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その3

 

 家とか何軒かあるから村だと思うんだけど、人の気配が感じられない。煙突は見えないけど、この寒さなら普通火とか使うよね? 家の中に篭ってても、何らかの気配があるはずなのに、まるで人がいないような雰囲気。


 廃墟に来ちゃった? 出直したほうがいいんだろうか・・・。


 見上げた空は灰色で、どんよりとした雲が広がっている。服をちゃんと着たから寒くなくなったはずなのに、精神的に沈んでいきそうになる。どこへ向かえば人に会えるのかすら分からないので、ため息が出た。


 廃墟なら廃墟でいいから、今日はここで野宿しよう。森の中で野宿よりはマシかもしれないし。


 思い直して、一番手近の家に近づく。簡素な作りのその家はどちらかと言えば小屋に近かったけれど、雨風が凌げればとりあえずは良いだろうと思った。

 念の為にノックをして反応がない事を確かめてから、手を掛けて立て付けの悪い戸をガタガタと開ける。

 薄暗い小屋の中には素朴なテーブルと椅子があった。その脇には簡素な竈があったが、火はやっぱり入っていない。無人にしては小奇麗にしてあるが、隙間が多いのか外からの風が吹き抜けて部屋の隅にあるベッドの薄汚れた毛布を揺らしていた。


 視線を上げると、そのベッドの上の毛布に包まって、女性と子どもがこちらを怯えて見つめていたのだった。

 まさか人がいるとは思わなかったので私と女性は思わず見つめ合い、我に返った私は慌てて戸を閉めた。



「ご、ごめんなさい! 人の気配がしなかったから勝手に開けてしまいました!」



 閉まった戸に向かって頭を下げるけれど、中で何かが動く気配もない。

 怒っちゃったんだろうか・・・。でも、それにしてはパッと見た女性も子どもも、なんだか痩せこけて生気のないような顔つきだった。着ていた物も私がさっき来ていた物をさらにボロくしたようなものだったし、それに私を見る目は怯えていた。・・・。

 しばらく考えて、再びノックすると「入りますよ~?」と声をかけつつ戸を開けて中に入った。


 中の2人はまだベッドの上にいたが、女性は怯えてはいなかったけれど少し警戒の色を見せている。当然といえば当然か、私が同じ立場だってそうだろう。


「いきなりすみません、道に迷ってしまって・・・。お尋ねしたいんですが、ここはどこですか? それとここから王都に行くには、どっちへ向かえばいいのでしょう?」


「おう、と?」



 女性が掠れた声で私の問を反芻する。頷く私に、女性は訝しげな顔をした。



「ここは、オリカ、という所で・・・王都はずっとずっと南のはず、です。南に向かって、3日のミズハナ村から・・・更に南へ馬車で行かないと・・・」


「そんなに遠いんですか・・・」



 あまりのショックに呆然とする。もう色々あの女神に期待するのはやめよう・・・。

 基本的生活をする前に、心が折れそうな気がしてきた。



「あの・・・どこから、来たのですか?」



 不意に女性に声をかけらてれ我に返る。



「あ、えっと・・・すごく遠くから来たんです。帰り方も分からなくて」


「そう、だったのですか・・・。このオリカは、とても貧しい場所で、この秋の収穫も、思うように採れなくて・・・、おもてなしを、する余裕がないんです・・・」


 申し訳なさそうに弱々しくうつむく女性と、その女性の腕の中で無邪気に大きな眼で見つめる子ども。二人共痩せている上に、栄養失調になってそうな感じさえする。

 この時に何かしたいと思ったのは、同情だったのか偽善だったのか、それは私にも分からない。けれど私に何かできる事があるのなら・・・と、強く思ったのは覚えている。


 アイテムBOXの中のカタログを捲る。その時は必死で、カタログを出さなくても捲れる事に違和感を感じてはいなかった。

「何か栄養のつくものを二人に食べさせなければ!」それだけを思って捲っているうちに、<日用雑貨【寝具】>のページで毛布を見つけ、とりあえずそれを取り出して二人に被せる。

 いきなり宙から出現した毛布に2人は驚いてはいたが、それ以上に体力がギリギリだったのだろう。私が掛けた毛布の柔らかさと暖かさにホッとしたような表情を見せた。

 それからまたページを捲っていると、<農業【種】>の項目を発見。余裕のなかった私は、とにかくそれで何とかすると決めた。



「また戻ってきますから、しばらく待っててください」


「あ・・・」



 女性は何か言いかけたけれど、それを待たずに外に出る。

 寒々とした風の吹きすさぶ中、家(小屋?)の裏手に小さな畑を見つける。石もゴロゴロとして畑としてはあまり良い状態ではないので、しゃがんで地面に左手を当て魔力を流し込む。

 土魔法を使うイメージで、石を土に、土を豊かな質に変えながら畑を広げた。

 そのまま畝を作り、アイテムBOXから作物の種を取り出す。ジャガイモ・トウモロコシ・小麦といった穀物から、トマト・タマネギ・かぼちゃと目につくものを片っ端から蒔いてゆく。

 本来ならば冬に育つ植物は本当に希である。芽吹くことなく腐って土に帰っていくのだろうけれど、私にはどうにか出来るという確信的な何かがあった。


 畑に水魔法で満遍なく水を撒いた後、一旦畑を置いて森に近づく。

 中に入らずに両手を広げ、森の中に落ちた枯れ木の枝を集めるイメージを描くと、5分もしないうちに山のように丸太や小枝が集まった。それを風魔法で割ったり切ったりして手頃な大きさにすると、アイテムBOXにしまい込む。


