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白月に涙叫を  作者: 弐村 葉月
七章 影と真実
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―夜―

霊峰アングァストよりさらに北方の島。その中心に位置する都市の、さらに真ん中にある巨大な城の一室で、仮面の男が椅子に座していた。

ノラル国首都ミヅガルヅ。ノラルは門のあるギティア大陸より離れた孤島の一国であり、その領地は島の全域に及び、周囲にある小島も全てを支配下に置いていた。総じた面積はそれ程でもないものの、幻獣部隊という他の国々には見られない特異な武力を持っている事が、まず第一の特色として言われるであろう。そしてそれはこの国の支配体制にも大きく影響を与えている。ノラルはこの世界に発足していらい、たった一つの血族が“王”として国を動かして来た。先にも述べたようにこの国の“力”とは“幻獣”である。王はその幻獣を従える力が最も強いとされるのだ。故に、力こそが全てという国風が根付いている。そんな独立支配など大抵の場合永くは続かないものだが、それはあくまで一般論である。例え国中の人間が王に反旗を翻したとしても、王は独りでそれを退ける事が出来るのだという。実際に、過去この国で大規模な紛争が起きた際には、当時の王がたった一人で数万の軍勢を一夜にして壊滅に追い込んだという記録が残されていた。過去にさかのぼり事実が確認しようが無い以上、眉唾と言えなくもない与太話だが、現在の国民に王への不満を漏らすものはいなかった。それは果たして前述の事により遺伝子レベルで刻まれた恐怖からなのか、今の王が余程有能なのか。

ふと、仮面の男が顔を上げた。先程まで頬杖をついていたので寝ていたのか起きていたのかは定かではないが、今は少なくとも目覚めた状態である事は確かなようだ。


「クオン様」


凛とした女声とともに、元々月明かりしかなかった暗い室内にさらに暗い歪なひび割れが、嫌な音を立てて刻まれる。そこから、メイド服姿の眼帯をした女性が整然とした足取りで現れた。


「ユレアか。どうだ? “視えた”か?」


クオンがそう問うと、ユレアは肯定を示すように恭しく一礼をした。それを、薄い笑みで迎えるクオン。


「魔狼の正体はやはりウィジャの血筋でした。八年程前に起きた“レラの消失”の張本人にして、同年に王女の殺害を謀ったとして王の勅命により処刑されている人物です。また、以前クオン様と交戦した赤い騎士の武器が十字の長槍へと変更されていました。時紡ぎの魔女に関しては、魔具の影響を術で回避。さらに鍵乙女は何かしらの戦う術を身に付けたようです。両手指から各々光る糸のようなものが観測されましたが、正体まではわかりませんでした」


淡々と、ユレアは眼帯に隠された“眼”で見た事を報告する。彼女の左眼窩に埋め込まれたそれは、全てを見透すと言われる魔石だ。今世界で起きている何もかもも、過去も、果ては未来さえも視る事の出来ると謳われる、魔眼。


「ふむ。そうか、やはりな。ご苦労だった。疲れただろう。休んでいい」


片手を上げ、クオンはユレアを下がらせる。何処へ行くのか、彼女はまた空間の亀裂を開き、その中へと沈んでいった。ユレアの姿が完全消えたのを確認し、クオンは小さく嘆息した。昼間、鍵乙女や従盾騎士そして巫女に仕掛けた“魂の鏡スペコルマニアイム”。あれは何も彼女らの足止めの為だけに使ったわけではない。もう一つ、情報収集として使ったのだった。例え小さな情報であったにしても、“敵”となるだろう相手の情報は持っておくに越した事はない。


「溜息なんて珍しいわね。大事な大事なユレアちゃんに出歯亀させたのが堪えてるのかしらん?」


突然、暗闇に妖艶な女の声が響き渡る。クオンはそれを大して驚く素振りも見せず、首だけを巡らせて一点を向いた。声は部屋全体から鳴っているかのように聞こえた筈だが、彼の仮面の奥の視線はその正体の場所を的確に見抜いていた。


「ナツ。何の用だ」


冷たい声に呼ばれ、部屋の隅の暗がりからまるで染み出してくるように眼鏡をかけた、胸元の大きく開いた衣装を着た女性が出てくる。艶やかな肢体にぴったり張り付くようなその衣服はどうにも扇情的で妖しさが立ち込めているが、クオンは見慣れているからか関心が無いからか眉ひとつ動かさない。


「あら、主様のご機嫌伺いに来ちゃいけないのかしら?」


「既に夜は深い。我の安眠を妨げる事が機嫌を取る事にどうして繋がる」


「冷たいわねぇ……ゾクゾクしちゃう。ユレアちゃんの事はこんな時間まで待ってたって言うのに。妬けちゃうわ」


愉しそうに身を震わせて自分の体を抱くナツ。こんな会話もいつもの事なのだろう。クオンは溜息も漏らさずに言葉を吐いた。


「次の戦線。我とユレアは異空にて待機する。その間貴様らにはあの四人の相手をしてもらう事になる。無論フェルも動かすがあまり数は出せんからな。別に勝たずともいい。奴らの足止めさえ出来れば――」


ナツの指がそっと立てられて、クオンの語り口を止める。妖艶に、そして不敵に女は笑っていた。三日月を描く口端に、白く光る犬歯が除く。それは通常人では有り得ない長さと鋭さを持ち、一抹の異様さとそれ故の神秘さを合わせ持っているようにも見える。


「心配いらないわよん? 魔女ちゃんにはクッキーの借りもあるし……主様に久々に見せてあげる。私の、吸血鬼ヴァンピールの本気を」


言って、ナツは現れた時と同じように闇に溶けて行った。室内にはクオンだけが残され、彼はまた右手を杖に首を傾ける。


「……虚ろな悪夢の先導者ナイトメア・ツアー。相も変わらず負けず嫌いな女だな」


彼の独白にもう言葉を返す者は現れなかった。クオンはそのまま、椅子に腰かけた体勢で仮面の奥の瞳を閉じる。左手を右手の指が届く所まで持って行き、左人差し指にはめた指輪を右の指でなぞった。同時、彼の左腕はまるで事切れたかのように力を失い投げ出され、クオンは眠りにつくのだった。

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