8.眠れない
<<琴音>>
昼寝の目覚めは、最悪の目覚めだった。
嫌な汗でびっしょりになっていた。
いつの間にか夕方になっていて、部屋の中は薄暗くなっていた。
まさか、アイちゃんがあんなことを考えていたなんて・・・
確かにアイちゃんは少しエッチな子だと思ってたけど・・・
でも、ミディアちゃんとは仲のいい友達だと思ってた。
さっき見た光景が今でも信じられない。
でも、知ってしまった以上、このまま見過ごすわけにはいかない。
ミディアちゃんを助けるためにも、何が何でもラーファちゃんを引き留めないといけない。
でも、さっき見た光景を、どうラーファちゃんに説明しよう?
うまく話せる自信がなかった。
それに話したところで、果たしてラーファちゃんは信じてくれるだろうか?
困った。
「琴音。」
「うわああああ!!!」
背後から、突然声をかけられて、ビックリして思わず変な悲鳴を上げてしまった。
いつの間にか、お母さんが部屋の中にいた。
「どうしたの、そんな声あげて。」
「い、いきなり声かけられたら、そりゃあビックリするよ。」
「さっき、買い物に行ったついでにアイス買ってきたから、呼びに来たのよ。
昼寝してたから、後で声かけようと思ったんだけど、ちょうどいいタイミングで目を覚ましたわね。
で、アイス食べる?」
「・・・食べる。」
ウン、まずはアイスでも食べて冷静になろう。
そして、頭を冷やしてから、作戦を考えよう。
でも、結局、アイスを食べた後も、夕飯を食べてお風呂に入った後も、ラーファちゃんを止める以外の手段は見つからなかった。
さっさと眠って、まずは学校でラーファちゃんを引き留めよう。
時計を見るとまだ9時だったけど、すぐにベッドに入って眠ることにした。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「眠れない!!!」
早く眠って、ラーファちゃんを引き留めないといけないのに、寝ようとすればするほど目が冴えてくる。
そっか、バッチリ昼寝をしたせいで、眠れなくなってるんだ。
時計を見ると、もう11時を過ぎていた。
いつの間に2時間も経ったんだろう?
どうしよう、このままじゃ、ミディアちゃんが・・・
「日花里ちゃん、今すぐに眠れるようになる方法を教えて。」
困った時の日花里ちゃん頼みだ。
でも、日花里ちゃんはすごい眠たいみたいで、すごい不機嫌な声で電話に出た。
「すぐに眠れるようになる方法?
私の眠りを妨げておいて、何よそれ?」
本当にすごい不機嫌だ。
でも、その眠気が、今はすごいうらやましい。
「お願い。
私が眠らないと・・・早くラーヴォルンに行かないと・・・
ミディアちゃんの身が危ないんだよ。」
「ほう、どう危ないの?」
日花里ちゃんにそう聞かれて、思わず言葉に詰まってしまった。
どう危険なのか、それを言葉にするのは非常に難しかった。
「あ、アイちゃんにミディアちゃんが襲われるかもしれないんだよ。」
私にはこの程度の表現しか無理だった。
「アイちゃんがミディアちゃんを?
そんなこと、あるわけないでしょ。ふわああああ・・・」
日花里ちゃんは完全に聞き流していた。
ていうか、本当にすごい眠たそうだ。
「琴音も部活に入ったら、毎晩ぐっすり眠れるようになるよ。」
日花里ちゃんの声のトーンが安定しない。
もしかして、半分眠りに入ってる?
ダメだ、今の日花里ちゃんに聞いても、多分何もいい答えが返ってこないだろう。
「夜遅くに起こしてゴメンね。おやすみ。」
私は電話を切ると、机の上にあった国語の教科書を持って、ベッドに入った。
日花里ちゃんと電話している間に、一つだけ眠れる方法を思いついた。
それは、学校の教科書だった。
教科書は、人を眠りに誘う魔性の力を持っている。
今日の昼間にも、そのことを身をもって体感している。
学校の授業でも、毎日体感している。
その力を借りれば、もしかしたら眠れるかもしれない。
国語の教科書を選んだのは、もっとも睡魔に引き込まれる回数が多い教科書だったからだ。
これを使えば、きっと眠ることができる。
待っててね、ミディアちゃん。
私が行くまで、ミディアちゃん、無事でいてね。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「ダメだ、やっぱり眠れない!!!」
そんな、国語の教科書をもってしても、睡魔が来ないなんて信じられない。
ていうか、読めば読むほど、むしろ頭が冴えていく。
「どうしてこんな時に限って、頭が冴えるんだよ。」
時計の針は12時を指そうとしていた。
ヤバいヤバいヤバい!!!
