表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のラーヴォルン  作者: レトリックスター
第3章 秋暁のラーヴォルン
86/254

40.ルフィル・カロッサ2日目(1)

<<ミディア>>

 翌朝、私達はいつもより早くに目を覚ましていた。

「ミディア、準備はできてる?」

 ラーファが私に声をかけてくる。

「もちろん、ラーファの方こそ大丈夫?」

「こっちはバッチリよ。

 じゃあ、行こう。」

 私達2人がこれから向かうのは、ルーイエ・アスクの従業員室だ。

 ルーイエ・アスクでは、毎朝ここでミーティングを行っている。

 普段だったら、私達がまだ眠っている時間に行なわれているので、実は一度も参加したことがない。

 でも、今日は私達も参加することになった。

 なぜなら、ルフィル・カロッサ2日目の今日は、私達がこのルーイエ・アスクの1日社長になるのだから。


 ずっと思っていた。

 私達がルフィル・カロッサで楽しんでいる間も、レームおじさんやラヴィおばさんはルーイエ・アスクで働いているんだって。

 多分、レームおじさんとラヴィおばさんは、もう何年もベイ・カロッサに参加していないだろう。

 ラーヴォルンで旅館経営をやっているのだから仕方のないことだと2人は言うだろうし、私も多分ラーファもずっとそう思っていた。

 でも、昨日、エルフィーゼの塔で、今年は偶然40代の参加者が多いという話を聞いた時、考えが変わった。

 本当にこのままでいいのだろうか?

 このまま私達が2日間ルフィル・カロッサを遊びつくして、後から後悔するようなことにはならないだろうか?

「ねえ、ラーファ・・・」

 私がラーファに声をかけると、どうやらラーファも同じ気持ちだったみたいだった。

「ミディアの言いたいことはわかる。

 私もさっきの話、聞いてたからね。

 じゃあ、明日は私達が頑張って、お父さんとお母さんをベイ・カロッサに送り出すかな。」

「ラーファ、ありがとう。」

「ウウン、こっちこそありがとう、ミディア。」

「お礼なんて言われることじゃないよ。

 だって、レームおじさんもラヴィおばさんも、私にとってすごく大事な人達だもん。」

「大事な人達・・・かあ。」

 なぜかラーファは少しガッカリした表情になる。

「どうしたの、ラーファ?」

「ウウン、何でもない。

 じゃあ、今日は少し早めに帰って、明日に備えないとね。」

「ウン、そうだね。」


 そして、今、私達は従業員室で従業員の前に立っている。

 従業員はみんな、私達が入ってくると驚いた表情になった。

 そりゃあそうだろう。

 本当だったら、このタイミングで入ってくるのは、レームおじさんとラヴィおばさんなんだから。

 いつもよく見知っている人達ばかりだけど、こういう形で対峙するのは初めてだったから、なんかものすごく緊張した。

 そんな私の様子を気にしてくれたのか、ラーファが先にみんなに話をしてくれた。

「突然ですが、本日はこの私とミディアが1日社長となりました。

 すみませんが、みなさん、ご協力をお願いします。」

 ラーファはそう言って頭を下げる。

 昨日の夜、私達がラーファの両親に話をした後、ラヴィおばさんが事前に何人かのリーダークラスの人達には話をしておいてくれたらしいんだけど、ほとんどの人達は初耳だったので驚いていた。

