私に手紙を渡した。
「さっき学校から、ミディア宛に繰上げ検定試験の通知が来たのよ。」
「えっ!?」
「実技が苦手でずっと苦労してたみたいだけど、よかったわね、ミディア。」
ラヴィおばさんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。
一昨日、来年のルフィル・カロッサまでにレベル10を目指すとは言ったけど、まさかいきなり繰上げ検定が受けられるとは思わなかった。
これは、朝からみんなにいいことが報告できそうだ。
ラーファにも、エレーネ先輩にも、アイにも、そして琴音にも。
昨日、琴音には本当に悪いことしちゃったなあ。
だから、今日からは昨日の分まで琴音と一緒に思いっきり遊ぶんだ。
そのためにも、さっさと掃除を終わらせないとね。
「ミディア、繰上げ検定の通知が来たって本当!?」
突然、部屋の扉が勢いよく開いたと思ったら、ラーファが部屋に飛び込んで来た。
「ラーファ、もう起きてたの?」
「今さっき起きたばかりよ。
そんなことより、本当に通知が来たの?」
「ウン、これがそうだよ。」
さっきラヴィおばさんから受け取った通知をラーファに見せると、ラーファの顔から笑みがこぼれる。
「本当によかった。
一時はもしかしたらミディアって、魔法が使えない体質なんじゃないかってずっと心配してたんだけど、もう大丈夫みたいね。」
「ありがとう、ラーファ。」
「本当によかった。」
ラーファはそう喜びながら部屋を出ようとしたので、慌てて呼び止める。
「ラーファ。」
「なあに、ミディア?」
「本当に私のこと、いつも心配してくれてありがとう。」
「私はミディアのお姉ちゃんだもん。
これぐらい当然のことよ。」
「でも・・・すごくうれしかった。」
「ミディアが喜んでくれて、私も嬉しいよ。」
ラーファはそう言って、部屋を出ようとするので、
「ラーファ。」
もう一度、ラーファを呼び止める。
「なあに、ミディア?」
「せっかく起きたんだし、一緒に掃除しよう。」
そう言ってラーファに掃除道具を手渡した。
それから、私とラーファはお昼まで客室の掃除を手伝った。
「まったく・・・私は掃除するつもりなんてなかったのに・・・」
私の隣で、ラーファがブツブツ文句を言いながら掃除をしていた。
あー、これはいつものラーファだね。
働き者だったラーファは、昨日限定だったかあ。
昨日のラーファ、すごいカッコよかったんだけどなあ。
少し残念に思いながら、部屋の外にゴミを出そうとした時、ラーファが私に声をかけてきた。
「ミディア、昨日は本当にありがとう。
ミディアのおかげでお父さんとお母さん、すごい喜んでくれた。
本当にやってよかった。」
「そうだね。
私もやってよかったと思ってるよ。」
「でも、昨日は琴音を放置しちゃったから、今日は琴音にフォローしないとね。」
ラーファも私と同じことを考えていたんだ。
「というわけで、大掃除、パッパと済ませて、午後からは遊びに行くわよ。」
「ウン、そうだね。」
お昼になって昼食を取った後、私とラーファは琴音が来るのを、私の部屋で待ち構えていた。
いつもだったら、そろそろ来る時間だ。
でも、今日はなかなか琴音が姿を見せない。
「琴音・・・もしかして怒ってるのかな?」
琴音が怒っても仕方がないと思った。
2日目も遊びに行こうと言っておいて、前日の帰る間際にドタキャンした上に、昨日は完全放置だったからね。
「琴音が怒っていたら、一緒に謝ろう。
以前、琴音に教えてもらったニホンの謝り方で。」
「ドゲザだったっけ?」
「そう、頭を床に擦りつけて、『本当に申し訳ありませんでした。』ってやるやつ。」
「じゃあ、もう座っておこうか。
多分、もうすぐ来るだろうから。」
「そうね。」
私とラーファは床に正座して、琴音が来るのを待つことにした。
「ミディアちゃん、今日はいる?」
とそこに、琴音が恐る恐る窓から入ってくる。
いつもは勢いよく飛び込んで来るのに、今日はどうしたんだろう?