一体どうしたらいいんだろう?
焦れば焦るほど、どんどん睡魔が遠ざかっていくような気がする。
ここは一度落ち着こう。
とりあえず、下に行って、お茶でも一杯飲もう。
って、お茶はダメだ。
余計に眠れなくなる。
じゃあ、こうなったら、これならどうだ?
今度はカバンから、1冊の本を取り出した。
夏休み前にニコちゃんが
「琴音ちゃんにこの本貸してあげる。」
と言って、強引に渡されたライトノベル本だった。
すっかり存在を忘れていた。
ここは心を落ち着けて、ニコちゃんから借りた本でも読もう。
国語の本は難しすぎて、むしろ頭を働かせすぎたのかもしれない。
でも、ラノベ本だったら、国語の本ほど頭を働かせる必要もないだろうし、私を眠りに導いてくれるかもしれない。
私を眠りに誘ってくれることを期待して、ニコちゃんから借りたラノベの表紙をめくった。
あらすじをによると、かわいい女の子が世界を救うと言うお話らしい。
最初はよくある話だと思いつつ読み始めたけど、これが意外と面白かった。
SF特有の難しい単語が多くて、結構難しい話なんだけど、ストーリーが面白くて、グングンと話に引き込まれていく。
後半になると、並行宇宙とか時空の揺らぎとかいうキーワードが飛び交い、どんどん話のスケールが大きくなっていく。
でも、本の残りページ数は、30ページもないくらいだった。
「これ、伏線全部回収できるのかな?」
そう思いつつも、話の先が気になって、どんどん読み進める。
そして、ついに完読した。
最初はかわいい女の子たちが変身して、突然飛来した地球外生命体と戦う話だったのに、なぜか途中から宇宙規模の神々の戦いが始まり、その結果、地球は別の並行宇宙に飛ばされてしまうというところで話は終わった。
正直、想像以上に壮大な物語だった。
でも、これからというところで、物語は終わっていた。
「えっ、嘘、こんなところで終わり?」
本の表紙を見ると、第1巻と書いていた。
なるほど、話の続きがあるんだ。
それにしても、すごい気になるところで終わったなあ。
すぐに続きを読んでみたい。
明日、ニコちゃんに電話して、続きの本を借りよう。
そう思って時計を見ると、いつの間にか3時を回っていた。
「えっ、嘘、私、何やってるの?」
ミディアちゃんのことをすっかり忘れて、ラノベを完読とか、私はなんてヒドい女なんだろう。
でも、この時間になると、さすがに眠気が催してきた。
今度こそ、すんなりと眠れそうだ。
ミディアちゃん、今行くから無事でいてね。
電気を消して、私は布団にもぐりこんだ。
気がつくと、いつものルフィルの遺跡にいた。
どうやら、ようやく眠れたらしい。
でも、ラーヴォルンは夕方になろうとしていた。
来るのがいつもよりかなり遅い時間になってしまった。
「早くミディアちゃんの部屋に行こう。」
こんなに遅くなってしまったら、もうラーファちゃんはエレーネちゃんと一緒に出かけちゃっているに違いない。
じゃあ、今はミディアちゃんとアイちゃんの2人きりだ。
もしかしたら、既に・・・
いや、今はミディアちゃんの無事だけを祈ろう。
こうなったら、最終手段だ。
もしもの時は覆面の力を借りよう。
もう、ミディアちゃんを守るには、それしかない。
この際、手段なんて選んでいられない。
どんなことをしても、私がミディアちゃんを守って見せる。
でも、覆面、力貸してくれるかなあ?
