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黄昏のラーヴォルン  作者: レトリックスター
第3章 秋暁のラーヴォルン
84/254

38.メッサーとメッサニア

<<ミディア>>

 食事が終わると、私達はそのまま家に帰ることになった。

 もう夜も遅かったし、私にあんなことがあったこともあったから、さすがにみんな、もう遊びに行く気分にはなれなくなっちゃったみたいだ。

 せっかくの楽しいルフィル・カロッサだったのに、なんだか私のせいで台無しにしてしまったみたいで、みんなには悪いことした気分になった。

 でも、そんなこと考えていたら、ラーファが

「本当にミディアが無事で本当によかった。」

 そう言って、私に抱きついてきた。

 以前だったら暑苦しいから突き放していたけど、ラーファ、本当に私のことを心配してくれてたし、少しぐらいだったらいいかな。

 私のために、あんなに泣いてくれて、あの時はすごく嬉しかった。

「お2人は本当に仲がいいんですね。」

 私達の護衛で一緒について来ていたヤシュラムさんがそう言った。

「なんか、いろいろとすみません。」

「ミディアさんが悪いわけじゃないんですから、そんなに申し訳なさそうにしないでください。

 それにボク、ルーイエ・アスクに泊まっているから、ちょうどよかったですよ。」

 ヤシュラムさんはそう言って、ニコッと笑った。

 こうして見ると、ヤシュラムさんってただの可愛い女の子にしか見えない。

 ヤシュラムさんって、本当に男の子なんだろうか?

「ヤシュラムさんって、本当にただの女の子にしか見えないですよ。

 本当に男の子なんですか?」

 エレーネ先輩が、私の思っていたことを、ズバリとヤシュラムさんに聞いてくれた。

 服装も女の子っぽいし、体型がなんか思い切り女の子なんだよね。

 確かに胸は出ていないけど、それは私も一緒だからなあ。

「みんなからもそう言われますよ。」

 ヤシュラムさんはそう言って苦笑すると、私達に色んな話を聞かせてくれた。

 王国軍の宿舎はお風呂が共同らしいんだけど、ヤシュラムさんが男子風呂に入ると、いつも驚かれるらしい。

 それに身の危険を感じることもあったらしくて、いつからか人がいない時間帯にお風呂に入る習慣が身に着いたとか。

「おかげで、人の気配を察知するのが、すごく上手になれましたよ。」

 それはそれでなんか不憫だ。

 他にも、休暇に一人で街に出歩いていると、しょっちゅう男の人から声をかけられるらしい。

 私なんか、こないだウィルト王子から声をかけられるまで、男の人から声をかけられたことなんてなかった。

 なんか女の子として、ヤシュラムさんに負けているような気がして、話を聞いててすごい複雑な気分になった。

 そして、それはラーファもエレーネ先輩も同じだったらしい。

 2人とも、ヤシュラムさんの話を聞いて苦笑していた。


「それで、ヤシュラムさんは男の人について行ったりしないんですか?」

 アイだけは、なぜか目を輝かせて話を聞いていた。

 どうやら、アイは新境地を開拓したらしい。

 また、変な妄想が増えそうで嫌だなあ。


 ヤシュラムさんは安全が確認できるまで、当分ラーヴォルンにいてくれるらしい。

 しかも、ラーヴォルン滞在期間中は、このままルーイエ・アスクに泊まってくれるらしい。

 これは、ルーイエ・アスクにとっては朗報である。

 ルフィル・カロッサが終わっちゃうと、しばらく閑散期に入っちゃって、いつも集客に苦労していたからね。

 でも、滞在の目的は私達の護衛らしいし、もしかしたら、これからはヤシュラムさんの監視つきで遊ぶことになるのかな?

 なんか、これからは息苦しい毎日になりそうだ。

 私を守ってくれるためだし、仕方がないんだけどね。


 今日は色んなことがありすぎた。

 今でも、さっきまでの出来事が信じられない。

 まさか、ヴェルク帝国の特殊部隊が私をさらうために、ラーヴォルンに来ていたなんてね。

 あの時、ウィルト王子が来てくれてなかったら、今頃どうなっていただろう?