「あっ、琴音。」
「どうしたの、ミディアちゃんもラーファちゃんも正座なんかしちゃって?」
琴音は首を傾げていた。
よかった、琴音は怒っていないみたいだ。
少しホッとした。
でも、昨日は放置しちゃったし、やっぱり、ここはちゃんと琴音に謝らないとね。
私とラーファは顔を見合わせた後、一緒に頭を下げた。
「琴音・・・昨日は本当にゴメンなさい。」
「ええっ!?土下座!?」
琴音はすごい驚いていた。
「本当に・・・本当にゴメンね琴音。」
「もういいから、2人とも頭上げてよ。」
琴音がそう言ってくれたので、頭をあげる。
私達の土下座に、琴音は困っているようだった。
「そんなことよりね・・・いろいろ教えてほしいことがあるの。」
琴音はそう言うと、いつになく真剣な表情で私達の方を見る。
何だろう、こんなに真剣な琴音を見るのは久しぶりだ。
一体、私達に何を聞きたいんだろう?
それからしばらく、私達は琴音が何を発するのかを緊張して待ち続ける。
でも、しばらくすると琴音は何やら悩み始める。
これはもしかして、私達に何を聞こうと思ったのか忘れたとか?
でも、しばらくすると、琴音の表情がさっきまでの真剣な表情に戻る。
そして、私達に向かって、声を発した。
「あのね・・・実は昨日・・・」
バタン!!!
「やった、やったよ。ミディア。」
突然、部屋に勢いよくアイが飛び込んできた。
さっきまでの緊張した空気が一気に弛緩する。
「突然、ミディアの部屋に入ってきて、何を大騒ぎしているの、アイ。」
ラーファがアイに声をかけると、アイはラーファの元に駆け寄る。
「聞いてください、ラーファ先輩。
私、イデアグラルに当選したんですよ。」
アイはそう言って、喜びを爆発させる。
「ああ・・・イデアグラルね。」
イデアグラルと聞いて、思わずラーファは苦笑する。
イデアグラルとは、毎年秋にラーヴォルン北街にあるリーブルガルトで行なわれる最大のイデアイベントのことである。
イデアに関する作品であれば、プロアマ問わずに展示することができるイベントなんだけど、ここ数年で応募者の数が急増したため、毎年厳正な審査で展示者を決めるようになったらしい。
アイは毎年イデアグラルに応募していたけど、去年、初めて審査に通過することができた。
だから去年、私達はアイの作品を見るために、わざわざリーブルガルトまで行ったんだけど、結局見ることができなかった。
と言うのも、アイの作品が展示されていたのは、年齢制限ありの特別区画だったからだ。
去年、アイは一体、どんな作品を展示したんだろう?
「今年も特別区画での展示?」
私がそう聞くと、アイは大きく首を横に振る。
「ウウン、今年は一般区画での展示だよ。」
「えっ、ウソ。」
思わずラーファが驚きの声をあげる。
私もビックリした。
「まさか、一般区画で展示できるような作品を、アイが作れるとは思わなかった。」
「失礼だなあ。
私だって、一般向けの作品ぐらい作れるよ。
それに、前に約束したでしょ。
今年は一般向けの作品で応募するって。」
そう言えば、そんなことを言っていたような気がする。
「ねえ、ミディアちゃん、イデアグラルってなんだっけ?」
琴音が質問してくる。
でも、その表情はあまり明るくなかった。
そうだ、琴音の質問のこと、すっかり忘れていた。
琴音の話に戻さないと。
でも、
「今日はいいことばかりあるわね。
実はさっき、ミディアの繰り上げ検定の通知が学校から来たのよ。」
ラーファがそう言うと、アイは驚いた表情でこちらを見る。
「本当、ミディア?」
「ウ、ウン・・・どうやら受けられることになったみたい。」
「やったあ、本当によかったね、ミディア。」
アイはそう言って、すごい喜んでくれた。
私はアイが自分のことのように喜んでくれるのを見て、すごい嬉しくなった。
「アイ、ありがとう。」
「じゃあ、早速特訓しないとね。」
「ウン、そうだね。」
「おめでとう、ミディアちゃん。」
琴音も喜んでくれた。
でも、いつもと違って、あまり元気がなさそうだ。
っていうか、私、また琴音の話をすっぽかすところだった。
「ありがとう、琴音。
ところで琴音、私達に何か聞きたいことがあったんじゃないの?」
これ以上、私達の話で脱線し続けるのも琴音に悪いので、琴音の話に戻すことにした。
でも、またしても琴音は悩み始める。
さっきから一体何を悩んでいるんだろう?