とにかく、今はミディアちゃんの元に急ごう。
いつもの倍以上のスピードで、ミディアちゃんの部屋に向かって突進した。
いつもは、普通にルーイエ・アスクの玄関から入って、ミディアちゃんの部屋に行くのだけど、今はそんな悠長なことはしてられない。
お願い、ミディアちゃん、無事でいて。
私は、猛スピードで、外からミディアちゃんの部屋まで一気に飛び込んだ。
「琴音!?」
突然、壁から飛び込んできた私の姿に、ミディアちゃんは驚いていた。
でも、私はそれを気にしている余裕はなかった。
部屋の中は、やはりミディアちゃんとアイちゃんだけだった。
「ミディアちゃん、大丈夫?
何もされてない?」
すぐにミディアちゃんの元に駆け寄る。
「えっ?
別に何もされてないと思うけど?」
ミディアちゃんは首を傾げていた。
よかった。
まだ、アイちゃんが手を出す前だったんだ。
でも、どうやってアイちゃんからミディアちゃんを守ろう?
ここはミディアちゃんに、昨日見たことを話すべきだろうか?
でも、そんなことしたら、ミディアちゃんとアイちゃんの友情に亀裂を入れることに・・・
って、そんなこと言ってる場合じゃない。
「どうしたの、琴音?」
「ミディアちゃん、アイちゃんの隙を見て、今すぐ部屋から逃げて。」
「えっ、どうして?」
「お願い、今は私の言うことを信じて、ミディアちゃん。」
「ウ、ウン、わかったよ。」
ミディアちゃんは状況がよくわからないといった感じだった。
本当はちゃんと話すべきなのかもしれない。
でも、心のどこかに、まだアイちゃんを信じたいという気持ちもあった。
今まで一緒に遊んできたけど、そんな素振り、今まで一度も見せたことなかったし、今でも何かの間違いだと信じたかった。
「アイ。」
「なあに、ミディア?」
「これ、こないだラーファから借りたイデアなんだけど見る?」
途端にアイちゃんの表情が変わった。
「ウン、見る見る。」
アイちゃんはミディアちゃんからイデアを受け取ると、意識を集中し始める。
「ミディアちゃん、今のうちだよ。」
「ウン・・・琴音、後で事情を話してね。」
ミディアちゃんは小声でそう言うと、そーっと部屋から出て行った。
アイちゃんはイデアに夢中で、ミディアちゃんが部屋を出たことに気づいていない。
でも、しばらくすると、アイちゃんは集中を解いた。
「ミディア、これ、こないだエレーネ先輩と一緒に見たイデアじゃない。」
とそこでようやく部屋にミディアちゃんがいないことに気づいたようだ。
ラーファちゃんのもので、気を引いたのは大正解だった。
とりあえず、アイちゃんからミディアちゃんを守ることができた。
よかったあ。
「・・・本当に・・・」
アイちゃんが小さな声で何かつぶやいている。
何だろう?
何を言ってるんだろう?
そう思い、アイちゃんに近寄った次の瞬間だった。
「まさか、本当に私の工房に来ていたとは思わなかったよ、琴音。」
アイちゃんはそう言うと、ニヤッと笑みを浮かべた。
アイちゃんに名前を呼ばれて、ゾッとなった。
「まだこの部屋にいるんでしょ、琴音?」
大きな声で、アイちゃんが尋ねてくる。
アイちゃんには私の声も聞こえないし、私の姿を見ることもできない。
もちろん、私に触れることもできない。
だから、私の身は絶対大丈夫なはず・・・
それなのに、アイちゃんと二人っきりのこの状況に、体の震えが止まらずにいた。
「まあ、琴音の声を聞けないから、聞くだけ無駄かあ。
でも、慌ててミディアを部屋から逃がしたところを見ると、工房での私の話を聞いてたんだよね?」
アイちゃんはそう言うと、こっちを見上げた。
私の姿が見えないはずなのに、目と目が合ってしまった。
どうしよう。
体が動かない。
蛇ににらまれた蛙ってのは、こういうことを言うんだろう。
どうしよう?
どうしたらいいんだろう?
でも、その時だった。
「ゴメン、琴音。
あれは琴音を驚かせるためにやった小芝居だよ。」
アイちゃんはそう言ってニコッと笑った。
えっ、どういうこと?
小芝居って、もしかして私を驚かそうと思ってやったのかな?
でも、私を驚かせたところで、アイちゃんは私の反応を見ることができないし・・・
どうしてこんなことをしたんだろう?