 踵を返して畑に戻り、再び地面に手を当てて植物の成長を促した。

 作物に必要な栄養、温度、太陽の光など必要なものをイメージすると、早送りをしたかのように作物が成長してゆく。


 手を離しても大丈夫だったので、とりあえず放置して再び小屋の中へ。

 驚いている二人をよそに、すっかり冷え切って何日も火を入れていないような竈に薪を交差に並べる。そうしてから焚付用の小枝を差し込んでそれに火をつけた。

 あっという間に炎が燃え上がり、寒々しかった部屋の中が明るくなる。

 狭いこの小屋に暖炉はないので、このアニメのハイジに出てくるような竈が暖炉の代わりになるはず。

 ついでに周りを見回し、勝手に小屋の質を上げるべく、壁の板の隙間を無くし断熱効果を上げた。


 小屋を温める準備が終わると、畑に戻って成長の止まった作物を収穫する。

 作物自体は種類を増やしたために収穫量は少なかったが、アイテムBOXに入れた途端、収納された目録の個数が99まで勝手に増える。小麦をいったん取り出して粉砕し小麦粉に変えて再び収納すると、目録名が小麦粉に変化した途端に数が99に増えた。


 このアイテムBOX、装備を取り出した時もそうだったのだが、なぜか収納したものが枠数MAXに増える仕様になっているらしい。これで欲しいものはカタログから取り出し、アイテムBOXに収納する事で複製する事ができるという事が分かった。

 そうと分かれば、これで食物切れに関しては心配しないで済む。畑の作物がなくなったことを確認して、小屋の中に戻った。


 小屋の中はすっかり暖かくなっている。二人の頬にもやや赤みが差してきていたので少し安心すると、二人が食べられるものを作るべく、台所に立った。と、言っても現代の日本のようなキッチンがあるわけでもない。調理台の脇にある小さな水瓶には、底の方に微かに水が残るのみで、その水もあまり綺麗ではないようにも見えた。

 水瓶に触れて錬金術で新しく大きなものに変化させて水をなみなみと湛えさせ、鍋も小さく薄汚れていたので新しく大きな物に変える。


 この2人はいつから食事をとっていないのだろうか・・・。


 目頭が熱くなるのを必死にごまかしてその鍋に半分ほど水を張り、竈にかける。

 アイテムBOXの中からトウモロコシを取り出して粉にしたものと、カタログから調味料として塩と砂糖、牛乳を取り出す。

 畜産物と調味料・加工物は最初からカタログにあったから助かった。そのまま材料を入れ、コーンスープを作る。コンソメも入れようかと悩んだけれど、空きっ腹の胃が受け付けないかもしれないので、優しい味が良いと思ったのだ。

 ふつふつとスープが炊けてくるにつれて、いい香りが辺りに漂う。


 くくーぅ。


 可愛らしいお腹の鳴る音が近くに聞こえて振り向くと、すぐ後ろに子どもがいて、じーーーっとスープの鍋を見つめていた。



「もうすぐ出来るから、待っててね。お母さんと一緒に食べようね」



 私の言葉に不思議そうに見上げた子どもは、女性の方を振り向く。女性が不思議そうにこちらを見つめていた。



「あの・・・よいのですか?」


「もちろん! さあ出来たよ~、椅子に座ってね。貴女もきて」



 子どもに言いつつ女性も促すと、躊躇いつつもゆっくりと二人は席に着いた。

 子どもはさすがに一人で座れないみたいなので、女性が膝に乗せる。器すら無かったのでアイテムBOXから取り出し、それに半分ぐらいスープを入れて匙を添えてから二人の前に差し出した。



「どうぞ、いっぱい作ったからお代わりもしてね? あ、熱いから気をつけて」



 私が差し出したスープと匙に、子どもが悪戦苦闘する。女性が介助をしようとしていたのだが、その姿が微笑ましくて私が子どもを抱き上げて女性から受け取り私の膝に乗せた(椅子は出した)。

 キョトンとしている二人を他所に、私はスープ皿からスープを匙で掬うと、フゥフゥと息で冷ましてから子どもの口元に運んだ。待ちかねたかのように口から飛びついた子どもは、一口含んで飲み込んだ後ニッコリと笑った。



「ふわぁぁぁ!!」


 それを見届けて安心した女性は、自分も匙でスープを飲み始めた。

 私は急かす子どもを落ち着かせながら、ゆっくりと飲ませていく。空きっ腹の中に急に何かを入れると胃がびっくりするので、なるべく気をつけながら介助していく。

 すっかり飲み干して満足した子どもに微笑みながら顔を上げると、目の前でスープを飲んでいた女性が、飲みながら泣いていた。

 ポロポロと涙をこぼす女性、多分安心したんだろう。

 私は子どもを膝から下ろすと席を立ち、女性に近づいて彼女の頭をそっと撫でる。驚いたように泣きながら私を見上げた女性は、そのまま私に縋りつき声を上げて泣いた。子どもが驚いていたが私は構わず彼女を抱きしめてそのまま頭を撫でる。


 こんな過酷な状況で、子どもを守り二人で生きてきたのだろう。

 私は異世界に来て初めて、自分を(うっかり)チートにした女神が(うっかり)この地に転移させてくれた事に感謝したのだった。




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