15.ミディアが恥ずかしがっていた理由
<<アイ>>
「まあ、こんな感じで、ミディアは私達に心を開いてくれるようになったのよね。」
少し、語りすぎちゃったかなあと思ったけど、みんな熱心に聞いてくれていた。
「いやあ、アイがミディアを落とすあのシーンは、今聞いてもちょっと感動するよ。」
「ちょっと、落とすとか言わないで下さいよ。」
ミディアが顔を真っ赤にして、エレーネ先輩に抗議していた。
「ミディア、まだ照れてるの?」
「だって、すごく恥ずかしいんだもん。」
ミディアの顔がまた赤くなった。
「ミディアが明るくなったのは、本当にアイのおかげよ。
アイにあんな才能があるとは思わなかった。」
ラーファ先輩は私のことをすごい褒めてくれた。
「本当、私、アイのことを見直したもん。」
エレーネ先輩も私にそう言った。
でも、それは違う。
私は別にすごくなんかない。
だって、あの時の私は―――
「私はただ、真似をしただけですよ。」
そう、私は真似をしただけだ。
10歳の時、私が深い悲しみに囚われて沈んでいた時、
「アイ、お母さんと約束したんでしょ。
ちゃんと前に進むって。」
そう、あの時―――
「私にはアイがどんなに悲しいのか、本当の意味でわかってあげることができない。
でも、アイの近くにいて、アイの悲しみを受け止めてあげることぐらいならできる。」
悲しみのどん底にいた私にそう言って―――
「悲しいんだったら、思い切り泣こう。
そして、悲しみを出し尽くしたら、前に進もう。
これは悲しみを振り払って、前に進むための儀式だよ。」
「儀式?」
「思いっきり泣いて、悲しみを出し尽くすの。
心配しなくていいよ。
アイが泣き終わるまで、私、ずっとアイの傍にいて、こうしてずっとアイのこと抱きしめていてあげるから。」
そう言って、私を優しくそっと抱きしめてくれたラーファ先輩。
ラーファ先輩に抱きしめられた瞬間、私の心から悲しみが一気に溢れて来て、
「ラーファ先輩・・・ラーファ先輩!!!」
それからしばらく、私はラーファ先輩の胸の中でずっと泣きじゃくった。
私は、あの時のラーファ先輩の真似をやっただけですよ。
こんなこと言ったら、ラーファ先輩に怒られるかもしれないけど―――
あの時、たった一つしか歳が違わないラーファ先輩に、私はお母さんを感じた。
あれで、私はラーファ先輩のことが大好きになったんだっけ。
それまでも好きだったけど、あれでもっともっと大好きになったんだよ。
ラーファ先輩は、もうあのこと忘れちゃったのかな?
だとしたら、少し寂しいなあ。
そう言えば、あの時、ミディアは私のことをどう思ったんだろう?
私がラーファ先輩にお母さんを感じたように、ミディアも私にお母さんを・・・
まさかね。
こんな私にお母さんオーラがあるとは思えないからね。
<<ミディア>>
さっきからなんかすごい暑い。
もう夏は終わったはずなのに、真夏なみに汗をかいている気がする。
みんな、私の昔話なんか聞いて、何が嬉しいんだろうか?
私が恥ずかしい思いをするだけで、誰も何の得もないよ。
大体・・・
「ああっ、どうしてアイにすがりついて号泣しちゃったんだろう?」
その時のことを思い出して、思わず頭を抱えた。
「恥ずかしいのそこかよ。」
アイが少しムッとした表情になった。
「だって、人前で号泣なんて普通するもんじゃないでしょ。」
「そりゃあ、まあ、そうだけど・・・」
「あの時のアイの言葉に、妙に涙腺が刺激されたんだよ。
アイの前で、あんなに大泣きするなんて・・・」
「それは・・・あの時のミディアには、心の余裕が全くなかったからじゃないのか?」
エレーネ先輩が私にそう言った。
確かに、あの時の私は本当に毎日が辛くて苦しかった。
心の余裕なんて全くなかったに違いない。
「私はミディアと一緒に泣いたことは嬉しい思い出だったのに・・・
ミディアは私と一緒に泣いたことを恥ずかしいって思ってたんだね。」
アイがすごいショックを受けていた。
違う、本当はアイと一緒に泣いたことを恥ずかしいなんて思っていない。
「アイ・・・私は別に・・・」
「大丈夫よ、ミディア。
ここに号泣している人がいるから・・・」
「えっ・・・て、琴音!?」
琴音がすごい顔で号泣していた。
「琴音、どうしたの?
