34.怯えるラーファ
<<ミディア>>
琴音、今日はいつもより帰るのが早かったなあ。
でも、仕方がない。
だって、いつもよりも早くにラーヴォルンに来てくれたんだから。
「ミディア、そろそろ帰ろうか?」
ラーファが声をかけてきた。
もう夕方だし、帰った方がいいかもしれない。
「そうだね。そろそろ帰ろう。」
帰ると言っても、空港から家まで結構距離があって、帰るのが大変だった。
途中で私はへばってしまった。
「ミディアは本当に体力がないなあ。」
エレーネ先輩が苦笑しながらそう言った。
だって、普段、こんなに歩くことないもん。
でも、ラーファやエレーネ先輩やアイはこれだけ歩いたのに平気そうだった。
「みんなはすごいね。
これだけ歩いたのに、息一つ乱れてないよ。」
「まあ、私達は歩くのに慣れてるからね。」
えっ、そうなの?
ラーファはそんなにいつも歩いてるの?
「エレーネの付き添いをすれば、嫌でも体力がつくわよ。」
そう言えば、ラーファはエレーネ先輩の撮影に付き合うことが多いんだっけ。
よく山に登るっていってたし、それのおかげなのかな?
「アイも全然平気そうだよね。」
「私は、こう見えても、結構足に来てるんだよ。」
本当にそうなのかな?
その割には結構元気そうな気がするけどね。
「じゃあ、あそこで少し休憩していくか。」
エレーネ先輩が指を指した方向には、デザート専門のお店があった。
「賛成。」
私達はお店で休むことにした。
「ねえ、ラーファ。」
「なあに、ミディア?」
お店でデザートを食べながら、私は思いついたことをラーファに話してみた。
「みんなは、ラヴォルティアに行けるんだよね。」
「ウン、そうだけど、それがどうしたの?」
「私、思ったんだよね。
琴音って、意識だけがラーヴォルンに来ている状態でしょ。
これって、みんながラヴォルティアに行ってるのと似てないかなって。」
「おお、言われてみたらそうだよ。」
エレーネ先輩が大きく頷いた。
「確かに、意識だけ別の空間に飛ばすって意味では、ラヴォルティアと原理が似ているわね。」
アイも頷いてくれた。
「だったら、もしかしたら琴音はラヴォルティアにそのまま行けるんじゃないかって思ったんだよ。」
「なるほど、琴音がラヴォルティアに来ることさえできれば・・・」
「私やエレーネ先輩にも、琴音の姿を見ることができるってことね。」
「そういうこと。」
私がそう言うと、エレーネ先輩とアイは喜んでくれた。
「でもさあ、問題は琴音がラヴォルティアに来れるかだよなあ。」
エレーネ先輩はそう言うと、何やら考え始めた。
きっと、エレーネ先輩は、琴音からもっとニホンの話を聞きたいんだろうなあ。
今は、私やラーファを経由しないと会話できないから、不便だもんね。
「大体、物理的にラヴォルティアに行く方法とか、もうわけわかんないよね。
ラヴォルティアって魔法空間で、実際にどこかにあるものじゃないし・・・」
アイも困った表情になっていた。
こういう時は、やっぱりラーファの意見を聞いてみたい。
なんだかんだで、ラーファは頭いいし、色々と知ってるからね。
「ねえ、ラーファはどう・・・」
「・・・・・・・・・」
ラーファは何やら真剣に考えていた。
もしかして、琴音がラヴォルティアに行くための方法を考えてくれてるのかな?
でも、なんかいつもと様子が違うような気がする。
「一番簡単なのは、琴音がルティアを使えるようになってくれることなんだけどね。」
エレーネ先輩は苦笑しながらそう言った。
まあ、それが一番の早道だと思うけど、琴音は魔法のない世界から来ているから、魔力もないと思うし、無理だろうなあ。
「はあ・・・いいアイデアだと思ったんだけどなあ。」
いいアイデアが浮かんだ後に色々と調べてみて、やっぱりダメだったってなった時のショックは大きい。
すごいガックリきちゃった。
「待って、方法がないわけじゃない。」
エレーネ先輩が何かを思いついたかのように大声をあげた。
「ちょっと、店内で大声出さないでよ。」
気がつくと、店内のお客さんが全員私達の方を見ていた。
「ど、どうも・・・お、お騒がせして・・・す、すみません。」
エレーネ先輩は小さく謝ると、静かに席に座った。
それからしばらくは、周りの視線が恥ずかしくて、誰も何も話せなかった。
「それで、何ですか?」
このままだといつまでも黙ったままになりそうだったので、私が小声でエレーネ先輩に聞いてみた。
すると、エレーネ先輩が小声で返した。
「考古学だよ。」
「へっ、考古学?」
思わず変な声で聞き返してしまった。
でも、あまりにも意外な言葉が出てきたから、びっくりした。
「えっ、まさか・・・」
さっきまで黙って考え事をしていたラーファが、エレーネ先輩の方を見る。
なんか、すごい驚いた表情になってるけど、どうしたんだろう?