 想像するだけで、背筋に寒いものが走る。

 しかも、ウィルト王子の話だと、ヴェルク帝国だけじゃなく、ガルティア帝国からも特殊部隊が来ていたらしい。

 まさか、アトゥアの2大帝国から狙われることになるなんて思わなかった。

 でも、私を助けに来てくれたウィルト王子、素敵だったなあ。

 あの時の王子のことを思い出すだけで、すごい体が熱くなる。

 王子の顔を思い出しただけで、すごい胸がドキドキする。

 こんなこと初めてだ。

 もしかして、これが恋をするってことなのかな?

 そういえば、ウィルト王子から求婚されたんだった。

 でも結局、あの後何の返事も返さずにお別れしちゃったんだけど、本当によかったのかな?

 ウィルト王子は私が18歳になるまで待つって言ってくれたし、それまでに返事すればいいってことなのかな?

 でも、ウィルト王子って普段は首都モンフェルンの王宮にいるし、どうやって返事したらいいんだろう?

 ・・・・・・

 とりあえず、ウィルト王子のことはしばらく置いておこう。

 今考えても仕方ないし・・・

 それよりも、今は琴音のことだよ。

 あの時、ウィルト王子は、琴音をルフィルにするって言ってたけど、本当に大丈夫なのかな?


「琴音にルフィルになってもらうって、どういうことですか?」

 あの時、私がウィルト王子に尋ねると、ウィルト王子は自信満々に答えてくれた。

「琴音は普段はグラド・ルガンテに住んでいるルフィルで、地上を眺めるのが趣味だった。

 でも、ある日こっそりと地上に降りた時に、ひょんなことでミディアちゃんと知り合いになった。」

「ひょんなことって、何ですか?」

 エレーネ先輩が尋ねる。

「それは、まあ適当に考える。

 そこは今回重要なポイントじゃないからな。」

「そうなんですか?」

「大事なのは、君達がルフィルと友達だってことだからな。

 そう言う意味では、琴音が君達だけに見える存在ってのは、とても重要な要素だ。」

 どうやら、ウィルト王子は、私達をルフィルの友達ってことにしたいらしい。

 そうすれば、さしもの2大帝国もこれ以上特殊部隊を送り込んでこないだろうということらしい。

「でも、ラーヴォルンで発生したという巨大な魔力についてはどうするんですか?」

 続けてエレーネ先輩が尋ねると、

「それについても、バッチリ考えているよ。

 琴音は今のアトゥアに幻滅して、アトゥアを滅ぼそうとしたんだ。

 ルフィルならば、宇宙のマーシャントを直接吸収して魔力を集められるから、あの巨大な魔力もラーヴォルンに影響が出なかったことも説明がつく。

 でも、友達であるミディアちゃん達のことを思い出して、ギリギリのところで魔法を撃つのをやめた。

 これなら、魔力にミディアちゃんの名前が記録されていても不思議はないだろう。」

 ウィルト王子はそう答えた。

「でも、魔力には琴音の名前も記録されていたんですよね?

 自分で自分のことを強く念じるって少し変じゃないですか?」

 私がそう言うと、ウィルト王子は

「術者が魔法を詠唱中に強く葛藤している時って、自分の名前が魔力に記録されることがあるんだよ。」

と話してくれた。

「へえ、初めて知りました。」

「そんなわけで、今回はこのケースで話を作り上げようと思う。

 ウン、話しててますます自信がでてきたぞ。」

「でも、ルフィルである琴音は、どうしてアトゥアを滅ぼそうとしたんですか?

 アトゥアを滅ぼすほどの失望については、どう話を作るつもりですか?」

 ラーファがウィルト王子に尋ねる。

 確かに、そこの動機付けが弱いと、全体の話が途端に嘘っぽくなってしまう。

 でも、ウィルト王子は、

「それは・・・ヴェルク帝国とガルティア帝国が一番知っていることだろう。」

とだけ言って、そのことについてそれ以上話そうとはしなかった。

「まあ、これでうまいこと話をまとめ上げておく。

 うまくいけば、ミディアちゃん達がヴェルクやガルティアから命を狙われることもなくなるだろう。」

 ウィルト王子は自信満々にそう言った。


 本当にこんなんでうまくいくのかな?

