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紫光の魔導書  作者: しぇりー
――序章――
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第一話

拙い文章ではありますが、よろしくです!


 皮肉なほどに天気が良い。

 空は雲一つ無い快晴。心地良い風が彼の少し長めな黒髪を撫で、通り抜ける。汗ばんだ身体にはちょうど良い風だ、若干砂埃っぽくもあるが。しかし場所は荒んだ荒野なので仕方ない。


 ――ヴァンは無表情で眼前を睨めつける。そこには血塗れで横たわる『魔人』の姿があった。戦闘能力は通常の魔法使い程度では計り知れないレベルであるが、最強の『魔導書(グリモア)』を体内に宿しているヴァンには遠く及ばないことは実証済み。


 憎き魔人との戦闘は圧倒的な勝利で進んでいた。散々嬲ってはいたが、時間にすると数瞬であっただろう。


「ば、化物めが……」


 本来、人間が魔人に使う台詞を、魔人が人間に、掠れた声色で呟く。それを鼻で笑い飛ばし、見下す。


「化物でも構わない。俺はあんたを倒すためだけに生きてきたんだ」


 自分でも驚く程、憎しみを孕んだ声だった。考えてみればこの魔人を追い続けて十年も経つ。姉を惨殺した仇は目の前で地を這いつくばり、此方を見上げることしか出来ない。満足だ。


「……くはははっ、だが貴様ももう終いだ――」

「それがどうした?」


 食い気味にそう返した。普通ならばもう死んでおかしくない傷を負っているのにも関わらず死なないのは魔人の生命力なのだろうか。もはや虫の息である魔人には一切興味無い。


 とはいえ、あまり時間は無い。ヴァンに宿る『魔導書(グリモア)を使用し続けたことによって、魔力はもう枯渇寸前。

 このまま放っておいても問題はないだろうが、この手で殺すと決めた以上容赦はしない。


「――神威(シンイ)


 空に右手を上げ、グッと握る。

 この動作だけで体内に眠る『魔導書(グリモア)』は自動的に(ページ)を捲り、魔法を発現する。詠唱なんて必要ない便利な能力だ。


 パラパラパラ、と。唱えた魔法に相応しい現象を探している音がする。すぐにそれは現象と化し、世に姿を現した。


 神々しく輝く紫光が、大きな球体と成って縦横無尽に魔人へと襲いかかる。地面から勢い良く発射した紫光球をまともに喰らい、身体が浮く。魔人は体勢を整える間もなく上から下から横から、と金属製のハンマーでフルスイングされているような重い衝撃が襲う。言葉を発する暇もなく、激しい轟音と共に魔人は塵となり消えた。


「姉ちゃん、仇討ちは完了だ……」


 微笑を浮かべて、彼は自身の右手を見つめる。


 ――紫色の粒子となり、指先が消え始めていた。彼がその身に宿す魔導書。称号(タイトル)神技者(オールマイティ)と言う。


 魔導書とは、魔法使いの使用する元素魔法とは似て非なるモノ。宿している者は彼以外に見たことはない古代の禁術書。読み解いてみせたヴァンの体内に宿る、分厚い書物は彼が望む結果をただちに具現化してみせる。

 ヴァンが持つ魔導書は非常に強力で凶悪なモノであった。思い描いた現象を何でも発現する、正に神の技である。


 ヴァンが所有する魔導書は世界最強の称号だと自負出来る。しかし、魔法とは使い勝手が違い、発現の度に規模によって代償を必要とする気軽に使用出来ない魔導書であった。


 眩暈にも似た感覚を覚え、仰向けで寝転ぶ。空は晴天。一際強い風がびゅおうごおう、と頬を撫でるように吹いていた。

 ゆっくりと、しかし確実に身体は粒子となり、溶けていく。しかし一切後悔はしていない。姉の仇が討てたのだから。もう、生きる価値はない。


 徐々に瞼が落ちてくる。暖かい天気の中、眠るように目を閉じた。彼が想うのは姉の姿。いつも優しく、いつもにこりと笑みを浮かべる大好きな姉だった。


 こうして、ヴァン・ラグナコーストの十八年は幕を閉じた。





 ――はずだった。





「……此処はどこだ」


 ヴァンが目覚めると、見覚えのない景色であった。荒野に仰向けとなり、生涯を終えたはずだったが、何故か大きな岩を背に寄り掛かり、鬱蒼とした森林の中にいる。いまいち現状が理解できない。

