嘘つきのパラドックス
「僕は、嘘しか言わない」
嘘つきな僕のこの言葉は、本当か、それとも嘘か。
本当なら、「嘘しか言わない」という「嘘を言った」という矛盾が生じる。
嘘なら、「嘘しか言わない」ということが嘘なので、本当のことを言っていることになる。
さあ、どっちだろうか?
どっちにしても、矛盾が生じる。
考えれば考えるほど、ぐるぐるして、わからなくなる。
ぐるぐるぐるぐる、答えの出ない迷路をさまようように、考え続ける。
ぐるぐるぐるぐる。
面倒になる。
けど、これだけは言える。
僕は、聖人君子のようなヤツじゃない。
それに、世の中、コレが正しいと言えるような事は少ない。
嘘ばっかりだ。
僕は、嘘つきだ。
だけど、僕の周りの大人たちも嘘つきだ。
世界は、嘘で満ち満ちている。
嘘があふれる世界が、本当。
本当なんて、無い世界。
嘘も本当も、ある世界。
何が正しいかなんて、正しいことが何かなんて、よくわからない。
この前、テレビで言っていた。
僕が学生の頃にならって歴史は、実は間違っていて、今はコレが正しいのですよ、と。
今は、って…。
間違った解答にペケをつけられて、その上に赤ペンで書かれた事も実は間違いだった。
そんなことって、ありか?
それがありというのなら、あの時の試験の赤点は、無かったことにしてもらいたい。
学校からでは納得できない、国に謝ってもらいたい。
嘘を教えたことで、ひょっとしたら僕の貴重な青春の数時間を「補習だ」と理不尽に奪った事を。
嘘をついてすいません、と。
あの日の放課後に告白される未来があったかもしれないのに…。
誠心誠意謝ってほしい。
僕は、嘘を教えられてきた。
勉強だけの話ではない。
個性が大事だって、ずっと言われてきた。
だけど、小さな社会で育った僕の個性は、大きな社会では受け入れてもらえなかった。
僕という存在は、真っ向から否定された。
否定された後で、「個性は大事。だけど、それを伝える術がもっと大事。要はコミュニケーション力」と、そんなことも言われた。
後出しじゃんけんを正当化されたような気がしたけど、そういうことかと納得した。
でも、伝わるようにと、届くようにと僕が努力した言葉も、「うるさい」の一言で叩き潰された。届けたかったのに、同じ土俵に上がることも許されず、塵となった。よく飛ぶ紙飛行機を作れと言われて作ったのに、飛ばす前にケチをつけられて潰された気分だ。
見てくれよ。
少しでいいから、見てくれよ。
大切だから育てるように言われた個性でも、ちょっと周囲とずれただけで否定される。
個性が無いとケチをつけられる。
個性があればあるで、ケチをつけられる。
嘘を教えられた。
そう思わなければやってやれない。
育てた羽をちぎり取られた気がした僕の心は、そうやってひねくれた。
好きだったものが、そうでなくなったこともある。
得意な事で、自分よりも上手な人を見た時。
興味あることで、自分よりも好き度を上手にアピールできる人に会った時。
何故か、好きだという気持ちが薄らいだ。
好きだったことが嘘のように思えてくる。
好きじゃなかったもん。
最初から嘘だった。
その方が楽だった。
だけど、どうなのだろう?
本当に最初から嫌いだったのだろうか?
嫌いなモノをそうでなくなったのだとしたら、好きだということになる。
好きなのか?
嫌いなのか?
好きの反対って、嫌いであっているのか?
好きだったものを嫌いになっただけ、そうかもしれない。
けど、好きだったはずの気持ちを思い出せない。
好きだったはずなのに、なのに、その気持ちを嘘だったと疑いたくなる。
ぜんぶ嘘。
そうすると、好きだった気持ちは嘘だから、それがそうでなくなったから好きになる?
いや、そうじゃない…?
好きでもないモノを好きではなくなっただけ?
嫌いなモノを嫌いになっただけ?
だけど、本当に嫌いなモノは他にもあって…。
興味もない事もたくさんあって…。
…ん?
よくわからなくなる。
嫌いじゃない、興味が無くなっただけ?
無関心になっただけ?
好きでも嫌いでもない、無になっただけ?
最初から、何も無かった?
それではさみしい。
さみしい。
この気持ちは、本当。
たぶん、本当。
好きだから、嫌いとか…。
嫌いだけど、好きとか…。
好きじゃないから、嫌いだとか…。
好きじゃないけど、好きだとか…。
興味はないけど、無いとさみしいとか…。
本当だけど、嘘だとか…。
嘘だから、本当だとか…。
嘘だけど、本当だからとか…。
ぐるぐる…。
ぐるぐるぐるぐる…。
このぐるぐるから、逃げ出したい。
その為にはどうすればいい?
考えた。
一生懸命考えた。
そして、一つの結論を出した。
自分の都合の良いように考えよう。
嘘をついたのではなく、変わっただけ。
嘘つきは嘘をつく。
だけど、嘘つきも人間だから変わる。
本当のことを言うようにもなる。
ひとりの人間でも変わることがあるのだ。
たくさんの人がいて、ぐるぐる回る世界では、考え方も常識も価値観もぐるぐる変わる。
ぐるぐるぐるぐる…。
変化しながら、この世界は動いている。
ぐるぐる…。
ぐるぐるぐるぐる…。
僕は、この世界が好きだ。
嘘であふれるこの世界が、好き。
そう言う僕は、嘘つき。
だから、好きだっていうのは、嘘。
たぶん、嘘。
この世界なんて、嫌い。
これ、本当。
世界なんて、大嫌い。
世の中、みんな嫌い。
ぜんぶ無くなっちゃえ。
それか、いっそ消えちゃいたい。
そう思った事もある。
だけど、偶然 事故に巻き込まれて、命の危機を感じて、怖いと思った。
生きていてよかった、とは思わなかった。
けど、怖いと思った。
ビックリして、突然の出来事に頭がついてくると、さらに怖いが強くなった。
不思議だな。
死ぬってことを、怖いと思った。
消えたいと思っていたのに。
なんで かな?
僕が嘘つきだから?
それとも、僕が変わっただけ?
どっちだろう。
よく、わからない。
要らないと思っていたのに、本当に無くなりそうになったら、えっ、って思う。
本当か、と疑いたくなる。
本当なのか、嘘なのか?
よくわからず、ぐるぐるぐるぐる…。
とりあえず、考えるのを一旦やめよう。
いますぐ、こうだ、って決めることはない。
それに、僕は嘘つきだから、あとで違うってことにしたっていい。
それに、変わるかもしれない。
変わったら、嘘じゃない。
「僕は、嘘しか言わない」
嘘つきな僕のこの言葉は、本当か、それとも嘘か。
そんなこと、後で考えよう。
とりあえず今は、それでいいじゃないか。
僕は嘘つき。
僕は、嘘だらけのこの世界が嫌い。
これ、本当。
今は、本当。
たぶん、本当。
読了後に「よくわからなかった」と思われても、「やっぱりか」としか言えません。ぐるぐるぐるぐる、抜け道を見つけられない人の物語だと割り切っていただければ、助かります。
パラドックスとか、難しいし…。