大丈夫?」
「私は大丈夫だよ。
でも、ミディアちゃんは、すごい辛い思いをしてきたんだね。」
「琴音・・・」
「それに、ラーファちゃんやエレーネちゃん、アイちゃん・・・みんな本当にいい子だね。」
琴音はそう言うと、また泣き出した。
「琴音、号泣しているの?」
琴音の姿が見えないエレーネ先輩が、心配そうに私に聞いてきた。
「えっと、なんか、さっきのアイの話を聞いて、泣いているみたいです。」
「そっかあ、そういや琴音ってすごい涙もろいって言ってたなあ。」
「私の話を聞いて泣いている琴音の姿を見たかったなあ。」
アイは少し悔しそうにそう言った。
「それはそうとさ、ミディア・・・」
エレーネ先輩はニコッと微笑んだ表情のまま、私に尋ねてきた。
「恥ずかしかった理由は、アイの前で号泣したからじゃないんでしょ?」
「えっ!?」
「本当は違うんでしょ?」
エレーネ先輩はずっと笑顔のままだったけど、なんかすごい圧力を感じる。
私は、エレーネ先輩から視線を逸らせずにいた。
「えっ、どういうことですか?エレーネ先輩?」
アイが驚いた表情でエレーネ先輩に尋ねる。
「号泣したことが恥ずかしい理由じゃないって、エレーネは言いたいのよね?
私もそう思う。」
ラーファもそう言って、私の方を見る。
何、この雰囲気・・・さっきまでと何か違う。
どうして、ラーファもエレーネ先輩も私がウソをついたってわかったんだろう?
「本当は、どうして恥ずかしいと思ったの?」
エレーネ先輩が再び私に聞いてきた。
笑顔で聞いてきてはいるけど、ごまかしを許さないって感じだ。
エレーネ先輩だけじゃなく、ラーファも同じような感じになっていた。
なんだかんだで、ラーファもエレーネ先輩も結構鋭い。
嘘を言っても、多分、今の2人にはすぐにばれてしまう。
そんな気がした。
「だって、あの頃の私、自分のことしか考えてなくて、みんなを困らせてたでしょ。
みんなと仲良くなって、みんながすごいいい人だってわかればわかるほど、当時の自分のことがすごい恥ずかしくなって・・・」
どうして、あの頃の私は、あんなに意固地になっていたんだろう?
ウウン、理由はわかってる。
でも、その理由が・・・今思うと少し変な理由だったんだよね。
そこに触れられたくないから、適当にごまかそうと思ったんだけど、今日のラーファとエレーネ先輩はそれを許してくれそうになかった。
「そうか?
あの時のミディアって、きっとすごい不安だったと思うんだよ。
私は、別に変だと思わないよ。」
「エレーネ先輩・・・」
「私も別に変とは思わないよ。」
「いや、お前はメチャクチャ切れてたじゃないか。」
「まあ、それを言われると辛いんですけどね。」
アイはそう言って苦笑した。
「本当にゴメンなさい、みんな。」
「謝らない謝らない。
誰もミディアに謝ってほしくて、こんな話をしたわけじゃないのよ。」
「ラーファ?」
「だって、3年前の私達の誕生日に、私達はミディアと仲良くなれたんだから・・・
だから、今日はミディアと仲良くなれた大事な記念日でもあるのよ。」
ラーファはそう言って、私の頭を優しく撫でた。
「でも、いつもはこんな話しないじゃない。」
「ミディアには何も考えずに、まずはラーヴォルンでの暮らしに慣れてほしかったからね。
昔のこととかあまり考えてほしくなかったのよ。」
「えっ、そうだったの?」
「っていうのが、建前上の理由なんだけどね。
本当のことを言うと、私もアイも怖かったのよ。
あの時の話に触れたら、ミディアがまた昔に戻っちゃうんじゃないかってね。」
「ラーファ・・・」
「ミディアと仲良くなれたのは良かったんだけどさ。
結局、あの頃のミディアがどうして私達を避けていたのかわからないままだし。
昔の話に触れて、その時のミディアに戻ってしまわないか、すごい不安だったんだよ。」
ラーファに続いてアイもそう話してくれた。
「でも、これからも仲良く一緒に暮らしていくんだったら、いつまでもその話を避け続けるわけにはいかないってエレーネに言われてね。
確かにそうかもしれないって思った。」
知らなかった。
どうしてラーファ達が私の過去話なんかしようって言い出したのか。
まさか、みんながそんなことを考えていたとは思わなかった。
「だからね、できればこの際だから、ミディアも私達に色々と話してほしいのよ。
お願い、ミディア。」
ラーファはそう言うと、私の方をじっと見つめた。
そっか、そう言うことだったんだ。
今日はラーファの様子が少し変だと思ってたんだけど、なんか色々と考えていたんだね。
私のことで、ラーファ達が色々と考えてくれていたことが、すごい嬉しかった。
いや、本当に大した理由じゃないんだよね。
ていうか、今考えたらすごい恥ずかしいから、あまりしたくなかったんだけど仕方がないなあ。
「本当は、最初にみんなと会った時から、すごいいい人達だなって思ってたんだよ。
だから、本当はみんなと仲良くなりたかった。」
「でも、じゃあどうして?」
「アイはお母さんが死んじゃった時、すごい悲しかったって言ったよね。」
「ウン、今までで一番悲しかったよ。」
「それが普通だよね。
でも、私は両親が死んだと聞かされても、何とも思わなかった。」
「えっ!?」
アイだけでなく、ラーファもエレーネ先輩も驚いていた。
そっか、そう言えば、このことは誰にも話してなかったんだっけ。
「だって、私、記憶喪失で、お父さんとお母さんがどんな人だったかも思い出せないから・・・
悲しみようがないよ。」
「ミディアが記憶喪失だってことは知っていたけど・・・
まさか、両親の記憶を全部失っているとは思わなかった。」
アイはなんかすごいショックをうけていた。
どうしてそんなにショックを受けてるんだろう?