 あのヴェルク帝国とガルティア帝国が、こんな話で納得するとは思えないんだけど・・・

 でも、ウィルト王子は自信満々だったし、私にできることは何もないから、今はウィルト王子を信じて待つしかない。

 うまくいけば、私はもう2大帝国から狙われなくなる。

 でも、琴音はこれからどうなっちゃうんだろう?

 琴音は、毎日ラーヴォルンで楽しく遊んでいるだけなのに、勝手にルフィルにされちゃって、これから大変なことになりそうだ。

 今でもイデアフィールズの映像がアトゥア中に流れていて、既に十分大変なことになってるんだけど・・・

「心配しなくてもいいですよ、ミディアさん。」

 ヤシュラムさんは笑顔でそう言ってくれたけど・・・

 その心配しなくていいメンバーの中に、琴音は含まれているのだろうか?

 私はそれが心配だ。


<<ウィルト>>

「どうしてミディアさんに求婚したことを、みんなに話したんですか?

 あれはマズかったですよ。」

 みんなが帰った後、俺はヤシュワントに延々と小言を言われていた。

「わかってるよ。

 だから、その後は一切結婚の話はしていないだろう。」

 おかげで、ミディアちゃんから返事を聞きそびれてしまった。

 すごい宙ぶらりんな気分のまま、モンフェルンに帰ることになってしまった。

 正直、ミディアちゃんからOKがもらえるか、すごい不安なんだが、今は気にしても仕方がない。

 まずは、ミディアちゃんをしっかりと守って、その過程で俺のことを好きになってもらうしかない。

 まあ、俺の気持ちはしっかりと伝えてあるし、あとはミディアちゃんの気持ちだけだ。

 ただ、正直に言うと、俺はミディアちゃんが18歳になるまで待つつもりはない。

 これに関しては色々と考えているのだが、いずれにしても、まずはミディアちゃんに俺のことを好きになってもらわないことには話は進まない。

 そう考えていた俺に、ヤシュワントがまた冷や水を浴びせかけて来た。

「あなたはリーヴァ王国の王子なんですよ。

 例え、ミディアさんが王子のことを好きになったとしても、そう簡単には結婚なんてできませんよ。」

 ずっと結婚できていないヤシュワントが言うと、言葉の重みが違ってくるなあ。

 まあ、それは冗談として、確かに王族は何をやるにしてもいちいち面倒だ。

 特に、結婚ともなれば、色んな方面から様々な力が働いてくるだろう。

「しかも、今は王位後継問題で王室全体がピリピリしている時です。

 結婚の話は、しばらく表に出さないで頂きたい。」

「わかってるよ。」


 そう、リーヴァ王国は、次期国王の後継者問題で非常にピリピリしている。

 俺は長男のオルフェか長女のフィリアのどちらかでいいと思ってるんだが、周囲がどうも色々騒いでいるようで、三男の俺までしっかりと候補にされてしまっている。

 ちなみに、俺に直接連絡をよこさなかったネビル将軍は、姉のフィリアを推しているらしい。

 まあ、そんなわけで、最近は何をやるにしても、非常に窮屈な思いをしている。

 今回、無理してラーヴォルンまで来た一番の理由は、王宮をしばらく離れたかったからだ。

 おかげで、ルフィル・カロッサも楽しめたし、思い切りリフレッシュすることができた。

 それに、ミディアちゃんと出会うこともできた。

 一目惚れなんてあるわけない。

 ずっとそう思っていた俺だけど、ミディアちゃんに見事に一目惚れしてしまった。

 俺はきっと彼女と結ばれるために、この世に生まれて来たんだ。

 少し大げさかも思われるかもしれないけど、初めて会った時は本気でそう思ったくらいだ。

 だからこそ、彼女を守るためだったら、俺は何でもするつもりだ。

 ただ、確かに今はミディアちゃんとの結婚の話はあまり表には出さない方がよかった。

 それは単に王族の問題というだけでなく、ヤシュラムの任務遂行にも影響を与える可能性があるからだ。

 だからといって、ヤシュラムもあんなに怒ることはないだろうに。

 アイツはいつも笑顔で怒るから、他の奴が怒るのよりずっと怖いんだよ。

 まあ、今はとりあえず俺にできることをやろう。

