第一章:現場
「先輩…なんすかこれ」
私の後輩、もといバディの鮫野蓮は部屋の惨状を見るなり倒れそうになった。元々血が苦手らしい彼は顔面蒼白といった感じだ。
「ふん、この程度でそのような醜態をさらすとは先が思いやられるな」
私の同期である秋田悠助は相変わらずの毒舌で蓮を罵る。
ひどっ!悠助サンそれは酷いっす!と必死になって言う蓮と、弱いお前が悪いと言う悠助とがヒートアップしてきてしまい、まるで息子を叱る男親のようだなと思った。ーいや待て待て、なんで殺人現場でこんな茶番をしているんだ。まるで台所の方から今にも「こらー、やめなさい」なんて声が聞こえてきそうだ。きっと言うとしたら私の上司かな。と考えていると台所から悲鳴が聞こえた。気が付けば蓮がいない。血の気が引く音がした。急いで台所へいくと蓮がへたりと座り込んでいた。床にぶちまけられた生クリームには斑に赤が入り込んでいた。なんだ、気でも狂ったか。と悠助が台所へ入ってくると直ぐに理解したようで、一発舌打ちをかますと蓮を立たせた。女みてえな悲鳴あげやがって。ったく耳が痛い。そう言いながらも蓮の背中をさする。蓮は言い返す気力もなく、されるがままになっていた。ーあと見ていない部屋はどこだ。悠助の問いに私は答えた。
「寝室よ」
寝室も酷い有様だった。血の匂いと甘い香りが入り交じって胸焼けがした。相変わらず気持ち悪くなる事件現場だ、なんて思っているとバディがごふっと喉を鳴らした。吐くか否か、彼なりに葛藤しているようだ。大丈夫かなぁ…私は不安になった。
「今回も随分派手だな」
横たわる女を見ると悠助は率直な感想を述べた。私は蓮の背中をさすりながら悠助のいるベッドの方へ向かう。桃色のクリームが体の中央から順番に星口金、丸口金、サントローレ口金、ベッドの側面はバラ口金で丁寧に飾られていた。真っ赤なイチゴのようなものはイチゴではない。犯人の起こした事件の傾向としては恐らく臓器の一部だ。ここに来て蓮が戻す寸前まで来たようで、見兼ねた悠助が、貴様は下がっていろ。と、持っていたファイルを持たせて部屋から出した。
勘違いされやすいが悠助はやさしいのだ。時々鬼のようになるが。時々。ー捜査を続けるぞ。メモを取れ。そう言われ私はペンを取った。
「本当にスイマセン!」体を90°に曲げて謝ってきた蓮は、先刻の事件現場でのことを謝っているのだろう。ああ、また新人がやらかしたのか。と周りから見られているのに当の本人は気づいていない。
「大丈夫よ、私も昔はあんなんだったわ」
そう言うと彼はそういうわけにも行かないっす!とまた謝り始めた。このやりとりは5分続いた。今度は頑張ります!そう言うと彼の後ろから。ほう、それはいいことだな。と聞こえた。
「悠助」 現場のデータを整理し終えたから持ってきた。と言った。ありがとう。と書類を受け取ると彼の手にもう一つ書類が握られているのが見えた。悠助、それは?と聞くと
「こいつにも渡しておこうと思ってな」と言って蓮に書類を渡した。ありがとうございます!と言うなり彼は席に戻って書類を読み始めた。10分後、暫くお菓子は見たくない。と机に突っ伏す彼を見て悠助と肩をすくませた。