 周りを見渡すが、生い茂った雑草と樹木しか見当たらない。時刻は不明だが、日が落ちているのでもうそろそろ夜になるだろう。


 次に右手を見るが、消え始めたはずの指先が再生している。


 そして、地面には紫光を放つ複雑な模様――魔法陣が組まれていた。

 寝ぼけている頭を必死に振り、一度頬を抓る。


「……痛い」


 現実逃避を試みたが、夢でないことは確認出来た。立ち上がり、身体を見てみる。見た所、外傷は一切無し。使い果たして枯渇した魔力も完全に復活している。気になるのは魔導書だ。


「――『燃えろ』」


 本を捲る音が頭に響く。

 魔導書は問題なく作動し、地面へ焚き火のような現象を具現化。


「代償がない……?」


 今更怖くはないが、発現に伴う代償が無くなっているようだった。今までは発現に伴い指先や足先、心臓等の臓器にチリチリとした痛みがあったのだが、今は全く無い。

 おそらく代償は如何なる現象を具現化しても無いだろうと推測できた。これは発現に慣れただけなのか、もしくは違う何かがあるのだろうか……。


 ヴァンは、考えても答えはわからないと瞬時に判断し、とりあえず眠りにつこうと目を瞑る。


 その時だ。金属が噛み合う耳障りな剣戟音が微かに聞こえた。距離はかなり離れているだろう。しかし放っておくことも出来ず、近付くことにする。

 死んだはずの自分が生きていたことに思ったよりも衝撃的だったのだろうか、よくよく感知してみると剣戟音と共に魔力も展開されているようである。


「この魔力から察するにかなり強い……かな?」


 声に出してみるも、もちろん答えは返ってこない。身体に巡る魔力を両足に集め、強化する。俗に言う身体強化。今回は両足のみなので『部分強化』だが。

 これだけで脚力は大幅に上がるのだ。効力は人による。正確には魔力の密度や練度、精度、元々の筋力によって差が出るのだ。


 昔は魔導書の能力が無駄遣い出来ない為、頼り切る訳にはいかなかった。

 結果、自分を苛め抜いたヴァンの魔力、身体能力はかなり高い。それこそが世界最強と言われた所以(ゆえん)でもある。


 走ること五分程度だろうか。鬱蒼と続いていた森林が少しだけ拓けている。二十メートル程の広場だろうか。雑草こそ生えてはいるものの、木々は無い。目線を奥へと向けてみると――


「……はあ?」


 遠目から見ても三メートル程はあるだろう巨躯の人間と、その半分程度の身長しかない小柄な背格好の二人が睨み合っていた。否、正確には小柄な人物が、圧倒的に大きい相手を見下ろしていた。その右手には高級だろう黄金の剣を携えている。巨躯の持ち主は血に塗れていた。おそらくは絶命している。


「ふう……」


 と、小柄な人物が息を吐いた……気がした。

 その途端強烈な風が吹き抜け、被っていたフードが捲れた。


 ――驚愕、と言わなければ何だろうか。

 捲れたフードの中から滑らかそうな銀髪が溢れ落ちた。夜風の余韻に任せ、髪が乱れる。髪の下から覗くのは驚く程に白い顔。遠い為はっきりとは見えないが間違いなく女性だ。


「む、何か用かな?」


 その声はやはり女性のものだった。ヴァンはびくりと反応してしまう。まさかこの距離で、ましてや今まで戦闘中であった彼女に気付かれているとは思わなかった。しかも出来るだけ自身から発している魔力を抑え込んでいるにも関わらず、だ。


 ヴァンは気付く。

 ――話しかけてきた女性は、泣きそうな声であったと。彼女を包む雰囲気が、今にも慟哭しそうだと。




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