 私達は旅館やお店の手伝いをやっているけど、社長の仕事をやったことは一度もない。

 しかも、今日はルフィル・カロッサ2日目。

 お客様もたくさん宿泊していて、昨日に続いて1年で最も忙しい日と言っても過言ではない。

 よりにもよってそんな日に、素人である私達が1日社長になるなんて言い出したから、従業員が動揺するのもわかる。

 でも、どうしてもレームおじさんとラヴィおばさんに、ベイ・カロッサに参加してほしい。

 そのためだったら、私は何でもするつもりだった。

「お願いします。

 私、どうしても、ラーファの両親にベイ・カロッサに参加してほしいんです。

 だから・・・」

 私がそう言うと、途端に従業員の喧騒が静まった。

 普通だったら、

「この最も忙しい時に、社長が遊びに行くって、なんかおかしくないですか?」

って声が誰かから上がってもおかしくないものだけど、そんなことを言う人は一人もいなかった。

 きっと、みんな色々と考えてくれているのだろう。


「まあ、お昼までは私達もちゃんといるから。」

 ラヴィおばさんが従業員室に入ってきた。

「お母さん、今日は私達だけでやるって言ったでしょ。」

 ラーファが慌てて、ラヴィおばさんにそう言う。

「でも、みんなにちゃんと説明しないといけないだろ。」

「それは私達でやるから。

 お父さんみたいに引っ込んでてよ。」

「本当はお父さんも心配で仕方ないんだけど、今は人前に出られる状態じゃないからね。」

 ラヴィおばさんはそう言って苦笑する。

「まさか、お父さん・・・」

「向こうの部屋で号泣してるわよ。」

 ラヴィおばさんがそう言うと、思わずラーファは苦笑する。

「そんなわけで、みなさんには今日1日苦労をかけることになるかもしれませんが、何とぞご協力をお願いします。」

 ラヴィおばさんはそう言って深々と頭を下げた。

 それで、従業員達は納得してくれたみたいだった。

 やっぱり、ラヴィおばさんが出てくると違うなあ。


「ラヴィさん、優しい娘さん達でよかったなあ。」

 ミーティングが終わった後、ラヴィおばさんは従業員達に囲まれていた。

 ラヴィおばさんが従業員達からとても慕われていることがよくわかる光景だった。

 でも、本当に私達でレームおじさんやラヴィおばさんの代わりが務まるのかな?

 そう不安に感じていると、

「大丈夫、私達もしっかりサポートするから。」

 何人かの従業員が私にそう言ってくれた。

 その中には昨日話した女の人もいた。

「ミディア、頑張ろう。」

 ラーファが私に力強く声をかけてくれた。

 元々、言い出したのは私なんだし、私が一番頑張らないといけない。

「ウン、そうだね。」

 今日は、多分今までで一番忙しくなりそうだけど、なんだかとても素敵な日になるような気がした。

 ただ、唯一の気がかりは琴音のことだった。

「さすがに、今日は琴音の相手をする時間がないと思うんだよね。」

 私がそう言うと、ラーファも頷いた。

「今日は琴音に一人で祭りを楽しんでもらうしかないな。」

 エレーネ先輩やアイは、ベイ・カロッサ2日目も参加する予定なので、2人と一緒に遊びに行ってもらうかな。

 とはいえ、琴音が話せるのは私とラーファだけだから、全く会話ができないけど・・・

 琴音には悪いと思うけど、今日だけは許してほしい。


 その後、私とラーファはラヴィおばさんから、色々な仕事の流れについての説明を受けた。

 私達はいつもお仕事のお手伝いをしてきたから、ある程度は大丈夫と思っていたけど、私達がしてきたお仕事と、ラヴィおばさんがやっていた仕事の内容は全然違った。

 レームおじさんも、ラヴィおばさんも、いつもこんなに多くのことをしていたんだ。

 仕事内容を聞かされて驚くと同時に、本当に私達で務まるのか改めて不安になってきた。

 でも、その時、ラーファが私の肩を軽く叩いた。

「じゃあ、私がお店の方を仕切るね。

 多分、今日はお店の方が忙しくなりそうだから。

 ミディアは旅館の方をお願いね。」

 今日のラーファは、なんかとても頼もしい。

 普段、仕事したくないってぼやいている人と同一人物には思えなかった。

 でも、ラーファのおかげで、私の不安はいつの間にかどこかに行ってしまった。


 実は、昨日はラーファのことが少し気になっていた。

 昨日、家に帰る途中で、ラーファに

「ラーファ、最近ずっと面倒見てくれてありがとう。

 でも、今日からは一人眠れそうだから、もう大丈夫だよ。」

と言ったら、ラーファはすごい落ち込んでしまった。

「なあ、私の言った通りになっただろ。」

 エレーネ先輩がそう言って、落ち込んでいるラーファの肩を叩いてたけど、2人で何か私のことを話していたのかな?