「なんだ、ミディア、考古学も知らないのか?
私達の中で一番理論レベルが高いのにさ。」
エレーネ先輩にそう言われた。
「考古学なんて、学校の授業じゃ習わないですよ。」
「まあね。
でも、考古学がどういう学問かぐらいは知ってるよな。」
「ハイ、古い地層とか遺跡とかを調査して、大昔のことを調べる学問ですよね?」
「そう、考古学者は地層や遺跡とかにある古い記憶を魔法で探って、昔そこで何が起こったのかを調べるんだよ。
その考古学者が使うマーシャント干渉は、意識や記憶への干渉なので、相手が魔力を持っていようがいまいが関係ない。」
「そっか、そのマーシャント干渉ってのを使えば、琴音の意識にアクセスできるかもしれないってことですね。」
「そういうこと。
それとルティアを一緒に使うことで、もしかしたら琴音をラヴォルティアを連れて行けるかもしれない。
もしかしたら、ラヴォルティアを使わなくても、琴音の意識と直接会話ができるかもしれない。」
エレーネ先輩はニヤリと笑った。
「相変わらずすごいことを思いつきますね、エレーネ先輩は。」
アイも驚いていた。
私もエレーネ先輩のこういうところはすごいと思った。
とはいえ、全く問題がないわけじゃなかった。
「でも、マーシャント干渉なんて、私達に使える魔法じゃないですよね?」
多分、マーシャント干渉ってのは、考古学者専用の魔法なんだと思う。
だとしたら、私達のような学生が扱えるようなレベルの魔法ではない。
せっかく方法がわかっても、魔法が使えないんじゃあ、結局私達にはどうすることもできない。
でも、エレーネ先輩はニヤリと笑った。
「まあ、私達には使うのは無理だから、今すぐに解決することはできない。
でも、実は私達の知り合いに考古学者がいるんだよね。」
「エレーネ、まさか・・・」
突然、ラーファの表情が変わった。
それを見て、エレーネ先輩はもう一度ニヤリと笑った。
「ミディアとアイは知らないと思うけどね。
私とラーファの先輩で、リリムって人がいるんだよ。
リリム・フリージア・モンフェルン。
首都モンフェルンを拠点に、あちこちの地層や遺跡を調査している考古学者だよ。」
モンフェルンという名前が出てきて、エレーネ先輩が何を言いたいのか、私にもわかった。
「わかりました。
秋にモンフェルンに魔法研修で行く時に、そのリリムさんって人にお願いしてみるってことですか?」
エレーネ先輩に尋ねると、エレーネ先輩はウンと頷いた。
「まあ、リリムさんはすっごい忙しい人らしいから、私達が行く日にモンフェルンにいるとは限らないけどさ。
一応、イデアハントで連絡取って、確認してみるよ。
ラーファ、リリムさんの連絡先って・・・」
そう言いかけて、エレーネ先輩の言葉が止まった。
私もつられてラーファの方を見ると、なぜかラーファはひどく怯えた表情になっていた。
「・・・・・・ダメ。」
「ラーファ?」
「ダメよ、それだけは絶対にダメ。」
突然、ラーファは大声でそう叫ぶと、席を立ってそのまま店を飛び出してしまった。
「ど、どうしたの、ラーファ!?」
私が声をかけても、ラーファは全く無視して、そのままどこかに行ってしまった。
「どうしたんだ、アイツ?」
エレーネ先輩も驚いていた。
「エレーネ先輩、そのリリムさんって人は、ラーファ先輩と仲が悪いんですか?」
アイがエレーネ先輩にそう尋ねると、エレーネ先輩は首を横に振った。
「いや、ラーファはリリムさんをすごい尊敬していたんだぞ。
リリムさんが学生の時は、まだ私達は小さかったんだけどさ。
すごい魔法の成績が優秀で、私もラーファもリリムさんに憧れていた。
おまけに、面倒見がいい人で、幼かった私達の面倒をよく見てくれたんだよ。
だから、あの人が卒業する時は、私もラーファも号泣したくらいだ。」
エレーネ先輩の話を聞く限りでは、ラーファはリリムって人のことをすごい尊敬していたみたいだ。
じゃあ、どうして、あんなに大声を上げて、飛び出して行ったんだろう。
それに、あの時のラーファ、明らかに怯えていた。
あんなに怯えているラーファを見たの、初めてだ。
どうして、あんな表情を浮かべていたんだろう?