 そんなわけで、今はさっきミディアちゃん達に話した内容を元に、ミディアちゃんを守るための脚本をまとめ上げていた。


「よし、できた。」

 俺は出来上がった脚本を、隣に座っていたヤシュワントに手渡した。

 俺から脚本を受け取ったヤシュワントは、険しい表情で目を通していた。

「どうだ、完璧な脚本だろう?」

 一通り読み終わったタイミングを図って、ヤシュワントに尋ねると、ヤシュワントは大きな溜息を一つついた。

「王子、本気でこれをヴェルク帝国とガルティア帝国に話すつもりですか?」

 なんかヤシュワントの視線が冷たい。

 なんでそんな呆れた目で俺を見る?

 どこから見ても完璧なシナリオだろ。

「仮に話を信じてもらえたとして、連中、今度はルフィルの力を狙ってきませんか?」

「それは絶対にない。

 ヴェルクもガルティアもルフィル信仰が盛んな国だぞ。」

「だからですよ。

 奴ら、ルフィルの力を手に入れるために、尚更ここに来る可能性がありますよ。

 もし、『奴』の話したことが本当だったとしたら・・・」

 ヤシュワントはそう言いかけて、言葉を区切る。


 まあ、ヤシュワントの言いたいこともわかる。

 だが、熱心なルフィル教徒だからこそ、この作り話はかなり効果的だと思うんだ。

 ルフィルは、本来、人間社会には干渉しない存在だ。

 そのことは、熱心なルフィル教徒である彼らなら知っているはずだ。

 だが、そのルフィルが、実はアトゥアを滅ぼしたいと思うほど怒り狂っていて、こないだの魔力波動はルフィルが発したものだったと聞いたら、連中はどんな反応を示すだろうか?

 最初はハナでバカにするに違いない。

 でも、内心ではどうだろう?

 連中には、恐らくルフィルが怒る元凶に心当たりがあるはずだ。

 それこそ、ヤシュワントの言う『奴』の話していた話が本当ならばな。

 それこそが、我々の交渉の真の目的でもある。

 だからこそ、ヴェルクやガルティアとの交渉にも応じて、念入りに調査まで行なっているわけだ。

 もっとも、奴らはその前に自力で調査しようと、特殊部隊を送り込んで来たわけだが、もしかして我々の調査など信用できないと思っているのだろうか?

 まあ、それはある意味正しい。

 今回の調査報告も、琴音をルフィルにして、アトゥアを滅ぼさせようとしたりと、かなりの創作が混ざっているからな。

 でも、きっとそれだけではないだろう。

 我々が思うに、両国はかなり焦っているように見える。

 だとしたら、一体何に焦っているのか?

 我々の知りたいのはそこだ。

 まあ、交渉で問い詰めても、奴らは絶対にシラを切るだろうが、国内には少なからず動揺が走るだろう。

 もし、『奴』の話が本当ならば、両国政府は完全にルフィル信仰の教えに反していることになるからな。

 そこから何かしらの情報を断片的にでも摑み取れさえすれば、今このアトゥアで何が起こっているのかを知ることができるかもしれない。

 でも、今回の交渉の最優先事項は、ミディアちゃん達の安全の確保だ。

 こちらには、ミディアちゃんの持っている琴音のイデア映像と、グラド・ルガンテの映像がある。

 それを材料にして、琴音を思いとどまらせたのは、琴音の姿が唯一見えるミディアちゃんのおかげということで話をまとめるつもりだ。

 ミディアちゃんがアトゥアを救ってくれた恩人だとわかれば、さすがにミディアちゃんの命は狙わなくなると思いたい。

 もっとも、それでもなお、ミディアちゃん達を狙うと言うのであれば、その時はこちらも容赦するつもりはないが。


「それにしても、琴音を連れてきていると言う覆面とやらですが、何を企んでいるのでしょうか?」

「さあな。」

 それは俺も気になるところだが、正直今はそれを気にしてもどうしようもないと思った。

 覆面は、恐らく俺達の手には負えない力を持っている。

 だが、今のところ、覆面のやっていることは、琴音をラーヴォルンに連れてきているだけだし、エルフィーゼの塔ではミディアちゃん達をガルティアのトラップから守ってくれたとも聞く。