 これ以上、ラーファに迷惑をかけるわけにもいかないって思ってたんだけど、まさかラーファがそんなに落ち込むとは思わなかった。

「じゃあ、お風呂には一緒に入る?」

 私がそう聞くと、ラーファはいつもの元気を取り戻したので、よかったと思ってたんだけど・・・

 お風呂に入ったら入ったで、ラーファは私の体をじっと見てきた。

「ちょっと恥ずかしいから、そんなに見ないでよ。」

「えっ、そんなに私見てた?」

「見てたよ。」

 久しぶりに、お風呂でラーファの視線を感じるようになって、なんか不安になった。

 もしかして、本当はラーファの方が寂しいのかなって。

 そんなに寂しいんだったら、別に今日も一緒に寝てもいいと思ったんだけど、

「私なら大丈夫。」

 そう言ってラーファは、私の誘いを断った。

 あと、寝る前に窓から外の景色を覗いていたら、ラーファがこっそり外に出て行く姿が見えた。

 明日は朝早いのに、こんな遅くにどこに行くつもりだろう?

 少し気になったけど、私も明日は早いから、そのまま寝ちゃったんだよね。

 そんなわけで少しラーファのことが心配だったけど、今朝の様子を見る限り、いつものラーファだ。

 なんか、心配して損しちゃった。

 でも、いつものラーファでよかった。


<<エレーネ>>

 まさか、2日続けてベイ・カロッサの順番を並ぶことになるとは思わなかった。

 でも、ミディアにあんな顔でお願いされたら、断れないよなあ。

 それに、ミディアとラーファの話を聞いて、私も色々考えさせられた。

 ちなみに、ウチのお母さんは、2日目は従業員にお店を任せて、私と一緒に出かけている。

 みんなと一緒にベイ・カロッサに参加したことも何度もある。

 でも、お母さんがラーファの両親と一緒に参加するのは、学生時代の時が最後らしい。

 だから、今朝、ラーファの両親がベイ・カロッサに参加すると聞いた時、お母さんはすごい嬉しそうな表情になった。

「そう、またあの2人と一緒にベイ・カロッサに参加できるとは思わなかった。」

「私とアイで並んで、前の方の順番とっておくからさ。

 久しぶりに楽しんでおいでよ。」

「そう、じゃあそうさせてもらうかな。

 ありがとう、エレーネ。」

 お母さんが嬉しそうに私の頭を撫でた。

 お母さんに頭を撫でられるなんて、いつ以来だろう?

 なんか少し小恥ずかしくなった。

 でも、なんだかすごいやる気が出てきた。


「とはいえ・・・私が並んでいる間に、きっとヤシュワントさんが家にやって来るだろう。」

 本当だったら、ヤシュワントさんに兄貴のことを色々と聞いてみたかった。

 でも、今回はなかなかヤシュワントさんと話す時間が持てなかった。

 帰りはウィルト王子の護衛でヤシュワントさんは残っちゃったし、今日は朝からベイ・カロッサの順番に並ぶことになっちゃったからな。

 でも、ヤシュワントさんがラーヴォルンに来た時は、必ず家に寄ってから帰るそうだし、多分今日も来ると思うんだよね。

 もしかしたら、お母さんと兄貴の話とかするかもしれない。

 そんなわけで、昨日大活躍してくれたイデアトロンには、もう少しだけ頑張ってもらうことにしよう。

 でも、ヤシュワントさん、結構勘がいいからなあ。

 見つかったらマズいので、少し離れた会話が届くギリギリの場所に仕掛けておくことにした。

 多分、お店の中で話すことはないだろうから、居間の声が拾える場所に仕掛けておこう。


 おっと、もうそろそろ出ないと、ベイ・カロッサの順番待ちは熾烈だからなあ。

 慌てて身支度を整えて、お母さんに行って来ると言って、外に出ると、少し離れた場所からヤシュワントさんがこちらに歩いて来る姿が見えた。

 噂をすれば何とやらだ。

 私が店を出ると、ヤシュワントさんもこちらに気づいたようだった。

「おはよう、ヤシュワントさん。」

 私が挨拶すると、ヤシュワントさんも「おはよう」と挨拶を返して来た。

「こんな早くに、うちのお店に何の用かな?」

 私が尋ねると、ヤシュワントさんはなぜか少し困った顔になった。

「実は、今日、モンフェルンに帰ることになっていてな。

 だから、朝、ちょっとおばさんと話がしたいと思って寄ったのだ。」

「えーっ、お母さんとだけ?