「なあ、そんなことより、店を出ないか?」
エレーネ先輩がそう言ってきた。
今まで気づかなかったけど、ラーファの大声で、また私達は店内の注目を集めてしまったらしい。
二度目と言うこともあって、店内のお客さんは、明らかに私達に対して不快な視線を向けていた。
「そうですね。」
私達はお店を出ることにした。
ちなみに、ラーファの食べたものは、私がお金を払った。
いつもラーファにお世話になってるから、これくらいのことはしないとね。
でも、本当にラーファ、どうしたんだろう?
昨日も怒ってたけど、今日のは昨日のとは明らかに違う。
お店を出ると、ラーファはもういなかった。
「きっと、先に家に帰ったんだと思うよ。」
エレーネ先輩はそう言ったけど、私はそうは思えなかった。
とりあえず、イデアハントでラーファに連絡してみたけど、ラーファは出なかった。
普段、私がイデアハントをかけたら、5秒もかからずに出るくせに、どうして今日は出てくれないの?
「ゴメンなミディア。」
エレーネ先輩が私に謝ってきた。
「せっかく、魔法検定でいい点数が取れて、楽しい気分だったのに、なんか水を差しちゃってさ。」
「私なら大丈夫です。
エレーネ先輩のおかげで、エレーネ先輩やアイが琴音と会話できるかもしれないんです。
むしろ、私はそうなったら嬉しいなあって思ってるくらいですよ。」
「そっか、そう言ってくれると、私も嬉しいよ。」
「でも、ラーファはどうしてあんなに怯えていたんでしょうか?
エレーネ先輩、リリムさんはそんなに怖い人だったんですか?」
「だから、私やラーファはリリム先輩にずっとかわいがってもらってたんだよ。
私はラーファがリリム先輩を怖がっているとは思えないんだけどなあ。」
じゃあ、ラーファは一体何におびえていたんだろう?
「エレーネ先輩、アイ、ラヴォルティアでラーファを探してもらえますか?」
「で、でも、ラーファ先輩は多分、ラヴォルティアにはいないよ。」
「だから、ラヴォルティアにいる人に声をかけてみて。
こっちでラーファを見かけなかった人がいないかをね。
今、ラーファを一人にしたら、ダメなような気がするんだよ。」
「どうして、そう思うんだ?」
エレーネ先輩がいつもと違う真剣な顔で私に聞いてきた。
「特に何か根拠があるわけじゃないですけど・・・
これは3年間、ラーファと一緒に暮らしてきた私の直感です。」
さっきから、私はすごいドキドキしていた。
どうして、こんなに悪い予感がするんだろう?
