0.秘密の庭園
「約束できるかい? 僕のお姫様」
背の高い青年は、少女の隣でしゃがみ込んだ。
「なんのこと? もしかして、チョコレートをあげちゃったこと?」
この青年はチョコレートを食べてはいけないとお家の人に言われているそうだ。本当は大好きだということをこっそり教えてくれたから、少女は彼に会うとき、必ずチョコレートを持っていくことにしている。
こんなに美味しいものを食べてはいけないなんて、かわいそうだから。
「ふふ、違うよ。それも言っちゃダメだけどね。僕と会ったこと。それから、ここへ来たこと。絶対に誰にも言わないでほしいんだ」
青年はミルクチョコレートのような色の髪をさらりと靡かせ、窺うように首を傾げてみせた。肌はとても白くて、背が高くて、瞳が不思議な金色。本当の王子様よりかっこいいのだ。
少女はえっと驚いた。そのミルク色の頬を青年はつまみながらにこにこと微笑んでいる。
青年はいつもご機嫌でにこにこしている。時々いじわるなことを言うこともあるけれど、ほっぺたにキスをするとすぐに優しくなる。いつも膝の上に少女を乗せて、お菓子の包みを開けてくれる。……なのに今日はちょっと違った。
「どうして? お父さまやお母さまにも、言ってはだめなの?」
お父さまと一緒にお城に来たとき、いつも青年とお茶をしていることは、まだ誰かに話したことはない。……そういえば、どうしてだろう。嬉しいことや悲しいことがあったとき、少女はいつも両親に話しているはずなのに。
「ベアトリス。ここはね、本当は入ってはいけないところなんだ。だから、ここでいつもおやつを食べていたなんて知られちゃったら、僕もキミも怒られちゃうかもしれないんだよ」
青年はおかしそうに笑いながら説明した。怒られちゃうと言うわりには全然怖がっている様子はない。
ベアトリスにとって、ここでもらうおやつはお屋敷のおやつよりずっと美味しかったし、誰も来ない綺麗な庭も気に入っていた。駄々をこねてお父さまに付き添ってお城まで来るくらいには。
けれど、今まで季節が何度か変わっても、この庭で青年以外の誰かに会ったことはない。どうしてそんなことを言うんだろう。
「うん。今まではね。僕がこんなに傍にいたから」
青年は少女の考えを見透かしたように言った。
「だけど、僕はもう城を出なくてはいけないんだ。――もう、会えないかもしれないね」
「そんなの、いやっ!」
少女は咄嗟に青年の腕をつかんだ。青年は嬉しそうに顔をほころばせた。まるで少女の反応を知っていたかのようだ。少女の態度を褒めるように髪を撫でる。
「だよね。僕もいやだよ、ベアトリス。きっとまた会えるから、それまでここのことはヒミツだよ。……守れるかな?」
膨れた頬を「かわいいね」と突いた青年は少女に向き合って跪いた。
「守って――ベアトリス」
守ると、言って。青年はそっと囁くように言った。
「……どっかにいっちゃ、いや」
「……でも、キミが約束を守ってくれたらまた会えるよ?」
「……いつ?」
「それはわからないな。だって、ベアトリスがいつ二人の秘密を破っちゃうか、わからないからさ」
だけど、もし、僕が戻るまで約束を守れたら――ご褒美をあげるよ。
その時はキミに教えた僕の名前を呼んで。
そうしたら――……。
『また、僕のお嫁さんにしてあげる』