 非常に気にはなるが、もしかしたらアトゥアにとって、それほど害をおよぼす存在ではないのかもしれない。

 まあ、仮に覆面がアトゥアに敵意を持っていたとしても、恐らく我々の力ではどうすることもできないだろう。

 だから、我々にできることは、目の前の問題を解決していくことだけだ。


「ところで、『奴』の話に戻るがな、どれくらいの信憑性があると思う?」

 俺がそう尋ねると、とたんにヤシュワントは険しい表情に変わった。

「正直、最初に話を聞いた時には、あまりにも突拍子のない話なので、信じがたかったのですが・・・

 今では、ほぼ100%真実だと確信しています。

 今日も、ヴェルク帝国の特殊部隊とガルティア帝国の特殊部隊が、きれいに配置されていましたし・・・」

 確かにそれは俺も思った。

 敵対している両国がこれだけの部隊を動かしたのであれば、普通はどこかで衝突が起きてもおかしくはない。

 もちろん、衝突を回避するために、両国がうまいこと部隊を配置したとも考えられる。

 だが、きっとそうではないんだろう。

 『奴』の話していたことが、おそらく正解なんだろう。

「俺もそれは思った。

 ヴェルク帝国とガルティア帝国は、表面上は対立しているが、裏では実はつながっている。」

 だからこそ、この交渉はきっとうまく行く。

 いや、うまく行かせないといけない。

「任せておけ。

 絶対に成功させてみせる。」

 俺がそう言ったら、ヤシュワントはそれ以上何も言ってこなかった。


「明日、『奴』の家に寄ってから、モンフェルンに戻ります。」

 ヤシュワントは静かにそう言った。

 そう言えば、『奴』はヤシュワントの親友だったらしいな。

 家によるって言ってたが、もしかして、『奴』の実家はラーヴォルンにあるのか?

「お前の親友って、もしかしてラーヴォルン出身なのか?」

「ええ、まあ・・・実はさっきのメンバーの中に家族がいたんですが・・・」

 さっきのメンバーって、ミディアちゃんの友達の中に奴の家族がいたのか。

「そう言えば、お前のことを知っている子がいたな。

 確か、エレーネって名前だったな。

 まさか・・・」

「ええ、その子の兄、ヴィルトワ・ヴォルティス・ラーヴォルンがあれの情報提供者です。」

「そうか。」

 それでさっき、エレーネの前で気まずそうにしていた理由がわかった。

 エレーネは、兄の親友が来て、すごい喜んでいるようだった。

 でも、明日、ヤシュワントから話を聞いたら、一体どんな表情に変わるだろう?