 私とは話をしたくなかったの?」

 少し意地悪っぽく尋ねると、ヤシュワントさんは一層慌てた様子になった。

「い、いや、そんなことはないぞ。

 そ、それにしても、エレーネは随分と大きくなったなあ。」

 この人、なぜ、こんなに動揺しているんだろう?

 なんか怪しい。

 ヤシュワントさんって隠し事ができない性格だから、何か隠そうとしてもすぐにわかっちゃうんだよね。

 どうやら、イデアトロンを仕掛けておいて正解だったみたいだ。

「まあ、私ももう17歳だからね。」

「そうか、時が流れるのは早いな。」

「まだ結婚できてないから、余計に早く感じるんじゃ・・・」

「俺の結婚のことはどうでもいいだろ。

 そんなことより、エレーネも朝早くからどこに行くんだ?」

 ヤシュワントさんが強引に話題を変えてきた。

 まあ、結婚の話には相当敏感になっているようだし、あまりからかってあげるのも可哀想だから、これ以上触れてやらないことにしよう。

「私は、ベイ・カロッサのために並びに行くところだよ。」

「そうか、こんな早くから並ぶのか。

 結構大変なんだな。」

 ヤシュワントさんはそう言うと、なぜか安堵の表情を浮かべた。

 なんか、すごいムカついた。

「何、私が家にいたら、困ることでもあるの?」

「そ、そんなことはないぞ。

 久しぶりにエレーネと話をゆっくり話をしたかったし、本当に残念だ。」

 口ではそう言ってるけど、絶対に残念とは思っていないな。

 もうヤシュワントさんが、私に何か隠そうとしているのは間違いない。

 でも、お母さんにだけ話して、私に隠すことって、兄貴のことしか思いつかない。

 ようし、ここは一つ鎌をかけてみるか。


「ねえ、ヤシュワントさん、最近兄貴と会った?」

 直後、ヤシュワントさんの体がピクンと跳ねた。

 本当、ヤシュワントさんって隠し事ができない人だなあ。

「い、いや、最近は会ってないなあ。」

 もう間違いない。

 ヤシュワントさんは兄貴のことで、お母さんに会いに来たんだ。

 でも、どうして私に隠したがるんだろう?

「そう、本当にどこをほっつき歩いてるんだろうね。」

「さ、さあな。」

 それにしても、ヤシュワントさん、さっきから動揺しすぎだよ。

 ヤシュワントさんがメチャクチャ強いことは知ってるけど、絶対にスパイとか隠密行動とかには向いてないと思う。

「じゃあ、私、そろそろ行かないとヤバイから。」

「そ、そうか、もう行ってしまうのか?」

 ヤシュワントさんはそう言うと、少し寂しそうな表情に変わった。

 まったく、私にいて欲しいのか、いて欲しくないのか、どっちなんだ?

「もうすぐ、魔法研修でモンフェルンに行くんだけど、自由時間にそっちに遊びに行ってもいい?」

 私がそう言うと、ヤシュワントさんは大きく頷いた。

「ああ、もちろん。」


 ヤシュワントさんと別れてから、私はベイ・カロッサの会場である山頂に向かって歩いていた。

「随分、遅くなっちゃったな。アイが怒ってそうだ。」

 昨日は私が並んだので、今日はアイにお願いしていたんだけど、約束の時間に少し遅れてしまいそうだった。

「全く、早く魔法チケット方式に戻してほしいよ。」

 以前は、ラヴォルティアでベイ・カロッサの順番の予約受付を行なっていたらしい。

 予約時に順番が刻まれた魔法チケットが渡されることになっていて、それでベイ・カロッサの順番が決まっていたらしいんだけど、偽造や盗難などの様々なトラブルが続いた結果、当時の運営委員長が激怒して廃止になったらしい。