多分、ラーファは家には帰っていない。
でも、どこに行ったか見当もつかなかった。
だから、ラヴォルティアを使うしかないと思った。
「わかった。じゃあ、ラヴォルティアにアクセスしてみる。」
それから、エレーネ先輩とアイは、ラヴォルティアに意識を移していた。
私は、2人の意識が戻ってくるまで、2人の体を見張っているだけだ。
私もラヴォルティアに行けたら・・・
ウウン、ここはエレーネ先輩とアイを信じよう。
2人はきっとラヴォルティアで色々とやってくれているんだと思う。
でも、なかなか戻ってこないところを見ると、なかなかラーファの居場所は見つからないようだった。
しばらくして、アイがこっちに戻ってきた。
「ダメ、誰もラーファ先輩を見かけた人いないよ。
ねえ、ミディア、本当にラーファ先輩の行きそうな場所思い当たらない?」
「ウン、私よりも多分、エレーネ先輩の方が詳しいと思う。」
ラーファはエレーネ先輩のイデア撮影に付き添って出かけていたし、2人でどこかに遊びに行くことも多かった。
だから、きっとエレーネ先輩の方が知ってるはず。
でも、しばらくするとエレーネ先輩も首を横に振った。
「ダメだ、全然見つからない。」
いよいよ不安になってきた。
「まさか、ラーファ、モンフェルンに行った可能性とかないですか?」
エレーネ先輩に聞いてみた。
あと、思いつく場所と言えば、それしかなかったから。
でも、エレーネ先輩は首を横に振った。
「ここからモンフェルンまで、どれだけ離れているかミディアも知ってるだろう。
今から向かっても、今日中には帰ってこれないよ。」
確かに、今日中には絶対に帰ってこれない。
でも、それでもモンフェルンに向かうとしたら、ラーファが向かう場所は一か所しかない。
「空港だ。」
「えっ!?」
「空港に行ってみよう。」
そう言うと同時に、私は空港に向かって駆けだしてた。
「ちょっと、ミディア、さっきまでへばってたのに、また空港に戻って大丈夫なの?」
アイがそう言ってたけど、そんなことを気にしている余裕はなかった。
どうしてだろう?
いつも、近くにいて当たり前だと思ってた。
やたらとくっついてきて、すごいうっとおしいと思うこともあった。
なぜかお風呂では私の体をジロジロ見て、嫌な思いをしたこともあった。
こないだ、初めてケンカをして、仲直りをした。
私にコンサートの楽しさを教えてくれた。
魔法検定では、私の魔法特訓に付き合ってくれた。
この3年間、ラーファはいつも私の近くにいた。
本当のお姉さんみたいに、私のことを気遣ってくれたり、見守ってくれたりした。
でも、いつも当たり前にいるはずのラーファが今はいない。
そのことが、どうしてこんなに苦しいんだろう?
どうして、こんなにも胸騒ぎがするんだろう?
ラーファは一体どうしたんだろう?
あんなに怯えるラーファ、初めて見た。
ラーファがどこか遠くに行ってしまう。
そんな気がした。
空港に着くと、すぐにラーファを探した。
エレーネ先輩とアイもラーファを探してくれた。
でも、どれだけ探しても、ラーファは見つからなかった。
「もう、夜だよ。
ミディア、今日は帰ろう。」
エレーネ先輩とアイは、私に付き合って一緒に夜遅くまで探してくれたけど、さすがに限界のようだった。
「さっき、ルーイエ・アスクに連絡入れておいたから。」
エレーネ先輩は、私の代わりに連絡を入れておいてくれたらしい。
「エレーネ先輩、ラーファは家に戻ってましたか?」
「ウウン、まだ帰ってきていないらしい。」
「そうですか。」
ラーファはまだ家に帰ってきていない。
「もしかしたら、北街の方かもしれませんね。」
アイがエレーネ先輩にそう言った。
確かに、北街の少し北側にも空港があった。
でも、あそこはかなり離れていたはずだ。
さすがにあそこまで行くとは思えなかった。
「ミディア、心配なのはわかるけど、さすがにこれ以上は無理だよ。」
「わかりました。」
エレーネ先輩の言う通りに、家に帰ることにした。
さすがに帰りは空港から出ている送迎カルチェを使うことにした。
私のことがよっぽど心配だったのか、エレーネ先輩はわざわざ私を家まで送ってくれた。
「ミディア、帰ってくるのが遅かったから、すごい心配したんだよ。」
ラヴィおばさんはそう言うと、私をギュッと抱きしめた。
「おばさん、ラーファは帰ってきた?」
でも、私がそう聞くと、ラヴィおばさんは小さく首を横に振った。
「本当に、あの子はどこに行ってしまったんだろうね。」
エレーネ先輩はかなり落ち込んでいた。
別にエレーネ先輩が悪いわけじゃない。
まさかこんなことになるなんて、私もエレーネ先輩も思わなかっただけだ。
部屋に戻った後、ラーファの部屋にも入ってみたけど、全く人の気配はなかった。
「ラーファ、帰ってきてよ。
帰ってきてくれたら、一緒にお風呂に入ってあげるから。」
でもその日、結局、ラーファは家に帰ってこなかった。