「エレーネの母親にだけは、本当のことを話すつもりですが、エレーネにはなんとか誤魔化すつもりです。」

 ヤシュワントはそう言ったが、俺はそれは難しいだろうと思った。

 ヤシュワントは良くも悪くも真っ直ぐな奴だ。

 だから、嘘や隠し事をするのが、大の苦手だ。

 それにひきかえ、俺の印象だと、エレーネはかなり勘がよさそうだ。

 ヤシュワントにはかなり分の悪い勝負になるな、これは。


「それよりも、このラーヴォルンに来たもう一つの目的についてですが・・・」

 ヤシュワントが別の話題を振ってきた。

 多分、これ以上は触れて欲しくないのだろう。

 まあ、ヴィルトワのことはヤシュワントに任せよう。

 それに、こっちの問題も深刻だからな。

「そうだな。

 ヴェルクとガルティアよりも、むしろこっちの問題の方が大事だな。」

「ハイ、このラーヴォルンでメッサニアの存在が確認された件ですが、どうしてすぐにメッサニアを隔離しないのですか?」

 ヤシュワントが私に尋ねてくる。

 メッサニアが見つかったら、被害者が出る前に施設に隔離するか殺すか、手段はその2つしかない。

 わかりきっていることだ。

 だが、それをしない俺に対して、ヤシュワントは不信を抱いているようだった。

 これが、王や長男のオルフェだったら、問答無用で殺害命令を出しているだろう。

 長女のフィリアだったら、多分すぐに捉えて隔離施設に送り込んでいただろう。

 一方、俺はと言うと・・・どうしたらいいか悩んでいた。

 こんなに簡単に情に流されるなんて、王が言うように、もしかしたら俺は指導者失格なのかもしれない。


 我々がここに来たもう一つの目的は、メッサニアの存在の確認とその駆除にある。

 メッサニアとは、メッサーと呼ばれる禁呪を使う術者のことだ。

 メッサーとは、大量のマーシャントを圧縮したものを、人間に向かって放つだけの原理としては非常に単純な魔法だ。

 だが、大量のマーシャントを一度に受けた魂はショックを受けて、ほとんどの人間はそれに耐えきれずに死んでしまう。

 魂は肉体に留まるために、マーシャントを消費しているが、一度に吸収するマーシャントの量が多すぎても少なすぎてもダメなのだ。

 メッサーは死亡率が6割以上と言われる実に恐ろしい魔法だが、恐ろしいのはむしろ生き残った4割の方にある。

 メッサーに耐えきった魂には、その後に強力な快楽がもたらされるらしい。

 それはこの世にあるどんな快楽よりも比較にならないものらしく、メッサーに耐えきった魂は例外なくメッサーの虜になってしまう。

 このメッサーの虜になった者達がメッサニアだ。

 恐ろしいことに、メッサニアになると、自分を貶めたメッサーを自動的に覚えてしまう。

 この世の最高の快楽を知ってしまったメッサニアが最初にすることは、覚えたてのメッサーを自分に打ち込むことらしい。

 だが、自分自身にメッサーを打ち込んでも、最高の快楽を得ることはできない。

 なぜなら、メッサーは自分と異なる魂の色のついた魔力でしか効果が得られないからだ。

 メッサーで快楽を得るには、他人からメッサーを打ち込んでもらうしかない。

 だから、そのためにメッサニアは、まず他人にメッサーを打ち込んで、メッサニアにしようとする。

 メッサニアは、他人をメッサニアにすることで、自分にメッサーを打ち込んでくれる存在を作ろうとする。

 しかも、通常、一度に大勢の人間をメッサニアにしようと襲いかかろうとする。

 理由は色んな説があるが、以下の2つの理由が有力だ。

 1つは、メッサーの死亡率が高いことである。

 メッサニアは、常に自分にメッサーを打ち込んでくれるメッサニアを大勢抱えていたい。

 しかし、メッサーは死亡率が6割以上と非常に高い魔法だ。

 しかも、メッサーに関しては魔法耐性と言うものは存在しない。

 つまり、一度メッサーに耐えきれたからと言って、二度目のメッサーにも耐えられる保証などないのだ。

 自分にメッサーを打ちこんでくれるメッサニアが死んでしまう可能性を考えると、できるだけ大勢のメッサニアが周囲にいることが望ましい。