「お父さんとお母さんの思い出が少しでも残っていたら、多分悲しむことができたと思う。
でも、どんなに頑張っても、お父さんとお母さんのことを全く思い出せなくて・・・
どんな人だったのか、顔だけでも見ることができたら、何か記憶が思い出せるかなと思ったんだけどね。
でも、事故で亡くなった両親は、体の損傷があまりにもひどくて、とてもじゃないけど見せられないって言われて、最後の顔も見ることができなかった。
だから、結局、両親がどんな人だったのかも思い出せないまま・・・
両親が亡くなったのに、私は泣くこともできない。
私はそのことが悲しくて仕方がなかった。
だから、いつか記憶が取り戻せたら、その時は両親のために思いっきり泣こうって決めたんだ。
そのためにも、早く両親の記憶を取り戻したいって、ずっと思ってた。」
「ミディア、そんなことを考えてたんだ。
ゴメンなさい、ずっと一緒にいたのに気づいてあげられなくて・・・」
「ウウン、謝らなくていいよ。
だって、私が何も話さなかったんだから気づかなくて当然だよ。」
「事故で両親を失った私は、本当はこの街の近くにある児童養護施設に入る予定だった。
でも、私のことを不憫に思ったルーイエさんが、私を引き取ってくれた。」
「突然、一人家で面倒見ることになったって聞いた時はビックリしたよ。
でも、今では本当によかったと思ってる。」
「ラーファも、ラーファの両親も、本当に優しくていい人達だった。
エレーネ先輩もアイも、本当に素敵な人達で、私はなんて恵まれているんだろうって思った。
きっと、みんなと一緒だったら、たくさん楽しい思い出ができると思った。
でも、この人達との楽しい思い出で、私の記憶が埋め尽くされてしまったら、私の両親の思い出はどうなってしまうんだろう?
ここまで私を育ててくれたお父さんとお母さん。
その記憶が、もしかしたらこの人達との楽しい思い出で消されてしまうかもしれない。
そうなったら、私は両親のことを二度と思い出せなくなってしまう。
ウウン、それどころか、両親の存在すらきっと忘れてしまう。
両親の思い出が全く思い出せないまま、私の記憶が、両親じゃない人達の思い出でかき消されてしまう。
そう思ったら、たまらなく怖くなってしまって・・・
私、どうしていいかわからなくなって、とりあえずみんなと距離を置こうと思ったんだよ。」
「・・・・・・」
「本当はこんなのダメだってわかってた。
みんないい人達なのに、どうしても素直に接することができなくて・・・
私、何やってるんだろう?
このままだと取り返しがつかなくなるって、何度も思った。
でも、どうしても踏み出す勇気が持てなかった。
本当にゴメンなさい。」
私はもう一度みんなに謝った。
でも、みんなは何も言わなかった。
ウウン、わかってる。
みんな、なんてバカなことで悩んでいたんだろうって思ってるんだよね。
私も今思えばすごいバカな理由だなあと思う。
両親の記憶を守りたいから、みんなに冷たくしていたとか、今考えたらバカにもほどがあるよ。
だって、みんなに冷たくしていた時の記憶は、しっかりと私の記憶に刻まれているわけで・・・
そりゃあそうだ。
生きている以上、何かの記憶が刻まれていくんだし、だったらみんなと楽しい思い出を作ればよかったんだよ。
当時の私は、両親の記憶を守ることばかり考えていたから、そんな当たり前のことにすら気づけなかった。
挙句の果てに、みんなにすごい嫌な思いをさせてしまった。
本当に私はバカだ。
みんなは何も言わなかった。
まだ、すごいバカなことで悩んでたんだって思ってるのだろうか?