もしかして、私達への質問って、そんなに重大なことなのかな?
なんか、すごい緊張してきた。
一体、琴音は私達に何を聞こうとしてるのだろう?
「あのね、ミディアちゃん、実は・・・」
コンコン・・・
部屋にノックの音が響き渡る。
さっきからなんかタイミングが悪いね。
「ハイ。」
返事をすると、部屋の中にラヴィおばさんが入ってくる。
「ねえ、あんた達、エレーネがどこにいるか知ってるかい?」
ラヴィおばさんが心配そうに尋ねてくる。
「いえ、知りませんけど・・・」
「そう。」
ラヴィおばさんは私達が知らないことを知って、そのまま部屋を出ようとしたけど、
「ねえ、エレーネがどうかしたの?」
ラーファが慌てて呼び止める。
「あの子、どうも昨日、家に帰ってないらしいんだよ。」
「えっ!?」
それまで明るかったラーファの表情が一瞬で曇る。
「年頃の女の子だし、すごい心配だよ。
一応、憲兵隊に捜索願を出すって言ってたけど、大事になってないといいんだけどね。
みんなも、時間があったらエレーネを探してちょうだい。」
ラヴィおばさんはそう言うと、慌ただしく部屋を出て行った。
さっきまでの明るい空気は、一瞬でどこかに消えてしまった。
そんな、まさか、エレーネ先輩が行方不明だなんて・・・
「昨日、ベイ・カロッサに来なかったけど、まさか、エレーネ先輩・・・」
アイはすごいショックを受けていた。
アイは昨日、ベイ・カロッサが始まる前に南街を一通り探したらしいけど、エレーネ先輩を見つけられなかったらしい。
「エレーネ!!」
ラーファが血相を変えて部屋を飛び出そうとした時だった。
「あのね・・・昨日、私、エレーネちゃんの姿を見かけたんだよ。」
琴音がそう言うと、ラーファがすかさず琴音の方を振り返る。
「どこで見たの?」
「えっとね、ここから遺跡のある方へずっと歩いて行くと、小さな砂浜があるんだけどね。」
「以前、一緒に寄り道した場所だね。」
「ウン、その砂浜。
そこでね、エレーネちゃん、ずっと泣いてたんだよ。」
琴音がそう言うと、みんな驚いていた。
エレーネ先輩は、いつも明るくて、元気な先輩だ。
そのエレーネ先輩がずっと泣いていたなんて、一体何があったんだろう?