 そんなわけで、できるだけ大勢のメッサニアを生み出そうとする。

 そして、もう1つの理由が、メッサニアはより最高の快楽を追求する傾向があるというものだった。

 なんでも、メッサーで得られる快楽は、相手の魂の色によって異なるらしく、メッサニアの魂には、自分に最高の快楽を与えてくれる魂の色がわかるらしい。

 その魂の色は、人によって違うらしく、メッサニアは最高の快楽を追求するために、その色に近い存在を片っ端から襲いかかるというものだ。

 まるで美味しいものを追求するグルメマニアだが、人間にとってはたまったものではない。


 いずれの理由にしても、メッサニアは新しいメッサニアを大量に生み出し、新しいメッサニアも同じ理由で次々と新しいメッサニアを生み出そうとする。

 街にメッサニアが1人入り込んだだけで、数日後には街が死体とメッサニアだけになってしまう可能性があるのだ。

 実際、過去にメッサニアによって多くの街が滅んだと言われている。

 だから、メッサーはアトゥアの全ての国で禁呪指定されている。

 メッサニアになった時点で、すべての人権が剥奪され、発見次第、施設に隔離するか、もしくはその場で駆除することになっている。

 ちなみに、ここでいう施設とは、メッサニアの更生施設ではない。

 大体、一度メッサニアになった者を元に戻す手段なんて存在しない。

 ここでいう施設とは、単にメッサニアを一箇所に集めるための隔離施設だ。

 こうしておけば、メッサニア同士がメッサーを打ち合って、勝手に数を減らしてくれるため、メッサニアの殺害の手間が省けるというわけだ。

 まあ、隔離施設ができた本当の理由は、メッサーの殺害の手間を省くためじゃないんだが。

 メッサニアといっても見た目は普通の人間だから、殺すのに抵抗があるという人達は多い。

 特に家族がメッサニアに堕ちた場合などは、中々殺せないケースが多い。

 しかし放っておくと、メッサーの被害を拡大させてしまうことになりかねない。

 施設はそういった人達のために用意されたものだ。

 まあ、結局、施設に送り込まれたメッサニアは全員死ぬことになるわけだが、それでも家族の心の辛さは少しは緩和されるらしい。

 アトゥア中の国々でメッサニアの撲滅運動が行われた結果、多くのメッサニアが隔離もしくは駆除され、一時期ほどのメッサニアの恐怖はなくなりつつあった。

 しかし、専門家の話だと、アトゥアには未だに相当数のメッサニアが潜んでいると言われており、まだまだ油断はできない状況である。


「とりあえず、メッサニアはしばらくヤシュラムに監視させる。

 ヤシュラムをルーイエ・アスクにしばらく滞在させるのは、そのためと言ってもいい。

 ミディアちゃんを守るのは、ヴェルク帝国とガルティア帝国からだけじゃない。

 メッサニアからも、ミディアちゃんを守るのだ。」

「・・・・・・」

 ヤシュワントは何も言わずに、俺の方を見ていた。

 ヤシュワントの言いたいことはよくわかる。

 俺も未だに信じられない。

 だが、メッサニアも初期と末期があるらしいからな。

 もしかしたら、まだ初期症状なのかもしれない。

 末期症状になったら、頭の中はメッサーのことしか考えられなくなって、見境なく人に襲いかかるようになるらしい。

 しかも、メッサーの打ちすぎで魂が歪み、それが人の姿を変えることもあるらしい。

 そうなったら、それはもう正真正銘の化物だ。

「彼女はまだ初期症状なのだろう。」

「禁呪メッサーの中でも、最も強力と言われているエヴィラルですよ。

 どうして、彼女が普通に生活できているのか、私にはわからない。」

 ヤシュワントは俺の言葉を打ち消すかのように、静かにそう言った。


 メッサーと呼ばれる禁呪は一つではない。

 なぜなら能力のあるメッサニア達が、より強い快楽が得られるように、より強力なメッサーを次々と作り出していくからだ。

 下手に才能のある魔導士がメッサニアに堕ちると、本当に厄介なことになる。

 中でも、エヴィラルと名づけられたメッサーは、メッサーの中でも究極の快楽が得られると言われており、一度受けたメッサニアは他のメッサーには目もくれなくなると言われている。