 おかげで、今はわざわざ頂上まで並びにいかないといけない。

 しかも、今年のベイ・カロッサの参加者の数は異常だ。

 グラド・ルガンテが来た昨日ほどではないにしても、今日もきっとすごい数のお客さんが並ぶだろう。

 おかげで、早朝から並ばないと、先頭の方をキープするのが難しかった。

「今日もアイと交代で遊びに行く時間を作らないとな。」

 さすがに、昼間ずっと並んでいるだけで終わってしまうのはつまらないからね。


「でも、その前に・・・」

 ポケットに閉まっておいたイデアトロンの端末を取り出す。

 昨日はミディアの位置を知るために使ったイデアトロンを、今日は盗聴のために使う。

 本当はよくないことだけど、まあ、お母さんとヤシュワントさんの話を聞くだけだから、別に問題ないよね。

 自分にそう言い聞かせながら、イデアトロン端末のスイッチを入れる。

 しばらくすると、端末から音声が聞こえて来たけど、ノイズだらけで2人の声がなかなか聞き取りづらい。

 でも、声が聞こえて来たと言うことは、やっぱり予想通り、お店の奥の居間にヤシュワントさんを通したな。

 とりあえず、山頂に向かいながら、端末の会話に耳を傾ける。

 すると、しばらくすると会話が聞こえてきた。


「本当に・・・すみません・・・」

 ヤシュワントさんが、なぜかお母さんに謝っているようだった。

 何かお母さんを怒らせるようなことでも言ったのかな?

 ヤシュワントさんがお母さんに平謝りしている姿を思い浮かべ、思わず吹き出しそうになった。

 でも、そんな余裕は、次の瞬間には一瞬で消え去っていた。


「ヴィルトワは、リーヴァ王国の特殊部隊と共に、ヴェルク帝国のイルキス地方に潜入しました。

 でも、10日ほど前に連絡が途絶えてしまい、現在も消息がわかっていません。」


「えっ!?」

 頭がうまいこと働かない。

 今、ヤシュワントさんはなんて言った?

 兄貴が消息不明?

 兄貴は、今度は南の方に行くって言ってたはずだよ。

 どうして、またイルキスなんかに行ってるの?

 しかも、どうしてリーヴァ王国軍の特殊部隊と?


「そう・・・でも、あの子ならきっと大丈夫よ。」

 お母さんは涙声でそう言った。

「本当にすみません。

 せっかくのルフィル・カロッサだというのに、このような報告をしなければならなくて・・・」

「いいのよ。

 それより、このことはしばらくエレーネには伏せておいてほしいの。」

「ええ、わかっています。」

「せめて、ルフィル・カロッサの間だけでも、エレーネには楽しんでいてほしいの。

 時が来たら、私からエレーネに話すから。」

「はい、わかりました。」


 ゴメン、お母さん。

 お母さんの心遣いはすごい嬉しいんだけど、話、全部聞いちゃった。

 イデアトロンで盗聴なんてするんじゃなかった。

 どうしよう?

 早く山頂に行かないと、アイが待ってる。

 でも、私の足は、そこから一歩も動いてくれなかった。

 頭の中が真っ白になってしまって、どうすることもできなかった。



<<アイ>>

「遅い!!!」

 もう約束の時間から随分経つのに、未だにエレーネ先輩が来ない。

 エレーネ先輩がこんなに遅刻するなんて珍しい。

 朝、ルティアで会話した時は、予定通りに行くって言ってたのに、どうしたんだろう?