「エレーネがそんな状態になるとしたら、原因は一つしかないわね。」
ラーファがそう言う。
「原因ってなんですか?」
「あの子がそんな状態になるとしたら、お兄さんのことしかないわ。」
「エレーネ先輩のお兄さんですか?」
「そう言えば、アイもあまりエレーネのお兄さんとは面識がなかったわね。」
「ハイ、一回挨拶したぐらいです。」
そっか、アイもエレーネ先輩のお兄さんのこと、あまり知らないんだ。
「でも、魔法学校ができて以来の天才魔導士だって噂はずっと聞いて知ってました。
だから、途中で学校をやめちゃった時は、先生達はかなりショックを受けてましたね。」
エレーネ先輩のお兄さんって、そんなにすごい人だったんだ。
そりゃあラーファも好きになるわけだ。
「とにかく、その砂浜に行ってみよう。」
ラーファはそう言うと、琴音と一緒に飛び出して行く。
「待って、ラーファ。私達も一緒に行く。」
私とアイは慌ててラーファの後を追いかける。
私もアイもエレーネ先輩のことが大好きだし、エレーネ先輩のことが心配だ。
でも、ラーファはエレーネ先輩との付き合いが私達よりも長いから、私達よりもっともっと心配なんだろう。
「エレーネ、頼むからそこにいてね。」
ラーファは砂浜に向かう間、時折祈るようにそう呟いていた。
それから10分ほどで砂浜に到着した。
でも、小さくてきれいなその砂浜には、エレーネ先輩の姿はなかった。
誰もいない砂浜を見て、ラーファは激しく動揺していた。
「エレーネ先輩、どこに行っちゃったんだろう?」
私がそう言うと、琴音が悔しがっているラーファに尋ねる。
「ねえ、ラーファちゃん、エレーネちゃんが行きそうな場所に心当たりはない?」
でも、ラーファは首を横に振る。
「エレーネが行きそうな場所なんて、たくさんありすぎて全然思いつかない。」
今のラーファはひどく動揺しているせいで、冷静さを失っている。
でも、エレーネ先輩と一番付き合いが長いのはラーファだ。
だから、ラーファならエレーネ先輩の行きそうな場所を知っているはずだ。
「ラーファ・・・とりあえず落ち着こう。」
私はラーファが冷静さを取り戻せるように、ラーファの手をギュッと握った。
「ミディア・・・」
「大丈夫・・・ラーファならきっとエレーネ先輩の行きそうな場所がわかるよ。」
「ありがとう、ミディア・・・おかげで少し冷静になれた。」
ラーファはそう言うと、エレーネの行きそうな場所について考え始める。
そして、それからしばらくして、ラーファは思い出したのか、勢いよく頭を上げる。
「そう言えば、昔、落ち込んだ時に、一人でよく行く場所があるって言ってた。
もしかしたら、エレーネはあそこにいるかもしれない。」
どうやら、エレーネ先輩の行きそうな場所を思い出したみたいだ。
「それは一体どこ?」
「ルフィルの遺跡の中よ。」
「えっ!?」
私もアイも驚いた。
なぜなら、ルフィルの遺跡に入れる場所なんてないと思ってたから・・・
「ええ、多分、誰もあの遺跡に隠し部屋があることなんて知らないでしょうね。
多分、あの部屋のことを知ってるのは、私とエレーネとヴィルトワさん・・・」
そこで、なぜかラーファは表情を強張らせて黙ってしまう。
「ラーファ?」
私の声で我に返ったのか、ラーファは続きを話し始める。
「ええっと・・・そう。
あの隠し部屋のことを知ってるのは、私達3人だけだと思う。」
「そうなんだ。」
でも、さっきから、ラーファの様子が何か変だ。
なぜか冷や汗を浮かべてるし、何か嫌なことでもあったのかな?
「ヴィルトワさんって、エレーネ先輩のお兄さんだよね?」
「ええ、あの人が発見したのよ。」
さっきから、ラーファの表情は強張ったままだ。
よっぽど、思い出したくないことがあったみたいだ。
何せ、遺跡の隠し部屋だからね。
いろんなものが出てきてもおかしくないわけで、もしかしてラーファは怖い体験でもしたのかもしれない。
私やアイに今まで教えてくれなかったのも、思い出したくもない恐怖体験があった場所だからなのかもしれない。
ラーファ、人一倍怖がりだからなあ。
一方、エレーネ先輩は、いろんなものが出てくるってわかったら、逆に喜んで飛び込んでいきそうな気がする。