でも、胸に貯めていたものを全部吐き出したおかげで、少しはすっきりした。
「そんなわけで、みんなを避けていた理由は、すごいバカバカしい理由だったんだよ。
本当、当時の私って、すごいバカだったと思うよ。」
「・・・・・・」
「だから、笑いたかったら別に笑っても・・・」
「笑えないよ。」
私の声は、琴音の大声で遮られた。
って、琴音、また号泣してる。
「笑えるわけないよ。
当時のミディアちゃんは、両親の記憶を守ろうと必死だったんでしょ?
そんなミディアちゃんを、両親のもとでぬくぬくと生きている私が笑えるわけないじゃない。」
「琴音・・・」
「ミディアちゃんは、こんな大事なことを、どうして今までみんなに言わなかったの?
あんだけ、ミディアちゃんのことを心配してくれていたみんなが、今の話を聞いて笑うって本気で思ったの?」
「えっ・・・」
私はラーファ達の方を見て驚いた。
ラーファもエレーネ先輩も、そしてアイの表情も笑うどころか、今にも泣きそうな顔になっていた。
どうしてみんな、そんな顔しているの?
「ゴメン・・・私、ミディアの気持ちに全然気づいていなかった。」
アイがそう言って、私に謝った。
「私も・・・ずっとミディアと一緒にいたのに、全然気づかなかった。
ゴメンね、ミディア。」
ラーファも私に謝った。
どうして、アイもラーファも私に謝るの?
「私、お母さんが死んじゃったから、ミディアの気持ちが少しはわかるって言ったけど、全然わかってなかった。
ゴメンね、ミディア。」
「やめてよアイ、謝らないでよ。」
「だって、私、ミディアの気持ちが少しはわかるって言っちゃったもん。」
アイは泣きながら、私に抱きついてきた。
そっか・・・あの時言ったことを、そんなにも気にしてくれていたんだ。
でも、アイが謝るのは違う。
だって、あの時の私は、アイのおかげで救われたんだから・・・
「謝らないでよ、アイ。
だって、私はアイの話を聞いて勇気が出たんだよ。」
「えっ!?」
「アイはお母さんのこと、まだ覚えてるよね?」
「もちろん、一度だって忘れたことないよ。」
「アイは毎日楽しそうに過ごしてても、お母さんのことを忘れていない。
だから思ったんだ。
例え今は思い出せなくても、お父さんとお母さんの思い出が、楽しい思い出に消されてしまうことなんて絶対にないんだってね。
だから、私も勇気を出して前に進もうってね。
アイのおかげで、私は勇気を出して前に進むことができたんだよ。
だから、謝らないでよ、アイ。」
「ミディア・・・」
「ミディアの悩んでいた理由がわかってよかったよ。」
エレーネ先輩は、ホッとした表情を見せた。
でも、隣にいたラーファの表情は曇ったままだった。
「ミディア、あの頃のミディアのことをバカな自分だなんて言わないでほしい。」
「えっ!?」
「だって、あの頃のミディア、すごい苦しんでいた。
誰かにすがりつきたいのに、誰にもすがることができずに、たった一人で悩み苦しんでいたんだよ。
それなのに、ミディアまでバカだなんて言ってしまったら、13歳のミディアがなんだかかわいそうだよ。」
「ラーファ・・・」
「私もそう思う。
誰もいないんだったら、せめて私だけでも13歳のミディアちゃんの味方になってあげるんだ。」
「琴音・・・」
なぜだろう・・・
今日はみんなと話していて、妙に涙がこぼれそうになることが多い。
私が恥ずかしいって思っていた話は、みんなにとってはそうではなかったみたいで・・・
私は、あの時の自分のことをバカだと思ってたのに、みんなからこんなにも心配してもらえるなんて思わなかった。
「琴音ズルい。それは私のセリフよ。」
「ラーファちゃん、こういうのは先に言ったもんの勝ちなんだよ。」
「ぐぬぬぬ・・・」
なんか、自分の中で恥ずかしがってたりバカだと思っていたこと自体が、すごいバカなことに思えてきた。
でも、琴音とラーファのおかげで、3年前の自分のことを少しは愛せそうな気がする。
これもみんなに話したおかげだ。
みんなに全部話してよかった。