 でも、今はエレーネ先輩のことを心配している余裕はなかった。

 なぜなら、今の私は、絶体絶命のピンチだからだ。


「どうしよう・・・このままだと・・・私・・・」


 今思えば、朝並んだ時から、微かにその兆候は感じられた。

 でも、エレーネ先輩が来たら、代わって貰えばいいと軽く考えていた。

 まさか、エレーネ先輩が来ないなんて、夢にも思わなかった。

 そのおかげで、私は強烈な尿意に苦しむこととなった。

「もう・・・ダメかも・・・」

 周りに頼る人がいないという事が、こんなにも辛いこととは思わなかった。

 最初は、前か後ろの人に頼もうと思った。

 けど、前も後ろもどうやらヴェルク帝国からの観光客のようだった。

 私にはチンプンカンプンのヴェルク語で話しているから、お願いしたくてもきっと会話すらままならないだろう。

 ルティアでエレーネ先輩に呼びかけてみようと思ったけど・・・ダメ、魔法に集中できない。

 ・・・・・・

 本当にこれはもうダメかもしれない。

 ベイ・カロッサの会場で、16歳のかわいい女の子が失禁なんてことになったら、たちまちラーヴォルン中に広まっちゃうだろう。

 誰かがイデアに撮影でもして広めた日には、もう学校にも行けなくなっちゃう。

 こうなったら、一旦離脱して並び直すしか・・・


「今日は本当にアリガトね、アイ。

 今度、絶対にお礼をするから。」

「私もアイにお礼をするよ。」

 ラーファ先輩とミディアの笑顔が頭に思い浮かぶ。

 ダメだ、絶対にこの場所を死守しないと・・・

 でも、この絶体絶命の状況をどう切り抜ければ・・・


「やあ、アイーシャ、こんな前の方で並んでいたのか。」

 そう言って私に声をかけて来たのは、私のお父さんだった。

 普段は煩悩まみれのエログロ親父だけど、この時だけは救世主に思えた。

「お父さん、ちょうどいいところに来てくれた。

 お願い、ちょっとトイレに行きたいから、代わりに並んでいてくれる。」

「さっきから、何やらモジモジしているなあと思ったら、トイレに行きたかったのか。

 我慢のしすぎは体に悪いぞ。」

「だから、トイレに行きたいから、さっさと私の代わりに並んでよ。」

 私が声を荒げてそう言うと、お父さんはニコニコした表情で、こっちに近づいてくる。

 よし、今ならまだギリギリ間に合う。

 正直、今の状態で走るのは無理だけど、歩いてでも何とかトイレまでなら耐える事ができそうだ。


 お父さんは私の向かいまでやってきた。

 でも、突然、私の前でしゃがむと、こっちに向かって大きな口を開けた。

「ちょっとお父さん、何やってるの?」

 私がお父さんに尋ねると、お父さんは爽やかな笑顔を浮かべながらこう言った。

「さあ、この私の口の中に、思い切り出しなさい。」

 この馬鹿親父・・・本気で殴りたくなった。

 今はそんな冗談を言ってる場合じゃ・・・って、ヤバい、周囲の視線が一斉にこっちを向いてるよ。

 うちのお父さんは、家ではしょっちゅう私にこの手の冗談を言ってきて、その時は適当にあしらっているんだけど・・・

 まさか、こんな公衆の面前で下ネタジョークを言ってくるとは思わなかった。

 でも、さすがに少しは時と場所を考えて欲しい。

「ちょっと、そんな冗談はいいから、さっさと・・・」

「だから、さっさと私の口の中に出しなさい。」


 ざわざわ・・・

 周囲がざわめき出した。

 ダメだ、このままだと周りの人に変態父娘に思われてしまう。

 しかも、周りに気を取られたせいで、思わず力を緩めてしまい、危うく漏らしそうになってしまった。

 なんとか大事になる前に、目の前のバカ親父を列に並べさせて、さっさとトイレに行かないと、本当にヤバい。

「いい加減にしてよ。

 大体、お父さんに向かって、そんなことできるわけないでしょ。」

 でも、私がそう言うと、お父さんは爽やかな笑顔でこう言った。

「バカだなあ。

 愛する娘の出すものだったら飲める。

 それが父親というものなんだ。」

 周囲の喧騒が一層激しくなる。

「何、真面目な顔して、くだらないこと力説してるのよ。