なんせ、落ち込んだ時に、一人で遺跡の隠し部屋に行くくらいだからね。
それにしても、まさか、ルフィルの遺跡にそんな場所があったなんて知らなかった。
ルフィルの遺跡は、過去に色んな調査隊によって、何度も調査されてたけど、誰も発見できなかったってことだよね。
そんな場所を発見できるなんて、エレーネ先輩のお兄さんって本当に天才魔導士だったんだね。
「とりあえず、ルフィルの遺跡に行こう。」
私達はルフィルの遺跡に向かうことにした。
砂浜からルフィルの遺跡まではそれほど離れていない。
なので、私達はすぐにルフィルの遺跡に到着した。
昨日までルフィル・カロッサで大勢の観光客で賑わっていた遺跡だけど、今日は昨日よりは人が少なかった。
とはいえ、まだ結構な数の観光客が遺跡を訪れていた。
「マズいわね。」
ラーファが小声でつぶやく。
「どうしたのラーファ?」
「昼間は観光客と警備で、遺跡に近づけないわ。」
「そっか、そうだよね。」
ルフィルの遺跡は、憲兵隊によって厳重に警備されていた。
これは、観光客がむやみに遺跡に入り込んで、遺跡を破壊したり、物を持ち帰らないようにするためだ。
遺跡はラーヴォルンにとって大事な観光資源だから、当然のことだけど、そのおかげで私達は遺跡に近づくことができない。
「エレーネはきっと夜に入り込んだのね。」
ウン、多分、ラーファの言う通りだろう。
さしもの監視も夜になると少なくなる。
昨日の夜は、ほとんどの観光客はベイ・カロッサに流れただろうから、この辺にほとんど人がいなくなっていた可能性が高い。
「じゃあ、私達も夜まで近づくのは無理かな。」
私がそう言うと、アイが
「いや、そんなことないと思う。」
と返してきた。
「何か、いい方法があるの?」
すかさず、ラーファがアイに尋ねる。
「琴音だったら、誰にも気づかれずに遺跡の中に入れますよ。」
「そっか、その手があった。」
ラーファはそう言うと、琴音の方を見る。
「琴音、ちょっと遺跡の中に入って、エレーネがいるかどうか見てきてほしいの。」
「いいけど・・・でも、私、遺跡の隠し部屋の場所、知らないよ。」
「今から大体の場所を教えるから。」
ラーファがそう言って、琴音に遺跡の入り口の場所を教えようとした時だった。
「あれっ、皆さん、遺跡なんかに来てどうしたんですか?」
突然、背後から声をかけられたので振り返ると、いつの間にかヤシュラムさんが立っていた。
「ヤシュラムさんこそ、どうしてこんなところに?」
「そりゃあ、もちろんルフィルの遺跡を見学に来たんですよ。」
ヤシュラムさんはそう言って、ニッコリと笑った。
そっか、今日はヤシュラムさん、遺跡を見学しに来たんだ。
でも、ヤシュラムさん、私達を守るためにラーヴォルンに残ったはずなんだけどなあ。
昨日もどこかに出かけてたみたいだし、本当に私達のことを守ってくれてるのかなあ?
「ミディアさん達は、地元民なんだから遺跡なんか見慣れてるでしょう。
それとも、遺跡が皆さんの遊び場所とか。」
「いや、そういうわけじゃないですよ。」
「あれっ、そう言えば、今日はエレーネさんはいないんですね。」
「ええ、今日はちょっと1人で撮影に出かけたらしいのよ。
だから、今日は3人だけで遊んでるってわけ。」
ラーファが慌てて取り繕う。
「へえ、そうなんですか。
ボクはこの後、北街の方に行ってみようと思うんですが、よかったらみなさんもどうですか?」
ヤシュラムさん、なんか純粋にラーヴォルンの観光を楽しんでるね。
それは嬉しいことなんだけど、私達を守ることも忘れないでほしい。
「ねえ、ミディアちゃん、あのかわいい女の子、誰?」
背後から琴音が話しかけてくる。
そっか、琴音はまだヤシュラムさんとは面識がなかったんだっけ。
やっぱり、琴音もヤシュラムさんのことを女の子だと思ったみたいだね。
「琴音、この人はね、ヤシュラムさん。
こう見えても、リーヴァ王国軍の一員でね、実は男の子なんだよ。」
「ええーーーーーーっ!!!男!!!?」
琴音の驚く声が周囲に響き渡る。
私達と同じ反応だ。
琴音の驚く姿が見られて、ちょっと嬉しい。
「やっぱり琴音も女の子だと思うよね。」
「そ、そりゃそうだよ。
どこからどう見たって、女の子にしか見えないよ。」
「私達も最初はそうだった。」