 もちろん、その分、死亡率も他のメッサーより高くなっており、8割を超えると言われている。

 そんなメッサー・エヴィラルを打ち込まれたにも関わらず、彼女はごく普通に生活している。

 そのことが、ヤシュワントには信じられないのだろう。

 もちろん、俺も信じられない。

 だが、これはもしかしたら、メッサニアを治療する方法を見つけるチャンスかもしれない。

 今回、彼女をあえて隔離しない理由はそれだった。

 彼女がいつメッサニアに堕ちたのかわからないが、曲がりなりにも何年間かは普通に人間の生活を送ってきたようだし、調べる価値は十分にある。

 治療方法が確立できれば、アトゥアからメッサーとメッサニアの恐怖は完全になくなるのだから。

 だが、下手をすれば、ラーヴォルンが死体とメッサニアだけの街に変わる可能性もある。

 そうなったら、元凶を放置した俺は王から死罪を言い渡されるだろうが、恐らくはそれだけでは済まないだろう。

 ラーヴォルンのメッサニアを見逃したのが王族である俺だと判明したら、各都市政府が一斉に蜂起して、リーヴァ王国自体が崩壊しかねない。

 だから、万が一の場合も想定して、ヤシュラムの部隊をラーヴォルンに待機させることにしたのだ。

 ヤシュラムはヤシュワントの部下になる前は、対メッサニア殲滅部隊にいたらしく、メッサニアの対処には慣れているらしい。

 メッサーを無効化できる魔法や、相手の魔法を封じる魔法をいくつも知っているらしい。

 確かまだ18歳のはずだが、対メッサニア殲滅部隊には何歳の時からいたのだろう?

 非常に気になるところだが、ヤシュラムの強さは王国軍の中でも非常に評判が高いので、まあ問題はないだろう。

 ただ、できることなら、ヤシュラムの高い手腕を振るう機会が来ないことを祈りたい。

 彼女は、俺が大好きなミディアちゃんにとって、とても大切な人のはずだから。


用語集

(1)ルーイエ・アスク

ラーファの両親が経営する宿泊施設。

施設内にはレストランもあり、比較的大きな宿泊施設のように思えるが、これでもラーヴォルンの宿泊施設の中では小さい部類に入るらしい。


(2)ヴェルク帝国

アトゥアで一番大きな帝国

リーヴァ王国北方にある帝国で、もう一つの大陸にあるガルティア帝国と対立している。

そのため、ガルティア帝国と接しているリーヴァ王国にスパイを送り込んでいる。


(3)ガルティア帝国

アトゥアで2番目に大きな帝国

リーヴァ王国東方に広がるナルヴァティア大陸を支配している帝国で、アトゥアの覇権をめぐってヴェルク帝国と対立している。

ヴェルクと同様に、リーヴァ王国にスパイを送り込んでいる。


(4)グラド・ルガンテ

アトゥア唯一の浮遊大陸。

しかし、これまで誰も上陸できた人はおらず、いつからかルフィルの住む島として神聖視されるようになった。

グラドとは、神聖な人や場所につける称号で、ルフィル説が定着するようになってから、グラド・ルガンテと呼ばれるようになった。


(5)イデアフィールズ

放送電波を受信して、映像や音声に変換する機械

また、映像イデアを再生したり、放送を映像イデアに記録することもできる

地球におけるテレビやビデオに相当する。


(6)マーシャント

マーシャントとは宇宙にあふれる生命エネルギーのようなもの。

生命や星は、マーシャントを消費しながら生命活動を行なう。

地球ではマーシャントの存在は認識されていないが、アトゥアではマーシャントの存在は知られており、魔法やイデアなどに活用されている。


(7)魂

すべての魂は、マーシャントから生まれてくる。

魂はそれぞれ独特の色を持っており、同一の色を持つ魂は存在しないと言われている。

色とは魂のマーシャントスペクトルを色で表したもので、単色ではなく複数の色を組み合わせたものであるが、わかりやすいからか、いつからか色と呼ばれるようになった。


(8)メッサーとメッサニア

メッサーとは大量のマーシャントを圧縮して魂に打ち付ける魔法で、禁呪指定されている魔法

死亡率が6割以上もあるが、生き残ると至高の快楽が得られると言われている

メッサーと呼ばれる魔法は多く存在し、中でもエヴィラルと呼ばれる魔法は、メッサーの中でも最高の快楽を得られる魔法として有名である

メッサーの至高の快楽に取りつかれた人達のことをメッサニアと呼んでいる

一時期、メッサニアの存在はアトゥアを恐怖に陥れたが、アトゥア中の国々が団結して撲滅運動を行なってきたため、メッサーとメッサニアの恐怖は以前よりは小さくなった。

しかし、今でも相当数のメッサーとメッサニアが潜んでいると言われている。


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