 本当にお願いだから・・・」

「私は至って本気で言ってるんだけどなあ。」

 ダメだ、この親父、はっ倒したい。

 でも、もうそんなアクションを取る余裕すらなくなっていた。

 さすがに・・・もう限界・・・かも・・・


「お願い・・・だから・・・さっさと並んで・・・」

 私が苦しみ悶え、泣きそうな表情でそう言うと、ようやくお父さんは危ないと思ってくれたのか、私の代わりに並んでくれた。

 おかげで、ようやくトイレに行く事ができたけど、尿意はもう限界の彼方まで到達していて、歩くことすらままならない状態だった。

 本当にあのバカ親父だけは、絶対に許さない。


 その後、時間をかけながらも何とかトイレにたどり着いて、無事に用を足す事ができた。

 本当に間一髪だった。

 でも、ずっと我慢していたからか、溜まっていたものが放出された瞬間、天にも登るような気分になった。

 用を足してトイレを出て、列に戻るとお父さんが爽やかな笑顔を浮かべて待っていた。

「アイーシャ、我慢のしすぎは体に悪いぞ。」

「誰のせいでこうなったと思ってるの。

 ていうか、外で下ネタジョークはやめてよ。」

「ハハハ・・・アイーシャもまだまだ若いな。」

 これが、私のお父さん、セオルド・ミリエル・ラーヴォルン。

 こう見えても、一部の偏った趣味の人達には超有名な空想士だ。

 ただ、こういう人なので、ミディアやラーファ先輩やエレーネ先輩からはひどく敬遠されている。

 もしかして、エレーネ先輩が来ないのって、お父さんを見かけたからかな?

 それは、十分にありえるな。


 今日、ラーファ先輩の両親が参加することを話したら、久しぶりにベイ・カロッサに参加することを決めて、ここに来たらしい。

 話を聞くと、お父さんはラーファ先輩のご両親やエレーネ先輩のお母さんの一つ後輩になるらしい。

「それにしてもアイーシャ、ますますお母さんに似てきたな。」

「そ、そうかな。」

 ちなみに、私のお母さんは私が言うのもなんだけど、結構美人な人だった。

 だから、お母さんに似てきたと言われると、少し嬉しい。

 でも、お母さんは、どうしてこんな変態を結婚相手に選んだのだろう?

 そう思っていたら、お父さんが爽やかな笑みを浮かべながらこう言った。

「さっきの我慢している表情なんか、若い時のお母さんにそっくりだ。

 いい苦悶の表情を浮かべるようになったな、アイ。」

「・・・・・・」

 まさか、さっきの冗談は私の苦しむ顔が見たくて、わざとやったのか?

 ていうか、お母さんにそっくりって、まさかお母さんにもやったのか?

 笑顔でサラリととんでもないことを言うお父さんを見て、つくづく思う。

 本当に、どうしてお母さんはこの人と結婚したのだろう?


(用語集)

(1)ルフィル・カロッサ

ラーヴォルンで開かれるルフィルの4大祭りの一つで、もっとも規模の大きなお祭り。

毎年秋に開催される。


(2)ルーイエ・アスク

ラーファの両親が経営する宿泊施設。

施設内にはレストランもあり、比較的大きな宿泊施設のように思えるが、これでもラーヴォルンの宿泊施設の中では小さい部類に入るらしい。


(3)ベイ・カロッサ

ルフィル・カロッサ最大のイベント

北街と南街から魔法の橋をかけて、橋を渡るイベント

2つの大陸の平和を祈るために、2つの橋は交差するようにかけられる

そして、交差点では、平和を祈る「エミレフィーユ」と言う言葉で挨拶を行なう。


(4)イデアトロン

イデア技術を利用した探知機。

つけた人のいる場所のみならず、使い方によっては話していることや、今何をしているかなどがわかってしまう。

そのため、プライバシーを著しく侵害するアイテムと言うことで、ラーヴォルンでは使用が禁止されている


(5)イルキス地方

ヴェルク帝国北方にある地域で、万年氷で覆われている。

資源が豊富らしく、極寒の地であるにも関わらず様々な産業が栄えている。

ガルティア帝国の国境沿いにあるため、大きな軍事基地がある


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