私と琴音はそう言って笑いあった。
でも、しばらくして、楽しそうに話しているのが、私と琴音だけであることに気づく。
ラーファもアイも、私の方を気まずそうに見ていた。
その2人を見て、私もようやく事の重大さに気づく。
「ミディアさん、もしかして琴音さんってここにいるんですか?」
ヤシュラムさんが私に話しかけてきた。
しまった、ヤシュラムさんがいることをすっかり忘れていた。
「どうやら、本当にミディアさんとラーファさんにしか見えないみたいですね。
ボクにも全く見えません。
最初は半信半疑だったんですけど、ミディアさんが一人芝居をしているようにも見えませんでした。」
ヤシュラムさんはそう言うと、私の方に近づいてきた。
「ミディアさん、琴音さんってどの辺にいるんですか?」
「ええっと・・・私の隣にいます。」
「そうですか。」
ヤシュラムさんはそう言うと、私の隣に広がる何もない空間に向かって、笑顔で話しかける。
「琴音さん初めまして。
ボクはヤシュラム・ラーム・モンフェルンと言います。
今度、琴音さんにいろいろとお話を聞かせてほしいです。」
ヤシュラムさんは笑顔のままそう言って、琴音にすっと近づく。
まるで、食いついた獲物を逃がさないと言わんばかりに。
笑顔は崩さなかったけど、心なしか眼光が鋭くなったような気がする。
「あの、ミディアちゃん、この人って・・・一体?」
琴音もヤシュラムさんの圧力を感じたのか、若干怯えていた。
見た目は華奢な女の子にしか見えないヤシュラムさん。
でも、この時、私は初めてヤシュラムさんのことが少し怖いと思った。
ヤシュラムさんはしばらくすると、いつもの柔らかい笑顔に戻って、
「あーでも、今日はこれから別の用があって、もう行かないといけないんでした。
だから、また今度でいいので、ゆっくり話を聞かせてくださいね。」
ヤシュラムさんはそう言った後、もう一度鋭い眼光に戻って、
「ミディアさんを守るためにも、よろしくお願いしますね。」
と言い残してから、その場から去って行った。
「ねえ、ミディアちゃんを守るためって、どういうこと?」
琴音が不安な表情で私に訊ねてくる。
確かに私を助けるためかもしれないだけど、ヤシュラムさんの言い方は、なんか悪意を感じる。
「ミディアちゃん、一体何があったの?」
琴音がもう一度私に訊ねてくる。
琴音が私のことを心配してくれているのだから、ちゃんと琴音にも話した方がいい。
そう思ったんだけど、さっきからラーファがすごいイライラしているのがわかった。
きっとラーファは、早く遺跡に行って、エレーネ先輩の無事を確かめたいんだろう。
これ以上ラーファの機嫌を悪くしないためにも、今はエレーネ先輩のことを優先するしかない。
それに、私も早くエレーネ先輩の無事を確認したい。
「そのことはあとで話すよ。
今は先に、エレーネ先輩がいるかどうかを確認してきて。」
私がそう言うと、琴音はすごい不満そうな表情で、渋々ウンと頷いてくれた。
そういえば、琴音の質問に、私はまだ何一つ答えていない。
エレーネ先輩が見つかったら、絶対にちゃんと時間を作るから、それまで待っててほしい。
ゴメンね、琴音。
(用語集)
(1)ルフィル・カロッサ
ラーヴォルンで開かれるルフィルの4大祭りの一つで、もっとも規模の大きなお祭り。
毎年秋に開催される。
(2)イデアグラル
毎年秋にリーブルガルトで開催される最大のイデアイベント
イデアに関する作品であれば、魔導士・空想士といったプロから、学生や一般人まで、誰もがイデア作品を出展できる
近年は応募者が多いため、厳正な審査で出展者が決められている
(3)リーブルガルト
ラーヴォルン北街の中央にあるイベント施設
様々なイベントで使用されることが多く、最近ではハ―メルトンのコンサートでも使用された。
アトゥア最大のイデアトゥア施設を備えているため、イデアに関するイベントや学術研究等でもよく使用される。
(4)ベイ・カロッサ
ルフィル・カロッサ最大のイベント
北街と南街から魔法の橋をかけて、橋を渡るイベント
2つの大陸の平和を祈るために、2つの橋は交差するようにかけられる
そして、交差点では、平和を祈る「エミレフィーユ」と言う言葉で挨拶を行なう。




